第一章:四天王の華麗なる艱難-28
──とある昼下がり。新魔法発見の道すがら、ワシは雑談ついでに気になっていた事を弟子に何とは無しに訊ねてみた。
「そういやぁオヌシの部下……何人かおるじゃろ? 魔法の才の有望株とかおるんか?」
「……随分と藪から棒ですね。そんなに新しい助手が欲しいんで?」
……こやつは時々──いや割とな頻度で皮肉を交えてくる。
最初こそイラつかせてワシの寿命を縮めたいんかとも思っていたが、最近になってコレがこやつの〝親しみ〟を踏まえたコミュニケーションなのだと察した。
まったく。中々厄介な性根をしとるわ。
しかもそれを本人しっかり自覚しとるんが、また何とも憎たらしい。
「たまには素直に返事せんかバカ者。ただの興味本位じゃよ分かっとるじゃろ」
「ふふふ。──そうですね。まあ、元々素質ある者を部下に添えて居ますし、そもそもこの学院に入学出来ている時点で上澄みですからね。やり方さえ間違えなければそれなりに名を残せるようなレベルにはなりますよ」
バカ弟子はそう言いながら自らが操る基礎五属性と中位二属性の魔法を巧みに精密制御し、様々な組み合わせで現象検証に勤しむ。
ただでさえ七種の魔法を習得している事すら偉業と呼べる所業。
剰えそれらを並列発動しながら操作し、一切暴発させる事なくほぼ完璧なまでに安定させてなお余裕があるなど最早神業じゃ。
本来こんな精密作業を伴った実験、個人がこんな小さな研究室で無駄口を挟みながらやるようなものではない。
それぞれに主体としている魔法を扱う魔術士が複数人寄り集まり、綿密な計画と指針を予め定めた上で広大な実験場の中で全神経を集中させながら長い時間を掛けて行うのが普通なんじゃ。
それをこやつは宛らテスト勉強でもしてあるかのように易々と熟す……。正直意味が分からん。
このところそれを当たり前にやっとるから感覚が麻痺しとるが、改めて客観視すると化け物以外なんでもないのう。
……ん? ひょっとしてもうワシより凄い?
……。
「……師匠」
「んっ!? な、なんじゃ?」
「そちらから話を振っておいて相槌すら打たないのなら雑談切り上げますよ?」
「んおっ! すまんすまん……。──で、結局は全員が有望株だとでも言うつもりか?」
ワシとてこやつの部下達が学院の中でも上位を独占する実力者揃いなことくらい把握しとる。
じゃがワシが気になっとるのはそんな表面的な自己診断ではない。
一番身近でその成長を促しとる張本人の意見が聞きたいんじゃ。
「……私の指導上、それぞれの方向性やスキル構成を踏まえて敢えて分割しているので、単純に誰がとは一概には言えませんね」
「ほう?」
「ヘリアーテは魔法単体よりもそれを絡めた接近戦を好み、また主体にしています。魔法そのものもそれなりには習熟していますが、練度具合で見れば他より若干まだ足りませんね」
「ふむ」
「グラッドもヘリアーテと似ていますが、彼は彼女よりも精密操作に長け、また瞬間的な発動も安定しています。ただそれはあくまで補助的な使用に重きを置いている場合で、魔法単体の練度はまだまだ成長の余地があります」
「なるほどのぅ」
「ディズレーに関しては手放しで評価出来ますね。部下達の中では魔法の習得数でトップですし、それらを操作する才能もあります。しかし魔術に対する造詣や知識に関してはまだ乏しく、再現性や柔軟性も発展途上と言えます」
「ほうほう。皆素晴らしい才能に溢れとるのう。上司としては、今後が楽しみなんじゃないか?」
「勿論です。彼等が新たな境地に足を踏み入れる度に、私自身も胸を躍らせていますよ」
「ふむふむ……。それで? あと一人──ロセッティはどうなんじゃ?」
「……」
そこで何故か、バカ弟子が口籠る。
言い難い……というより、言葉を選んどるようかのう。
「なんじゃ。何かあるんか?」
「いえ、違いますよ。相応しい表現は何かと……」
「なんとまぁ珍しい。そんなにあの子は評価し辛いんか?」
「ふむ。何と言いますかね……。簡単に言ってしまえば、部下の中──延いてはロリーナやティールを含めた私の近いし者達の中で、魔法の才能に関しては彼女がぶっちぎりであります」
「なんじゃ。簡単に言えるではないか。なのになんでわざわざ口籠るんじゃ」
「……正しい評価、とは言い切れないからですよ」
「ん? どういう事じゃ?」
「ふぅむ。これは、多分私が悪いのでしょうね。私から色々と、悪影響を受けているといいますか……」
珍しくバカ弟子が少し後ろめたそうに目線を逸らして苦笑いを浮かべる。
いつも自信満々なこやつが「まさかあそこまで影響を受けやすいとは……」と小さく溢すくらいじゃ。
色々と想定外の成長を見せているんじゃろう。然しものこやつも、何から何まで想定内とはいかんらしい。
……少しいい気味じゃわい。
「で? 結局どうなんじゃ、オヌシの彼女への正しい評価というのは」
「……彼女には言わないで下さいね?」
「言わんよそんなモン。……んで、どうなんじゃ?」
「……彼女はですね──」
「──一つの事になると、狂気的なんですよ」
──ティリーザラ王国北方、治療都市モーカミル。
王国内で五本の指に入る大都市で、名前の通り薬学や《回復魔法》、《浄化魔法》なんかで発展した歴史がある。
特に建国初期の周辺各国との小競り合いで傷付いた国民達にとっては安住の地として活躍。
更にそこを〝医療〟を司る珠玉七貴族〝蒼玉〟エメリーネル家が最盛させて、あっという間に都市として盛り上がったらしい。
ただ立地が立地──王国最北端にある街なだけに、冬になると──
「は……はっくしゅっっ!!」
「う、うぅぅ……」
「さ、さ……寒いぃぃ……」
今は初冬から少し経った頃……このモーカミルでは早くも雪が降り、積雪すら始まって景色の端々を白く染め始めていた。
「そ、それにしても……事前に防寒着買って、正解でしたね……」
わたしの部下の内の片方──ハント君が少しでも寒さを紛らわそうと自分を抱き締めながはそう口にする。
「あの時渋ってたらどうなってたか……。なんなら食料や水なんかより大事だったかも……」
そしてもう一人の部下──ミレー君が顔を真っ赤にして鼻を少しだけ垂らしながら続いた。
この街に来る前、仕入れた気象情報を鑑みて防寒着を旅費から捻出するかどうか中々に悩みはした。
元々着ていた衣服も冬服だったし、初冬の割には肌感では結構マシな気温だったからこのままで行けるんじゃないかって、中継地点の町でちょっと話し合いったんだけど。
でもその時に丁度モーカミルから来たって人達を見付けて話を聞いてみれば──
『え? その恰好で? やめとけやめとけ冗談にもならんぞっ!』
わたし達が若者の集団だからか、はたまた旅慣れしてないように見えたのかは分からないけど、その人達は冗談すら言わずに至極真剣に心配してくれ、必要なモノをリストアップしてくれた。
『いいかっ!? 多少値が張っても防寒着だけはケチるなっ!! 着膨れで動きは鈍くなろうが凍えて動けなくなる方が当たり前ぇだが何倍もヤベェ』
そう押し切られ、想定より高い買い物をしてしまった。
それこそ旅中に買った一時凌ぎとしては少し逸脱した……数年単位で普段使い出来るようなそこそこ上質なやつを。
もったいないと思う反面実際にこうして寒風に曝されてる今、わたしの中の小さな後悔は温い外套の中とは逆に凍えて砕け散ったみたい。
「何はともあれ、まずは宿を取ろっか。もちろん、防寒設備が整ったところを」
「「はいっ! ロセッティさんっ!」」
わたし達はこの街に、ボスの命令で訪れている。
街の端にある森の中に佇む古びた無人の屋敷……そこに巣食う、アンデッドを倒すという。
モーカミルに到着する前から、その情報は中継地点にした町にまで溢れていた。
なんでも数年前に医療費を横領したのが発覚して失脚した男爵家があったらしく、その後の男爵は厳罰を言い渡され失脚。彼はそのまま罪を償い、彼が使っていた屋敷は当然追い出される形になる。
場合によっては他の誰かが屋敷を買い取ったりするんだけど、屋敷は不正を隠してた都合なのか街外れの森の中に建っていて何かと不便。
それをおしてでも買い取りたい程の魅力があるわけでもなく、何よりどれよりも──
『心中……ですか?』
『あぁ。なんでも、出頭を拒んだ男爵家当主が逮捕される前に家族やら使用人やらの飯に睡眠薬を混ぜ込んで寝かせ、身動き出来ねぇようにしてから自分諸共に密室で練炭焚いたんだと』
『一酸化炭素による集団窒息死……』
『いっさん……なんじゃそりゃ?』
『ああいえ何でも……。それで、その後は?』
『その後ぁ、男爵を逮捕しに来た警察ギルドが屋敷に森に突入したらしいんだが、何故かそのギルド職員はみぃんな消息不明。色んな応援を呼んだりもしたみてぇだが、今度はいくら森ん中探しても屋敷に辿り着けねぇ上にまた何人も失踪と来た』
『なるほど……』
『んでお偉方は「たかが男爵の逮捕にこれ以上犠牲なんか出せるか」って逮捕は保留、延期……。今じゃあの森は「人喰い森」なんてありきたりな名前で怖がられてんのよ』
『そうですか……。ですが聞く限り、あまり市井に広まるような類の話ではないように思えるのですが……』
『最近の事だ。入りさえしなきゃ害には何なかった筈の森から、夜中に出てくるようになったんだよ。使用人みてぇなカッコしたアンデッドが』
『アンデッド……ですか』
『理由は知らねぇ。だけど夜な夜な外を出歩くヤツを襲っては森ん中に連れ込む……。次の日にゃあその襲われたヤツが襲う側になってんのさ。そりゃ嫌でも耳に入ってくらぁな』
『情報が規制し切れなくなったと……』
『誤魔化し切れなくなったんだろぉよ。今じゃあ可能な限り情報公開して方々から解決策を募っちゃ色々試してんだと。……そういやぁ』
『はい』
『近々ぁ王都から討伐隊が来るんだとよ。少数精鋭で先の戦争でも活躍した若者って話だ』
『そ、そうなんですね』
『まあ、どんなヤツらだろうが早く解決してくれるに越した事ぁねぇけどな。じゃねぇと薬草もおちおち卸しに行けやしねぇ』
『心中、お察しします』
『モーカミル行くんならお前たちも気を付けんだぜ? 都市だからって浮かれて夜に出歩きゃやられっちまうかもしれねぇからな』
『はい。ご忠告ありがとうございます』
──話を要約すると、男爵とその家族、使用人達が心中した屋敷で恐らく何かが起こり、森自体にもまともに侵入出来ず、最近になってその森からアンデッドが街に出没するようになった……。
その話が市井にまで広がってる、と。
モーカミルでも情報収集はするつもりだけど、大体の事情はそこで把握する事が出来た。
本当にアンデッドなのかはまだ確定じゃないけど、モーカミルに到着する道程でアンデッドに対するちょっとした話し合いをハント君とミレー君とする事は出来る。
アンデッドは基本的に、死体や魂が魔力に長時間曝される事で生まれる魔物の系統。
曝される状況で変化する時間はまちまちだけど、話の中での場合なら死後死体から放出される魔力が密室に充満すると思うから、アンデッド化するには絶好の環境だと思う。
下手をすれば魂すら魔物化してるかもしれない。アレは死体よりも魔物化の可能性は格段に低いけど、心中を強制された家族や使用人の事を考えると楽観視は出来ないだろうなぁ。
しかも十中八九、大人数を相手にしなきゃならないだろうし、何の備えも無しに突っ込めばわたし達もアンデッドの仲間入りだ。
幸いここは大きな街だし、街の外まで話が広がってるならアンデッド対策の道具も容易に手に入るんじゃないかな。
アンデッドや念の為のレイス系の対策の定番といえば〝聖水〟……という名前で広まってる「魔力拡散薬」。
わたし達や普通の魔物のように器である肉体や魂がしっかりしてるモノには効果が無いけど、リビングデッドやレイスみたいにどちらかが著しく機能を損なってる存在に対して効果を発揮する薬で。
文字通り一箇所に滞ってる魔力を拡散させ、霧散させる効果がある。
元々は魔力溜まりを解消するために作られた薬品だったけど、その昔アンデッドに襲われた行商人が苦し紛れに投げつけたそれが絶大な効果を発揮してアンデッドが苦しみ出したのが判明して以来、量を少なくして濃縮したモノを〝聖水〟と名付けて広められた。
今回の案件にも、その聖水は効果を発揮してくれる筈。持って行って損はないよね。
……まあ、とはいえアンデッドの強さにもよるって話だしなぁ。
強いアンデッドだと、自分の周囲に魔力の厚い部分を故意に作り出して聖水の効果を薄くしたりするらしいし、もっとタチが悪いのだと生前の記憶や知識を持ったりする事があるみたいだから聖水に普通に対策されてたり……。
とはいえ、そういったアンデッド──リッチやスペクターみたいな知性ある上位種って発生は稀中の稀だし、考え過ぎも良くないかなぁ。
変に考えが煮詰まってもなぁ……。
「……あの、ロセッティさん?」
「ん? ああゴメンっ! ちょっと考え込んじゃった」
わたし達は今、防寒設備が整ったちょっと高い宿を取り、近所にある大衆食堂で夕食をとっていた。
そしてその食後に一息入れながら、こうしてちょっとしたアンデッド対策会議をしている。
「ああ別に謝らなくて大丈夫ですよ。そもそも少し本筋から逸れた話するつもりでしたし」
と、ハント君が注文したホットココアを口に含みながら漏らす。
本筋から逸れるって……何の話だろ。
「男爵の心中とかそれがアンデッド化したとかいう話を聞いた時から薄々思ってた事なんですがね」
「え、うん」
「この案件……ボスの一件とどう結び付くんですかね?」
「……んん?」
ボスの一件……?
「ほら。俺たちの任務って、言っちゃえばボスの作戦のちょっとした尻拭いって感じじゃないですか?」
「……ああ」
ハント君の言いたいことに察しが付いた。
わたし達に与えられた任務は、言ってしまえば「ボスが仕掛けた魔物発生装置によって特殊個体化した魔物の討伐」って内容。
ボスのお父様が最近引き継いだ魔物討伐ギルドの職員さん達じゃ手に余るし何より人手不足って事で、わたし達の力試しを兼ねてボスが下したものの筈。
だけど、今回の案件はどうもそこと噛み合わない。
件の男爵家のアンデッド云々は、事前に集めた状況だけで判断するなら完全な〝自然発生〟によるもの。
まあ、アレを自然って形容するのが正しいかは置いておくとして、アンデッドの発生状況としてはごく自然だ。
だけどわたし達の案件は、魔物発生装置によって生まれてしまった特殊個体魔物の討伐……。冷静に考えると、全くの別物?
「そ、それに……」
「ん?」
次にブラックコーヒーに舌鼓を打っていたミレー君が、少し遠慮気味に小さく手を挙げた。
「ボスの事です……。多分、こんな街の近くにまで影響が出る場所に、そんな装置設置しないんじゃないですか?」
「それは……確かに」
「しかも事件発生は数年前……。ボスがその事件の事を知らないなんて有り得ないですし、アンデッド発生の可能性を考慮しないなんてもっと無いですよ。いくらなんでもリスクがありすぎます」
「なるほど……」
ボスは冷徹冷淡な面はあるけど、無差別に国民を巻き込むような事をするお人じゃない。
寧ろ将来自分を楽しませるコンテンツを生み出す可能性を潰すのを極力避けたがる、高みの視線を有する人だ。
そんなあの人がわざわざこんな街にダイレクトに被害が及ぶ場所に装置なんて設置しないだろう。
それをおしてでも設置する理由があるかもしれないけど……凡庸なわたしの頭じゃそんな理由は思い付かないし、そんなわたしを理解してるであろうボスがそれを踏まえない任務を与えるワケがない。
あの人はわたし達の能力を正しく見極めて、努力と苦労を重ねれば必ず成功させられる試練を課す。
それが、わたし達が敬愛するボスだ。
つまり──
「……男爵家のアンデッドは、わたし達の任務と無関係?」
わたし達の任務が、ふりだしに戻った。
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「ふ、ふふふふふ……美しい……」
人間には、心の休息が必要だ。
「見てみろティール。この波紋のような模様を。全身に走る縞模様から一転、上翅に広がるこの流れるような左右対称の波模様……」
それは日々の労働からの解放。
決して毎日に癒しがないわけではない。
美しく気立の良い最高最愛の人が居る事は確かに最大級の癒しだが、たまには別種の味を楽しみたくなるものだ。
「当初「シマナミキザミゾウムシ」という名からあまり期待はしていなかったのだが、とんでもないっ! これに執着するコレクターが居るというのも頷ける話だ……」
「……なぁ、クラウン」
「む? なんだその間抜け面は。まさか今更虫が苦手などと──」
「違ぇぇぇよッッ!! こんなッ!! クソ忙しい時にッ!! 合間縫ってなんで虫捕りしなきゃなんねんだよ、えェェェェッッ!?」
虫捕り。そう、私達は今虫捕りに来ている。
「しっかもオメェッ!! よりにもよってアールヴでかッ!? トールキンの周辺でッッ!! 呑気に虫捕りかオイッッ!!」
激昂して叫ぶティールの横を、何やら妙に色鮮やかな虫が横切る。
アレは先程から度々目にしている「アカニジミシジミ」だな。環境によって赤色の深みが変わり、そのバリエーションは何百種とも──
「あぁ……。ダメだこりゃ……。もう俺の声も届きゃしねぇ……」
虫捕り──昆虫採集は素晴らしい。
最適な環境を整えたビバリウム内で飼育するのは勿論、死後に標本として収集出来る。
種によっては見目も麗しく、実に収集欲を刺激される行いだ。
「散々言ってるけどよぉ。別にアールヴまで来なくて良かっただろう? ティリーザラ国内でさえまともに歩き回ってねぇってのに、なんでまたここに……」
「……ちょっとした現地調査だ」
「は? 現地調査だ?」
私とてティールの言は十二分に理解している。
ティリーザラの固有種収集ですらまともに手を付けられていないのにいきなりアールヴなんぞ、蒐集家の矜持としては道を外れる所業だ。
だが、これには事情を多分に含んでいる。
「アールヴは戦時に際し、国内に存在する動物を手当たり次第に捕獲し、魔物化の実験を敢行していた。故に霊樹トールキン周辺では哺乳類を始めとしたあらゆる動物が姿を消していた」
「おぉ。それで?」
「アールヴの生態系に問題が生じる可能性がある。責任者であるエルウェに捕獲リストを寄越させたのだが、これが本当に手当たり次第でな。初見時は思わず頭を抱えてしまった」
「……それって、お前の仕事か?」
「いや。全くの管轄外だ」
「……はぁ」
ティールは今日一番の溜め息を吐き、《地魔法》で何やら妙に座り心地の良さそうな椅子を拵えてからそれに全体重を落とす。
……相変わらず無駄に器用なヤツだ。
「で? なぁんで全く関係ねぇ事をお前がわざわざ現地来てまで調査してんだよ」
「将来の為だ」
「はぁ?」
「アールヴの生態系が崩れれば、現存していたはずの種が絶滅し、二度と私の手中に収まらない可能性がある。仮に既に他の蒐集家が所有していたとしても、高値での取引か、最悪一切交渉すらしてくれんかもしれん。なら初めからそんな事態に陥らせない方が良いだろう?」
前世でも同じような事は数え切れないほどあった。
絶滅危惧種の取引は厳罰化され、絶滅種に関しては文化財化。
カネで取り引き出来るならばまだ良い。カネ程度いくらでも増やせる。
だが存在が貴重になればなるほど、カネなどでは到底賄えない価値が付き、手から零れ落ちてしまう……。
それは、とても悔しく歯痒いものだ。度し難いほどに。
「この昆虫採集は、その一環だ。生態系のピラミッド下部に存在する彼等に異変が無いか、はたまた上位の痕跡が極端に減っていないかのな」
「……で、実際どうなんだ?」
「うむ。この様子なら問題なかろうな。リストを見た時は肝を冷やしたが、彼等もただではやられんらしい。狩られ始めた段階から奥地にまで逃げていたのだろう。いやはや、杞憂で安心した」
「……動機が逸脱しながら至極まともな事されっと俺の中の常識が狂うから止めてくんねぇかな」
「お前の常識の尺度など知らん。矯正したくば私を振り回せるくらいの大きな物差しをこさえる事だな」
「お前を振り回せるようになんて何百年掛かるんだよ。人生二回分は足らねぇよ」
「ふふふ。そうだろうな」
「ったく……」
ティールが不貞腐れたように手を差し出す。
私はそんな彼の手の平の直上にポケットディメンションを開き、そこから彼の水筒を手の中に落としてやる。
中に入っているのはマルガレン特製の紅茶だ。それをティールは口に汲むと、再び溜め息を吐く。
「てかそもそも、なんで俺付き合わされてんだ? お前に任された仕事、まだまだ途中だったんだけどな」
「おや、言ってなかったか?」
「早朝五時に突然寮の部屋に突撃して来てまともに頭が回ってねぇ間にこんな場所に連れて来られていきなり「虫捕りするぞ」って言われただけだけどなぁッ!! 一ミリも説明されてねぇよッ!!」
「そうだったか」
「ああそうだよっ! ……で、実際なんで?」
「なに。お前に逃げられないようにする為に事前に捕まえておいたに過ぎんよ。この後の予定のな」
「は? 逃げる……予定?」
「最近のお前は我が妹ミルトニアに次いで逃げ足が速い上に隠れ方も巧妙だからな。寝ている間に捕まえ逃げられない状況に付き合わせてるわけだ。この虫捕りと環境調査はそれにうってつけなわけだな」
「は? ……は?」
「行くぞ、お前の実家ハッタード家に。お前の両親を説得し、正式お前を芸術方面で私の部下として雇い入れる」
「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?!?」
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