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アイアムヒーロー

 次々に階段を登ってくるマウスフェイス成体から逃れるため、ぼくたちはとりあえずの避難として目の前に伸びる薄暗いその横道を駆け抜ける。咄嗟のことだったので、特に誰をと決めたわけではなかったが、殿はヤマトの小悪魔が務めてくれているようだ。

 後ろからあの悲鳴のような掛け声が聞こえてくる。


「ジーナさん、ここを進むとどこへ?」

「覚えてない! でも、とにかく進む以外ないよ!」


 そう、ぼくたちは進むしかないのだ。

 この現状を打破できないとは思わないが、それはぼくとジーナ、それにあの小悪魔だけだったらの話だ。

 全員の安全を考えれば、ぼくたちは分散すべきではないし、今は逃げる他ない。

 その時、湾曲して伸びる廊下、その前方に見える扉の一つが開くのが見えた。


「止まって!」


 まずい状況だ。これじゃあ挟み撃ちにされてしまう。

 ぼくは全力で戦うことを想定し、拳を硬く握りしめた。

 勢い良く開かれた自動扉、その中から何かがゆっくりと姿を現す。大きく無骨なその姿は、ここがいかに薄暗いとはいえぼくにはすぐそれが何なのかわかった。


「こんなところにいたのか……。ジーナさん、先へ進みましょう!」

「あいつ……!」


 そう呟いたジーナは怯えている。

 そして次の瞬間、ぼくは初めてその咆哮を聞くこととなった。

 皮膚を引き剥がされるような超振動を起こすその咆哮、実際にそうなることはないものの、それでも動きを封じられるに十分の威力だ。


「くっ、なんだこれ……! ジ、ジーナさ……」


 ぼくがそう言うや否や、ジーナは駆け出していた。


「ジーナさん! どこへ!」


 ジーナが駆け出した方向、それは進むべき道の反対だ。

 およそ全力疾走と思われるほどの速度で来た道を戻っていくジーナ。

 ぼくは何が起きたのかわからず、ただ呆然とすることしかできない。


「ジーナ! なんで!? あんたどこに行くのよ!」


 ダンジョンキーパーの咆哮に縮こまっていたセーレにも何が起きたのかわかっていないようだ。

 その時、ぼくのすぐそばを重い足音がそれも遅いとはいえない速度で走り抜けていった。


「何が起きてるんだ……!」


 まるで逃げたジーナを追うようにも見えるダンジョンキーパーのその行動は、ダンジョンキーパーらしくない。らしくないというのも、何かを追うということ自体ダンジョンキーパーとしての目的に違えるからだ。なにせジーナは、ダンジョンでもないしダンジョンの異物でもない。

 それなのにどうしてだ。


「もうっ! ジーナのやつ、何やってんのよ! どうする、ラス!」


 ジーナを追えば敵の群れ、ぼく一人ならなんとかなるかもしれないが、この二人とそれにアイロスを連れてそこへ飛び込めばただでは済まないだろう。


「と、とにかく今ダンジョンキーパーが出てきたあの部屋に逃げましょう」


 驚くべき防音性を誇る扉によって、廊下の凄惨な騒音は遮断された。

 しかしぼくたちがその脅威から逃げ切ったと考えるにはまだ早いようだ。


「部屋じゃなかったのね……」

「……そうですね。でも、いる場所が同じじゃないならまだ安全ですよ」


 ぼくたちが飛び込んだ先、それは部屋ではなく細く伸びる新たな廊下だった。外の廊下とは違って白く鮮明に照らされたこの場所は、一体どこに通じているのか。

 外の廊下ですらどこに行くのかわからないのに、そんなこと予想しようもない。

 

「……で、何でジーナはあいつから逃げってったのよ」

「そんなのぼくもわかりませんよ。ただ、なんだかジーナさんは怯えてるように見えましたね……」

「怯えてた? なんでよ。だってダンジョンキーパーは侵入者に対してとやかく反応したりしないわ?」

「……そうですよね」


 なぜジーナはダンジョンキーパーから逃げたのか、一つ考えられるとすればそれは彼女が以前ここにいたことと関係があるのではないかということだろう。それにダンジョンキーパーのあの反応、あれは確かにジーナを敵として認識したようなそんな反応だった。例えばジーナを異物として認識したとして、戦闘態勢にはいるだろうか。怯えるジーナと怒れるダンジョンキーパー、もしかすると、ジーナは。


「もしかして、もしかしてですけど……。もしかしてジーナさん、以前ダンジョンキーパーと戦闘したことがあるんじゃないですか?」

「は? ジーナが? ダンジョンキーパーと? なんでよ」

「わかりませんって……。だけど、ダンジョンキーパーが怒ってる感じと、姿を見た瞬間に慌てて逃げたジーナさん、考えてみればそういう関係性だったとすればあり得ない話じゃないと思うんですけど……」

「あのね、あんたは知らないかも知れないけどあいつの強さは折り紙つきよ? 実際見たことないのは私も一緒だけど、私がトープを始める前からずっと言われてるんだから……。ダンジョンキーパーに手を出せば間違いなく殺されるって」

「じ、じゃあその噂を流したのがジーナさんだったら……?」

「そ、それは……。ないとは言い切れないかも……」


 そうだ。かくいうセーレも、ジーナが数億年という遠い昔から生きていたということを知らなかったわけなのだから、噂の主がジーナである可能性を否定できないのだ。そして、ぼくの仮説が正しければ、それが長い間ジーナがダンジョンに近づかなかった理由だともいえる。

 ここまできては本人に聞く以外確認する方法もないが、アンダーワールドの誰もダンジョンキーパーが侵入者を殺す姿を見ていないのだとしたら、きっとぼくの仮説は正しいだろう。

 しかしその仮説がどうあれ、今更後を追うなどということは考えられず、それならこの道の先にあるたった一つの扉を開く他ないというのがぼくの意見だ。でも、それしかないとわかっていながら問題が未だ解決されていないのも事実。


「セーレさん、あの、このままだとあの扉に入るしかないと思うんですけど……。その、何があるかわからないんで、えーっと」

「うん、いってらっしゃい。どうせ私たちじゃ足手まといになるだろうし? とにかくあんたが先の安全を確認してくれればこっちは扉を閉めておけばいいだけだし大丈夫よ。それに、何かあったら私だってただで死ぬほどバカじゃないってことは頭に入れておきなさい」

「はい……。それじゃあ、ぼくは行きますけど。……絶対、無理しないでくださいよ?」

「はいはい……それ、私の台詞だから」


 ぼくは何に戸惑っているのだろうか。

 二人が弱いことはわかっている、そして今ぼくがしようとしていることは、向こうに見える扉の先をちょっと見てくるだけだというのに。

 自分が離れてしまうことで二人に何かあれば、その責任を取るのはぼくだ。そしてその責任というのが、彼女ら二人の死かもしれないし、そうでなくてもぼくだけが一人になるかもしれないということかもしれない。だが、それは、この感情は心配といっていいのだろうか。

 生命を守るのは自己責任だ。だから二人に何かあったとして、それは彼女らの落ち度であるし、ぼくが責任を感じる必要なんてどこにもないはず。それでもぼくは置いていく彼女らが気になってしょうがない。

 ヤマトを置き去りにする時には感じられなかった感情。

 それは信頼していないという意味での心配という言い訳だろう。

 そういう字面で綺麗な言葉を考えることでぼくはまた自分自身を救おうとしている。信頼すべき人を信頼しない自分の価値観を正当化しようとしている。

 そうやって優しい自分を演じているんだ。

 ぼくは扉の目の前まできて、もう一度振り返るかを考える。

 二人はどんな顔しているのだろうか、ぼくを見ているのだろうか。

 セーレは、スラストはぼくを心配しているだろうか。


「……大丈夫」


 ぼくは目の前に立ち塞がる扉にそっと手を当てた。

 勢い良く開いた扉の先、そこはいわば機関室のようなところだ。エンジンのようにも見えるその何なのかわからない歪な幾つもの円柱が絡み付く心臓のような形の塊、その巨大な機械は格子状になった床のしたいっぱいに設置されている。轟音が鳴り響くこの部屋が何に使われているのか、位置的に考えればアクアリウムに関係するのだろうが、その裏を知らないぼくには検討もつかない。


「あいつ、ここで何をしていたんだ……?」


 様々な種類のパイプやそれに付随するバルブ、そんなものが幾つもあるこの部屋でやるべきことがあるとすれば、それは確かに維持らしいことだろうとは想像できるが。

 壁面や天井の配管は別として、巨大な機械の上を通るようにできているこの空間はその遠くに見える下へと下りる梯子以外には何も置かれていない。

 あの梯子を降りて下の機械をいじっていたりするのだろうか。


「今のところは敵の姿はない、か。もしいるとすれば、下かな……」


 そして足元を見下ろすが、ある程度の道幅以外にはその巨大な機械がつめ込まれているために上から完璧に下の様子を知れるというわけでもない。とはいえ、もしも敵が現れるならあの梯子からだろうし、その時はぼくが対処すれば良いだろう。

 

「なら、呼んだほうが良いか」


 念のため息を殺してその轟音の中に不自然な音がないか耳を凝らすが、様々な音が交じり合っているこの空間で音による気配の察知は無理なようだ。

 だが、状況的に敵のくる位置がわかりやすいという利点を無視することはできない。

 疲れ知らずで怪我をしない限りは無限に戦えるぼくのこの体なら、二人の安全さえ確保できれば敵殲滅まで戦い続けることだってできる。

 ぼくはできるだけ敵の群れから二人を遠ざけられるこの場所を避難に使うべきだと判断し、部屋の真ん中辺りまで進んでいた足を入り口の方へと戻した。


「な! なんだ!」


 ぼくが二人の元へ戻ろうと歩き出したその時、混ざり合う轟音とは全く別の強烈な振動が床を揺らした。

 慌てて振り向くと、そこにはありえない大きさの巨大なモンスターが大量の唾液を口の端から垂れ流しながらぼくを見つめていた。


「嘘だろ!? どこにいたんだよ!」


 ここが狭い空間だとはいわない、だが、三トントラックほどはあろうかというその巨体を隠せるスペースはどこにもないはずだ。床下にも、壁にも天井にも、これだけ何かが詰まっている空間に今目の前にいる巨体はそのどこに姿を隠していたというのか。

 頭の脇まで大きく裂けた口、幾つものくびれで構成された蒸す前のボンレスハムみたいなその締まっているんだか緩いんだかわからない胴体からは、細長いくたびれた老人のような腕が左右に三本ずつの計六本。それら全ての腕の先には器用に蠢く五本の指が付いている。


「うわぁ……。勘弁してくれよ……」


 なぜこの巨体にして脚が付いていないのか、左右六本の腕で格子を掴み這うようにこちらへ向かってくる化け物イモムシ。よくよく見てみれば体中に小さな無数の水ぶくれみたいなものが張り出している。

 

「こんな気持ち悪いやつ相手にしていられるかっ」


 ぼくは急ぎ、入り口の扉へと走る。


「だ、誰だ!」


 こいつもまたどこに隠れていたのかわからないが、その姿は後ろに迫るイモムシとは違う。


「……鉄骨人、なぜここに?」


 穏やかな口調。


「お、女の人……? すいません、ちょっと不都合がありまして。その、失礼します」


 相手が人型なら怯える必要もない、ぼくは扉の前に立っている海人の脇を抜けようとした。


「待ちなさい……。どうして鉄骨人がここに?」

「ちょ、ちょっと離してくださいよ……!」

「それにあなた、どうして服を着ているの?」

「ふ、服? そんなの着てて当然ですよ。そんなことよりそこを……」

「しかも、その体……。装着型の武器かしら? どこから盗んだの?」

「へ? いやこれは初めからぼくの……」

「おかしいわね……。あなた。もしかして外から?」

「は、はい! そうですよ! だからもうそこを……」

「……嘘をおっしゃい。あなたたちみたいなバカな動物がここまで降りてこれるはずがないでしょう。どうやって逃げ出したの? 言いなさい」

「逃げ……?」


 この一言でぼくは悟った。

 地下に潜む海人たちがどのあたりで繰り返されているのか。それは、きっと鉄骨人を実験に使っていた当初なんだ。そんなことよく考えていればとっくに気付いてもいいようなものだが、今更になって海人に出会うことの不利に気付いた。

 それにしてもタイミングが悪すぎる。


「くそっ! どけてくれ!」


 そうして海人を押し退けようとしたぼくの体が宙を舞う。


「なにぃ!」


 海人が怪力だなんて知らなかった。片腕一本で鉄の塊であるこの体を放り投げるほどの力、しかも敵対状態、本当に最悪な状況だ。

 そしてそれは、ぼくが着地した場所も。


「どあぁ! くっ」


 お構いなしに振りかかる唾液、しかし以前浴びせられたあの粘液とは違ってあまりベタつく感じはない。

 妙にぬめるその液体を払いのけ、ぼくはイモムシの口元から転げて抜け出す。

 だが、敵は襲い掛かってくる様子がない。


「生意気な鉄骨人ね……。怯えたりもしないし、それどころか歯向かってくるなんて。あり得ない」

「う、海人にとっての鉄骨人って何なんだよ……」

「あら、さらに生意気。まさか質問までしてくるなんて……。まあ、個体差かしら? 陸にいる猿も同じように個体差で知恵らしいことをするものがいることだし、あなたもその類なのね。でも、鉄骨人は鉄骨人よ。ただ体が丈夫なだけの素材」

「そ、素材……」


 鉄骨人が人体実験に使われていることを知った時点でなんとなくそうだろうとは思っていたが、ここまであからさまに上からこられるとまるで悪の科学者だ。

 

「そうよ。あなたたちは素材。野蛮に狩り、日々を生きることに必死なだけのくだらない動物よ。世に残るべきは我々のような知恵ある生物。所詮は私たちが監視しなければ果て、滅びるバカな動物たち。食べたいだけ食べてそれを増やそうともしない……、醜いわ。自然を貪るだけなんて」

「勝手なことを……」


 だけど、だけどぼくはこいつらを知っている。いや、正確には似ている動物を知っている。

 海人は、ぼくだ。ぼくが生きていたあの世界の人間、つまり陸人がこれだ。

 ぼくがこうして自然の側に立たなければ気づかなかっただろう。

 世界の生物を自由に捕縛、捕獲し適度な狩猟で世界の管理をしている気になっているぼくたち。大量生産技術にかこつけて必要不必要関係なしに得て得て得る人間の思考とそっくりだ。

 死を整理できない鉄骨人を悲しみ、生を管理しようとする海人や陸人をぼくはどう感じれば良いんだ。

 ここは神の予測域、ここが作られたものだとはいえやはり神が想像した世界なのか。

 

「まあいいわ……。あなたがどこから逃げてきたのかは知らないけれど、代わりならいくらでもいるもの。だから死になさい。大丈夫……できるだけ痛みを感じさせないようにするから」


 そんなことだろうと思った。

 だが。


「それはこっちの台詞だっ!」


 二体同時の戦闘、今までに経験がないわけではないし、それにぼくには陸人である時の記憶だってある。

 まずは統率者を仕留めるのがセオリーだ。

 ぼくはイモムシには見向きもせず、仁王立ちの海人へ向かって走る。

 相手が怪力だとはいえ、それはぼくも同じ。むしろ怪力という能力を初めに知ることができたから良かった。女海人の間合いに飛び込むと、ぼくはその一回り大きな龍の拳を思い切り振り下ろした。

 すると、ぼくの拳速に何かを察したのか、女海人は即座に飛び退きぼくの初撃をかわした。だが、そんなことは予測の範囲内だ。ぼくの一撃で歪んだ格子の床を強く握りしめ、力いっぱい床を引き剥がす。

 回避距離を見誤ったか、女海人はぼくの引き上げた床とともに天井に打ち上げられ、体を強打、息を漏らすと床に落ちた。


「この程度で……っ。死なないだろぉぉ!」


 ぼくは床から起き上がりかけている女海人の頭を掴むと、そのまま持ち上げ、遠心力をかけて再び床に叩きつけてやった。

 ひしゃげた床に頭部をめり込ませてうつ伏せのまま身動きしなくなった女海人。


「とりあえずは、一体……!」


 海人を無力化したことを確認し、すぐイモムシの方を振り向くと鋭い咆哮が部屋中に響き渡った。音階を奏でるように一音ずつ段階を上げていく咆哮は、ダンジョンキーパーほどではないものの、それでも周囲のパイプを繋げるボルトの二、三本はその振動で弾きとばした。

 こいつらを相手にするべきか。

 気絶するまで先制攻撃を仕掛けておいて今更という気がしないでもないが、そもそも敵意さえ向けられなければこんなことするつもりはなかったんだ。


「敵意……。そうか、逃げちゃダメだんだな……」


 まだ廊下にいる二人には気付いていないはずのこいつらから逃げればぼく以外にも侵入者がいることが明らかになってしまう。


「くそっ。そんなつもりできたんじゃないのに!」


 ぼくは床の一部を引き剥がし、それを閂のごとく扉の両脇の壁に渡して拳を叩きつけた。これで、その両端が壁にめり込み、ちょっとやそっと引っ張ったくらいでは剥がれないだろう。

 その時、再び咆哮が聞こえた。

 振り返ると、イモムシは六本の腕を振り回し、まるで床を泳ぐように小刻みに飛び跳ねながらこちらへ突進してくるところだ。しかしこの鈍足具合なら、ぼくの方が断然早い。

 向かってくるイモムシの脇へ一気に走り込むと、ぼくは迷いなくその歪な脇腹に手の平を突き刺した。

 しかしどうやらこのイモムシに痛みを感じる機能は備わっていないらしく、その衝撃に体をよじることも声を上げることもせず、腕を突き刺したぼくを振りほどこうとして気味の悪い下半身を振り回す。


「この……っ。あんまり動きまわるなよっ」


 突き刺した指先に感じた柔らかなもの、ぼくはそれを掴みその振りほどかれる勢いに耐えようとした。だが、掴んだものが悪かったようだ。一体どの部位なのか、結局吹っ飛ばされたぼくの手には太く艶のある管が握られており、それは今もイモムシの体と繋がっている。


「うわっ!」


 自分でやっておいてなんだが、これはさすがに見たくない光景だ。

 しかし内蔵を引きずり出されても尚イモムシの怒りは収まらない。ぼくへと向きを直したイモムシは、半開きの口のまま荒く息を吐き出し、体を痙攣させるようにするとその大口から今捨てたばかりの管と同じものが勢い良く飛び出した。

 掃除機に収まっていくコード、巻き尺、そんな風にブレながら一直線にぼくに飛んできた管がぼくに巻き付く。

 その時、ぼくはやっとこの液体の正体に気付いたのだ。


「まさか……冗談だろ!」


 鼻を突く油の匂い。次の瞬間、ぼくの嫌な予感は的中した。

 口から管を飛び出したまま三度の咆哮を上げたその口から火が放たれ、導火線宛らに炎が管を伝いながらぼくに向かってくる。

 これまで幾度も殴られたり切られたりはしたが、燃やされるのは初めてだ。言いようのない焦りを感じながら体に巻き付いた管を引き離そうとするが、伸縮を繰り返ししかもヌメるそれを上手く取ることができない。徐々に近付く炎は、ついにぼくの足元から這い上がり、体中を包んだ。

 匂いからヌメつく液体の正体を油だと思っていたが、どうやらぼくの知っているものとは少し違うようで、気化したその空気を吸い込んだぼくの様子がおかしい。


「あ、熱くな……うっ!」


 肌が痺れたように感じ、本来なら熱いと感じるはずの炎に対して何も感じないのだ。しかしそれとは反対に体の中は熱湯を注がれたように熱い。

 すると、自分の体の周りから異様な匂いが漂い始める。

 高温で熱された酢のような否応にしてむせ返る香り。

 思わず開いた口元から炎が入り込む。


「の、喉が……!」


 これが中毒症状なのだろうか。喉が焼けて痛むにも関わらずぼくは込み上げるものを抑えることができない。


「あははははっ!」


 高揚している。ぼくの気分は確実にハイだ。

 ここ十数年感じられなかった楽しいという気持ちが今、なぜ今込み上げるのか。

 いや、疑問なんていらない。

 楽しければ笑えば良い、おかしくておかしくてしかたないんだ。


「ははっ! あははははっ!」


 熱くない。熱い。苦しくない。痛い。


「イェア! サイッコーだ! もっと、もっと! もっと燃やせよ! なあ、モンスター!」


 アメイジングな世界だ。炎を間近に見るのとは違う。

 炎として見る世界はこんなにも美しいのか。

 全てが煌めき、そして全てが揺らぐ境目のない世界。皆同じ色で構成された青い世界、ここは海のようでありでもその息遣いを感じられる。


「アメイジング! ぼくはこんな素晴らしい世界を知らなかったのか!」


 

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