第9話 擬態Ⅰ
森の中を、私たちは歩いている。
前を行く背中は安定している。
濃茶の革鎧。
腰に剣。
グレッグさん。
一時間ほど前に出会った人。
森で出会った、知らない大人だ。
⸻
前へ出たのは藤堂だった。
鬼塚はその半歩後ろに立つ。
男は一定の速さで近づき、距離を保ったまま止まった。
距離は数メートル。
近すぎない。
遠すぎない。
警戒したまま会話ができる距離だった。
男の表情がゆるむ。
「驚かせてしまいましたね」
声は低く、落ち着いている。
「改めまして。私はグレッグと申します。転移民税関管理局の職員です。あなた方を保護しに来ました」
藤堂は動かない。
視線が剣に落ちる。
腰の剣。
森で武器を持つ人間。
警戒するのは当然だった。
それを察したのか、グレッグさんは体を少し横に向けた。
「これですか」
腰の剣を指先で軽く叩く。
「支給品なんですよ。森は何が出るか分かりませんから」
わずかに肩をすくめる。
「安心してください。腕はからっきしです」
空気が、わずかに緩む。
⸻
森を歩きながら、質問が出る。
「ここって……どこなんですか」
久我が聞いた。
「どう答えるのが正確でしょうね」
少し考える素振り。
「あなた方の世界とは別の場所」
少し間。
「今いるのは西の森と呼ばれています」
「……よくあるんですか」
西園寺が聞く。
「よく、と言うほどではありませんが」
わずかに目を伏せる。
「私のような職員が必要なほどには起きています」
森は静かだ。
佐伯はさっきから一言も話さない。
前を歩く男の背中を、じっと見ている。
⸻
「言葉、なんで通じるんですか」
久我が聞く。
「転移者の方は皆、通訳のような力を持った状態で来られます」
グレッグさんは答える。
「最初から発動しているようですね」
少し間を置く。
「それとは別に」
声の調子は変わらない。
「この世界から授けられる力があります」
藤堂がわずかに眉を動かす。
「あなた方も、こちらに来た時に得たはずです」
⸻
「ギフト……の事ですよね」
久我が言う。
グレッグさんはうなずく。
「この世界の人間は、何かしら持っています」
「ちなみに、グレッグさんのは?」
久我が軽く聞く。
一瞬だけ、間。
「あまり大したものではありません」
少しだけ困ったように笑う。
「森を歩くのが得意になる程度です」
久我が吹き出す。
「天職じゃないですか」
小さな笑いが起きる。
グレッグさんは続けた。
「安心してください。あなた達のギフトを聞き出そうなんて思ってませんから」
⸻
迷いなく進む足取りは、頼りになる。
いつの間にか、歩くペースが落ちていた。
佐伯に合わせてくれたのだろう。
ここに来てから、ずっと辛そうだった。
足場が悪くなる。
木の根が張り、苔が浮く。
歩きにくい。
グレッグさんが自然に手を差し出す。
「ミスズさん、足元、気をつけてください」
私は一瞬だけ躊躇う。
けれど、手を取る。
強く握られない。
すぐに離れる。
胸の奥が、少し静まる。
※活動報告に『登場人物イラスト① 鬼塚美鈴』を掲載しました。




