第九章:第二次人森戦争・後編-6
えー、体調崩しておりました。
まあ、体調といっても耳なんですがね。
後はちょっと構成とかを悩んでいて、今回の内容をどうしたは纏められるのかを色々と試行錯誤していました。
読み辛かったら言って下さい。なるべく具体的に……。
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悲劇が起きたのはクラウンがヴァイスの元へ転移する、僅か十分程前。
覚悟を決めたヴァイスの醸し出す雰囲気が変わったのを双子のエルフ──ディーネルとダムスは正確に感じ取り、武器を握る指に力が入る。
「『姉さん……』」
「『うん。やっとヤル気になったみたいね』」
「『僕達の初陣……そして初戦。彼には申し訳ないけど』」
「『ええっ! 折角だから華々しく散らして、私達の名前を飾ってやろうじゃないのっ! 雑魚だろうと容赦しないっ!』」
そう息巻き漸く訪れた初戦闘を勝利で飾ろうと興奮する双子。
が、しかし──
「『……』」
「『……』」
「……」
何やらヴァイスの方から仕掛けるという事は無く睨み合いによる膠着状態がそこから数分ほど続き、そんな消極的な姿勢の彼にとうとうディーネルは業を煮やした。
「『ああもう、じれったいっ!! 私もうやるからねっ!?』」
「『あ、ちょっと姉さんっ!?』」
弟の制止を振り切りディーネルは駆け出す。
そんな姉にダムスは呆れたように嘆息しながらも弓を構え、高速で三本の矢を番えるとそのまま射出。
三本の矢は駆けるディーネルを追い抜き先にヴァイスへと届いた。
「……ふっ!」
短く息を整えたヴァイスは構えた剣で飛来する矢に応戦。それぞれの軌道を冷静に見切り、最低限の動きだけでそれらを弾く。
(──っ!? 問題無く弾けたけど何て重さなんだっ!? 普通の矢じゃないっ!!)
ダムスの扱う矢に、鏃は存在しない。彼の矢筒に収められている矢は全て矢柄と矢羽でのみ構成されており、ただ射るだけではただの柔く細いだけの棒でしかない。
だがダムスはこれを弓に番える直前、様々な魔法による魔術を矢柄の先端に集め鏃を形成している。
そうする事でただの矢に様々な効果や現象を発生させる変幻自在の射撃を可能とし、一般的に広まっている魔術による矢の生成よりも短時間且つ魔力消費量の低減を実現していた。
加えて鏃が無い分、通常の矢に比べ軽量化されている上、仮に矢を使い切ってしまっても魔力を温存した分で既存の魔術の矢を生成すれば更に継戦する事も不可能ではないのだ。
そして先程ダムスが放ったのは《重力魔法》による重力属性の鏃が生成された矢。
射出した際の矢に掛かる重力は最低にまで落ち、被弾した直後には逆に数倍の重量となるよう調整がされたものであった。
「『よそ見してんじゃぁ──』」
ダムスの矢の重さに気を取られ思わず彼に視線を移してしまったヴァイスの眼前に、ディーネルが身を屈めながら一気に詰め寄る。
「『ないわよぉっ!!』」
やっとの思いで矢を弾き、寄り返しで脱力してしまったヴァイスの構えていた直剣に、ディーネルによるスピードが乗った逆袈裟懸けによる振り上げが炸裂する。
「──ッ!!?」
そんな彼女の斬撃にヴァイスは辛うじて反応。
咄嗟に剣の角度を変えると不幸中の幸いか、脱力が衝撃を和らげるようにして彼女の斬撃を刃で滑らせたる事に成功する。
(ぐ……腕が……)
だが完全には威力を殺し切れず残った衝撃は両腕へと伝播し、鈍い痛みと痺れを残し攻勢へと移るのが遅れてしまった。
「『スキだらけぇ、よっ!!』」
攻撃を受け流されたディーネルは、しかし自身の一撃を流し切れなかったヴァイスを見てカウンターが遅れると即座に判断。
彼に生まれた隙を正確に見極め、流されていた上方の剣を体重を乗せながら容赦無く振り下ろす。
(ま……だっ!!)
ディーネルの斬撃が頭上へ迫る刹那。剣での防御が間に合わない、と察したヴァイスは無理に構え直すのを止め即席で魔力を練り上げる。
そしてそれを剣へと流すと《光魔法》を発動し、刃に光を纏わせ伸びた刀身で彼女の一撃を既の所で弾き返した。
「『なっ!?』」
土壇場の光の刃はディーネルを仰天させ、剣が後方へ弾かれた事も相まり彼女に大きな隙が生まれる。
(今度こそっ)
ガラ空きになったディーネルの隙をしっかり見定めたヴァイスは彼女へと手を伸ばし、その手中に魔力を集中させ《光魔法》による光弾を作り出す。
(威力は……よし、これならっ!!)
被弾した際の殺傷力を抑えるよう魔力を調整し、ディーネルの鳩尾に向け《光魔法》による魔術「シャインボール」を放った。
が、しかし──
「『させないよ』」
冷静な声音が聞こえた直後、光弾は突如として四散。ヴァイスは自身の手に鋭利な痛みが走るのを感じ思わず顔を顰める。
(ぐぅ……)
視線を痛む手へと向けて見れば、そこには自身の掌から甲を貫通した一本の矢が突き刺さっており、傷口から血が滴っているのが映った。
「『させると思う?』」
それは紛れも無くダムスによる弓矢の射撃。いつも無鉄砲に突っ走る姉は優秀だが何かと油断もしやすく、いざという時はこうして彼女をサポートするのが彼の基本的な立ち回りになっている。
(くそ……でもなんで……どうやって……)
ヴァイスは当然、警戒はしていた。
先程の異様に重たい射撃もそうだがダムスの弓矢から放たれる矢は得体が知れず、次の援護射撃で何をしてくるか分からない。姉の隙を援護する事など然しものヴァイスでも容易に想像出来た。
だが弓矢とはあくまでも飛び道具。放った矢の動線上に遮蔽物がある場合、余程の威力で完封してしまわない限りは本来射つ事は出来ないのだ。
故にヴァイスは前衛でディーネルが自分の相手をしている限り、彼女がその遮蔽物となって弓矢を放つ事が出来ないだろうと踏んでいた。
にも関わらず、ダムスの放った矢はディーネルの影に隠れて見えない筈のヴァイスの手を正確に射抜き、彼の魔術を消した上に片手にダメージさえ負わせたのだ。
そして──
「『ボーっとしてんじゃないわよっ!!』」
ヴァイスが自身の右手に意識を向けていた合間に体勢を立て直したディーネルが再び直剣を構え、躊躇なく振り被る。更に──
「『頑張ったけど、終わりかな?』」
ダムスによる変幻自在の三本の矢が彼の弓から曲射され、ヴァイスの頭上で鏃が炸裂すると無数の鋭利な鉄片へと変化し落下しようとしていた。
「く、そっ!!」
激痛が走り、矢が刺さったままの右手を振り上げディーネルからの一撃を防ぐべく手首を刃に沿わせ支えるようにして構え、それと同時に《光魔法》を発動し自分達の直上に薄い光の板をを作り出す。
だが、それでは足りない。
「『ナメんじゃないわよっ!!』」
「『ナメないでよっ!!』」
双子の声が同時に届いた瞬間、ディーネルの袈裟懸けがヴァイスの脆い防御を難なく弾き飛ばし、ダムスの放った無数の鋭利な鉄片が光の板を瞬く間に亀裂を生じさせる。
(や、っぱり、敵わない、か……)
即座に立て直すだけの気力も集中力も途切れたヴァイスは、目前で斬り返される剣と頭上に迫る光の板を砕いた鉄片に成す術なく諦観する。
はなからヴァイスは、双子に勝てるなどと慢心していなかった。
だがだからといって、ただ殺られてやろうとも考えてはいなかった。
ヴァイスが考えていたのは〝双子が情けを掛ける〟ような負け方……。敵である自分達にせめてもの情けを感じさせ、敗北者であるヴァイスの最期の願いを聴いてやっても良いと思わせるような、そんな勝たせ方をする事だった。
無論、ヴァイスにそんな器用な真似が出来る程の演技力も実力も無い。双子の攻防を紙一重で捌くので精一杯である。
故にヴァイスはただ愚直に、全力をもって双子に挑んだ。命を懸け、ひたむきに、ひたすらに、がむしゃらに敵わない双子に挑んだ。
この必死な自分の姿を、少女達を庇いながら一歩も引かない震えた弱者である自分の姿を、双子の目に焼き付けさせようとしたのだ。
そうすればきっと、まだまだあどけなさが残る双子は自分達に〝甘さ〟を見せてくれるだろう。
頑張っていたから、必死だったから、勇敢だったから……。
そう感じて、僅かにでも魔が差して、守られていただけの彼女達の命くらいは見逃してやっても良いと、なってくれるかもしれない。
何一つ根拠の無い希望的観測に、ヴァイスは懸けて、賭けた。
自分の命を引き換えに彼女達が助かるならば、悔いなどきっと残らない……。
ヴァイスは本気でそう信じ、敵わぬ敵に敢えて挑み、今まさに敗北しようとしている。
ディーネルの刃が眼前に迫り、光の板を貫通した無数の鉄片が振り注ごうとする、そんな中。ヴァイスは存外にも穏やかな心持ちでその瞬間を迎えようとしていた。
(……もし天国があるなら──)
「『これで終わりっ!!』」
「『これで終わりっ!!』」
双子の勝ち鬨が遠くに聞こえる。
(また、会えるかな……。リデル……)
最期に少しだけ期待感を抱き、目を瞑った。
…………しかし。
「ダメッッ!!」
聞こえて欲しくない声が、聞こえてはならない方向からヴァイスの鼓膜を揺らす。
「ゔ、ヴァイス君っ!!」
「大丈夫ですかっ!?」
ヴァイスに隠れるシンシア達は、自分達を庇いながらボロボロになっていく彼を見て血相を変えて心配する。
彼女達としては勿論、ヴァイスの邪魔ではなく助けになりたいと心から望んでいる。
だが先程のディーネルとダムスによる高速の接近や剣の一撃一撃、射られる矢を彼女達は目で追う事が出来なかった。
それどころか本気の殺意が乗った彼女の剣や矢に竦み上がり、手を出すどころか身を縮める事しか出来ずにいる始末。
だからといってヴァイスから離れればヴァイスとディーネル、ダムスの攻防を皮切りに始まった周囲の兵士達の戦闘にも巻き込まれ、彼を余計に心配させてしまうかもしれない。
彼女達はただこうしてヴァイスの影で身を守り、心配の声を上げながら彼の邪魔をする事しか出来ない……。彼女達の内心は今、歯痒いなどという生温いものではなかった。
焦燥、自己嫌悪、後悔、絶望……。それらが彼女達の中を渦巻き、苛む。
そして生まれた罪悪感に彼女達は突き動かされ、想起してしまう。
彼と過ごした短く、だが実に豊かで充実した日々を……。
『難しく考え過ぎぃ、かな? 確かに演算力は魔術の役には立つけど全てじゃないから。君ならもっと感覚的に使った方が柔軟性が生まれると思う』
『そ、そうぅ〜? そう言ってもらえると、なんだか安心するわぁ〜』
『それは良かった。シンシア君はもっと自分の感性に自信を持って良いんだ。そこに君の魅力と強さがあるって、僕は思うよ』
(……どんくさくてポンコツで、何をするにも中途半端な私を、ヴァイス君は根気強く見守って私なりの良さを見付けてくれた……。こんな、私を……)
『うーん。この魔術をもっと流動的に扱いたかったら「鋭く」よりも直球に「激流」を使った詠唱の方が理想に近付くんじゃないかな?』
『な、なるほど……。さっすがヴァイス君っ!! あったま良いっ!! それに比べてアタシは頭悪くて……』
『そんな卑下しないで。フォセカ君は寧ろ難しく考え過ぎなんだよ。君の直感的なワードセンスは才能だと僕は思う。もっと自由に考えてみたら?』
(……ヴァイス君はただ適当でいい加減なアタシに、才能があるって自信をくれた……。本当に、本当に嬉しかった……)
『メラストマ君は凄いな。演算が精密で正確……。僕なんかには真似出来ない芸当だよ』
『いえそんな。私の取り柄なんてそれくらいですし、寧ろそのせいで魔術の発動まで他の人より時間掛かってしまって出遅れる事もしばしば……。これでは到底──』
『それは仕方が無い事だよ。両立ってかなり難しいから……。でも、その分僕等がカバーすれば良いし、いざという時の正確な攻撃や防御は居てくれるだけで凄く安心する。凄い事だよ、本当に』
(……真面目過ぎて融通の効かない私のやり方を、ヴァイス君は肯定してくれた。この人とならどんな困難にも一緒に立ち向かえるって、そう思わせてくれた……)
少女達は改めて、目の前で傷付く〝最愛の人〟の背中を見遣る。
決意と覚悟を決めた今でも恐怖で小刻みに震え、引けてしまいそうな足腰を気合いで地面に縫い付ける、世界一かっこいい少年を。
きっと彼は、自分達の為に死ぬつもりなのだろう。
すぐ側で見続けて来た彼女達ならば、そんな馬鹿げた覚悟を決めた彼の表情くらいは直ぐに察知出来る。
伊達に惚れた男をほぼ毎日見詰め続けてはいないのだ。
そんな彼の為ならば……彼が救われるならば──
(……ごめんね、ヴァイス君)
(アタシ達……)
(こんなやり方でしか、役に立てません)
彼女達もまた、ヴァイスと同じく覚悟を決める。文字通りの決死の覚悟を……。
そして最初に飛び出したのは──
「『っ!?』」
「『っ!?』」
次の瞬間、完全に受け身の脱力したヴァイスの身体は真横に簡単に突き飛ばされ、自身に注がれるハズだった凶刃が真横を掠めた。
「──ッッッッッ!! あ、あぁぁ……」
そして舞い上がる、自分のものではない鮮血の花弁。
地面に倒れた彼の顔にも盛大に返り血が飛び、あって欲しくない現実が視界一杯に広がる。
「な……ん……シンシア、君……?」
だがまだ脅威は去っていない。
頭上から落下して来ていた無数の鉄片は、あろう事かそのままシンシアを蜂の巣にするのではなくその指向を変え、突き飛ばされたヴァイスへと矛先が向く。
「──ッ!? ヴァイス君ッッ!!」
目の前で凶刃に倒れる守るべき存在の姿に気を取られ、未だ命を狙い続ける鉄片に意識が向かないヴァイスを今度は影が覆う。
それはヴァイスの上に誰かが守るようにして身体を使い覆い被さった事によって出来た影であり、その正体が彼の目に入った瞬間、彼女の背中に鉄の雨が降り注ぐ。
「がぁッッッ!! ぐぅ……っ」
「フォ、セカ、君……。フォセカ君ッッ!?」
「へ、へへ……大丈夫? ヴァイス、く──」
激痛に脂汗を流すフォセカは彼に苦痛に歪んだ顔は見せまいと気丈に笑って見せ、しかし途中で意識が途切れてしまいそのままヴァイスに倒れてしまう。
ヴァイスは咄嗟にフォセカを抱き寄せ背中を見れば、そこには数えるのも嫌になる量の鉄片が深々と突き刺さっており、そこから夥しく血が流れて出ていた。
「フォセカ君……フォセカ君ッッ!!」
呼び掛けるも反応は無く、更には視界にどんどん顔色が真っ白になっていくシンシアの無残な姿も写り、筆舌に尽くし難い激情が心胆から湧き上がった。
「なん、で……。なんでなんでなんでッッ!! なんでなんだよッッ!!?」
喉が裂けんばかりの慟哭を上げるヴァイス。
その様子に凶刃を振るった当人達であるディーネルとダムスは狼狽して後退り、二人で顔を見合わせ困惑した。
「『な、なんなのよ……コレ……』」
「『……』」
「『私達、間違ってないわよね? 敵に変わりないんだから、良い……のよね?』」
「『…………』」
「『ねぇダムスッ!!』」
「『…………わかん、ないよ……』」
双子は今、初めて人の命に手を掛けた。
その感触は生々しく、そして信じられない程に重苦しく纏わり付く。
それがひたすらに居心地悪く、気持ち悪く。
双子の心を執拗に苛んだ。
そしてそんな双子を、〝少女〟は真っ直ぐに見遣り、唱える。
「突き刺せ、刈り取れ、その身に流麗なる千刃を刻め──」
少女──メラストマは冷淡に、ただただ冷静に魔力を練り上げ、魔術を構築していく。
どこまで通用するか分からない。もしかしたら目眩し程度にしかならないかもしれない。
だが今の狼狽え、動揺を隠し切れていない今の双子になら、未熟で拙い自分の魔術が通用する可能性はある。
それに彼女はやらねばならい。ここでやらねばいつやるというのだ。
同じ目的、同じ目標を掲げ、共に笑い合える一時を過ごした二人の友人の蛮勇に涙しながら、その命に触れた許されざる双子のエルフを屠るべく、全身全霊を魔術に込める。
友と最愛を守る為、メラストマは枯れんばかりに魔力をたった一つの魔術に注ぎ込んだ。
「斬り刻め激流の刃ッ!! 「サウザンドアクアカッ──」
「『させるかぁッ!!』」
「──ッッ!?」
突如、メラストマの背中に衝撃が走る。
それと同時に冷たい何かが身体の真ん中を真っ直ぐに通り抜けるような寒気のする感触を覚え、メラストマは徐に目線を下げる。
「あ、ああぁ、あぁ……」
そこには胸の中心から飛び出す、決して生えてはならない金属の切先──剣の刃が血に濡れて飛び出していた。
「か……ひゅ……かはっ」
メラストマの手中にあった魔力の塊は彼女が致命傷を自覚した途端に霧散。
吐血し、滝のような汗を流すと共に彼女の全身から力が抜けていき、前屈みになって地面へと倒れ込んでしまう。
そんな彼女の背後には──
「『う、恨むなよ……。これも戦争だ。お嬢さん方を殺らせるわけにはいかないからな……』」
彼は、何の変哲もないただの一エルフ兵士。
直前までティリーザラの兵士と対峙しており、その相手と決着が付いたタイミングが、丁度メラストマが双子に魔術を撃ち込もうと魔力を練っていた最中だった。
何も彼女達の敵は双子だけではない。
ヴァイス達にとっては本来、双子以外の兵士達ですら強敵になり得るポテンシャルがあるのだ。
メラストマのような未熟者ならば尚更、背中を無防備に晒してはならない筈であった。
「メラ、ストマ、君……?」
最早この時点で、ヴァイスの頭は状況に一切付いて行けていなかった。
目の前の現実が余りにも重た過ぎて受け止め切れず、思考は混迷を通り越して漂白。ただただ自分の心臓の音が耳障りな程にうるさく頭の中を鳴り響いた。
「あ、ああぁぁ……」
だが現実からはどうしたって逃げる事は出来ない。
目に映る鮮烈な赤が、不気味な程の白が、まるで鈍器で殴られたかのような衝撃を伴って脳に現実として叩き込まれ──
「だ、だ、め──」
脳髄の奥から、無理矢理激情が引っ張り出される。
「だめだダメだダメだダメだだめだダメだァァァァッッ!!」
必死、では生易しい。
宛ら血に飢えた獣が眼前の獲物を貪るが如き勢いで一番側に〝ある〟フォセカの背中に刺さる鉄片を抜き去り、三人を全員仰向けにするとそれぞれに蘇生措置をはかっていく。
心臓マッサージに人工呼吸、渡されていたポーションを取り出して傷口に掛け、自身の服を破いて傷口を懸命に抑えて込んだ。
しかし三人の血は止まらず、寧ろ無茶苦茶で荒い措置のせいで出血量は増してしまい、地面にはどんどん血の水溜りが広がり続けていた。
「ああぁぁ……死ぬなッッ!! 目を開けてくれぇッッ!!」
ただそれでも手を止める事など出来ない。
もしこの手を止めたら今にも消えてしまうかもしれない。
ちょっとの手抜きが、油断が、勘違いが、逃避が、彼女達の命の細い細い線が切れてしまうかもしれない。
そんな可能性が頭を過ぎると、手を止める事など出来なかった。許す事が出来なかった。
例え自分が敵のど真ん中に居ようと、背中を晒していようと知った事ではない。
彼女達が蘇生出来るならば、自分の命などどうとでも……。
「頼む……頼む……頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼むッッ……頼むから……目を……さましてくれよ……」
懇願。ヴァイスはひたすらに懇願する。
神に祈っているわけではない。
何か奇跡が、救い主が、悪魔でも良かった。
彼女達を助けてくれるならば、何でも良かった。
叶えてくれるならば、何でも──
「……チッ」
一つの舌打ちが、酷くヴァイスの鼓膜を響かせる。
それをきっかけにほんの少しだけ開いた視野がヴァイスに周りの変化を気付かせ、自身に歩み寄る身勝手な希望の存在を見付けた。
「く、くら、クラウン……」
「……」
「た、頼むクラウンッ!! さ、三人を、三人を助けてくれッ!! 三人共息をしてないんだッ!! 血だってこんなに……。このままじゃ彼女達が──」
クラウンならば何とかしてくれる。
彼はいつだって降り掛かる災難を涼しい顔で解決し、目の前の困難を問題無く処理して来た。
彼ならばきっと、彼女達を助けてくれる。そうに違いない……。
そんな願望を願ったヴァイスは、しかし──
「死体はどう足掻こうと死体だ」
冷たい冷たい……氷結した言葉がヴァイスの思考を止める。
「ッッ!? な、な、何を、言って……」
「現実逃避して何が変わる? 彼女達の死体を辱めて彼女達が蘇るのか? 起こり得ない奇跡が叶って自らの過ちが帳消しになるのか? それとも都合良く私が何とかしてくれると? 同情を買う為のパフォーマンスなら吐き気がするな」
「な……な……」
「お前が今すべき事はなんだ? 死体に涙を滲ませる事なのか? 死体に呼び掛け続ける事なのか? 奇跡を待つ事なのか? なぁヴァイスよ──」
「ぐ……ぁぁ……。や、め……」
「シンシア、フォセカ、メラストマは死んだ。お前が死なせた。お前のせいで死んだ。その現実は変わらな──」
「や、めろォォォォォォッッ!!!!」
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