過去の文献 04
それでも─仮に仮定の話だとしても─これは凄い事だよね。
言うだけならただなんだけど、実行に移すとなると、とても困難を極めるってだけ。
「元の…って、文献のような世界?」
そう。夢見てきた、平和な世界。
魔物がいなくて、魔法じゃない不思議な力に囲まれている場所なんだよ。
「そうね。いつも唯が話して聞かせてくれる、魔法の代わりに科学って力がある世界よね。」
ふわりと微笑む雛は、この魔法がある世界よりも、あっちの方が良いと思っているのかもしれない。
私に過去を教えてくれるモノ達は、既に肉体がないながらも、皆があの世界を思っていた。
人を襲う別種族は殆どなくて、だからなのか人同士の戦争がある世界。
「確かに…あの科学って言うのは、便利だと思うんだよねぇ。遠くに離れている人との会話がすぐに出来て、顔を見ながら話す事も出来ちゃうし。」
「電話、だったわね。個人が持つ、移動式の小型化した電話とかよね?」
「うん、うん。携帯するから、携帯電話って名前だったみたいで。」
私達は遠くに思いを寄せる。
実際には私も雛も、科学があった100年前を知らない。雛に至っては、私のように疑似体験すらもしていないのだ。
そう。ただ私の話を信じ、思いを共有してくれている。
「あ、今思い出したんだけどね。子供の頃に、過去の話をしてもらった事があるってあれなんだけど。」
「うん、私は忘れちゃってたけど…。あれがどうかした?」
「それね。教えてくれた方、吸血鬼だったわよ?」
事も無げに告げてくれた。
…うん?吸血…鬼?
私の頭の中で、様々な文献の知識がパラパラとめくられていく。
検索終了。はい、吸血鬼が分かりました。
「って?えっ!」
「そんな事を自分で言っていたわよ?だからあの時に聞いた話は文献を読んだんじゃなくて、彼自身の実体験ね。」
混乱する私をよそに、雛は何故か感心するように話している。
つまりは、100年前の本当の記憶を持っているからなのだろう。まぁ、それは凄いんだけどね。
「け、けど…吸血鬼って…。」
「あら、怖くはなかったわよ?なんだかんだ言って、唯はなついていたし。」
雛がニコッと微笑んだ。
私…、なついていたらしい。
「それって、いつの話?」
「そうね…、5年前かしら。」
サラリと告げられた内容に、私はガクッと肩を落とした。
だって、5年前だよ?8才だよ?
覚えてる訳ないじゃん!
「す、凄いね、雛。そんなに昔の事をちゃんと覚えてるなんて。」
多少の皮肉が込もってしまうが、仕方がないと言ってほしい。
どうせ私は、雛より頭が良くないですよ~。