余話 戦列
東第二区画には、まだ血の匂いが残っていた。
砂がかぶせられている。
布も敷かれている。
それでも、完全には消えない。
荷車が入る。
車輪が土を潰す。
物資が降ろされ並んでいく。
兵が動く。
声が飛ぶ。
「弾薬箱、右へ」
「水は幕の内側だ」
「杭を持て」
「縄を切るな。束のまま運べ」
若い兵が、弾薬箱の横で立ち止まっていた。
手には杭を持っている。
持っているだけだった。
古参兵が横を通る。
「止まるな」
若い兵は慌てて歩き出す。
「すみません」
「謝るな。動け」
若い兵は杭を運ぶ。
演習で何度もやった作業だった。
杭を打つ。
縄を張る。
射界を作る。
命令も知っている。
手順も知っている。
だが、演習では担架に布はかかっていなかった。
報告係の机には、紙が積み上がっている。
地図の上には赤い駒が置かれていた。
若い兵は森を見た。
木々の奥は暗い。
隣で、大柄な若い兵が鼻で笑った。
「実戦初日からこれかよ」
杭を肩に担いでいる。
歩き方が軽い。
「西の森だろ。処理官がいるんじゃないのか」
古参兵が振り返る。
「口を閉じて杭を運べ」
「運んでますよ」
「なら口を閉じろ」
大柄な兵は肩をすくめた。
若い兵が、杭を置いた。
「質問してもいいですか」
古参兵は縄をほどいていた。
「作業しながらならな」
「異邦人は、そんなに危険なんですか」
縄をほどく手は止まらない。
「教範は読まなかったのか?」
「読みました」
「なら聞くな」
「読んだ上で聞いています」
古参兵は若い兵を見た。
若い兵は目を逸らさなかった。
「相手が武器を持っていなくても、処理対象になると」
「なる」
「死体を見ました。まだ子どもじゃないですか」
「年齢では分類しない」
古参兵は縄を杭にかけた。
若い兵は森を見る。
「目を合わせるな、ですよね」
「知ってるなら森を見るな」
若い兵は少し遅れて視線を戻した。
古参兵は縄を引く。
「顔を見るな。声を聞くな。線を見ろ。越えたかどうかを見ろ」
「相手が何か言ってもですか」
「言葉なんて関係ない。泣く奴もいる。笑う奴もいる。全部、無視しろ」
大柄な若い兵が笑う。
「気が進まないっすね」
古参兵はそちらを見ない。
「いいことを教えてやる。気が進む任務なんてない」
大柄な兵は黙る。
「訓練では、人間を撃つ練習をしたはずだ」
「線を越えた異邦人は敵兵よりたちが悪い」
「悪い、ですか」
「何ができるか分からない」
古参兵は杭を地面に立てた。
「敵兵なら銃か槍を見る。隊列を見る。旗を見る。距離を見る。異邦人は違う。素手で十歩立っていても、次の瞬間にこちらの後ろへ出るかもしれない。声をかけた兵が燃えるかもしれない。縛った縄の方が切れるかもしれない」
若い兵は息を詰めた。
「実際に」
「見た」
古参兵は短く答えた。
大柄な兵が、少しだけ声を落とす。
「ここでは、そんなことなかったんですよね」
古参兵は杭を打つ。
一度。
二度。
三度。
「この森ではな」
「なら、やっぱり処理官が」
「西の森を基準にするな」
古参兵の声が少し硬くなった。
「他の地区では、処理官は一人で行動しない。班で動く」
「でも、この森は」
「この森がおかしいんだ」
杭が土に沈む。
「南部地方の兵は誤解する。異邦事案は、処理官一人で終わるものだとな」
大柄な兵は、口元を歪めた。
「でも、今回は一千ですよね」
古参兵が手を止める。
大柄な兵は続けた。
「大袈裟じゃないですか。相手は森に散った異邦人でしょう。処理官も入ってる。入口と街道を押さえるだけなら、演習より楽そうですけど」
近くで杭を運んでいた別の兵が顔を上げた。
年は古参兵と同じくらいだった。
肩に古い傷がある。
「おい、そこのデカいの。ガルゴが上げた報告だぞ」
大柄な兵が眉を寄せる。
「ガルゴ?」
「お前らが単独行動者とか、ハウンドとか呼んでる処理官だよ」
古参兵が少しだけ顔をしかめた。
「お前、カンペアドル出身か」
「父がな」
古参兵はため息を吐く。
「面倒なのに絡まれたな」
若い兵が二人を見る。
「そんなに有名なんですか」
カンペアドルの兵が口を開きかける。
古参兵が先に言った。
「長くなる。聞くな」
「ですが」
「この森で十年以上、撃ち漏らしなし。その男が報告を上げた。上はそれで判断した」
古参兵は杭を地面に立てた。
「一千で大袈裟だと思うな。足りるかどうかを考えろ」
カンペアドルの兵が言った。
「それだけで済ませる話じゃない」
「今は済ませる」
古参兵は若い兵へ縄を投げた。
「線を張れ。ガルゴの話で線は閉じない」
カンペアドルの兵は舌を打った。
それ以上は言わなかった。
若い兵たちは縄を引いた。
杭から杭へ。
低く。
張りすぎない。
緩めすぎない。
森の外縁に沿って、線が伸びていく。
その時、回収班が戻ってきた。
護衛四。
担架三。
布がかかっている。
列は無言だった。
布の端から、制服の袖が見えた。
大柄な兵が口を閉じる。
若い兵も、縄を握ったまま動かなかった。
担架は東第二区画の端へ運ばれる。
すでに布をかけられた担架が並んでいた。
その横へ、三つ増える。
記録係が識別票を受け取る。
紙に書く。
声は上がらない。
作業は止まらない。
古参兵が若い兵の肩を軽く叩いた。
「見るな」
若い兵は視線を戻す。
「縄だ」
「はい」
「杭をもう一本」
大柄な兵も、黙って杭を取った。
夕方の光が落ちてくる。
森の中はさらに暗くなる。
灯りが運ばれる。
銃兵が位置につく。
槍が後列へ置かれる。
伝令が走る。
報告が戻る。
街道。
入口。
谷。
東第二区画。
外縁。
点だった配置が、少しずつ線になる。
若い兵は銃を受け取った。
手が少し硬い。
古参兵が横に立つ。
「銃口を下げるな」
「はい」
「森の奥を見るな」
「はい」
「顔を探すな」
若い兵は飲み込む。
「線を見ます」
古参兵は頷く。
「お互いくっつくな」
「はい」
「迷うなら隣に撃たせろ」
大柄な兵が隣で銃を構えた。
さっきより口数は少ない。
古参兵は二人の後ろを歩く。
「夜は押し込まない。追わない。中へ入らない。線を維持する」
森の奥で枝が鳴った。
若い兵の肩がわずかに動く。
古参兵の声が低く落ちる。
「銃口」
若い兵は銃口を戻す。
森を見る。
線を見る。
息を止める。
灯りが置かれる。
縄が張られる。
杭が立つ。
兵が並ぶ。
若い兵は、その列の中にいた。
作者メモ
今回のおまけは、現場の兵士から見た異邦人対応と、グレッグの扱いです。
参考にした映画はプライベート・ライアンです。若い兵は、かなりアパムを意識しています。新兵とベテランの会話ですね。
そっけなく説明しすぎない感じ。
でも、突き放しているだけではなく、必要なことはちゃんと教えている感じ。
そのあたりを参考にしました。セリフによっては、ほぼまんまのとこもありますがシチュエーションが違うしセーフかなと。
あと、今回グレッグの出身地らしきものと、そこでの呼び名が出ました。
まず地名のカンペアドル。
王国の歴史の中では、比較的新しい併合地というイメージです。
元々は言語も別です。
作中ではスペイン語風にしています。
もちろん異世界にスペインはないので、あくまで雰囲気です。
カンペアドルという地名は、スペインの叙事詩『わがシッドの歌』の主人公、ロドリゴ・ディアス・デ・ビバールの異名から取りました。
エル・シッド・カンペアドル。
カンペアドルは、戦場の勇者、戦いの達人、というような意味です。
英語のチャンピオンと同じ語源です。
スペインでも、カンペアドルという言葉は地名としてはそこまで馴染みのあるものではないと思います。昔の英雄にあやかって施設名とかに使われているのでギリ地名もありだろうと考えました。
実際、調べたところエル・シッドに由来する教会や広場はスペインにもあるようです。
ちなみにエル・シッドは実在した人物で、レコンキスタで活躍したスペインの国民的英雄です。
ガルゴという呼び方は、カンペアドル系の兵士にとっては少し特別と言うのを書きました。
王国の兵士から見れば単独行動者。
若い兵から見れば、処理官やグレッグ・ハウンド。
でも、カンペアドル出身の兵にとっては、ガルゴ。
ちょうど今ワールドカップの時期で”俺たちのガルゴ”感を出したいなと。その国にとって上手い選手、歴史に残る選手以上のものを背負ってる象徴のような選手っていいなあと。
グレッグの出身を併合地にした理由は、過去に敗れて征服、併合、植民地化された地域の兵士が、歴史的に精強な軍事集団として扱われることが多いからです。
ローマ帝国におけるゲルマン人兵士。
近代以降なら、グルカ兵やシク連隊。
占領地、辺境、少数派、被支配地域。
そういう場所の出身者が、軍の中で精強な兵として利用される。
これは単なるロマンではなく、かなり嫌な統治理論でもあります。
被支配側の武勇を利用する。名誉を与える。
待遇も与える。でも、中心には置かない。
それでも兵士としては強く、誇りもある。
こういう構造は、かなり嫌です。
そして、嫌な話は私の大好物です。
ちなみに、ガルゴはスペイン語でスパニッシュ・グレイハウンドのことです。
まんまですね。
実在する苗字でもあるので、グレッグの本名としていいかなと思いました。
立場や場所によって呼び名が変わる、というのが好きなんですよね。
同じ人物でも、誰が呼ぶかによって見え方が変わる。
この呼び名の違いだけで、グレッグがどの場所にどう見られているのかを少し出せるかなと思いました。
これは転移者の呼び名も同じです。
作中では、組織や立場によって呼び方が変わります。
一般では、転移者、転移民。
軍や行政の文書では、異邦人。
状況によっては、異邦事案、越境個体。
同じ対象でも、呼ぶ側の部署や目的が違えば、言葉も変わる。
日本でも、同じ制度の中で組織や管轄によって呼び名が変わることはよくあります。
たとえば、子ども、児童、未成年者。
対象は重なっていても、行政、教育、司法、福祉で使う言葉が変わる。
そういう呼称のズレが好きです。
呼び名はただの言い換えではなく、その人や組織が対象をどう見ているかの分類でもあると思います。




