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強欲のスキルコレクター  作者: 現猫
第三部:強欲青年は嗤って戦地を闊歩する
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第八章:第二次人森戦争・前編-52

一体何度目かわからない更新遅れ、すみません……。

絶不調の時は何やってもダメですね……。

 


『──よしっ! 完成っ!』


 少年のエルフは一人、湖畔の風景を横目にキャンバスに最後の色を塗り重ね、嬉々として頷く。


 この季節、湖畔を囲うようにして植わる〝夕陽楓〟は見る者を魅了して止まない感嘆たる美しさを誇っており、少年エルフはその景色の一部を僅かでも切り取らんと誠心誠意キャンバスに筆を走らせていた。


『うん。我ながら良い出来じゃないかっ! コレなら父上もきっとお喜びになるっ!』


 少年は出来上がったばかりの絵を絵の具が乾いてから丁寧に梱包し、自宅への帰路に着く。


 老齢の家令が鞭を打つ蜘蛛(くも)車へと乗り込み、(かたわら)に立て掛けた自身の〝最高傑作〟を愛おしく見遣り、一つの確信を得る。


『この絵なら、今度こそ父上も〝本当の美〟に気付いてくれる筈……。〝あんな絵〟じゃなくて、僕のこの絵に……』


 そう、少年エルフは期待を膨らませた。


 しかし──


『……ありきたりでつまらん。凡作だな』


 少年エルフの父親は彼の絵を一瞥(いちべつ)だけすると小さく嘆息し、そう言い放った。


 だが納得出来ない少年エルフはこの日珍しく引き下がる事は無く、そのまま食って掛かる。


『も、もっと良くご覧になって下さいっ!! 確かにこの風景は幾度と描かれてきた題材ですが、今回僕が使った技法や画材はこれまでに着手されなかったもので──』


『くどいっ!!』


『──っ!?』


 語気を強くした少年の父親は改めて息子に向き直ると厳しく鋭い眼差しを彼に向け、侮蔑を滲ませた口調で語り掛ける。


『お前は何も分かっていない。我が一族の誇りと名誉が失われつつある今、我等に求められるのは「新境地の美」だ。千年という月日の中ですら未だ到達し得ていない「未踏の領域」なのだ。こんな凡庸な風景などではないっ!!』


 そう怒号を上げ、少年の父親は彼の絵に刃物を突き立てると一切の躊躇(ちゅうちょ)なく引き裂き、無残な姿となったそれをゴミでも放るようにして床に投げ捨てた。


『まったく無駄な時間を使わせおって……。わざわざ遠出してまでそんなものを描く暇があるなら少しでも私の絵を見て勉強しろ。良いな』


 少年の父親は息子の返事も聞かぬまま今し方仕上げている自身の作品へと向き直り、筆を走らせる。


『……はい。父上』


 少年エルフは引き裂かれた自身の作品を拾い上げるとそれを適当な所に立て掛け、隅に置いてあった椅子を引いて来て父親が筆を走らせているキャンバスに目を向ける。


『……』


 そこにはドス黒い、ヘドロが描かれていた。


 父曰く今自分が手掛けているのは「己が欲望」であり、自身の内側を深く深く見詰める事で見えて来る底の知れない様々な感情の根幹、そこに根差す根源的〝何か〟を追い求め、表現しているのだという。


 まだまだ道半ば、と嬉しそうに語る姿こそ(はた)から見れば喜ばしくもあるが、少年としては実際に出来て行く作品を目の当たりにする度に、心の中で小さく呟く。


 こんなものが美しいわけがない……。


 アールヴにも流行り廃りはある。


 シンプルで真っ直ぐな美しさを表現したものが評価される時代や、はたまた醜悪や嫌悪の中に垣間見える精神的な自由の発露が評価される時代、一転して奇抜で不可解で歪な不定形な技法と発想を凝らしたものが評価される時代もあった。


 だがしかし、今父が描いているのは一体何か?


(何が自身の内側を深く見詰めて、だ……。何一つ見えてないじゃないか……)


 少年にとって今仕上げている父の作品は、ただの〝逃避と言い訳〟にしか思えなかった。


 自分はちゃんとやっている。


 自分は自分なりに解決策を見出している。


 自分にとってはこれが正解なんだ。


 自分は分かっている。何も間違っていない……。


 そんな内心の本音が、絵に透けて見える。


 父が描かれているのは「己が欲望」などではなく、そう必死に思い込もうとしている「愚かな迷い」と「焦燥感」。


 だから父が描く絵は心底気持ちが悪い。


 だって自分で何を描いているのか、分かってないのだから……。


『……父上。僕、明日早いので先に寝させて頂きます』


『……』


『それじゃあ』


 そうして少年エルフは引き裂かれた絵を抱え父のアトリエを後にする。


 だがそれでも、少年エルフは綺麗な風景画を描くのを止めず、それを父に見せる事を諦めなかった。


 風光明媚で目が離せなくなるような景色を描き、日常のさり気ない軌跡を切り取ったような風景を描き、豊かな実りを分かち合う人々の暮らしの光景を描き、全てを父に見せた。


 いつか必ず気付いてくれると。


 そんな迷いしか生まない不幸な絵ばかりでなく、もっとシンプルでストレートな美しさに目覚めてくれると。


 少年は青年になるまでずっと諦めなかった。


 ……だが──


『ウソ、だろ……』


 青年の父親は晩年、気を違えた。


 (やつ)れながらも目を爛々と滾らせ、〝深淵〟へと足を踏み入れた。


 結果父親はダークエルフの奴隷を「画材」と称して闇市で購入し、その日の内に締め切ったアトリエで殺害した。


 そしてダークエルフの腹を割り、頭を開き、内側に詰まった何もかもを「新境地だッ!!」と笑いながらぶちまけ、一枚の絵を仕上げた。


 狂気じみた笑いが絶え、やっとの思いで雁字搦めにされたアトリエの扉を開くと、そこにはダークエルフの死体を画材として使われた見るに耐えないグロテスクな絵画と。


 顔一杯を涙と血と肉片で濡らし笑って死ぬ、父親の無残な死体が残されていた。


 父親の首には大きく深い切り傷があり、足元には木炭を削る為の刃物──青年の描いた絵を何度も八つ裂きにして来たあの刃物が血に濡れて転がっていた。


 それを見た青年エルフは全身の力が抜け、胃に収まっていた筈の夕食を床にぶち撒けながら座り込んだ。


 頭がぐらつき、耳鳴りと吐き気が止まず、視界もボヤけ動悸が治らない……。


 しかしその原因は画材と成り果てたダークエルフの死体を見たからでも、ましてや実の父親の死体を目の当たりにしたからでもない。


 今目の前にある父親が遺した作品を──作風を自分が受け継がなければならない、という想像し得るに最低最悪な現実が自身の今後の創作活動になるのだと、そう理解したからだ。


『な、んて……』


 青年は不調をきたす身体のままに、血に染まる聖芸の指先(チマブーエ)を握る父の遺体を憐れみと憎しみの目で見ながら嘆いた。


『僕に、何てものを背負わせてくれたんだッ!?』







「『…………』」


 心の底から、得体の知れない感情が湧き上がって来る。


 それは今までの約百年という年月で培ったものを全て塗り潰すような勢いで、ヴァンヤールはそれを受け止め切る事が出来ずにただ呆然と最高傑作が砕け散る様を眺めていた。


 その原因はティールに言われたヴァンヤールにとっての核心を突く一言──




「『お前本当は、描きたいもんがあるんじゃないのか?』」




 その短いたった一文を聞いた瞬間、ヴァンヤールの心胆に掛かっていた鍵が音を立てて解錠し、止め処ない感情の洪水と共に父が亡くなる以前の記憶を鮮明に思い出したのだ。


「『ゔ、ヴァンヤール?』」


 肩で息をし始めたティールからの掛け声に、ヴァンヤールは全身を虚脱し、虚な目のままゆっくりティールの方を振り向く。


「『……父が亡くなってすぐ、ひたすらに自問自答を繰り返した』」


「『え?』」


「『新当主としての覚悟、宮廷芸術家としての責務、作風の継承……。時間を掛け一つずつ頭で整理して、心の底から際限なく湧いてくる感情を落ち着かせて、来今(らいこん)の混乱の解決を模索する……。それだけに長い時間を使ったよ』」


 ヴァンヤールは自嘲するような笑みを浮かべると、(おもむろ)に自身の両手に目線を落とす。


「『一月経った頃だったかな? 綺麗に片付けられた父のアトリエを久々に訪れさ。いつも父がキャンバスと向き合ってた良く陽の当たる椅子に腰掛けて、筆を取ったんだ』」


「『……ああ』」


「『それで目の前に真っ白なキャンバスを乗せたイーゼルを引っ張って来て無心で筆を走らせて……。数時間としない内に絵を一枚、完成させた』」


 そして彼は両手一杯に力を込め、左手だけ作れた拳を見詰めて震え出した声を絞り出すように発する。


「『父の──父上の遺作を踏襲しながら自分なりのアレンジを施した新たらしい一枚……。肉に濡れ、血に酔いそうな赤々しく黒々しい、目の保養どころか毒気すら感じられるような、そんな悍ましく冒涜的な一枚……。それを、僕はその時に仕上げた』」


「『──っ!! 父親が……。それが、今の、お前の……』」


「『アッサリ描けたよ。毎回隣で学ばされた結果かな? 自分でもビックリするくらいすんなり……馴染むみたいに筆が走った』」


「『……』」


「『ちょっとした賭けだったんだ。これで全然上手く描けなかったらこの作風は僕には相応しくない……。父上から学んだものなんて無意味で、僕が目指す道じゃないって……。でも結果は……』」


 ヴァンヤールの目が再び崩れゆく巨人に向き、それが元のエルフ兵士の死体に戻っていく様を見守りながら、彼は自身の心情を吐露していく。


「『今まで培って、父上に否定され続けた自分よりも、僕の手は父上が遺した道を選んだ……。あの時の僕じゃ、到底無理だって気付いたんだよ!』」


「『だけど、お前……。自分の作風を意地でも貫く事だって出来たんじゃないか?』」


「『作風を貫く? 誰がそれを望んでるっ!?』」


 語気を強め、ヴァンヤールはティールを鋭く睥睨(へいげい)するとそのままの勢いで叫ぶように激情を振り撒いた。


「『世間もっ! 同僚もっ! 親類もっ! 当時や今の皇帝陛下だって父上から継承した作風を評価したっ!! まるでそれが僕の征くべき道だとでも言いたげに……。誰一人、それ以外には見向きもしなかった……』」


「『そう、か……』」


「『滑稽だろう? 散々父上を内心で蔑んでたクセにさっ! 結局は周りの評価と孤立、責務と不安に怖気(おじけ)付いて膝を折った……。現実なんて、こんなもんだよ……』」


 故にヴァンヤールは何もかもを諦めて考えるのを放棄し、頭と心の奥底へと自身の信念や感情を仕舞い込んだ。


 そしてそこから約百年、彼はそんな絵の研鑽に勤しんだ。


 父を越える為、父の意志を(たっと)ぶ為、父の無念を晴らす為……。


 そう心にも無い言い訳を自分にしながら、彼は父を狂わせた道に足を踏み入れたのだ。


「『……お前は言ったね。本当に描きたいものがあるんじゃないかっ、て』」


「『あ、ああ……』」


「『百余年も自分を曲げてるとさ。分かんないんだよ、もう……。あの言葉で昔の自分を思い出したけど、でもそれが僕の〝今〟やりたい作風なのかなんて、今更分からないんだ』」


 項垂(うなだ)れるヴァンヤールはそう言いながらその場に座り込み、最早一切原型を留めていない最高傑作に手を(かざ)し、元の死体に掛かっていた《色彩魔法》を無気力に解除して魔力へと還す。


 すると未だ崩れ切っていなかった肉塊までも元の死体に回帰し、冒涜の巨人だったものは遂に全て瓦解する。


「『でも、そんな百余年続けて来た血迷った道ですら、お前に負ける程度の作品にしかならなかった……。僕はもう、本当に何がしたいのか分からなくなった。もうどうでもいいよ、全部』」


 その言葉に、生気は一切篭っていない。


 しかし何処か安心感を滲ませる……何もかもを諦め、投げ槍になり、全てを放棄したような表情で床に視線を落とす。


 それは自身の今後を予測しての表情。


 決着方法はどうあれこの一戦は戦争の一端に違いなく、全力を出して敗北した自分に待っているのは間違いなく暗い未来か、その未来すら無い死への道のみ。


 捕虜になればもしかしたら宮廷芸術家である彼は国から何らかの交渉で返還される可能性も無くはないが、そう高望みする程ヴァンヤールは楽観的なエルフではない。


 今ヴァンヤールの中にあるのは暗い未来への諦念と、もう自身の作風の如何(いかん)に振り回されずに済むという大きな安心感だけだった。


 すると──


「『……バカだなぁ、お前』」


「『え?』」


 ティールは苦し気にしながらも呆れたように苦笑いし、ゆっくりヴァンヤールに近付くと弱々しく背中を叩いた。


「『お前って芸術家が、そう簡単に筆を折れるわけないだろ』」


「『な、何を言って……。僕は、もう……』」


「『ハンっ! 俺って芸術家が相手だったのが運の尽きなんだよ』」


「『だからっ! 一体何を言って──』」


 文句を言い掛けたその瞬間、彼が座り込む床に振動が走り、寒気を感じる程の冷気が全身を撫でる。


 それに驚き思わずその振動と冷気が発生している方に振り向くと、そこには長い首を(もた)げながら床に座るヴァンヤールを見下すアイシクルキングリザードの姿が近くにあった。


「『──っ!! これ、は……』」


「『自分の作品が壊れるのと俺の言葉が衝撃的過ぎてちゃんと見てなかったろ? 俺とロセッティの合作をよ』」


 ヴァンヤールは改めて二人の作品であるまるで生きているかのように躍動するアイシクルキングリザードを凝視し、意図せず目を奪われる。


 鱗一枚一枚に細かな斑紋が刻まれ、外皮の下からは筋肉や骨の隆起、盛り上がる血管すら浮き、本物の心臓が存在しているかのように鼓動に合わせ僅かに脈動さえしていた。


 自分を見詰める爬虫類特有の長く鋭い目から覗く縦長の瞳孔も、本来必要無い筈の臭いを嗅ぐ為に舌を出す動きも、様子を探るような独特の首の動きも、最早生きていた方が自然な程のリアリティを体現した二人の作品に、ヴァンヤールは感嘆の息を呑む。


「『これが……お前達の……』」


「『自画自賛するけどスゲェだろ? コイツは前にクラウンに連れられて出会ったトーチキングリザードって魔物を参考にアレンジした作品でな。あの時はスゲェびびったけど、お陰でこんな良いもんが仕上がったっ! いやぁ、感無量だよ。大満足っ!』」


「『これの元ネタが、この世界に実在するのか? 本物も、これほどまでに?』」


「『ああそうだ。美しいとは違うけど、野生的で躍動感溢れてて壮大で……。思わず造形したくなるような生命力が、そこにあった』」


「『……』」


「『お前はよヴァンヤール、世界を知らな過ぎるんだ。俺が偉そうに言えた義理じゃねぇけど、自国だけで百年千年もネタ続くわけねぇだろ?』」


「『それはっ! ……アールヴは、ずっと外界との接触に消極的で、出国なんて余程の事情でも無い限りは……』」


「『でも出来なくは無いんだろ? 世界にはお前が思ってる何百何千倍もネタに溢れてる……。お前は視野が狭いんだよ』」


「『……そう、だな』」


 ヴァンヤールは笑う。自分は何と愚かだと、小さく、小さく笑う。


 外の世界を知らなかったわけではない。人族の国、ドワーフの国、獣人族の国……。多少苦労するが行こうと思えば行けるような国はこうも簡単に上がる。


 にも関わらずそれが選択肢に浮かばなかったのは、ティールの言う通り(ひとえ)に自身の──()いては一族の視野が余りにも狭かったからだろう。


 自国に対する高いプライドの余り自国にしか目を向けなかった……。故に自国のネタを使い潰し、遂には深淵に目を向けるしか無くなってしまったのだ。


 もっと絵に対して貪欲に……。凝り固まったプライドを塗り替えてしまえる程の探究心があれば、そこに思い至ったかもしれない……。


 その選択肢を見逃した己と一族の視野の狭さに、ヴァンヤールは自嘲した。


「『はは……。でも今更だ。お前に負けた僕に残された道は限りなく狭く短い……。今更それに気付けたところで──』」


「『俺が掛け合う』」


「『……は?』」


 ヴァンヤールは思わず信じ難い事を口にしたティールの顔を見遣る。


 その顔は真っ青で血の気が無く、額からは(おびただ)しい量の冷や汗が滴っていた。


「『お前……っ!?』」


「『俺の友達、よぅ……。実は、結構スゲェ奴でさ……。多分、お願いすりゃ、お前の、この先、も……』」


「『待てそれは良い分かった。だから取り敢えずもう喋るな』」


「『アイ、ツは……。優秀、な……人材、大好、き、だからなぁ……。きっ、と……お前、も……──』」


 そこまで言って、ティールは自立出来ずに力無く身体を傾ける。


 様々な無理を強いた結果、遂にティールの体は限界を迎え力が入らなくなり、意思に反してその場に倒れ始めた。


「ッ!! ティール君ッ!?」


「『っ!?』」


 重力に従い床に衝突しようとしたティールに駆け寄ろうとしたロセッティと無意識のうちに受け止めようと両手を伸ばすヴァンヤール。


 しかし二人の手は彼に間に合わず、意識が朦朧とするティールはそのまま床に頭を打ちつけ──


「しょうがない奴だな。私の友は」


 次の瞬間、ティールの倒れ臥しそうになった身体が何かに支えられる。


 それは深緑色に彩られた外套(コート)から伸びる両手であり、その両手の主は実に優し気に彼に向けて柔らかい微笑みを湛えていた。


「く、クラ、ウン……か。どうせ、なら、ロセッティに、抱き抱え、られたかったな……」


「はぁ……。思ったよりはマシか。まったく無茶をする。お前の様な友人を失う事が私にどれだけ悪影響を及ぼすか、もう少し考えて欲しいものだな」


 それはティールの友人でありロセッティの畏敬する上司でもあるクラウンだった。


 彼は全てではないが自身の部下達の様子をムスカの眷族を通して定期的に確認しており、ティールの危うい様子を目撃した瞬間に《空間魔法》のテレポーテーションによって転移して来たのだ。


「は……。相変わら、ず……回りくどい、言い方、しやがって……。もっと、素直に──」


「余計な事を口にするな」


 そう言いながらクラウンは懐から幾つかのポーションと注射器を取り出すとそれを使い次々にティールに打っていく。


「ちょ、ちょ、痛……」


「応急処置だ。お前は直ぐに後方医療部隊に連れて行く。今のお前は自覚している以上に危ういからな。だから少し眠っていなさい」


「あ、ああ……」


 最後の注射をした直後、ティールは安心したようにゆっくり(まぶた)を閉じていき、あっという間に寝息を立てる。眠るというより最早気絶に近いだろう。


「……お前は本当に良くやってくれたよ。お前のような友人を持った事、心胆から誇りに思う」


 心底嬉しそうに微笑んだクラウンはそのままティールを肩に軽々と担ぐと心配そうにするロセッティに目を向ける。


「あ、あの……。ティール君は……」


「少々危険だが応急処置をしたから問題無い。医療を司る珠玉七貴族であるエメリーネル公の元に連れて行けば命や後遺症の心配無いだろう」


「そ、そうですかっ! 良かったぁ……」


 ロセッティは緊張が途切れたのかその場に力無く座り込み、今にも泣きそうにしながら安心したように笑顔を浮かべる。


「ロセッティ。疲れている所で悪いが君はこのままヴァンヤールを見張りながら衛生兵の迎えを待っていてくれ。私も前線を抜け出して来ているから時間が無くてな。ファーストワンに任せっきりは流石に心配だ」


「は、はいっ! わかりましたっ!! あ、でもヴァンヤールは……」


「ああ。分かっている」


 そう返答しクラウンはヴァンヤールに目を向ける。


 そして冷や汗を流すも既にすっかり戦意喪失している彼に、クラウンは無表情で告げた。


「『お前の処遇も後に決める。どういう結末を迎えるかはお前次第だが、コイツの意志を少しでも尊重したいと思うなら賢明な判断をするんだな。私個人としても、それを望む』」


「『……』」


「『いいかヴァンヤール。探求と欲望を失った芸術家に価値など無い。(ゆめ)、忘れない事だ』」


 クラウンはヴァンヤールの返事を聞かぬまま振り返り、先程から近くに座すティールとロセッティの合作であるアイシクルキングリザードを見遣り、少しだけ残念そうにしながらも恍惚に濡れた笑みを浮かべる。


「惜しいな……。本当ならば《蒐集家の万物博物館(ワールドミュージアム)》に展示したいのだが、魔法の氷では致し方無い。しかし、最高だな、本当に……」


 その言葉を最後にクラウンはティールを伴いテレポーテーションで倉庫を後にする。


 そうして残されたロセッティとヴァンヤールの間に気不味い空気が流れようとした、が……。


「『一つ、お願い』」


「『……なんだ』」


「『今度は道、間違えないでね。貴方が思う以上に、ティール君は貴方に期待してるから』」


「『……約束は出来ない』」


 ヴァンヤールは動かない右手に視線を落とし、未だ押し寄せる複雑な感情とティールから貰った可能性と期待の混じった眼差しに困惑し、迷う。


 彼はそう簡単に選べない。


 その道を迷いなく選べるほどヴァンヤールの創作に掛けてきた時間と思いは軽くはなく、エルフ族のプライドはそう簡単に人族を信用させてはくれなかった。


(ああ、もう……。なんだって僕の選択肢は、いつだって厄介で面倒で重たいんだ……)


 ヴァンヤールはそう嘆いて床に節操なく寝転がり、天井を見上げる。


(芸術家……。僕もなれるかな、彼のような、芸術家に……)



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― 新着の感想 ―
[良い点] むしろヴァンヤールはクラウンに今のスキル渡した方が気持ち新たに芸術に打ち込めるのではないかと思い始めました。 [気になる点] 改めて《蒐集家の万物博物館》は魔法の氷の保存ができないことに気…
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