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ENDLESS NIGHT  作者: 清水進ノ介


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第十一章 旅の終わり 十二

十一章 旅の終わり 十二


 最後の戦いがこんな形になるなんて、自分の想像力の低さを思い知らされる。この状況を予期出来ていた人なんて、誰もいないだろうけど、正直戸惑いが消えていない。それぞれ目指すものも、思惑も違う。だが同じ場所へと行き着いた。王と戦うことだ。僕達だけじゃない、死神のヴォンさんとノイまでもが、王と戦うつもりだ。僕とヤヨイはどこまで手を出すべきだろう、ガンジイさん達についていけるほどの力が自分にあるとは思えない。下手に王との戦いに突っ込めば、味方の邪魔にしかならない、機を狙う必要がある。

 もしくはレイレイさんの盾になるよう、後方で構えておくべきか。この戦いの勝利条件は王に勝つことじゃない。レイレイさんが無の力を放棄することだ。無理に王とぶつかり合う必要は……。

「……腰が引けている、か」

「え、なんて?」

「僕達が最初に突っ込む。いい?」

「あんたに任せるし。やっちゃいな」

 視界の中に入ったのは、ヴォンさんの姿だった。今にも崩れ落ちそうな体を引きずり、王を止めようとしている。後方待機なんて姿、ヴォンさんに見せられない。僕が一番下っ端の格下なんだ、一番気合を乗せないでどうするんだ。

 ガンジイさんが一歩前に出て咆哮した。「来い!!」と王へ宣戦布告を叩きつける。それが開戦の合図。僕が真っ先に飛び出し王を迎え撃つ。アーマーから球体を射出し、ヤヨイの力を借りて全方向の視界を確保する。王だけじゃない、全員がどこへ、なにをしようとするかを把握しないと、この戦いには勝てないはず。

 王は残酷と言えるほど冷静だった。前に出たガンジイさんを無視し、大きく旋回してレイレイさんの後方へと回り込んでいた。無の力を消失させること、それ以外の一切を切り捨てた的確な行動だ。ここまでは僕の予想通り、僕が飛び出した先はレイレイさんの後方へだ。

 王が旋回することは予測のうち、レイレイさんの背後を狙うことは分かっていた。僕がいなければ王の剣がそのままレイレイさんを貫いていたであろう間合いで、僕と王は対峙した。そして加速した感覚の中で、僕は確かに王の声を聞いた。

『優秀な戦士だが、まだ経験不足よ』

 王が振るった剣の側面へ大きく回し蹴りを入れ、軌道をそらす。一太刀目は僕とレイレイさんを傷をつけることなく防いだが、王はそのままわざと剣を手放した。剣は王の手元を離れた瞬間に消失し、僕の蹴りが通り過ぎた後で手元に再出現した。蹴りの勢いで大きく体勢を崩している僕へ、王は迷いなく剣を振り下ろしたが、それもまだ僕の予想のうちだった。

 王の右方向から、ムクさんがすでに突進してきている。情けない予想だが、僕が王に勝てないことは承知の上だし、仲間がそれをフォローしてくれることも分かっている。ムクさんの殴打を王は回避し、レイレイさんの頭上へと飛んだ。でもそこにはすでに、先手を取って兄さんが構えている。兄さんがいることが分かった上で飛んだということは、それを蹴散らすつもりということだ。

 王にとって想定外なのは、死神も王を止めようと動いていることだろう。剣を構え兄さんを迎撃しようとした王の眼前に、突然ガンジイさんが投げた手斧が現れた。手斧は王の頭部へ直撃し、そこへさらに兄さんが追撃の殴打を放ち、王はムクさんの方へと飛ばされる。ムクさんは気合を込めた唸り声と共に、王へと全力の一撃を叩き込んだ。

 だがその勢いはかなり減衰されてしまったようだ。打撃音が軽い。王はムクさんの一撃をあえて防ごうとせずに受け止めたが、その衝撃を体術でほぼ全て受け流したようだ。一連の攻防の結果、王は最初に立っていた位置、レイレイさんの前方へと押し戻されることになった。ムクさんの一撃で空中を弧を描くように飛ばされながら、それでも王は地面へと両脚でしっかり着地した。

「……ノイよ、そうまで邪魔をするのか」

「ガンジイの手斧、見えなかったでしょう。俺の鱗で不可視化しておいたんで」

 ノイは王の頭部に刺さっていた手斧を引き抜くと、ガンジイさんへと投げ渡した。まずは凌(しの)いだ。でもまたすぐに王は仕掛けてくる。カンスケが使っていたなんらかの術が、あと数分のうちにこの世界を消してしまうらしい、のんびりしている猶予はお互いにないんだ。当の本人は呑気にレイレイさんと話している、この人の精神構造は未だに意味が分からないな……。

「どうするレイレイちゃん?とりあえずまだ誰も犠牲になってないね」

「……」

「おっと、ついに無視かい。人のこと言えないけど強情だね。でも早く諦めないと、おれの術が完成しちゃうよ」

 レイレイさんの思考は読めない。カンスケに同調する気はないけど、どこまで我を通す気なのか。このまま王とやり合い続ければ誰かが死んでもおかしくないし、カンスケの術も進行してる。この板挟みの状況下、何を選択するつもりなのか……。


「……余がここまで必死にならねばならぬとは。カンスケの術のせいで時間がない」

「次は何する気ですかい。俺もヴォンも全力で邪魔しますぜ」

「力の解放を使おう」

 ノイとヴォンの顔から、さっと血の気が引いた。力の解放、ヴォンさんが使ったあれか。自分の魂をエネルギー化し、消滅と引き換えに莫大な力を得る……。元々尋常ではない力を持つ王がそれを使ったら……。

 考えることは同じだった。僕と兄さんは同時に王へと特攻し、それを防ごうとした。王に力の解放を使われたら勝ち目がない、もう戦いようがない。全力で走り王へと同時に殴打を放ったが、王はそれを軽々と受け止めた。兄さんの攻撃は左手一本で受け、僕の攻撃は守ろうとすらしなかった。王の胸の中心を殴りつけたはずの僕の拳が、逆にひび割れダメージを受けてしまっている。

「王様、いい加減にしてくださいよ!!」

「あなたがやっていることは子供の駄々と変わりませぬぞ!!」

「余を呪ってくれて構わぬ。それでお前達が消えずに済むのなら」

 ノイとヴォンの説得に王が耳を貸すはずもなく、その体から熱風のような衝撃がほとばしり、僕と兄さんは吹き飛ばされた。素早く体勢を立て直したとき、すでにそれは終わってしまっていた。王の全身から噴き出る赤黒いエネルギーは、直感的に抗えない死を予感させた。

 そして、その予感はすぐに現実のものとして僕の眼前に迫っていた。脳では理解出来ていた、王がこっちに向かってきている。意識では分かっていたんだ、でも体がそれに追いついてくれなかった。脳が発した電気信号が体を動かす前に、王の振るう剣は僕の首をはね落とそうとしていた。

「王!!」

 ……だが、その寸前で剣が止まった。僕の前に転移してきたヴォンさんが、腕を開いて僕をかばった。

「余が動き始める前に、その者を守ろうと転移を始めておったのか?」

「一番守りたい者の盾となることを選択しました。王が誰を狙うかなど分かりませぬゆえ」

「……すまぬ」

 王は蹴りをヴォンさんへと打ち込み、ヴォンさんは僕を巻き込みながら後ろへ吹き飛ばされた。今にも崩れ落ちそうなヴォンさんの全身を、なるべく丁寧に抱え受け身を取る。

「あなたに命を救われるのは、これで二回目です……」

「自分のことなど気にするな、成すべきことにのみ目を向けよ」

「……しかし、あれは、もう……」

 王はすでに次の一手に移っていた。王の剣はすでに兄さんの胸を貫いていたが、兄さんなら傷の修復が出来るし即死には至らない。背から生やした闇の手で王を抱え込み、左右からガンジイさんとムクさんが挟撃を仕掛ける。だが王は全身からエネルギーの波を爆発させ、三人共吹き飛ばされてしまった。

 この一連の流れを脳が処理出来たときには、すでに別の攻防が起きていた。視界に映るもの全てが高速過ぎて、脳の処理が追いつかない。あの三人の加勢には加われない、なにが起きているのかすら分からなくなってきた。

「僕では、もうこの戦いにはついていけない。次元が違い過ぎる……」

「……あれを見て、奮い立てという方が愚かであるか」

「しっかりしろし!情けない男共!」

 ヤヨイが後ろから僕の耳をつねり上げてくる。しっかりしろと言われても、なにをすればいいのかがもう……。

「勝てないから戦わないっての?勝てなくたって戦え!考える前に動け!」

「……駄目だ、冷静にならないと。僕がやられそうになれば、兄さんとガンジイさんは僕をかばう。邪魔になってしまう」

「カンスケのとこに走れって言ってんの!!」

 ……カンスケ?そういえば、カンスケはどこにいった?レイレイさんのそばからいつの間にか消えている。でも今あいつの所に行って、なにをさせようと……。

「レイレイから前聞いたの!あんたの体には封印がされてるって!」

「でもそれは、ソノコさんしか解除方法を知らないはず……」

「それじゃなくて、別の封印があんの!その解除方法をカンスケに話してあるって言ってたの!」

「そうだよ、その封印を解除しにきた」

 カンスケが息を切らしながら走ってきた。僕の体に、僕の知らない封印があったのか?カンスケはぜぇぜぇとひざに手をつきながら、僕の肩へと手を置いた。

「ナナゴウくんの体ね、師匠がつくったものなんだよ。魔女の特注品ってわけ」

「魔女が?司令とソノコさんだと思ってたけど……」

「魔女の封印を解いたとき、なにが起きるのかはおれにも分からない。でも二人とも覚悟はあるよね」

「うん」

「さっさとやれし!」

 カンスケは僕を立たせ、背中に手をつけた。そして一言、僕の知らない言葉を口にした。

「Fiat Lux」


 ぎりぎりだぜ、すでに限界を超えてる。オレとガンジイとムク、三人がかりでぎりぎりだ。それも勝ってるわけじゃねぇ、このままじゃ負ける。なんとかぎりぎりで耐え続けてるだけだ。それぞれがなにしてんのかなんて分からねぇ。ただ目の前にいる王をレイレイのとこに行かせねぇよう、必死に食らいついてるだけだ。

 王の力は圧倒的過ぎる。全力でぶん殴ってんのに、オレの拳の方が砕けちまってる。もう何度、剣で斬られたか分からねぇ、傷の修復が追いつかねぇ。上等じゃねぇか、オレの再生力で噛り付いてやる。

 王の足元に向け突進、両脚に闇の手を引っかけて全力でしがみつく。ほんの一瞬で構わねぇ、ガンジイとムクが渾身の一撃入れる隙をつくれればそれでいい。だが視界に一瞬入ったのは、今まさに剣を脳天目掛けて振り下ろされてるムクだった。間に合うか、違う、間に合わせろ。闇の手を一本引きちぎって、突進の勢いに乗せてぶん投げる。オレの投げた拳と一緒に、ガンジイの手斧も飛んできた。剣の軌道はわずかにそれただけだったが、その一瞬のぐらつきをムクは見逃さなかった。

 ムクは剣を右側面から殴って、そのままの流れで腰を軸に左回転、回し蹴りを王の顔面にぶち込んだ。……無傷かよ、両方無傷だ。王もムクもダメージ無しだ。ムクの全力の蹴りくらって平気なのかよ、この化け物はよ。微動だにしやがらねぇ。

 王が次に狙うのは間違いなく、手斧を投げて無防備になったガンジイだ。実際に王が動く前に、オレが動いておかないと間に合わねぇ。限界ぎりぎりの思考速度で、王が狙うであろう位置を予測し、あらかじめ拳の突き上げを置いて置く。体の中心、正中線上だ、そこに拳を放り込んでおけば致命傷は防げるはずだ。

『そなたは優秀な戦士だ。だが優し過ぎたな』

 聞こえねぇはずの王の声が聞こえた。この戦闘速度の中、言葉なんて置き去りになっちまうはずだが、王の意思が何故か伝わってきた。狙いはガンジイじゃねぇ、オレだったか。

 王の左手がオレの方を向いていた。その掌の中に尋常じゃねぇエネルギーが渦巻いてやがる。剣で斬り刻んでも死なねぇなら、全身一気にエネルギー派で吹き飛ばそうってことかよ。……これは無理だな、防ぎようがねぇ。体の一部を放り投げて回避する暇もねぇか。最初に脱落すんのはオレか……。

「……なんだ、あれは?」

 ……王が止まった。王のつぶやきがはっきり聞こえた。これは幻聴じゃねぇ、王は確かにそう口にした。

「……そなたら、一体、何を隠し持っていたのだ……?」

 王の目線の先には、おそらくナナゴウらしきなにかがいた。……なんだ、あれは。真っ黒な人型をしたなにか。まるで闇人みてぇだ。上から下まで真っ黒で、一切光を放たない闇の具現化だ。エネルギーを全く感じねぇ、ただ黙って立っているだけ、それなのに直感で分かる。……あれは、本来世界に存在してはいけないもんだ。

「化物め……!どこから現れたのだ……!?」

 王が焦っている。信じられねぇことだが、ナナゴウは力を解放した今の王がビビるほどの、得体の知れねぇ存在と化している。そのなにかの後ろで、ボスが渇いた笑いを上げながら、呑気に座って手を振っていた。

「あの魔女め。なにが、Fiat(ひかり) Lux(あれ)だよ。出てきたのは暗黒の怪物じゃないか」

 なにかが一歩、足を前に出した。ただ歩こうとした、それだけだ。それに反応して真っ先に動いたのはムクだ、一切声を発さず、一目散に逃げた。いや、逃げたんじゃねぇな、レイレイを守りに行ったか。ガンジイは素早くオレの腕を掴んで立たせ、それからどうするべきか決めかねてるようだ。ガンジイでも判断つけられねぇ状況なら、もう成り行きに任せるしかねぇ。

「……兄さん、いえ、三人とも逃げて、ください」

「ナナゴウか?おめぇ、ちゃんと意識あんのか?」

「意識はあります。ですが……」

「……おう、全力で逃げさせてもらうぜ」

「僕ではこんなの、制御が、効かない……!」

 逃げようとしたが無理だった。いや、でも結果的には逃げられた。王の前に突然移動してきたナナゴウの拳と、とっさに反応してそれを迎え撃った王の剣がぶつかった。その衝撃波でオレもガンジイも吹き飛ばされて、結果的にはレイレイの近くまで逃げてこられた。

「おいレイレイ、ありゃあなんだ!?お前がなにかしたのか!?」

 レイレイはムクに押し倒されて、じたばたともがいていた。ムクが上から覆いかぶさって必死にレイレイを守ろうとしてるが、これじゃ話せねぇだろ。一回ムクを引きはがさせねぇと。

「ムク、落ち着くのだ。麗冷が窒息する」

「ふうぅーっ!ぐるるる!」

「犬かてめぇは、一回冷静になれ。あれはナナゴウだ。……たぶん敵じゃねぇはずだ」

「危なかったねぇオクゼツくん。あれはね、魔女の特注品だよ」

 ボスがノイと一緒に、ヴォンを担いで避難して来た。魔女かよ、まだあれが干渉してきてやがるのか。だがまぁ、助かったか。オレはさっき王に殺されかけてたしな。

「あれは、魂とアーマーを直接繋いだ怪物だ。しかも、ほんと、馬鹿げた話なんだけどね……」

「なんすか、どうなってんすかあれは?」

「無限機関だよ」


 どうなってるんだ僕は、なにが起きてるんだ。どうすればいい、なにも分からない、なにをすればいい。

 いや違う、全部出来てしまうんだ。なにかをしようとすれば、勝手に体が動いてそれを実現してる。

 攻撃、回避、反撃、全部出来る。全部視える。全部分かる。どうすればいい、全部出来てしまう、動いてしまう、分からない、なにを選択すればいい。分からない、どれも勝手に動いてしまう。

 分からない、分からない、分からない。どうしよう、どうしよう、分からない。どれを、なにを、全部を?

「落ち着けし。うちの声聞いて」

 聞こえる。ヤヨイの声を聞く。攻撃、回避、反撃、ヤヨイの声を聞く。全部、そう、全部。

「ちがう、うちの声を聞くだけ。それだけでいい、安心していいから」

 声を、聞く。それだけ、声を、ヤヨイが一緒にいる……。

「そう、落ち着いて。うちがいるから。大丈夫だから」

「……聞こえる。ちゃんと、聞こえてるよ」

「うちらになにが起きてるかって話。魂が無限に再生されてる。意味分からんし、ありえんし」

「魂の、再生……?」

「魂そのものをエネルギー化して原動力にしてるの。当然魂は消滅してしまうけど、消費したエネルギーが再構築されて、また魂に戻ってる。そしてそれをエネルギー化して、消費して、また再構築。それが無限に続いてるし」

「……じゃあ、エネルギーの総量は変化してないけど、それを無限に使いまわしてるってこと?」

「そ。一言でいうと無限機関だし。エネルギーを発生させてもないし、吸収してるわけでもない」

「……わけ分かんないね」

「そんで、なんかうちらの魂とアーマーが一体化してるっぽい。脳を介さずに、意識がアーマーを動かしてる。普通は脳で考えて、電気信号が筋肉に送られて、体がやっと動く。でもその過程が全部すっ飛んでる。あんたが意識したのと同時に、アーマーはその通りに動いてる」

「……わけ分かんな過ぎるね」

「だから無駄なことに意識向けるなし。あんたのあれこれ考えて動く悪い癖、それ全部捨てて。その無駄な意識全部にアーマーが反応してるから」

 ……意識を研ぎ澄ます。余計な思考を捨てる。静かに、成すべきことだけを。

 王を止める?違う。

 レイレイさんを止める?違う。

 ヤヨイを守る。それだけでいい。


 ……怖ぇな。あれは本当にナナゴウでいいんだよな。闇雲に暴力をばらまいてたが、段々と動きが落ち着いてきた。制御し始めたみてぇだな。誰にもなにが起きてるのか、はっきりとは見えてねぇようだ。ムクもぽかんとしてるしな。オレ等に分かるのは、ナナゴウの手数は落ちてきたが、その分一撃の重さが増してるってことくらいか。

 それを全部さばき切ってる王が怖ぇ。ナナゴウも、王も、両方怖ぇ。二人の動きがやたらゆっくりに見える。それなのに打撃音がずっと重なり続けてやがる。今何発打った?それをどう防いだ?分からねぇ。理解が出来ねぇ、だから怖ぇんだ。

 そして唐突に、音が消えた。直立したままのナナゴウと、剣を振りかざした王。両方が突然動きを止めた。

「もう、戦える人は誰もいません」

「……あの魔女は、一体なにがしたいのであろうな」

 王の鎧、最後の一層にひびが走り、静かに砕け落ちた。王から噴き出していたエネルギーも消え、全ての鎧を失った王は、力なく腕を下げ、剣を落とした。

「余に、無の力を消せと命じたはずだ。なのに何故、そなたという化物をも用意したのだ」

「僕にはどうでもいいことです。……戦いは、終わりました」

 王の姿が初めて露になった。……見た目は、ただの子供じゃねぇか。全身が灰色で、華奢な体つきの人型の生物。これが王の正体だってのか。ノイとヴォンが、体を引きずりながら王の所へ行った。うなだれる王の肩に二人で手を乗せ、無言でそばに寄り添った。

 ……これが、戦いの終わり?これが決着?違う、なにも決着なんて着いてねぇ。まだ……。

「まだ終わらぬよ。余は、まだ抗わねばならぬ……!!」

 王が突然俊敏に動き、剣を手元に出現させると、それをこっちにぶん投げてきた。敵意はない、オレ等の誰かを傷つけようとした攻撃じゃねぇ。

 ……その剣が投げられた先にいたのは、それを掴み受け止めたのは、ボスだ。王は、そうか、そういうことかよ。

「カンスケよ、その銀の剣をそなたに託す」

 この戦いの決着は、レイレイの無の力の行方で決まる。まだそれが決まってねぇ。まだ決着は着いてねぇんだ。

「そなたが最も適任であろう。その老兵では駄目だ。これで……」

「……おれが次の、死神の王?」

「そうだ、その剣の継承で王は次へと継がれる。これは王ではなくなった余の、ただの無力な余の願いだ。どうかその剣で、無の力を消滅させてくれ」


 その剣を託されたのが私であったならば、私は麗冷にそれを向けていたであろうか。この子の意思を無視し、強制的に力を失わせる選択を、私が決断出来たであろうか。確実なことは、カンスケならばそれが出来る。奴ならば麗冷の意思を無視することなど容易であろう。それがカンスケにとって、都合の良い結果をもたらすのであれば。

「ノイ、ヴォン。すまぬ、余は無力であった」

 王の体は、徐々に崩れ灰となってゆく。それが力の解放によって魂が燃え尽きた結果なのか、死神の王という立場を放棄した結果なのかは分からぬ。ノイとヴォンは震えながら王の目を見つめていたが、ノイは王の全てに納得出来ていなかったようだ。

「馬鹿野郎が!なにやってんだあんたは!?」

「大丈夫だ、寂しくなどなかろう。カンスケは邪悪な輩である故、無の力を消してくれるはずだ。クラフォンも、ミューピレイもこれで戻ってくる」

「そんなもん、俺もヴォンも望んでねぇ!!」

 王は最期、穏やかに微笑み、こう言い残して消えた。

「生きてくれ」

 その跡には、灰だけが残った。魂の全てを燃やし尽くした王の、その生の全てが風に吹かれ、どことも分からぬ場所へと散ってゆく。ノイとヴォンは、その行方をじっと見ていた。……今はまだ、死者への弔いをする時ではない。

「麗冷よ」

「……」

「決着を、着けねばならぬ」

 カンスケは銀の剣を、そっと麗冷のほほに向けた。麗冷はただ真っすぐに前を向いている。私も、カンスケも、ムクや他の仲間も視線の先にはいない。私がカンスケに視線を向けると、カンスケはうなづいてから剣を下ろした。

「おれの術は、もう止めた。世界が消えることはもうないよ」

 麗冷は無言だ。……もう、結末は決まっている。この子には今、そこに至る道を選ぶ権利しかないのだ。

「子よ、分かっているであろう。もう無の力を消す他、結末は存在せぬのだ」

「……」

「お前がまだ計画を発動せぬということは、それに必要なエネルギーが足りぬのであろう」

「……」

「お前が我を通すのならば、カンスケが無の力を消すだけだ。だが、私はお前がそれを選択することを望む」

「……」

「お前が自身の意志で、その力を放棄するのだ。……そして共に、また歩もう」


 長い、長い沈黙があった。

 

 死人のように動かず、前を見つめ続けていた麗冷は、唐突に私に顔を向けた。


 

 そして……。



 

 こう、言った。





「発動したよ」





 ……何故だ。




 何故、お前は……。



 何故……。  


「……自分を……愛そうとせぬのだ……」

「……泣かないでよ」

 この瞳から涙を落とすのは、生涯で初めてだった。私は初めて、敗北した。押し寄せる感情に抗うことが出来なかった。

「すまぬ」

「謝らないでよ」

「私は……」

「違うよ」

「お前を、救えなかった……!」

「わたしは救われたんだよ。ガンジイのおかげで」

 なにが救いなものか。ただの犠牲ではないか。なにが……。

「発動に必要なエネルギーは、王が力の解放を使ったあたりで十分だったんだ。後は宇宙の意志に接続するだけだったのに、ムクがいきなり突っ込んできて邪魔されて……。まぁ、さっき接続は完了したし、もう止められないよ」

 後ろからムクの怒鳴る声と、それを制止するオクゼツとダンデの声が聞こえる。この子と共に旅をしてきた仲間は皆生き残った。だがこの子一人だけが、犠牲となるのか。

「ガンジイがなんと言おうと、これでわたしはようやく、胸を張って言えるようになったよ。わたしがみんなを救った。わたしは無力じゃないんだって」

 麗冷の体から、光が溢れてゆく。消えてしまう。この子が、この世界から、もう二度と手の触れられぬ場所へ行ってしまう。

「本当はみんなにお別れの言葉とか言った方がいいだろうけど、そんな時間なさそうだね。最後にハグくらいしておきたかったけど、今行ったらムクに殴られそうだし。じゃあね、みんな、無の中からずっと覗いてるからね」

 麗冷はわたしの手を握り、笑みを向けてくる。どこにも行ってしまわぬよう、その手を強く掴もうとしたが、すでに触れることの出来ぬ体となっていた。

 わたしが最後に出来ること、この子の為に残してやれることは、受け止めることだ。否定の別れなど、誰が望もうか。ならば、私は、精一杯の強がりを込めて、お前を肯定する他ないではないか。

「さらばだ、子よ」

「ありがと。これでいいんだよ」

 辺りを埋め尽くす光が放たれたが、私は決して目を閉じなかった。真っ白に染まる視界の中で、最後に見た麗冷は、子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。

「これが私の望んだ、旅の終わりだから」


次回へ続く……

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