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『雷帝転生録 ~地味な元会社員、異世界の覇者となる~』  作者: なら


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第8話「銀髪の本気、演習場の嵐」

魔法学院の演習場は、王都の北区にあった。


石造りの高い壁に囲まれた広大な空間で、中央に魔法陣が刻まれた床が広がっている。天井は吹き抜けになっており、空が見えた。魔法の余波を吸収する特殊な素材が壁に埋め込まれているらしく、どこか空気が違う。


「思ったより広いな」


エリーゼが見上げながら言った。


「あなたは関係者ですか」


入口で、研究員らしき男がエリーゼを見た。


「護衛です」


エリーゼが即答した。男が俺を見る。俺が頷くと、男は黙って通した。


セレスティアは演習場の中央に立っていた。

今日は制服の上から白衣を羽織っている。細身に見えるが白衣越しでも胸元の丸みはわかって、その下に続くウエストのくびれとのコントラストが目を引いた。手帳は脇に抱えており、その周囲に三名の研究員が計測器具を持って待機していた。


「時間通りですね」


「昨日も言ったな、それ」


「時間を守ることは基本です」セレスティアが俺を真っすぐに見た。「今日は研究データの収集が目的です。指示に従って魔法を展開してください」


「指示に従う、か」


「問題がありますか」


「ない。ただ——」


俺はセレスティアの目を見た。

学術的な興味の奥に、別の炎が見えた。


「研究データの収集、だけじゃないだろう」


セレスティアが一瞬、目を細めた。


「……何が言いたいんですか」


「やってみればわかる」


エリーゼが俺の後ろで「あ、これ絶対面白い展開になる」と小声で言った。


────────────────────────────────


「まず、通常出力で雷魔法を展開してください」


セレスティアの指示に従い、俺は右手を前に伸ばした。


意識を集中する。指先に電気が集まる感覚。それを手のひらで絞って——小さく、放った。


拳大の雷球が、演習場の中央に向かって飛んだ。床の魔法陣に触れた瞬間、ぱんと弾けて消えた。


研究員の一人が計測器を見て「通常の雷系希少級スキルの三倍以上の出力です」と声を上げた。


「次、出力を上げてください」


また放った。


「さらに」


また。


「もう一段階」


また。


研究員たちが騒然としてきた。数値が上がるたびに声が上がっている。セレスティアだけが表情を変えず、手帳に数字を書き込み続けていた。


「止めてください」


セレスティアが言った。


俺は魔力を収めた。


「今の出力、どの程度のつもりで展開しましたか」


「四割程度だ」


研究員の一人が「よ、四割……!?」と呻いた。


セレスティアの手帳を持つ手が、わずかに止まった。


「……先日、ストーンゴーレムを討伐した際は六割と言っていましたね」


「ああ」


「ということは——今の出力より、さらに上がある」


「そうなる」


しばらく沈黙があった。

セレスティアが手帳に何かを書き込んだ。それから顔を上げて、俺を見た。


「あなたの術式は、理論的に間違っています」


「そうか」


「なぜ機能するのか、説明できますか」


「できる」


「では——」


「ただし」俺は言った。「理論が現実に追いついていないだけだ、という前提で聞くなら」


セレスティアの目が、わずかに細くなった。


「……それはどういう意味ですか」


「魔法学院の理論は、観測された現象を体系化したものだ。だが神話級のスキルは観測例が少ない。理論の外にある現象が起きていても、おかしくはない」


「理論は積み重ねられた叡智です。それを——」


「否定していない」俺は続けた。「ただ、叡智に現実を合わせようとするのは順序が逆だ」


沈黙。


セレスティアが手帳を強く握った。


「……では、比較検証させてください。私の術式と」


「好きにしろ」


エリーゼが俺の後ろで「あ、喧嘩じゃなくて本気の議論だ」と小声で呟いた。正確な観察だった。


────────────────────────────────


セレスティアが演習場の中央に立った。


白衣を脱いで、制服姿になった。

細身の体が、改めて目に入った。制服の上からでもわかる胸の膨らみは、エリーゼとは種類が違う。エリーゼが健康的な丸みと柔らかさを持っているとすれば、セレスティアは均整の取れた細さの中に不釣り合いなほどの豊かさがある。腰のくびれが際立っていて、それが余計に目を引いた。


(……見るべきところは別だ)


俺は意識して視線を上げた。


セレスティアが両手を広げ、目を閉じる。


次の瞬間——演習場の空気が変わった。


土の魔法陣が輝き、床から石の柱が幾本も立ち上がる。それが消えると同時に水の渦が空中に現れ、氷の刃に変わって宙を舞う。炎が壁際を走り、風が渦を巻いた。


全属性だ。


次々と属性を切り替えながら、精緻な魔法を展開し続けている。その制御の精度は、俺が見てきたどの魔法使いよりも高かった。無駄がない。一切の揺らぎがない。まるで精密機械のように、思い描いた通りの魔法が展開される。


「……すごい」


エリーゼが素直に呟いた。


(制御力は、俺より上だ)


俺は内心で静かに認めた。


しかしセレスティアが雷系の術式を組み始めた瞬間——空気が変わった。


両手の指先に電気が集まる。額に汗が光った。術式を丁寧に、理論通りに組み上げていく。完璧な構成だ。教科書通りの、美しい術式だ。


だが——


放った瞬間、術式が崩れた。


雷が散った。制御を失った電気が演習場の床を走り、魔法陣に吸収された。


「っ……」


セレスティアが息を呑んだ。


悔しそうな目だった。初めて見る表情だった。

銀髪が乱れて、白い頬にかかっていた。唇をぎゅっと噛んでいる。


俺は演習場の中央へ歩いた。


「なぜだと思う」


「……術式の構成は完璧なはずです。どこにも——」


「雷は制御じゃなく共鳴だ」


セレスティアが顔を上げた。


「理屈で組み立てようとするから崩れる。雷は生き物みたいなものだ。型に嵌めようとすると、逃げる」


「……共鳴」


「そうだ。流れに乗る感覚だ。川の水を型に流し込もうとするんじゃなく、川の流れに自分を合わせる。そういう感覚に近い」


セレスティアがしばらく俺を見ていた。


それから、手帳を開いた。


「……もう一度、説明してください。最初から」


「長くなるぞ」


「構いません」


俺はセレスティアの隣に立った。


────────────────────────────────


それから一刻ほど、俺はセレスティアに雷魔法の「感覚」を言葉で説明し続けた。


セレスティアは一言も逃さず手帳に書き込んだ。時折「それはどういう意味ですか」「具体的に言うと」と質問を挟んでくる。その質問が的確だった。俺が言葉にしにくい部分を、セレスティアは正確に言語化しようとしてくる。


(この子は、本当に優秀だ)


「……少し、わかった気がします」


一刻後、セレスティアが静かに言った。


「それでいい」


「まだ完全には理解できていません。でも——」セレスティアが手帳を閉じた。「今日のデータは、今まで収集した中で最も価値があります」


俺は何も言わなかった。


セレスティアが、わずかに顔を赤くした。


「……あ、りがとうございます」


搾り出すような言葉だった。

そのまま手帳で顔を半分隠した。


俺はそれを見て——何も言わなかった。ただ、悪くない気分だった。


────────────────────────────────


その光景を、エリーゼは演習場の端で腕を組んで見ていた。


ずっと見ていた。


アシュレイがセレスティアの隣に立って、何かを説明している。セレスティアが真剣な顔でメモを取っている。二人の距離が、いつの間にか近くなっていた。


(別に)


エリーゼは内心で思った。


(研究の話をしてるだけだし)


それはわかっている。アシュレイがセレスティアに特別な感情を持っているわけじゃない。それもわかっている。


でも——


(なんか、嫌だな)


その感情に名前をつけるのを、エリーゼはまだしていなかった。


────────────────────────────────


演習場を出ると、エリーゼがアシュレイの腕にぐっとしがみついた。


腕に柔らかいものが当たった。

エリーゼの胸だ。薄い旅装越しでも、その豊かな感触がはっきりと腕に伝わってくる。体の重心を傾けるようにしがみついているせいで、密着度が高かった。


(……)


俺は無表情のまま、前を向いていた。


「ねえ」


「なんだ」


「あの子のこと、どう思う?」


アシュレイが少し間を置いた。


「優秀だ」


「それだけ?」


「……今のところは」


エリーゼがむっとした顔になった。

それでも腕を離さなかった。むしろ少し強くしがみついた。さっきより密着度が上がった。


「今のところは、ってなに」


「可能性の話だ」


「どんな可能性」


「一緒に研究できる可能性だ」


エリーゼが「ふーん」と言った。

納得したのか、していないのか、わからない声だった。


それでも腕はしがみついたままだった。


俺はそのまま歩いた。

引き離す理由がなかった。


────────────────────────────────


演習場には、セレスティアが一人残っていた。


研究員たちは帰した。計測器具も片付けた。

広い演習場に、一人で立っている。


両手を前に伸ばす。


指先に、電気を集める。


(流れに乗る)


アシュレイの言葉を思い出しながら、術式を組まずに——ただ感覚に従って、放った。


細い雷が、真っすぐに飛んだ。


崩れなかった。


セレスティアはしばらく、その軌跡を見ていた。


「……」


手帳を開いた。

新しいページに、一行だけ書いた。


『仮説:雷魔法は術式ではなく共鳴によって制御される。検証要。』


それから——その下に、もう一行。


『研究対象の評価を上方修正する。』


セレスティアは手帳を閉じた。

夕暮れの演習場に、一人立ったまま、もう一度だけ雷を放った。


────────────────────────────────


宿に戻ると、ゴードンが封書を持って待っていた。


「アシュレイ様。クロイツ侯爵より、明日の午後に再訪問の申し入れがございます。ブラックウッド侯爵家のご令嬢をお連れになるとのことで——縁談についてご相談したく、とのことでございます」


俺は封書を受け取った。


(リーシャ・フォン・ブラックウッド)


6話の夜、一瞬だけ視界に入った黒髪と赤い瞳が頭を過ぎった。


クロイツの計算は読める。神話級スキルを持つヴァルナーの嫡男に、ブラックウッドの令嬢を縁組させる。成立すれば二つの家を同時に派閥に取り込める。ブラックウッド侯爵も同じ利を見て乗ったのだろう。


問題は——当の令嬢が、どう考えているかだ。


「わかった」


「ご返答は——」


「受ける」


ゴードンが一礼した。


エリーゼが俺の隣で封書を覗き込んだ。


「また侯爵? 今度は何を企んでるんだろ」


「縁談だ」


エリーゼの動きが、一瞬止まった。


「……え」


「クロイツがブラックウッドの令嬢を連れてくる」


「あの、黒髪の」


「そうだ」


エリーゼがしばらく俺を見た。

それから、俺の腕をまたぎゅっと掴んだ。さっきより強く。


「……受けるの?」


「話を聞くだけだ」


「話を聞くだけ、ね」


「ああ」


エリーゼが「ふーん」と言った。

今度は明らかに、納得していない声だった。


俺は窓の外を見た。

王都の夜が、静かに深まっていく。


明日——また動く。


カクヨムで先行公開しています。


頑張って執筆していきますので面白い、続きが気になると思っていただけた方は応援して頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
女と出会う度にスタイルを観察する表現が出るのがちょっと気になる
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