山登歩
「あっ!」
入ってきた男を見るなりセンが声を上げる。
「あの、どちら様ですか?」
「……レジェンドアームズ」
「え?」
「なぜお前もそれを持っている……」
「知って……いるんですか?」
「……ああ」
男は呟くようにそう言うと、右腕に着けたガントレットを突き出してみせた。
それは、確かにガントレットのようだが、ただのそれではない。
長い爪を持ち、手の甲から伸びる四本の筒が山脈のように並んでいて、まるで悪魔のものを彷彿とさせる節くれだった不気味な手だ。
「元々はマシンガンだった……」
「……進化ですか?」
「ああ……」
「あ、あの。ラ、ランクは……」
「オクトだ」
話が通じる。
どういうことだ、ここは僕だけの世界じゃないのか。
「父さん! この人、ワームの!」
我慢しきれないといった様子でセンが声を荒げる。
しかし今はそれどころではない。
「あの、なぜあなたがそれを……?」
「それはお前と同じだ……」
「マイクの……男?」
「ああ」
「そ、そそそれじゃああの! ど、どこから……」
「クレバス……そこに落ちたはずだった」
「ク、クレバス?」
「氷の割れ目だ……」
「と、登山家の方だったのですか?」
「……マッキンリー、俺はそこを登っていた」
「へ、へー。初めてです、そういう人に会うのは……」
そうじゃない、僕が聞きたいのはそんなことじゃないんだ。
僕だけじゃない、この世界に落とされたのは僕だけじゃなかったんだ。
それはつまりここが僕の幻想の世界ではないということでもあるのだけれど、でもレジェンドアームズもそれにマイクの男も知っている。
ジーナに聞いてもわからなかったレジェンドアームズについての情報は、もうこの世界には無いんだとばかり思っていた。
僕だけが持っている特別なものなのだと思っていた。
でも今ここに僕の話が通じる相手がいる。
登山家だったと、クレバスに落ちたのだと、男はそう言っている。
信じられない、懐かしいような落ち着くようなこの感覚は一体なんだというのか。
僕は、この世界に来てセーレに出会って、アイロスに会って、ジーナもセンも、皆を家族のように思っているのに、それでも同郷の者に会ったことで僕の気分は高揚している。
「それは、お前のアームズか?」
「え? は、はい!」
「……やはりそうか」
「そ、そのその、ランクオクトっていうのは何なんですか!?」
「オクトは八だ」
「ぼぼ、僕のはまだクァトルなんです。どうやってそんなランクまで進化させたんですか?」
「戦い続けた……それだけだ。お前はどれくらいここにいる」
「わ、わかりません。一応年齢は二つ重ねました」
「そうか……。俺はもう二十五になる。始まりは二十、それも同じか?」
「いえ……僕は十五から始まりました」
二十から始まって今彼は二十五だと言う。
この世界は僕だけのものではなかった、そして始まりの年齢も違う。
どういうことなんだ。
他にもマイクの男に落とされた人間がいるという状況は、この世界が僕だけのものではないということであり、そしてあの時感じたあの世界との符合を尚現実と意識させる。
大地震、海が流れ込むことで始まった世界、そしてアンダーワールドという名。
まさか、本当に。
「あの! 僕は列車とホームの隙間に落ちたんです……。何かわかりますか?」
僕がそう聞くと、男は少しの間考えるようにして再び僕に向き合うと一言呟いた。
「……隙間、か?」
「隙間?」
「……ああ。お前も俺も隙間に落ちてここへ来た。地球の隙間とアンダーワールド、何か関係があるのかもしれないな……」
「……隙間」
列車とホームの隙間、氷の割れ目である隙間、大地震による裂け目。
アンダーワールド。
「ほ、本当に! 本当にそうなのか!?」
「…………?」
「ど、どうしたの急に」
地底世界。
確かにそういう都市伝説は聞いたことがある。
どこかの国の冒険家の手記が出版されていたり、どこだかの軍がそういうところを見かけたとか。
そこには古代生物が未だ生きているとか、植物が巨大だとか。
ここが、かの有名な地底世界だと考えれば、昼ばかりで夜がないこの世界に説明がつけられないこともない。
本当にそういうことなのか。だとすればここは地球だとでもいうのか。地上から地下世界まで瞬間移動したというのか。
いや、違うだろう。この体は、間違いなく僕のものではない。それはきっと移動ではなく転生というものであると考えていいのかもしれない。
「……あの、あなたは元々人間ですよね?」
「あ、ああ。山登歩という」
「鉄骨人ではないですよね? 元々そんなに大きな体ではなかったですよね?」
「ああ、そうだ。なんということはないただの人間だった」
「なぜ、自分の名前を覚えているんですか?」
「……覚えているものではないのか?」
それはそうだ、その通り。
それじゃあ、僕が自分の名前を忘れてしまったのは転生とは別の問題ということか。
僕とヤマトでは転生の仕方が若干違うと、そういうことなのだろうか。
「お前、名前は?」
「僕は、自分の本当の名前が思い出せません。それでこの世界に来てからお世話になった人にラスという名前を貰ったんです」
「そうか……。ラス、お前はレジェンドアームズについてどれくらい知っている?」
「……戦う内に徐々に形が変化する、ということぐらいです」
そう言って僕は背に携えた爪の生えたバットを差し出した。
ヤマトはバットをまじまじと観察して、再び僕にそれを返すと語り出した。
「さっきも言ったが、俺が初めに選んだのはマシンガンだった。理由は言うまでもなく、俺の知る中で最も殺傷力があると考えたからだ……。初めてレベルが上った時、銃口に突起が生えた。そしてそれは徐々に成長し、ランククイーンつまりランク五の通知が来た途端、マシンガンはその銃口と引き金を残して爪のガントレットの姿に形を変えた……」
そう言ってヤマトは右腕のガントレットを撫でる。
「……それからも俺は戦い続けた。これが今の形になったのはランクセプテの時……、こいつはもう、俺の体の一部になっている。そして、レジェンドアームズには能力があることに気付いた」
「……能力?」
「……これを」
差し出されたのは、僕が受け取ってきた星の封蝋がされた封筒だ。
僕は中に入れられた紙を抜き出し広げると、うっすらと焦げて硬くなった紙に白く文字が浮き上がっているのが目についた。
「能力の開放、狂人の鬼手……。なんです?」
「外に出るぞ、見せてやる」
僕とセンは部屋を出て行くヤマトに着いて外の広い場所へと移動した。
「行くぞ……」
ヤマトはそういうとガントレットを天に掲げた。
するとガントレットは強烈な閃光を放ち、その腕の回りを廻る幾つもの紫色の光球が出現した。
「そ、それは……」
「これが狂人の鬼手の力だ。俺はこの弾の全てを自在に操ることができる。一つにまとめる、このまま打ち出す、相手の体内に送り込み一気に破裂させることも可能だ」
「それであのでっかいワームをやったの!?」
「そうだ……」
「それ! ぼ、僕にもあるんですか!?」
「ああ、きっとある……。だが、能力がどういうものかはわからないし、いつそうなるかもわからない。俺がこの能力に気付いたのはたまたまだったんだ。誤って火に落としたあのランクセプテの通知、炙り出しで能力が書かれていることに気付けたことで俺の能力も覚醒したのかもしれない。……ラス、探してみろ」
僕はバックに入れていた通知の全てを取り出し、その一枚一枚をライターで炙る。
僕が持っているのは五枚の通知、それぞれのレベルアップ通知と例のメッセージの通知だ。
しかし、全てのレベルアップ通知を炙ってみたが、文字は浮き出てこなかった。
「ダメだ……。僕はまだ能力が開放されていないということなんですね……」
「待て、まだ一枚あるだろう」
「これは、違いますよ……。これはマイクの男のイタズラです、ふざけたメッセージが書かれているだけなんですから」
「しかし、それもマイクの男からの通知だろう? 試す価値はあるぞ」
「……じゃあ、やってみますけど」
見るだけで腹の立つ適当な文字で書かれた「死んでもそれはそれで伝説」のメッセージを僕は燃やしてしまうつもりでライターを余計に近付けて炙る。
徐々に焦げて茶色に変色していくと、メッセージも薄れて見えなくなっていく。
そして、メッセージが殆ど見えなくなるのと引き換えに白く文字が浮き上がる。
(補正、抗拒の一手)
「な、なんだこれ! こ、こうきょ……の一手? なんのことだ?」
「……補正と書かれているな。これは一番初めの通知で間違いないか?」
「え、ええ。僕が砂漠のダンジョンに落ちて一番初めに貰ったもので間違いありません」
「俺が一番最初に落ちた場所は砂漠ではなかったが、その通知は来ていない……。それはお前だけに与えられた特別なものと考えたほうが良いだろうな」
「と、特別……。でも、どういう能力なのかわかりませんよ? ヤマトさんはどうやってその能力に気付いたんですか?」
「一度目は勝手に発動したんだ。……それからはその感覚を思い出しながら自分で特訓した。それに俺の通知に書かれていたのは「開放」だ、補正ではない。つまり、お前のその能力が読むことで生じるのかはわからないということだな」
「そ、そっか……」
「ああ……。何か心当たりはないのか?」
僕がこの通知を手に入れてから変わったことなど何も起きていない。
体はヤマトと特に違いはないし、光球が出るようなことも、バットが変形するようなこともなかった。
強いて言うなら、セーレに出会ったことだろうか。
僕は彼女に出会ってから事態が好転続きなわけだし、もしかして僕が補正されたのは幸運ということだったりするのではないか。
「そういえば、抗拒、ってどういう意味でしょう?」
「抗拒、か…………すまない、知らない言葉だ」
「そ、そうですか……」
「……父さん、ジーナなら知ってるかもよ?」
「そうか! ジーナさんに聞けば……! ってことは今すぐってわけにもいかないな」
「そのジーナというのは?」
「僕らの友人で、考古学者です。アンダーワールドにはあまりいない博学の類の人なんです」
「そうか……。で、お前たちはなぜここに?」
そこでこのヤマトという男に出会って初めて僕とセンがここまできた経緯を話した。
ヤマトは僕とセンの話を聞く間ずっと腕を組み、俯いていた。
初対面の人間にここまで詳しく話をしたのは、彼が僕と同じ情報を共有できる唯一の相手だったからだ。
最早薄れかけていたここがどこなのかという疑問やレジェンドアームズのこと、ここで死ぬまで生きていくのだからもう関係ないとすら考えていた。
僕はあそこへの名残りはもうない。
でも、この人はどうなのだろう。
「…………事情はわかった。そのウィンドエレンファス討伐、俺も手伝おう」
「え!? い、いいんですか?」
「ああ……、どうせ日本に戻るためにはレジェンドアームズの成長が必要だ。その糧になるというのであれば、お前たちに助力することに損はない」
「あ、ありがとうございます……」
「……どうした。何か不都合があるのか?」
「……いえ、あの。……ヤマトさんはどうして日本に戻りたいんですか?」
「なぜ? ……それはきっと俺が登山家だからだ」
「ど、どういう意味です?」
「山は居るべき場所ではない……、行くべき場所だ。帰ることが前提だからこそ俺たちは山に登る。俺は俺の住むべき場所に帰る、それだけのことだ」
「そ、そうですか……」
「お前は戻りたくないのか?」
「……はい。僕はもう、あそこに戻ろうとは思いません」
「……そうか。お前は自由だな」
「え?」
「自由とは決別だ。だが、その勇気を持つ者は少ない。そしてその決別こそが、自然的で自由だと俺は思う……」
「…………」
「お前の決断がどうなるにせよ、自由を知るお前ならやっていけるだろう。自信を持て」
「ありがとう……ございます」
僕は、窮屈だったんだ。
誰かの決めた世界に居ることそのものがずっと。
両親も愛犬も愛している、でも、それでも僕は僕を特別だと思える場所に行きたいと心から願っていた。
決別。
僕が別れようとしているのは窮屈なことだけでなく、僕を愛するもの、僕が愛するもの、その両方を捨てることでもあるのだ。
僕は本当に戻りたくないのだろうか。




