伝説を追う
僕がマクロスアクロに向かう少し前、アイロスは「瞼が重てえ」と呟いたきり、チェーンソーを傍らにおいて座った格好のまま動かなくなった。
セーレが来たのはそれからまた少し経ってからだった。
丸太の上に腰掛けたままのアイロスの隣りに寄り添って座り、彼に何かを呟いているようだった。
僕は、その姿を遠くから眺めていた。
そしてその、まるでいつもと変わらない光景を眺めながらこのまま彼女も動かなくなってしまえばいいと、僕はそう感じていた。
でも、センは違った。
二人を眺めたまま身動き一つ取れない僕の側でセンは泣きながら「もう、師匠は動かないの?」と一言だけ呟いたのだ。
この世界に医学は発達していない。
鉄骨人が硬くなっていずれ動かなくなるという状況を死として伝えているだけだ。
僕は医学のある世界で育った、だから思ったんだ。
硬化は寿命なんかじゃなくて病の可能性だってあると。
だとすればアイロスを、セーレを救ってあげることができるんじゃないか、そう思った。
だから僕は、すぐにジーナのところへ向かった。
「ジーナさん……、アイロスさんは本当にあれで終わり……なんですか……」
「ラス……、君もセーレと同じことを言うんだね」
「セーレさん、やっぱり相談に来ていたんですね……」
「……うん。だけど、さすがのボクも困ったよ。寿命を伸ばしてくれってことじゃないか……、そんなのボクでも無理だと思ったよ。でも、昔行商から譲ってもらった珍しい樹液のことを思い出したんだ」
「珍しい樹液、ですか……」
「そう、マクロスアクロの樹っていうものから採れるらしいんだけど。なんでも、若返りの効果があるっていう話だったんだ。でも、ボクはそもそも成長しづらい体だし、それを使うこともなく倉庫で眠っていたんだよ。それで、もしかしたらと思ったんだ。とはいっても、ただの噂だし、本当に人に使ったらどうなるかはわからなかった。するとセーレが言ったんだ、私の体を使ってくれって……」
「それで、その結果は……」
「結果は、成功だったよ。噂は本当だったんだ。でもね、得られた効果はほんの一瞬だった。せいぜい一時間程度さ……」
「一時間……ですか……」
「まだ、実験段階だけど、それだけの時間鉄骨人の体を若返らせることができるのだとすれば、もしかしたら他に何かを混ぜれば一度硬くなった体を緩める薬ができるかもしれない……」
「ほ、本当ですか!?」
「カノウセイ、だよ。可能性。少なくとも若返りの薬はあった、とするともしかすれば蘇りの薬もあるかもしれない……。そういう話さ」
「……可能性。でも、やってみましょうよ! ジーナさん!」
「……もちろん! ボクは天才アルケオロジストだよ! この地の不明は許さないよ!」
それからいくつかジーナが調合した思いつく限りの実験台にセーレはなっていた。
今のところ元気にしているが、本当のところはわからない。
いくら医学のある世界で生活していた記憶を持っていたとしても、僕にある知識は風邪の治し方くらいなものだ。
風邪薬で眠くなる症状だって僕にはよくわからない、それに熱がある人を見分けることもできない。
本当にただ、知っているだけ。
こんなの全然意味がない、聞いただけ知っているだけの空っぽなただの言葉、文字。
もっと勉強しておけばよかった、なんてよく言うけれど、そういう問題ですらなく、記憶に頼るばかりでそれが経験になっていなければ、いくら本を読んだっていくら話を聞いたって、無意味なんだ。
だから今、僕が思うべきことは、もっと勉強しておけばではない。
経験を知識に照らし合わせる知恵を磨いておけばよかった、だ。
そして今僕の頭に浮かぶのは、『微分積分』という文字。
微分積分なんて生活の何の役にも立たないと思っていてはいけなかったのだろう。
バラバラのものをまとめ、別の形に変え、真実へのルートを築きあげるそういう方法だと、それこそが経験と知識と知恵の使い方の縮図だと知るべきだったんだ。
僕にもしそういう考え方がしっかりできていたら、きっと博学であることではなく、実益を得られる知恵を磨くに至っていたのだろうと、そういう後悔めいた感情が腹から頭へと渦巻いていく。
僕は、もっと賢い人間になりたい。
長い長い丘陵地帯、マクロスアクロ。
バムを走らせて暫く経つが、その起伏が途切れることはない。
僕が過去を後悔することを否定するかのようにただ同じような光景が続いている。
バムのモーター音を聞きながら、流れていく変わらない風景を眺めていると、まるで毎秒のデジャヴを見ているようだ。
「セーレさん、体は……大丈夫ですか?」
「全然問題なし! むしろ最近固まってきてた関節が滑らかになった気がするわ、うん」
のん気な人、僕は彼女と話をしていると突然自分が馬鹿らしく思えることがある。
それは、自分が心配しているのになんてことない彼女の様子に落胆してそう思うわけでなく、深刻な状況や発想をネガティブと混同している自分に落ち込むからだ。
そう意味でも僕は彼女に叶わないんだと感じる。
そして僕も本当は彼女みたいに笑いたいんだと。
「セーン、大丈夫ー?」
(問題なーし! パワードスーツのせいで風を感じられないのがちょっとざんねーん!)
センは今、パワードスーツを着たままこのバムの上部に張り付いている。
別にわざわざ外にいる必要はないのだが、なぜかセンはそうしているのが好きらしい。
時々無線を通じてセンの雄叫びが聞こえてきたりするくらいだ。
僕は父として、娘の危険な行動を止める必要があるのかもしれないが、なぜだか僕にはそんな心配事が浮かばない。
確かに、どんどんガサツになっていくセンを見ていると不安を感じることもあるが、そんなのは将来を思ってのことであって、彼女がどうこうなってしまうことへの心配なんかじゃない。
なにより、楽しそうにしている我が子を見ているのが楽しかったりするからかもしれない。
初めはセンの無鉄砲な行動にひやひやしていたが、いつからかどういうわけかそういう感情が消えてしまったのだ。
それはきっと、僕がセンのことが大好きだからだと気付いたから、今の僕はそう解決している。
(前方! ヤドカリ発見! 敵と交戦中!)
「りょーかーい」
センの報告を受けて前方を見ると、長く続いた丘の切れ目の辺りからちらちら見えている巨大な巻き貝を視界に捉えた。
近付いてみると、その巨大な巻き貝を揺さぶりながら、象より一回り大きい獅子の体の半獣人ヒガンテリオン二体を相手に爪を振り回すジーナのヤドカリの姿があった。
「セン! 助太刀よろしく!」
(イエッサー!)
セーレの掛け声に応じたパワードスーツ姿のセンが飛び出していった。
センは尋常じゃないスピードでヒガンテリオンに向かって行くと、そのまま飛び蹴りをくらわせた。
その衝撃で向こう側でヤドカリの爪に掴みかかっていたヒガンテリオンを巻き込んで二体のモンスターが吹っ飛んでいく。
「さ、私たちも行くわよ!」
セーレがそう叫んでバムの速度を上げる。
射程に入った二体のモンスター。
(ばあちゃんよろしく!)
「オッケー」
セーレがそう呟くと、バムのフロントガラスに浮かび上がったカーソルが二体のモンスターを捉え、バム内に警報音が鳴り響きだした。
警報音とともに高速回転するモーターの振動を感じ始めると、セーレはバムの足を地面に固定し、フロントガラスの両脇から二本の砲台が伸びてくるのが僕の視界に入る。
「いっけぇぇぇ!」
セーレが叫ぶと、二本の砲台から青白い光を放つ玉が一発ずつ発射された。
青白い球はカーソルが示す二体のヒガンテリオンに向かって一直線に飛んでいく。
サンダーボールと僕らが呼ぶその雷球はモンスターに直撃、二体は焦げて沈黙した。
「さっすがばあちゃん!」
そう言いながらセンがバムの中へ入ってくる。
「あったりまえでしょ! まだまだ現役なんだから!」
僕たちは今、ジーナのヤドカリを拠点として伝説的アイテムの情報を探して旅している。
しかしこのヤドカリ、平地続きではない地形をあの巨大な巻き貝を引きずって来ていたのだから驚きだ。
というのも、実はジーナのヤドカリはヤドカリであってヤドカリではない。
ロードバムを元に改造された巨大要塞というのが実のところだ。
だから、見た目には明らかにヤドカリなのだが、それは凝り性なジーナが特にこだわった部分らしく、一体何を材料にそうしたのかわからないほどリアルな出来。
これは、ジーナに驚くべきなのかアンダーワールドの機械技術に驚くべきなのか、全く呆れた技術力だ。
「ジーナさん、採ってきました。っていうか、塔が生きてるならそう言ってくださいよ!」
「えー! 生き物だったの!? ボクだって噂で聞いただけなんだから知らなかったよ! ……すっげぇ。後で見に行かなくちゃならんな……」
「いいから……。そんなことよりジーナ、情報は?」
「うん……。見つけたには見つけたけど、どうにもそれがよくわからなくて……」
「どういうことよ?」
「まだ誰も見たことがないらしいんだ。といってもそれはボクが文献で得た情報を誰も知らないということなんだけど……」
「まどろっこしいわね。結局なんなのそれ」
「『花の卵』っていうんだけど、誰に聞いても見たことも聞いたこともないってさ。けどね? 文献には確かにあるって書いてあるんだよ……お伽話なんだけど」
「お伽話って、それ本当にあるの?」
「そんなの見つけてみなきゃわからないよ! あのね! 伝説だと思っていたら実は本当にある出来事でしたみたいなことって本当にあるんだからね? セーレは世間知らずだからわからないのかもしれないけどさ。ボクみたいな天才考古学者はそういうものにこそ知らざれる真実が隠れていると考えるのさ!」
「ふーん。で? 今度はそれを探せっていうの?」
「そうだよ。なんでもその話では、花の卵を食べた怪物が人に戻ったって書かれているから、もしかするとその花の卵は遺伝子か何かを組み替える効果があるのかも……」
「い、遺伝子ってジーナさん。そんなのもし見つかったとしてそれもセーレさんに試すつもりですか!?」
「……もちろんよ。私はこの体をあの人の為に使うって決めたの。あんたが止めたって聞かないわよ……」
「で、でもセーレさん! わかってますか!? 遺伝子っていうのは体の形を作っている元みたいなもんなんですよ!?」
「知らないわよ! イデンシか何かわからないけど、それであの人がまた元気に動き出すんなら私は試すわよ!」
「ねえ、博士。ばあちゃんまで死んだりしないよね?」
「うーん。まあ、どっちにしてもそれが見つからないことには調べることもできないし、あの樹液に関しては現物があったから調べて試すこともできたけど、まずは見つからないことには何とも言えないんだ。ごめんよ、センちゃん」
「……博士! あたしがそれ、絶対に見つける! ……でも、危ないものだったらばあちゃんには使わないって約束して!」
「セン! 私は使うわよ! 絶対にあの人を……」
「セーンちゃん! 大丈夫! ボクだってセーレを苦しめるような真似はしたくないから大丈夫! 約束するよ! 危険なものだったらボクはセーレには使わない」
「ちょっと! あんた何を言って……!」
「まあまあ落ち着きなよセーレ。さっきも言ったけど、あるかどうかすらわからないんだよ? それにあったとしてそれは安全なものかもしれないでしょ? だから、まずは花の卵を探すことが先決だよ!」
「でも、どこをどうやって探すんです?」
「……さあ? まずはこの物語の舞台になっている場所を探すのがいいかと思うよ」
「それは?」
「『花の都ルルディア』だよ」
花の都ルルディア、その名を当然ながらセーレは知らなかった。
これがあの世界ならば、インターネットやら何やらでとっくに情報を掴めているところだろうが、なにせここはアンダーワールドだ。
世界地図がないこの世界では噂だけが頼り、僕たちはジーナがルルディアがあると聞いた大湿地帯ネロガーデンへ向かうことにした。




