第九章:第二次人森戦争・後編-2
今回は初めて、クラウン以外で初めての一人称視点の挑戦です。
前々から何度か挑戦する機会を伺っていたのですが、中々それが効果的に発揮出来る場面を見極められなかったんですよね……。本当、まだまだ未熟です。
ただ今章である後編は、クラウン以外にも〝彼〟の大事な話だったりもするので、その心象、心情が一番に伝わるであろう一人称視点を採用してみた形です。
少しは伝わってくれたら幸いです。
〝彼〟にとってこの戦争は、人生の分岐点になるので、どうぞ期待を胸に見守っていて下さい。
彼の背中が遠のいて行くのを横目で見送り、僕はこっそりと小さな溜め息を吐く。
僕──ヴァイス・ラトウィッジ・キャザレルは今、義父さんの助力の元、戦場の最前線に連れて来て貰っている。
と、言っても僕が敵と戦う事は殆ど無い。この一週間で僕がやった事といえば怪我人の救助や簡単な治療、そして目の前に広がる死体と血で出来た大地を片付ける事くらい……。剣や魔法の出番など数える程度しかない。
それもこれも全てはこの部隊の隊長補佐を任されている彼……クラウンによる計らいだ。
クラウンは意図的に僕を戦わせないように立ち回り、僕の目の前で次々と敵を屠り去っていた。
彼の意図する所は……なんとなく察しはつく。
彼はきっと僕に「戦争とは何か」を見せたいんだろう。その無情さ、虚しさ、遣る瀬無さ……。
僕なんかが止める隙など無くたった数秒で幾つもの命がアッサリと散らされる……。そんな様を現実を直視出来ていない僕に見せつけ、そして思い知らせたいのだ。
僕の正義感の入る余地など、何処にも無いという事を……。
「ヴァイスくぅん? 大丈夫ぅ?」
「──っ!!」
その声に思わず肩が跳ねるほどに驚いてしまい咄嗟に顔を上げると、そこには最近頻繁に時間を共に過ごしている同学年の女生徒の一人──シンシア君が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「あ、ああ……。大丈夫だよ」
考えを巡らせている内に深みに入っていたようで、彼女の呼び掛けにより気が付いた僕は慌てて心配させまいと笑顔を作る。
しかしどうやら失敗したようで、心配そうな表情はより深まり、何をどうすべきかとオロオロしだしてしまう。
「本当ぉ? 本当に大丈夫ぅ? 私に出来る事なぁい?」
ただ普段からマイペースでおっとりしている彼女はその慌てる様もゆったりしていて、側から見ても緊張感は殆ど伝わって来ない。
そんな彼女の様子に、悪いとは感じつつもつい微笑んでしまう。
「……ありがとう、心配してくれて。僕は本当に大丈夫だから」
「そ、そう? なら良いのだけれどぉ」
「ちょっとちょっとヴァイス君つ! シンシアっ! ホラくっちゃべってないで動いた動いたっ!!」
「そうですよ。余り時間を掛け過ぎると四人全員クラウンさんに怒られてしまうのですからね」
僕達のそんなやり取りにテキパキと死体を処理していたもう二人の馴染みの女生徒──元気でハキハキと喋る活発なフォセカ君、礼儀正しく常に落ち着いた雰囲気のメラストマ君──達からの叱咤が飛んで来る。
……彼女達までが僕と一緒に前線に来ているにはワケがある。
勿論、最初から彼女達も同行予定だったわけではないし、僕もこんな危険な場所に彼女達を巻き込むつもりは毛頭なかった。
だが義父さんが僕をクラウンの指揮下に入る為に色々と根回しをしてくれた際、拗れた事情が挟まった結果こんな形になってしまった。
言ってしまえば、彼女達の〝親〟が介入して来たのだ。
元々彼女達の親はキャザレル侯爵家の養子である僕に娘達を近付かせ、親交を深めて自分達の家とキャザレル家との間にパイプを繋ぎ、より強い権力を得ようと画策していた。
彼女達も当然それを承知で僕と仲良くなり、なんならあわよくば知り合いであったクラウンに取り入れないかとすら考えていたようだった。
まあ、幸い彼女達は最近そういった事情抜きで僕を慕ってくれるようになったようだけど、つまり僕は家柄の向上の為の踏み台だったわけで、それを知った僕は当時中々に衝撃を受けた。
そして今回もそんな事情絡み……。彼女達の親が何処からか僕がクラウンの指揮下に入ると聞き付け「ならば自分達の娘もっ!!」と、名乗り出たらしい。
勿論、義父さんはそれを躱そうとしたようだったのだが、流石にそこそこ政治的な力がある三人相手は厳しかったようで、どうにも躱しきれなかった……。
それが今現在、彼女達が僕と一緒に前線に居る理由だ。
……至極、バカバカしい。そして愚かしいと、心の底からそう思う。
自ら望んだ僕と違い本人の了承も得ず自身の娘を死地に送る親の神経は理解出来ないし、それで僕や義父さんの心象を良く出来ると考えている正気を疑ってしまう。
彼女達も彼女達で親に言われて、と現れた時は思わず閉口し、僕なりに必死に説得したのだが──
『親の事だけじゃないわぁ』
『そうそうっ! アタシ達は純粋にっ! ヴァイス君の力になりたいのさっ!』
『決して足を引っ張りません。どうか貴方の力にならせて下さい』
そう、言われてしまった……。
言葉だけだったなら跳ね返せたかもしれない。僕に近付いた理由を並べ立てて彼女達を全否定して拒絶する事だって出来たかもしれない。
でも彼女達の目に宿る熱意や決意に嘘偽りなど見えなかったし、彼女達をそんなクラウンのような手段で拒絶出来るほど、心は強くも器用でも無い。
だから僕は彼女達を否定出来ず、頷くしか出来なかった……。
そして彼もまた──
『……』
『……すまないクラウン。そういう事になった』
『『『よろしくお願いしますっ!!』』』
『…………』
『……く、クラウン?』
『……私は知らん』
『え?』
『彼女達の責任まで面倒見れん。お前で背負え。この大馬鹿者が』
『あ、う、うん……』
彼のあんな顔は初めて見た。
彼女達と対面し事情を理解した彼は正に絶句していて、込み上げる色んな感情を押し殺していたような、そんな表情。
彼に共感する事など皆無だと思っていたけれど、あの時ばかりは同情の念を禁じ得なかった。
きっと僕だって同じ立場だったなら彼ほどでないにしろ同様に狼狽していただろう。普通なら断るし、それこそ彼なら手練手管で同行を断ったに違いない。
でも彼はそうしなかった。
きっと断った際の体裁の悪さが一番の理由なんだろうけど、多分──
「んん? ねぇヴァイス君っ!!」
「……大丈夫ですか?」
「──っ!!」
そうだ。こんな事を考えてる場合じゃない。
僕達の仕事はクラウン達が倒したエルフの兵士の後片付け……。
任された責任もあるけど、死体をこのまま放置しては腐り、厄介な病原菌が繁殖してしまって疫病を齎しかねない。
それに死体に魔力がある程度残留してしまっているとアンデッド化してしまい、もっと酷い事になる。
加えてその死体やアンデッドが原因で戦争に誘われる〝魔王〟っていうのが居るらしい。
だから僕達の仕事は単調単純に見えてかなり重要なものである、とクラウンに言われていたんだ。
残酷だとか非情だとかと一人嘆いている場合ではない。戦えない僕達にも僕達なりの仕事──戦いがある。それを遂行しなければいよいよ前線から追い出されてしまう。
「ああごめんごめんっ!! すぐに取り掛かるよっ!!」
そう言って僕はシンシアと共に漸く働き始めた。なるべく心配させまいと、皆に笑い掛けて……。
「ふぅ……。これで全部、かな?」
約二時間の格闘の末、漸く死体達の処理が済んだ。
支給されている学生兵装が汚れるのも構わず死体を移動させていき、彼等の装備や所持品の整理を行い、散らばってしまった彼等の身体の一部を回収して回る……。その繰り返しだ。
決して難しく無い内容ではあるが、これが中々に重労働。
彼等エルフ族は平均して人族より体重は軽めなものの、それでも成人体型の死体をそこそこの距離移動させるのは担架を使いながらでも肉体的に疲労を覚えるし、散らばった部位の回収などはやっていて本当に気が滅入る。
その上彼等の死体を一つずつ確認し所持品を検め、終戦後に相手方に報告する目的で身元が判るものが無いか確認し、あったなら記帳。それ以外の雑多な所持品も一応は死体の特徴と一緒に記載して個別に保護をしている。
武器等の装備品はある程度大雑把に種類ごとと破損具合で分別し、使える物は自軍へ支給、使えない物は一箇所に纏め置いておく……。
それが終われば供養と先述の懸念を考慮し死体を一箇所に集め、僕達の死体の処理は終わり。これをクラウンやロリーナ君達が倒した敵兵分、全て熟す。
本来ならこの後に死体を焼却して供養するのも僕達の仕事の範疇になるのだろうけど──
『死体が幾つあると思っている? お前達の《炎魔法》では時間が掛かり過ぎるし、最悪火力不足でバーンアンデッドなんて更に厄介な魔物が生まれるかもしれん。焼却は私がやっておくしかあるまいよ』
と、そんな理由で焼却の方はクラウンが行う決まりになっている。
確かに僕達が操る《炎魔法》では、百を超える死体を満遍なく灰にする事は難しいしかなりの魔力を消費し、必ず翌日に響いてしまう。
その上彼が言うように燃やし尽くせず、バーンアンデッドという炎属性に耐性を得たアンデッドが生まれてしまうのは避けたい。
故に僕達ではなく、あのキャピタレウス様の弟子でもあるクラウンがそれを務めるのは納得がいく理由だろう。
ただ供養に立ち会いたいと言っても彼は聞く耳を持たず「さっさと身体を休めなさい」と、諭されてしまった。
僕としてはどうやって灰や煙を出さずに焼却したのか知りたかったのも理由にあったのだけどな……。まあ、彼の目を掻い潜って覗き見は無理だろうし、大人しく寝る事にしている。
「うーんっっ……あぁぁ……。今日で一週間、かぁ〜」
一通りの仕事を終え汚れてしまった手を水で洗い流していると、背筋を伸ばし凝り固まった筋肉を簡単にほぐすフォセカ君が小さく呟く。
そんな彼女の顔はいつもの朗らかさが少し薄れ、なんだか浮かない様子に見えた。
「どうしたのフォセカ君? 悩み事?」
彼女達はある意味では僕が巻き込んでこの場に居るようなものだし、クラウンから責任を取れとも言われてる。
何か僕に解決出来る悩みなら協力してあげたいんだけど……。
「ん? ああっ! 違う違うっ!! 悩みなんて大したもんじゃないよっ!! ……ただ」
「ただ?」
「……一週間近く同じ事やってさ。最初は躊躇した死体の処理とかも慣れてきて、一応ちゃんと働いてるっ! って感じはするんだけど……」
「うん」
「やっぱさ。アタシ達が居るのって戦場なワケじゃん? みんな戦って、敵倒して、仲間助けて……。でもアタシ達は──」
「止めて」
冷たい声が耳に届き、僕達は声の方へと振り返る。
するとそこにはクラウンと共に細剣を振るい、彼の次に敵を容赦無く屠っている同学年の女生徒──ロリーナ君が無表情で僕達を見据えていた。
「ろ、ロリーナ君……」
「え、えぇと……。アタシ達に、何か?」
「食事の支度が終わったから呼びに来たの。来たのだけれど……」
ただでさえ冷たかった彼女の声音は言葉が進むにつれ更に低温になっていき、最後にはフォセカ君を半眼で睥睨。
足を一歩前に踏み出したかと思えば目にも止まらぬ速度でフォセカ君に歩み寄り、自身より身長の高い彼女を見上げた。
「なっ!?」
「……フォセカ君」
「は、はいっ!?」
「貴女──いえ、貴女達は今、ワガママを通した上でこの場に居る。そうよね?」
「えっ!? あ、ああうん……。そうなる、のかな?」
「ワガママを言うのは良いわ。それが通り、許されたのなら私は何の文句も無い。そう、クラウンさんが決めたのならね」
「う、うん……」
「でもワガママを通して立てた立場に不満を持って更にワガママを通すつもりなら、私はそれを許せない。クラウンさんに迷惑が掛かるなら、許せない」
「──っ!!」
ロリーナ君の声音に、ほんの少しだけ怒気が宿る。
するとそれだけでフォセカ君の額にびっしょりと冷や汗が滲み出し、顔色は蒼白に染まっていく。
「そもそもクラウンさんは貴女達を歓迎していない。体面に傷が付かないならば今すぐにでもあの人は貴女達を後衛に送り返すわ。貴女達の立場は、それだけ不安定なものなのよ」
「で、でもっ!!」
ロリーナ君の物言いに、フォセカ君は不服と感じて語気を強めながら湧き上がる恐れを跳ね除け言葉を返す。
「あ、アタシ達だってきっちり働いてるっ! そりゃ最初は動き悪かったろうけど……。でも今のアタシ達なら誰かに負担掛けないで動けるくらい慣れて来たんだっ!! そんなアタシ達が余力を他に回すくらい──」
「貴女達が戦ってもコッチの負担が増えるだけなの」
「──っ!?」
「……嫌な言い方になってしまってごめんなさい。でも、ちゃんと現実を分かって貰わないと、貴女達だけじゃなく私達まで危ないから」
「……」
「……さっきの私の動き、見えた?」
「え?」
さっきの動きというと、彼女が目に追えない速さでフォセカ君に近付いた事を言っているのだろう。
僕自身まともに認識出来ない速度だったが……。
「……見えてない、わね?」
「……」
「同じくらい早く動ける必要は無いわ。でも最低限目で追って反応出来ないのなら、明日から戦いに出ても貴女は役には立てない。足を引っ張るだけ」
「そ、んな……」
反応出来ないなら、か……。それなら僕も……。
「クラウンさんはね。私達を鍛える時に最初に必ず教えるの。〝自衛〟のやり方、体作りを」
「自衛……」
「自らで自らを守れる力、能力……。例え孤立してしまっても自己解決出来る能力……。それがちゃんと出来て初めて、あの人は私達に合った訓練をつけてくれたわ」
「うぅ……」
「勿論、私と同じ動きが出来る兵士はあんまり居ない。でもあくまで〝あんまり〟なの。もしかしたら出来る兵士が居るかもしれないし、そうでなくても敵は複数……。囲われたら要求される自衛能力だって高くなる……。貴女達に、それが出来るの?」
「……」
彼女は──ロリーナ君は本気で心配してくれている。
当然その一番前にはクラウンに迷惑が掛かる事への懸念があるのだろうけど、そこには何の根拠も無く軽い気持ちで戦いに繰り出そうとしている彼女を啓蒙したいのもあるんだろう。
僕はもうクラウンに散々に言われているから実力不足を理解しているけど、彼女達は違うからな。
「……」
フォセカ君もすっかり意気消沈してしまった。ここは僕が出しゃばる番かな。
「ロリーナ君。それくらいにしてあげて」
「……貴方も」
「え」
「貴方もしっかりしてね。こういう話、本来は世話を任されている貴方がするべき話なんだから」
「う、うん。面目ない……」
「では、私は戻るね。夕食、遅れないで」
そう言い残し、ロリーナ君は無表情のまま僕達の元を去って行く。
……彼女も随分、クラウンに似てきたな。
そんなに接してきたわけじゃないけど第一印象から比べて喋るようになったし、何よりあんな風に説教をしてくれる人柄ではなかったように思える。
それが良い事なのかどうかは、浅学の僕では計り切れないけど……。
「……」
──っ!! と、そうだそうだっ!!
「フォセカ君、大丈夫?」
「え? あ……うん」
ロリーナ君の説教が余程に効いたのか、いつもの明朗さは完全に陰りすっかり落ち込んでしまっている。
こんな彼女の様子を見ると少し言い過ぎなんじゃないか、と思わなくもない。けど……。
「フォセカ君。正直な話、僕はロリーナ君の言っていた事は間違ってなかったと思うよ」
「……え?」
まるで裏切られたかのよう表情を見せる彼女に思わず胸が締め付けられる感覚を覚えるが、誤解を招かぬよう直ぐに続きを口にする。
「ああ勘違いしないでねっ!! 僕が言いたいのはあくまで簡単な気持ちで戦いに身を投じるのは止めよう、って事。役に立ちたいって気持ちだけで無闇に危険に身を投じる必要はないって事だよ」
クラウンからもキツく言われている。
決意も覚悟も無い者が戦場に出ても足手纏いになるだけ……。まあ、僕と彼女とでは厳密には言われている事は違うけど、でも結局のところは──
「僕達には力が無い、技術が無い……。そもそもの話、本物の戦場で僕達学生がまともな働きが出来る方が稀有なんだ。クラウンと彼に鍛えられた部下達が突出して強いだけで、どちらかというと僕達の方が普通なんだよ」
クラウンは強い。異常で異様なほど強い。
才能だとか天才だとか、最早そんな領域じゃない。僕達と本当に同年代、同学年の子供なのか疑った方がまだ納得出来るような、常軌を逸した能力と活躍、功績を上げている。
そして彼に鍛えられ、強くなったヘリアーテさん達もまた、そんな常軌を逸した力と技術を身に付け始めた逸脱者達だ。
そんな彼等と僕達とじゃ多分、比べるのがまず間違っているんだ。
「僕達が特別弱いわけじゃない。僕達が普通で、僕達に今出来る事が最善なんだ。残念ながら僕達では彼等のように活躍するのは夢のまた夢……。焦る気持ちも分かるけど、ね」
「ヴァイス君……」
「君も言ってたじゃないか。僕達はちゃんと今も役に立ってる……。それは素晴らしい事だよっ!!」
「うん……」
「慣れて出来た余裕はさ。他の仕事を任せて貰ったりすれば良いと思う。僕達には僕達なりの、今出来る最善がある筈だよ」
「うん……うんっ!」
「魔法や武器の訓練にあてるのも良いねっ! ホラ、最低限自衛出来なきゃって話だったでしょ? ならそっちも出来るだけ鍛えて見返してやろうよっ! 僕も付き合うからさっ!!」
「うんっ!! ありがとうヴァイス君っ!!」
「よしっ! じゃあ夕食行こっか。あ、今の話、一応二人にも話しておこう。今回はロリーナ君だったからまだマシだったけど、同じ事でもしクラウンを煩わせたらあの二人、多分泣くと思うし……」
「そ、そうだねっ! 二人にも注意しとこうっ!!」
漸くいつもの元気が出てきたフォセカ君を見て、僕も安心で胸を撫で下ろす。ハツラツとしていない彼女は、違う子が落ち込んでる時よりなんだかより一層に可哀想に映るから本当に良かった。
それと彼女にも言ったように二人──シンシア君とメラストマ君にも、ちゃんと教えておかないとな。あの二人、案外打たれ強くはないから……。
少しだけスッキリした気持ちを抱き、僕達は夕食の場へと足を向ける。
「今日の夕食なんだろうねっ!!」
「うん。またきっと美味しいのは間違いないよ」
正直な話、ここ最近の楽しみの一つは食事だ。
基本的に何事にも手を抜かないクラウンとロリーナ君が作る料理は絶品で、今ここが戦場である事を忘れさせるレベルでクオリティが高い。
《空間魔法》のポケットディメンションの恩恵で新鮮な食材が使われているし、食材としての質も全く妥協されていない。
量も人に合わせて調整しているし、味の濃さや風味を好みに出来るよう各種調味料や香辛料も用意されている。
加えておかわりも自由とくれば、下手な街中の食堂や食事処で食べるより遥かに贅沢な食事だ。
これで金銭を要求しないのだから側から見たらどんな聖人料理人が手掛けているんだ、という話だが、彼としては「働きに見合った当然の報酬」と口にしていたので、ある種の彼なりのポリシーなのだろう。
そんな彼の今日の料理は──
「理解したか? まったく私の時間を割かせおってからに……」
「ひぐっ……えぐっ……」
「ず、ずみ゛まぜん……」
「泣こうが現実は変わらん。分かったならさっさと夕食を終えて休みなさい。二度と私に戦う旨を問いに来るんじゃないぞ」
「は、はぃ……」
「ごめ゛ん、なざぃ……」
……一足、遅かったかぁ……。




