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父、十七歳にて

 ――直立歩行の鳥。

 くちばしは頭の大きさに対してずいぶん小さく、鋭い唇といったほうがしっくりくる。

 ガチョウ宛らの不気味な牙が並んだ口を開き、粘着く唾液を滴らせる様は見るからにモンスターだ。

 バードマンは短い羽をばたつかせて金切り声を上げると、前傾姿勢で突進してくる。


「うぇー。気持ち悪いやつだなぁ」

「油断しない!」


 つんのめるほどの前傾になって突っ込んでくるバードマンの頭に手を付き、地面を蹴って飛び上がる少女。

 地面へと頭を押し込まれたバードマンはそのまま体制を崩し、ヘッドスライディングを決めた。


「よし! 今だ!」


 少女はすぐ様振り返ると、起き上がろうとするバードマン目掛けてチャクラムを投げつけた。

 チャクラムはバードマンに命中、その首をはねた。


「うわっ! き、気持ち悪い! 父さん、早く溶かして!」


 僕は首をはねられて地面に倒れたバードマンにバットを突き立てた。

 すると、バードマンは乾燥した目玉を残して液化する。


「セン、お前いつになったらモンスターに見慣れるんだよ……」

「だってぇ、どいつもこいつも気持ち悪いんだもん……」

「ったく、体ばっかりでかくなってもダメだって言ってるだろ? 戦闘は油断一つで形勢が変わるのが常だ。だからいつでも冷静になれるように心を操れるように訓練をだな……」

「わかったってば! もう、うるさいなぁ」


 思春期か。

 思い返しても僕の記憶の中にある思春期とはその色味が全く違うように感じる。

 なんというか、センの思春期は黄色のイメージだ。

 僕は、濃い紫色だった。

 自分は特別だという考えと、他人への憧れと、それに対する反抗心と。

 そういう自分自身の矛盾は青なんかじゃなかった、もっと混ざってとんでもないことになっていた。

 だから、僕はセンにはそうなって欲しくないと思ったんだ。

 卑屈で自信家の馬鹿は僕だけで十分。

 そうなってしまった後の後悔や辛さがわかっているから。


「父さん! 博士が言ってたのってこれかな!」


 マクロスアクロの樹。

 その樹液には細胞の結合を弱める効果があるとジーナが言っていた。

 原理はわからない、でも、ジーナがセーレのために調合した薬の中で最も効果が得られたのがこの細い一本の木からとれた樹液だという話だ。

 医学を捨てたこの世界で、今硬化という病から鉄骨人類を救えるのはジーナしかいない。

 この樹だけが今の僕にとっての蜘蛛の糸なんだ。


「かっ……てえ!」


 樹皮に立てたナイフがほんの少しも食い込まない。


「父さん、あたしにやらせて!」

「はいはい……」


 そう言って僕が樹から離れると、センは腕をしならせて思い切りチャクラムを投げ飛ばした。


「バカっ! 切ったら次いつ生えてくるのかわからないんだぞ!」

「え!? あっ!」


 高速回転するチャクラムが樹にぶつかる。

 しかし、金属の弾けるキンとした音を鳴らしてチャクラムは地面に落ちた。


「うっそぉ……」

「……切れなくて良かった。けど、まさかこれだけ硬いなんて予想外だな」

「あぁ……。刃こぼれしてないかなあ」

「だからいつも言ってるだろ? 思いつきで思いきりやったらダメだって。何事も丁寧に、調整できる加減でやらないと、後戻りできなくなることだってあるんだぞ」

「はーい……」


 それにしても、これは相当硬い。

 センのチャクラムは師匠の特製だ。

 遠心力に反応して飛び出す刃は何を合わせたものなのか、分厚い鉄板を簡単に貫いたりする。

 それだけ硬いチャクラムの刃が通らないとなると、僕が持っているこのナイフでは到底無理だろう。


「どうしたもんかね……」

「ねえねえ。それ、使ってみれば?」

「ん? なるほど……」


 僕のバットならあるいは。

 モンスターを肉体を液化のち結晶化させるこのバットならこの硬い樹皮を溶かせるかもしれない。

 だが、これはモンスターじゃない。

 しかし、考えるよりも行動だ。

 僕は、バットの鉤爪で樹皮を引っ掻いた。

 すると、樹皮が裂け、そこから輪郭すら危ういほど透明な液体が滲み出てくる。


「セン! 入れ物ちょうだい!」


 差し出されたビニールの携帯灰皿みたいな袋。

 その口を尖らせて溢れ出てくる樹液をすくい上げる。

 樹液が溜まるにつれて、徐々に膨らみ重さを増すが、やはりその透明な液体は空気のようで輪郭がわからない。


「父さん、それ溜まってる?」

「たぶん……」


 一つ目の袋がいっぱいになり、それでも溢れ出てくる樹液をすくうためにもう一つをかざしたその時、塔が大きく揺れ始めた。


「な、なんだ!?」


 塔の端から下界を見下ろすが、地面に生えている背の低い木々が揺れている様子がない。


「セン! 何かおかしい! 気を付けろ!」


 地面の揺れが次第に小刻みに変わっていき、そしてそれは体が縮こまるような低音を残すだけとなる。

 まるで、何かの唸り声のような。


「父さん! 上!」


 ドラゴンだ。

 まさかこの辺りがドラゴンの領域だったのは誤算。

 今の揺れはドラゴンと大地の呼応だったのか。

 だけど。


「違う! ドラゴンじゃない!」


 僕がそう叫んだ瞬間、上空を飛ぶドラゴンに向けて何かが伸びていくのが見えた。

 その細長い何かは空を飛ぶドラゴンに巻き付くと、それを一気に下方へと引きずり落とした。

 一瞬にして僕の視界から消えたドラゴン。

 急いで下の方を覗きこむ僕の目に、信じがたい光景が飛び込んできた。

 

 塔の至る所から伸びる触手のような枝の数々、そして壁面に吸い込まれていくドラゴン。

 それは、まるで塔がドラゴンを捕食しているみたいな光景だ。

 この世界に来てから僕は二つ歳を取った。

 その間に色々と世界を巡ったが、建物が生物だったことなんてない。

 言うなれば、モンストウだろうか。

 いや、そんなくだらないことを考えている場合じゃない。


「セン! 逃げるぞ!」

「オッケー!」


 そう叫んで僕の方へ駆け寄ってくるセンの後ろから巨大な枝が外側から姿を現した。

 枝は迷いなくその鋭い先端をセンの背中に向けて突き伸ばす。


「伏せろ!」


 さすがは有能種。

 センは僕の声に一瞬で反応し、地面に伏せた。

 センへの不意打ちに失敗した枝がそのまま僕目掛けて突っ込んでくる。

 直線的な攻撃への所作、半身に構え、そして右足を外側へ。

 枝が僕の脇をすり抜けていく。


「父さん!」


 僕を通り過ぎた後、一瞬で方向転換した枝は僕の腰のあたりに巻き付いた。

 とてつもない力で体が塔の外側へと引き込まれる。


「父さん! 今、助けるから!」


 枝に引き込まれる僕の腕を両手で掴んだセンが叫ぶ。


「セン!」

「今っ! たすけ…!」


 枝を切ろうとセンがチャクラムに手を伸ばしたことで、センの片腕では支えきれなくなった僕の体は一気に塔の外側へと吹っ飛んだ。

 センが再び僕に駆け寄ってくる。


「大丈夫だ! いいから、お前は先に逃げろ!」


 僕を見下ろすセンが叫んでいる。

 大丈夫。

 僕はそう簡単には死なない。


 後ろ向きに体を引っ張られたまま僕は外壁を下っていく。

 そして、不意に僕の体は垂直になり、塔の中へと飛び込んだ。


「いってえ……」


 僕が鉄骨人で良かった。

 以前の体なら骨折は免れなかったであろう衝撃もこの体だからこそ軽い打撲ですんでいる。


「こんな部屋あったのか……」


 やけに広い空間。

 外壁に空いた大穴から差し込む光に照らされてその室内がよく見える。

 部屋全体に張り巡らされた植物の枝。

 その全てが不気味に蠢いている様子は、まるで何かの体内のようだ。

 そして、枝の蠢くギチギチという音の他に何かを噛み砕く咀嚼音が響いている。

 恐らく食われているのはさっきのドラゴンだろう。

 咀嚼音は僕の前方、光の届かない奥の部屋へと続く道の先から聞こえてくる。


「飛び降りて逃げられないかな……」


 壁の大穴へと近付き、下を覗き込む。


「高過ぎる、か……」


 飛び降りるのは無理だ。

 かといって、この先へ進めば何が待っているのか容易に見当がつく。

 その時、ふとアイロスの言っていた言葉が頭に浮かんだ。


(いいか、敵が何だかわからない内はビビる必要なんかねえ。臆すれば挙動が遅れっからな……。そうなるのが一番やべえことだ。だから、俺たちは鍛えるんだ。戦うためじゃねえ、切り抜けるために技を磨くんだ……)


 オッケー、師匠。

 蠢く枝を踏みつけ、僕は前へと進む。

 奥への道に差し掛かった瞬間、深部が緑色に強く光り、咀嚼音が止んだ。


「飲み込むと光るのかよ……。随分派手な奴だな」


 道の中は狭い。

 この感覚は、初めてトープしたダンジョンのあの道の感じに似ている。

 奥に敵が待っているというシチュエーションまでそっくりだ。

 案外ダンジョンはワンパターンなんだな。

 道を抜けた先もまた広い空間だ。

 しかし、先程の部屋よりも余計にギチギチいう音が響いている。

 腰に回したウェストポーチから一粒の球体、サンパームを取り出してそれを宙に放り投げた。

 球の全体を発光させたサンパームが辺りを照らす。

 

 広い室内に先の部屋と同様に張り巡らされた枝々。

 そして、その中央には宙に貼り付けにされた様な姿で大の字になった人を象る枝の塊。

 その足元には食べかけのドラゴンが散らかっている。


「なんだ、こいつは……!」


 サンパームに照らされた人型の頭部が縦に裂け、その隙間から覗き込むような大きな目が姿を見せた。

 それは枝が密集する頭部の中をグルグル動きながら僕を見つめる。

 しかし、おかしい。

 食い散らかされたドラゴンを齧ったはずの口が見当たらない。

 人型の頭にも、体にもどこにもそんなものはないのだ。

 だが確かに僕は咀嚼音を聞いた。

 こいつの口は一体……。


「やっべえ!!」


 慌てて外と繋がる大穴へと走るが、間に合わない。

 その大きな穴は少しずつ閉じかけていた。

 辺りは視界ゼロの暗闇へと変わり、向こうを照らしているサンパームの明かりだけがよく見えている。

 

 ここが口内だったんだ。

 だとすると、あの咀嚼音はきっと。

 そう考えている最中、サンパームの明かりが消え、向こうの部屋から何かが擦れ合うニチニチという音が聞こえた。

 僕はもう一つのサンパームで部屋を照らす。

 すると、床を這う枝々が波打つように動き僕を奥の部屋へ流し込もうとし始め、更には奥から臭いガスが噴き出してきた。


「う、わっ! ふ、ざ、け、けんなっ!」


 波打つ床に体を揺さぶられて上手く喋ることすらできない。

 そうしている間に僕の体はあの狭い道へと押し流されている。


「ま、ずい、な」


 その時、付いた手の平にどろっとした液体が触れた。

 マスクを暗視モードに切り替えて前方を確認すると、床一面が水浸しだ。

 きっと唾液だろう。

 マスクの浄化機能を作動させているおかげで匂いは感じないが、それでも気分は最悪だ。

 そして遂に僕は人型のいるあの部屋まで流し込まれてしまった。

 改めて見上げた天井にはこの塔の歯であろう突起が無数に並んでいて、それもまた蠢いている。


「ちょちょ、ちょっと待てって!」


 部屋に入った途端、床がせり上がり、天井がゆっくりと落ち始めた。


「くそっ!」


 僕は立ち上がり、迫り来る上顎にバットを叩きつけた。

 バットの攻撃で上顎の歯がいくつか飛び散る。

 すると、塔が唸りを上げ部屋がもとの広さへと戻った。

 この塔には痛覚がある。

 このまま攻撃を続ければ、僕を吐き出すかもしれない。

 僕は前方にいる人型へと走り込み、その足にバットで攻撃した。

 バットの効果で人型の足がちぎれ、塔は悲鳴をあげた。

 しかし、それで塔が怒ったのか、僕を吐き出すどころか部屋中の枝を振り回して僕に連続攻撃を仕掛ける。

 

 四方八方からの攻撃に対処するには、つま先を一方向に向けていてはいけない。

 いつでも体を捻ることができるように軸足は外へと向けること。


 全方位から仕掛けられる攻撃を回転斬りで対処、迫る上顎にバットを突き立てた。

 めり込んだバットに何かが伝わってくるのを感じる。

 悲鳴を上げ、揺らぐ塔のリアクションから察するに今のはいいダメージが入ったはずだ。

 再び襲い掛かる四方からの枝を姿勢を低くしてかわすと、僕はそのまま走り、人型の右腕を切り落とした。

 圧倒的だ。

 俊敏性においてこいつは僕に敵わない。

 ならばと僕は、人型の残りの肢体を切り落とす。

 

 しかし、それが悪手だった。

 支えを失った天井がさっきよりもずっと速く落ちてくる。


「うおおおお!」


 最早動くことすらままならない。

 天井と床の隙間はしゃがんだ僕と同じくらいしか開かれていない。

 僕はバットを立てて口が閉じるのに耐えているが、バットは大丈夫だとしても僕の腕がまずい。

 少しでもこのバットがズレてしまえば間違いなく僕はこいつに噛み砕かれてしまう。


「ちっくしょおおお!」


 抜き出したピストルを連射するが、天井の勢いは止まらない。

 僕はウェストポーチから手榴弾を取り出しそれを奥へと投げた。

 すると強烈な爆発音が響き、口内が激しく揺れだした。


「やった!」


 効果があったように思えた、だが、上顎が迫る力は一向に弱まらない。

 それに、揺れも止まない。


「なんだ!?」


 後方から響き続ける破裂音。

 そして、壁の砕ける音と共に一筋の光が差し込んだ。


「おーい! 無事かー!」

「セ、セーレさん!」


 壁に張り付いているロードバムの中からセーレが僕に手を振っている。


「た、助けてください!」

「オッケー! 今行くー!」


 セーレはバムごと部屋の中へと飛び込んでくると、僕の方へと駆け寄ってくる。


「あ! ダメだ! こいつじゃ入れないよ! 今降りてくから待っててー」

「ばあちゃんちょい待ち! ここはあたしに任せてよ!」


 そう叫んでセーレのバムに続いて部屋に飛び込んできたのは一機のパワードスーツだ。


「えー! お前で大丈夫なの?」

「いいから! 見ててよ!」


 こんなところで言い合うのはやめて欲しい。

 彼女らに今の僕の状況がちゃんとわかっているのだろうか。


「ちょっと! は、早く!」

「よっしゃあ! 今行くよ!」


 通路ぎりぎりのパワードスーツをねじ込むようにしてセンがこっちへ向かってくる。


「セン! 気をつけろよ!」

「オッケー!」


 センはパワードスーツの腕を天井との隙間に滑りこませると、部屋の中に向けてファイアボールを連発した。

 火の粉が僕に降り注ぐ。

 しかしそれはこの塔も同様で、少しずつ燃え広がっていく炎の熱で天井が開き始めた。


「父さん! 早く!」


 言われるまでもなく、僕は部屋から飛び出すとそのまま唾液で体に燃え移った火を消した。


「慎重に! 丁寧に!」

「な、なんでよ! ちゃんと助けたのに!」

「僕まで燃やしてどうすんだよ!」

「いいじゃん! 生きてるんだから!」

「はいはい! どうもありがとうございました!」


 センがこうなったのは、きっと彼女の影響。

 慎重派の僕に対してその真逆の性質を持つのはこの人だけなんだ。


「セーレさん! センが、センが雑になっていくんですけど!」

「えー? いいじゃない、元気があってさ。元気は賢さにも勝るのよ?」


 なんだそれ、聞いたことないぞ。


「それに、あんたいちいち子育てにうるさいのよ。ほっときゃいいじゃない。あんまり口うるさくしてると嫌われちゃうわよー」

「いいんです! 父親は娘に嫌われてなんぼでしょ!」

「ふーん。私は父さんのこと嫌いじゃなかったけど?」

「ぐっ!」


 さすがは師匠の妻といったところか。

 このマッチョな思考回路は見習うべきだと、そう感じてはいる。


「まあ。まずはジーナのところに戻りましょ」


 そして僕らはモンストウから脱出した。 


 

 

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