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アネモス村の厄介者

「あたしも見たかったなあ……」

「……何言ってんだ、先へ行くぞ」


 あちこちに谷間が走る山岳地帯。

 ここに来てやっと他のバムが山道を駆ける姿を目撃する。

 五機のロードバムが連なって歩いている様子を見るに、彼らはトーパーか行商だろう。

 僕らはその隊列を谷間ごと飛び越え、再びそびえる山の斜面を這い上がって行く。

 途中、蛇頭の巨鳥や僕らと同じく斜面を這う獣類のモンスターに襲われたが、センの操縦はそれをいとも容易く撃退した。

 本当に、この子は。

 僕が育てたわけではない、確かに僕も一緒に生活をして、それなりにセンに物事を教えてきたつもりだったが、こうして強く賢くなったのは僕なんかよりもアイロスやジーナやセーレのおかげだ。

 それなのに僕のことを「父さん」と呼んでくれる。

 本当にありがたいと心からそう思うし、そして情けないとも思う。

 だって僕は、何もしてやれないんだ。

 アイロスの様に生きる術、戦う術を教えてやることもできないし、ジーナのように世界を知るための方法やその知識を与えることもできない、それにセーレみたいに励ましたり楽しむことを教えてあげることも。

 僕は本当に自分のことで精一杯で、危ないとかやめておけとかそんなのばかりだ。

 ごめんな、セン。


「これが風の地……」


 最後の山を登り切った先は頂上から平坦に続く大小様々な川が筋をなす木々や草花の生えた湖畔のような風景が続いている。

 僕らは続く山の階段を登り切り、その踊り場にいるといった感じだ。

 一旦バムを停め、来た道を見下ろすと、段々になった鋭い階段が連続して歪な様はまるで針の山。

 今踏みしめている地面とその先に広がる景色とは正反対だ。

 肌に感じる風は平地の向こう側からやってきて、そこが風の大河であるかのように風が地面を撫でながら下界へと下っていく。とても不思議な感覚だ。


「セン、行こう」

「うん」


 走り始めたバム。

 ルルディアのトーパーズギルドにいたテーブルゲームの男レイスによれば、アネモスまでは道案内があるのだそうだ。

 しかし、そこらを見渡してもそういったものは見付からない。


「何もないな……。レイスの言ってた道案内ってのは何なんだ?」

「さあ……って、あそこなんかおかしいんじゃない?」


 そう言ってセンの指差す先では綿毛の群れが風を象るようにして向こうへずっと伸びているのが見える。

 流れに沿って木々の間を抜けながら綿毛の道を辿ると、いずれ辺り一面の白くふわふわした植物に満たされた綿毛畑に行き着いた。

 そして、その畑の中央付近には背の低い木製の柵で囲まれた集落が築かれている。

 レイスの言っていた道案内はこの綿毛の群れのことだったのだろう。

 綿毛の群れはその畑の中を巡り、どこかへ向かって行く様子からきっと風の地を回遊しているのだろうと思う。

 柵の外にバムを停め、村へと入る。


「セン、あれは何て書いてあるんだ?」

「ステイスポット、だね」


 それがこの村で一番大きな建物だ、それと村の中心にある背の高い鐘の付いた背の高い建物が目に付く。それ以外は、至って普通。普通とはいっても、それは目立つ建物は特に無いという意味でだ。

 ところどころに畑のようなものがあったり、四足の牛によく似た筋肉質のモンスターが囲いで飼われていたり、そんなどこか想像通りののどかな村。

 僕らはまず宿屋へ向かう。

 不思議な模様のステンドグラスがはめ込まれた宿屋のドアを開け、中に入ると、何かの焼ける香ばしい匂いと吊るされたハーブの香りがカウンターの向こう側から漂ってくる。

 とても美味しそうないい香りだ。


「父さん、何か食べようよ!」

「…………」

「ねえ。ねえってば!」

「え? あ、ああ何?」


 入り口で室内の空気を貪る娘とその隣で呆けて突っ立っている若者に気付いた店員が笑顔で会釈してカウンターからこっちへ来る。


「いらっしゃいませ」

「あ、どうも」

「お泊りですか? お食事ですか?」

「え、あ、えっとしょ、食事を」

「かしこまりました。えと、それじゃああちらのテーブルにどうぞ」


 そう言って僕らをテーブルの席まで先導するフリルの付いたエプロン姿の女性店員。

 僕の前を行く綺麗な金髪の三つ編みが揺れて輝いている。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「おすすめってなんですか?」

「はい! ウチのおすすめはインペリアルチーズリゾットです! この辺りで採れるクラルスハーブとカイザーモウのチーズで炊きあげた自慢の一品です! 風の香りが清々しくてとっても美味しいですよ!」

「へー! じゃああたしそれ! 父さんは?」

「へ? え、あ、じゃあ僕もそれを」

「はい! かしこまりました!」


 そう言ってカウンターの向こうへ戻って行った彼女が今度は黄金色に輝く飲み物を持ってこちらへ再びやってくる。


「どうぞ。こちらも当店自慢のモリージュースです。旅人さんにサービスしますね」

「ど、どうも……」


 こうして外食らしい外食をするのは本当に久し振りだ。

 これまでの食事のほとんどが野生のモンスターを狩る自給自足的なものばかりだったし、たまにオロスで食事をするにしてもこれほど綺麗に整頓されたところではなかった。

 あの世界では外食が当たり前だったけど、僕がいつも立ち寄っていたのはラーメン屋とかファストフード店とか、どちらかと言えばオロスの飲食店と同じようなところばかりだった。

 だからだろうか、なんだか久々に緊張してしまう。

 

「へえー……。あたしこんなきれいな所でごはん食べるの初めてだよー……」

「ああ、そういえばお前もそうか」

「父さんも初めて?」

「え? まあ、初めてではないけどここじゃないところでの記憶だし、僕は外国には言ったことがなかったから、そういう意味では初めてかな」

「ふーん。その父さんの昔いたところってどんなの? 前にちらっと聞いたけどさ」

「窮屈なところだったよ。産まれた瞬間から国に登録されて管理されて、それで自分より先に産まれた人々のために働くことを義務付けられているんだ。それもなんだかって感じだったけど、僕が何より嫌だったのは、嫌なら出て行け、っていう発想が当たり前に社会を形成していたことかな……」

「へー……。よくわからないけどさ、それってそのクニをやっつければいいだけのことじゃないの?」

「昔はそういうことをやった人もいたさ。でも、クニはしぶといんだ。気が付けば人の心の底に張り付いていて、僕らはそうじゃなきゃ生きられないって呪いをかけ続けるんだよ。だから、今の国が死んだとしてもまた別の国が生まれる……。国が産まれた瞬間からあの世界はもう、生き物を生きやすいと生きづらいに分けてしまったんだ。本当は必要ないはずなのに……」

「父さん、もし戻れるならそこに戻る?」

「いや、僕はもうあそこには行きたくないな」

「……そっか」


 そうしてセンと会話をする内、三度彼女が僕のテーブルにやってきて食事を置いていった。


「いっただきまーす! いい香りー……」


 確かに、いい香りだ。

 チーズのまろやかな香りの中に蒼い香りが混ざって鼻を抜けていく。

 一口含んだ瞬間、口の中いっぱいに広がる濃厚な甘みと絶妙な塩加減、それにサイコロでライスに混ざりこんでいる肉の芳ばしさ。そういういろいろな要素が次の一口までの時間を引き延ばしている。

 噛み締めて食べるべきだと体が感じているのだろう。

 噛む度に香りの度合いが変わり、それは奇妙な感覚だがとても心地よく、それが顎を緩ませる。


「ほあ~……」


 センも僕と同じだ。

 吐き出す息がその一口の満足感を一番表現していると言っていいだろう。

 ゆっくりと時間を掛けて、絶妙なコンビネーションであるモリージュースと共に喉を滑っていくインペリアルチーズリゾットを食べ終えた頃、僕もセンも先の戦闘ややるべきことの全てを忘れそうなほどリラックスしきっていた。


「どうでした? 美味しかったですか?」

「は、はい! とっても……美味しかったです」

「ふふっ。気に入ってもらえて嬉しいです。それで、旅人さんはどちらから?」

「ルルディアからここまで一気に来たんですけど……。その、ウィンドエレンファスって知ってますか?」

「ええ、もちろん……。ウィンドエレンファスは風を乱す厄介者ですよ。それにカイザーモウやハーブのようなこの地の名産を食い荒らすんです。突如起きる突風で畑もダメになってしまうし、何より困っているのは、あれがいつどこから来るのかがわからないってことなんです」

「なるほど……。実は僕たち、そのウィンドエレンファスの風を乱す力を探しているんです。他に何か奴について何かありませんか?」

「そ、それってもしかして、あれを退治してくれるってことですか?」

「必要ならば倒します。でも、できるかはわかりませんよ?」

「ほ、本当ですか!? だとすれば私たちは全力でお二方にお力添えさせてもらいますよ!」


 そう言った彼女は少し興奮した様子で、目を輝かせながら僕とセンを交互に見つめている。


「あ、ありがとうございます! それで、その特徴とかありますか? ウィンドエレンファスの」

「特徴……といえばあれですね。あれは弾や矢を弾き返してしまうんです」

「弾き返す、ということは近付いて直接叩くしかないということですね……」

「ええ……。ここは牧場や畑仕事をして生活する者ばかりで、ダンジョンを旅する方々のような特殊な訓練をしている者がいないんです。ですので、私たちにできるのはせいぜい狩りの方法ぐらいで、便りの銃が利かないとあってはどうにも太刀打ちできなくて……」

「そうでしたか。ちなみに、最後に奴が来たのは……」

「えーと、クーリスの綿毛がピンクの頃です……」


 そうだった、アンダーワールドでは時間の概念があの世界とは違うんだ。

 僕らが一時間、一日と考えるところをアンダーワールドでは身近なものの変化で例える。

 しかもそれは土地ごとに違うため、今彼女が言うクーリスの綿毛のピンクの頃がいつなのか全くわからない。


「そ、そうですか。えっと、それじゃあ奴が来る前の前兆なんかは?」

「ないんです。先程も言いましたけど、いつどこから来るのかさっぱり……」

「じゃあ、どんな姿かは……」

「それはわかります! 全身が青い鱗に覆われていて、それで翼はなくて。長い鼻が三本生えていてそれで自在に風を操るんです。それでそれで、体は大きくて、空を飛ぶドラゴンに似ているんですけど、二本足で立って歩くんです。手には鋭い爪がついていて、牙がたくさんある口は裂けていて大きくて……」

「オッケーオッケー。ありがと、お姉さん。なんとなく想像はついたよ!」


 ドラゴンの体に象の首ということだろうか。

 レイスが言っていたドラゴンの亜種というのはそういうことだったのか。

 中々に手強そうなのは今の説明で伝わった、センの言った「オッケー」はそういうことだろう。

 遠距離攻撃を弾き返す特性に加えて、直立歩行。これなら普通のドラゴンの方がよっぽど倒しやすいような気がする。

 何より、出会わなければいくら対策を練ったところで意味は無いのだが。


 僕らは一旦部屋を借り、そこでどうするか考えた。

 食事の後、厨房から現れた彼女の父曰く、「ウィンドエレンファスは風の化身。それなら風の集まる場所を探すのが一番可能性がある」だそうだ。

 確かに、考えてみればその通りだろう。

 そもそも、トーパーがいないこの村でウィンドエレンファスという強敵を探るということもできてこなかったということもあるかもしれない。

 そう考えると、彼女の父が言う『風の果て』に奴がいる可能性は確かに高いのだ。


「それじゃあその『風の果て』に行ってみようよ。いてもいなくてもとりあえずあたしらにはそれしかないでしょ!」


 行く先は決まり、話し合いを終えて部屋から出ようとしたその時、扉を誰かがノックした。


「どうぞ」


 扉が開き入ってきたのは、二メートルはあろうかという扉の縁をかわして入らなければならないほど背の高い男だった。

 

 

 


 

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