第12話 蹂噛
男が地面に倒れた。
藤堂は息を荒く吐く。
肩が上下する。
喉が焼ける。
肺が熱い。
勝てる。
剣を拾うか、一瞬だけ迷う。
落ちた位置は見えている。
半歩出れば届く。
時間が惜しかった。
今なら締め落とせる。
起き上がる前に終わらせられる。
背後に回る。
右足を外へ運ぶ。
肩口を跨ぐように位置をずらす。
腕を回す。
喉の下で組む。
角度を探る。
力を込める。
その瞬間。
左太ももに痛み。
鋭い。
そのまま肉の奥へ滑る感触。
膝が抜ける。
締めていた指が緩む。
肘が浮く。
首を捕まえていた形が崩れる。
離れる。
離れ際、右脇腹にも冷たい感触。
刃。
男の両手にナイフ。
どこに隠していた。
血が滲む。
脇腹は浅い。
熱いだけだ。
呼吸もできる。
太ももは深い。
足を引くと、遅れる。
体重を乗せると、崩れる。
立てる。
動ける。
脚が重い。
呼吸が乱れる。
男が立つ。
ゆっくりと。
膝を伸ばす。
背を起こす。
急がない。
演技だったのか。
どこからだ。
見落とした。
ナイフだけじゃない。
押していると思った。
勝っていると思い込んだ。
胸の奥が熱を持つ。
怒りではない。
焦り。
足が言うことを聞かない。
仕切り直せるか。
判断が鈍る。
血が落ちる。
地面が濡れる。
左脚の内側を、温かいものが伝う。
踏み換えるたび、裾がまとわりつく。
男は周る。
一定の距離。
右にも左にも寄りすぎない。
間合いの外で、円を描く。
踏み込まない。
詰めない。
待つ。
藤堂は前に出る。
左脚をかばう。
踏み込みが浅くなる。
届かない。
刃。
腕。
浅い。
肘の外を裂かれる。
皮膚だけが開く。
深くはない。
血が落ちる。
動きが鈍る。
男は急がない。追わない。
前に出た瞬間だけ切る。
また周る。
待っている。
⸻
時間は男の味方だった。
男の傷は重い。
左鎖骨。
肋骨。
右手。
効いているはずだ。
確かに壊した。
血は流れてはいない。
藤堂は気づく。
押していなかった。
削られていた。
膝が折れる。
左脚から崩れる。
片手をつく。
地面の湿りが掌に移る。
視界が傾く。
男は下がる。
右手のナイフをブーツに仕舞う。
剣を拾う。
足元を見る。
柄を取り、ゆっくり立てる。
急がない。
もう届かないと分かっている。
悔しい。
正しいと思った。
届くと思った。
藤堂はそれでも笑う。
無駄ではない。
真帆は逃がした。
「やる……なら……はやく……」
男は何も言わない。
一歩だけ入る。
剣を振る。
迷いはない。
短い音。
血が広がる。
藤堂の身体が、遅れて沈む。
男は動かない。
確認。
呼吸なし。
脈なし。
終了。
振り返る。
森は暗い。
⸻
佐伯真帆が視線を上げる。
長く伸びた影が前に落ちる。




