第八章:第二次人森戦争・前編-53
人によってはセンシティブ。
「『私こそが彼等ヘリアーテ達の主人……クラウン・チェーシャル・キャッツだ。さぁ、選べ……ここで死ぬか、私に全てを差し出すかっ!!』」
私が高らかに捕虜となった四人の軍団長達にそう告げると、多少の差はあれど四人が四人共に表情を暗くし、眉を顰める。
彼等がこうやって私に警戒と脅威を示しているのは七割程の出力の《恐慌のオーラ》と《威圧》《覇気》を併用しているのもあるだろうが、恐らく少なからずヘリアーテ達から私の事を聞いたりした影響だろう。
まあ、もしかしたら《解析鑑定》等を使ってヘリアーテ達の能力や概要を見たのかもしれんが、今は些事だ。
「『……と、単純な二択をお前達に突き付けはしたが、実を言うと簡単な方針は既に決まっていたりする。誰を殺し、誰を生かすか……。お前達の命運は私の〝価値観〟で決まるわけだ』」
「『……俺達捕虜を殺すのか? お前の匙加減で』」
「『ん?』」
迷いながらも一番最初に口を開いたのは短髪のブロンドが特徴的な第二軍団長ノルドール・トービル。
四人の中では比較的まだ戦意が残っており、グラッドとムスカの二人との決着に一切納得がいっていない血気盛んなエルフ族の男だ。
「『細けぇ決まりは知らねぇし国によって違ぇのかもしれねぇけどよ。お前みてぇな若い奴が勝手に捕虜殺すのは犯罪になんじゃねぇのか?』」
ふむ。私の調べではノルドールは軍団長の中でもそこまで思慮の深い奴ではないとの事だったが、然しもの彼でも軍団長にまで上り詰めれば最低限の知識は持っているか。
とは言え再評価に値するものではないがな。
「『ああそうだ。我が国ティリーザラでも捕虜を正当な理由無く処罰ないし処刑する事は戦争犯罪に該当する。私のような木端の如き権限しか無い人間ではまず間違い無く罰せられるだろうな』」
「『はんっ。ならただのハッタリ──』」
「『浅はかだなぁ、ノルドール』」
「『──っ!?』」
私は鉄格子越しにノルドールの眼前に歩み寄り、繋がれている彼の目線に合わせるようにしゃがみ込んでから目を真っ直ぐ見据え、笑い掛ける。
「『たかがハッタリをかます為だけにこんな所に来るわけ無いだろう? 楽観的なのは構わないが、都合の良い妄想はより一層マヌケに見えるぞ』」
「『んだと……テメェ……』」
露骨な怒りを露わにし、繋がれている鎖を鳴らしながらノルドールが出来もしないのに私に食って掛かろうとする。
平常時の彼ならば、武器が無くとも鎖くらいであれば筋力のみで引き千切る事も出来るだろう。だが残念ながらグラッドの仕込んだ毒の影響は未だノルドールの身体を蝕み、今は常人程度の力しか発揮出来ない。
本来ならエルフ特有の解毒能力が急速に毒を治癒してしまうのだろうが、それもグラッドのスキル《病葉》の権能により機能しなくなっている。
どれだけ抵抗しようと意味は無い。
「『……私はこの場に〝取引〟をした上で訪れている』」
「『なっ!?』」
「『余り派手な事は出来ないが、お前達がどれだけ泣こうが喚こうが誰も駆け付けんし、誰も助けん。お前達の生殺与奪の権利は今、私の手中にある』」
先程、収容所長と面談した。
最初こそ鬱陶しがられ邪険にされたが、私の人脈と具体的な取引内容を話していく内に向こうもその気になり、《奸商》の権能もあり程なくして取引は成立。
結果として監房室内の《傍聴》のスキルアイテムは全て停止され、今やこの中の様子を知る者はこの場に居る者達のみとなっている。
「『信じるか信じないかはお前達の自由。だが何にせよ私はお前達を好きにする。故に判断ならそれを見てから──』」
「『く、クラウン……様っ!!』」
……様?
シセラやアーリシア以外で呼ばれ慣れていない呼称に視線を動かしてみれば、ノルドールの隣の房で冷や汗を流しながらテレリがコチラに向かい媚びたような笑みを浮かべている。
「『……なんだ』」
「『是非っ! 是非とも私のお話を聞いて頂けないでしょうかっ!? きっと損はさせませんっ!!』」
「『……ふむ』」
立ち上がり、ゆっくりとテレリの居る房に歩み寄ってから再び目線を合わせる為にしゃがむ。
するとテレリは鎖で繋がれながら今出来る最大限の礼儀に則った姿勢に自ら正し、「『ありがとうございますっ!』」とわざとらしく感謝を口にする。
「『それで? 話とはなんだ?』」
一応何を言おうとしているのかは事前のヘリアーテからの報告で察してはいる。
が、彼女には色々と聞き出したい事もあり、万が一その事について自ら明かすという話だったならば聞いてやろうと耳を傾けているわけだが……。
「『はいっ!! どうか、どうか私めを貴方様の妾にして頂け──ぐごっ!?』」
最後まで言い終わる前に、テレリの開いた口に容赦なく〝手〟を突っ込む。
「『ごぉぉ……がぁっ!?』」
「……」
そう言いながら私は更に手を彼女の口腔の奥に押し入れ、指先は口蓋垂に触れる所まで到達。踠きながら吐き出そうとするのを顎を親指で挟むようにして無理矢理固定する。
「……ヘリアーテ」
「はっ、はいっ!?」
「君は彼女に言わなかったのか? その条件での交渉は逆効果だと」
「い、言ったわよ散々っ!! でも自分に余程自信があるのか知らないけど聞きゃしないのよソイツ……」
「成る程……。想像していた以上に愚か者だったという事か。嘆かわしい」
そんな会話の最中も、私は手を引き抜くのを止めない。
その間テレリは嗚咽を繰り返し、唾液と胃液が混じった粘着く体液を口の端から無様に垂らして反射的に身を捩って口に収まる手を引き抜こうとした。
が、それを力尽くで押さえ込んでから鉄格子に可能な限り引き寄せ、汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔を睥睨する。
「『テレリ……。私はもう少しお前は賢い奴だと思っていたんだがな。どうやら勘違いだったようだ』」
「『ごぉぁぁっ……。ごぽっ、がぁぁ……』」
「『部下の忠告を無視し、自らの愚かさに気付かず、剰え自身の美貌を過信し私の事も慮らず望みを口にする……。実に不快甚だしい』」
テレリは私の手を奥まで咥えたまま必死の形相で首を横に可能な限りだけ振るう。
「『ほら、どうした? 苦しいか? 今お前の自慢の美貌は酷く歪み、流れる涙と唾液で台無しだ。憐れで滑稽で惨めなものだなぁ? テレリぃ?』」
「『うぅぅ……がごぁ……』」
「『私の言いたい事、自分の立場、そして私が何を求めているのか……理解したか?』」
「『うぅぅ……。うぅっ!』」
今度は同じように必死に首を縦に振り、涙が溜まり滲む瞳に残っていた僅かな反抗的な光が消えたのを確認する。
「『……そうか』」
手を口から引き抜き、彼女の唾液と胃液でベトベトになった手を懐から取り出したハンカチで拭い、盛大に咳き込むテレリを見遣る。
「『次同じような真似をすればもっと細長いものを更に奥に差し込み、気道を塞いで息苦しさも足してやる。エルフは光さえあれば多少光合成で息が続くらしいからな。実験がてら死ぬ寸前まで放置する。いいな?』」
「『ごほっごほっごほっ……。わ゛、わか、り、ま゛じだ……』」
「『宜しい……ん?』」
と、そこで妙な視線を他全員から向けられているのに気付き、訝しみながら彼等を見回す。
「……なんだ」
「あ、いやー、なんだと言われてもー……。ねぇ?」
「アンタがドSなのは知ってたけど、流石に……」
「う、うん……。ちょっと……着いていけない」
「……何を言っているんだ?」
私はただテレリが何やら余計な事を口走りそうになったのを無理矢理制止し、ついでに軽く躾たに過ぎないのだが……。
「いやーだってボス。スッゴイ楽しそうに笑ってたよ? 言葉の重さとは裏腹に……」
「む。そうだったか?」
「そうよっ! 私等ドン引きなんですがっ!? どういう性癖してんのよっ!?」
「性癖ってお前……。私は別に……」
「そ、そういうの、ロリーナちゃんにやっちゃダメですよっ!? 彼女が可哀想ですっ!!」
「──っ!?」
「なっ!? 何を言っているんだ本当にっ!?」
まったく心外だ。
確かに攻めと受けどちらかと聞かれたら前者である事は否定しないが、公私は弁えているつもりだ。こんな奴にこんな所でそれを見せる趣味や、ましてや興奮を覚える人間では無いぞ私はっ!
だいいち──
「ロリーナにこんな事するわけ無いだろうっ!? 例え今のが無自覚な私の趣向の片鱗だったのだとしても、彼女の望まぬ行為など決して行うつもりはないっ!!」
「へぇ……。だってさロリーナ」
「ばっ──ヘリアーテっ!?」
「……」
急に話を振られたロリーナは目を見開いき、顔を赤らめたかと思えば監房室の隅に視線を向け──
「わ、私は……。その……。無理の無い範囲、なら……」
「──っ!?」
「へー……?」
「ひゅー♪」
「ひゃーっ!!」
……コイツ等ぁ。
______
____
__
「『……何やってんだ、コイツ等?』」
ノルドールは目の前で繰り広げられる何とも生暖かく甘ったるい若者達の色付いた光景に思わず呆れ、僅かに瞠目する。
今は戦争。この瞬間にも互いの国の人間が殺し殺されを繰り返し、咽せ返るような腥風漂う中を狂ったように戦う一種の地獄が展開されている事だろう。
にも関わらず、彼等捕虜の眼前には自分達の生殺与奪の権利を握る男は仲間や恐らく恋人であろう少女と実に緊張感の無い空気を醸し出している。
「『意味が分からん……。人族ってこんなんなのか?』」
遂には人族全体に対する印象すら曲がりそうになるが、すぐ隣の房に捕まる同僚のテレリの未咳き込み続ける音に、ふと我に帰る。
「『……おい、大丈夫かよ?』」
隣の房からではその詳細は見えていない。しかしテレリが何をされたのかは会話内容である程度察しており、我が同僚ながらに同情と憐憫の年を禁じ得ずにいた。
「『ゴホッ、ゴホッ、オェッ……。ご、ゴメンだわ……』」
「『は?』」
「『例え妾として命が長らえたとしてもっ!! あんなプレイ強要される羽目になるなんて真っ平ごめんよっ!! ゴホッゴホッ、ひゅぅ、ひゅぅぅ……』」
「『……そうかよ』」
悪態を吐ける程度に余裕がある事に呆れながら適当に返事をし、改めて目の前の人族──クラウンを見遣り、目を細める。
どんなにサディストで緊張感をぶち壊すような奴だったとしても、先程監房室に入室して来た際に感じた凄まじい怖気は紛う事なき本物であり、そんな彼に生殺与奪を握られている……。
決して見誤ってはいけない。
何せこの男は、自ら手を下す事無く部下達を使っただけで何万の兵を指揮する権利を認められている自分達軍団長を、負かしてみせた男なのだから……。
__
____
______
「「「ご、ごめんなさい……」」」
「はぁ……。あまり調子に乗るんじゃない」
三人には取り敢えずシンプルにゲンコツを下した。
言葉で諭したり皮肉で黙らせる事が常ではあったが、今はその時間も惜しい。私にはまだまだやる事が山積みだからな。
ロリーナには後でしっかり弁明しておこう。今後二人で夜を迎えた時、変な誤解が残ったままではその場の空気に支障をきたしかねん。
……しかしまあ──
私は反省した素振りでゲンコツが下った箇所を痛そうに撫でる三人と、未だ目を合わせようとしないロリーナに視線を向け、溜め息を吐く。
まったく……。私達のそういったセンシティブな事情には足を踏み入れないで欲しいものだ。
変に話が拗れて要らぬ方向に互いの思考が歪んだらどうしてくれる? 特に私なんかは結構ギリギリなんだぞ? 一体どれだけ己の性欲を抑制するのに苦心していると思っているんだ……。
それもこれもこの世界にまともな避妊具が──と、余計な思考をしているな、イカンイカン。
しかしまあ、折角わざわざ物々しい登場をして軍団長達に精神的な圧迫感を与えたというのに、これでは台無しではないか……。
ふむ、是非も無い。強行しよう。
「『さて』」
「『──っ!!』」
「『ゴホッ!?』」
唐突に《恐慌のオーラ》を纏いエルフ語で話を切り出した私に反応する軍団長達と副軍団長であるエルウェ。
特にエルウェなんて先程テレリに軽い躾をした辺りから完全に怯え切ってしまい、壁の方を注視しながら〝何か〟を思い出したかのように過呼吸気味になっている。
その〝何か〟の原因は私の拷問なんだが……後回しだ。
「『すまんな。少々緊張感に欠ける所を見せた』」
「『はんっ……。今から俺達を殺そうって奴に謝られるなんてな。案外律儀だな?』」
「『これは私の単なる性分だ気にするな。それと一つ勘違いを訂正しよう』」
「『あ?』」
「『生殺与奪の権を握っているからとお前達を殺す事が確定したわけではないぞ?』」
「『……まあ、あくまでも生殺与奪、だからな。生かすも自由ってか?』」
「『その通り。私としてはより良い選択が出来る道を模索したいと考えている。勿論お互いの、な?』」
ただスキルを奪い殺すだけなど今の選択肢が増えた私にとっては短絡的極まりない。軍団長クラスの人材をむざむざ勿体無い使い方などしてたまるか。
「『で? どうするつもりなんだ?』」
「『……面接だ』」
「『……は?』」
私の言葉にノルドールを始め軍団長達が目を丸くする。ここに来て捕虜と面接をするなど確かに意味は理解しかねるだろうな。
何せ私が「強欲の魔王」などと、知る由もないのだから……。
「『い、今更俺達と面接なんかして……。何を企んでやがる?』」
「『まあまあ、話せば分かるさ。ふふふふふふ……』」
そうして私はまず最初にノルドールを房から出し、奥にある独居房へと連れ出してから改めて鎖で拘束する。
独居房の中央にはポケットディメンションから取り出した小さめのテーブルと二脚の椅子を取り出し、テーブルの対面になるよう配置してからノルドールにも着席を促す。
「『さあ、座りなさい』」
「『……思っていたより本格的だな』」
そう呟いて渋々と椅子に座るノルドール。
まあ、別に地べたに座ったままやっても構わないんだがな。可能な限り場を整えて損は無いだろう。それに──
「『私はなノルドール。お前とはちゃんと話をしたいと思っていたんだよ』」
「『俺と?』」
心底不思議そうに眉を顰め、訝しんだ目で私を睨む。
「『その口振りじゃあ、まるで俺の事を前から知ってたみてぇな感じに聞こえるな?』」
「『ああ知っていた』」
「『なっ!?』」
「『当然だろう? お前達軍団長はアールヴの特記戦力だ。警戒し、情報を調べられるだけ調べ尽くすのは生存戦略の常識だ』」
特に今回はそんな軍団長達が王都のど真ん中から奇襲を仕掛けに来る事が露見していたからな。可能な限り対策するのは常だろう。
「『……なるほどな』」
「『む?』」
「『俺を倒した小僧とハエの化け物……。アレもお前の仕込みだったわけだな? 俺を調べ上げ、その弱点を突ける部下を当てがった……。そうだろ?』」
「『……ああ、そうだ』」
得意気に語るノルドールだが、今更そんな所を突かれてもな……。
もう済んだ事ではあるし、それが判明したからとノルドールが敗北した事実に何らかの意味が生まれるわけでもない。
まったくもって不毛だ。もっと他に気にするべき所があるのが分からんのか?
「『はんっ。なら負けたのも何処か頷ける所はあるな。俺の弱点を的確に──』」
「『お前、姉が居たな?』」
「『──ッ!?』」
ノルドールの顔色、目の色が急所を突かれたように一気に変わった。
顔色は俯き目になった事で影が生まれ、訝しんでいた目は殺意が滲んだ怒りの目になり、露骨に態度を変えた。
「『テメェ。それ以上触れんじゃねぇ』」
自分の知られたくない事──逆鱗に触れた感触を確かに感じた私はそこから容赦無く畳み掛ける。
「『確か名はアウレ、だったか? 有能な拳闘士であり、お前が所持していた聖装具アイゼンガルドの元の継承者……』」
「『やめろ』」
「『だが第一次人森戦争に際し、追い詰められた味方の貴族に裏切られ人族に売られた……。戻って来たのは聖装具アイゼンガルドとその中に収められた千切れた腕と足のみ……』」
「『や、めろぉ……っ』」
「『死体は発見されず彼女は生死不明であるものの、両手両足を失った彼女が生きている可能性は極めて低く、恐らくは人族に──』」
「『やめろっつってんだろカス野郎ッッ!!』」
激情のまま思わず私に掴み掛かろうとしたノルドールだが、繋がれた鎖に引っ張られその手は私の首を目前にして空を切り、行き場を無くした暴力は彼の衝動のままにテーブルへと叩き付けられる。
「『……お前の情報を知っていると言ったろう? それはつまりこういう事だ』」
「『なんの、つもりだぁっ!?』」
「『話したいと言ったろう? これは取引だよノルドール』」
「『取引だぁ?』」
「『ああ。……知りたくはないか? お前の姉、アウレがその後どうなったのかを』」
「『なっ、何ッ!?』」
「『さあ選べ──』」
私はノルドールに盛大に笑い掛け、彼の目の奥に確かに見えた動揺と期待を見据えて問い掛ける。
ノルドールの、人生最期の選択を……。
「『お前の人生全てを差し出し姉の真実を知るか、このまま何も知らぬままただ死ぬか……。ノルドール、お前はどうしたい?』」




