第3話 潰走Ⅰ
田中真央は、見知らぬ森の中を歩いていた。
湿った落ち葉が、靴の裏にまとわりつく。
踏むたびに、ぐちゃ、と嫌な音がする。
見上げると――
木。
木。
木。
どこまでも森だった。
「……どこだよ、ここ」
ついさっきまで、教室にいたはずだ。
黒板を見ていた。
教師が問題を説明していて、
後ろの席では誰かが笑っていた。
チョークの匂いが、まだ鼻の奥に残っている気がする。
夢かもしれない。
そう思った。
だけど。
足元の土の感触。
湿った空気。
森の匂い。
どれも、妙に生々しい。
現実感が強すぎた。
理解が追いつかない。
そのときだった。
視界の端に、文字が浮かぶ。
⸻
【ギフト:適応】
⸻
一瞬。
ゲームを思い出した。
レベルアップ。
スキル取得。
そんな画面表示に似ている。
だけど――
笑えない。
「なんだよ……これ」
声が出る。
状況が、まったく掴めない。
学校にいたはずなのに。
気づけば、知らない森。
それだけで頭の中がいっぱいだった。
⸻
立ち上がる。
座っていても何も変わらない。
とにかく周囲を見る。
木々の間を進む。
数歩歩いただけで、違和感が増えていく。
静かすぎる。
風はある。
葉は揺れている。
それなのに。
生き物の気配が、ほとんどない。
鳥の声もない。
虫の羽音もない。
森なのに。
妙に静まり返っている。
その静けさが、逆に気味悪かった。
そのとき。
鼻を刺す匂いがあった。
鉄の匂い。
血だ。
田中は足を止める。
胸の奥がざわつく。
嫌な予感がする。
ゆっくり視線を向ける。
人影があった。
少し先。
根が張り出した斜面の下。
制服だった。
うつ伏せに倒れている。
田中はゆっくり近づく。
背中が裂けていた。
血はもう黒く変わり始めている。
同じクラスの――
佐藤だった。
「……え」
頭が追いつかない。
なんで死んでる。
なんでこんな場所で。
さっきまで学校にいたはずだ。
声をかけようとする。
喉が動かない。
そのとき。
また文字が浮かぶ。
⸻
【適応:危機察知】
⸻
意味は分からない。
だけど。
背筋が凍る。
ここにいたら――
死ぬ。
そう確信した。
その瞬間。
空気が裂けた。
田中の体が勝手に動く。
反射的に前へ転がる。
次の瞬間。
剣が背中を掠めた。
熱が走る。
振り返る。
木々の間。
男が立っていた。
燻んだ革鎧。
剣。
顔はよく見えない。
それでも分かる。
――殺しに来ている。
「なんで……」
喉が震える。
なんなんだ。
なぜ自分が襲われている。




