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少女の奮闘

今日もまた、近くで誰かが死ぬ。


・・・中学2年生の冬頃だったか、その頃から私には人がその日にどのように死ぬのか予知できた。



阿呆らしい、って誰も信じてはくれないだろう。


最初は私だって意味がわからなかったから、そんな力があるとも誰にも言ったことはないし、勝手に頭の中で繰り広げられる無惨な光景にもちょっとくらいなら耐えられたから無視してきた、第一、例えそれが未来の光景だったとしても、私1人の力じゃ未来なんて変えられないって思ってたから。



一番最初に見たのは、突然、本当に突然に、考えてもいないのに頭の中に、三軒隣の家に住む町内会の役員のおじいちゃんがお風呂場に入った途端に心臓麻痺で死んじゃう映像が流れ込んでくるとかだった。



正直、気持ち悪くなった。


しかも、本当にその人が死んでしまった時いた時、鳥肌が立った。

気持ち悪くて震えた。変な汗もかいてたと思う。



次第に、見たこともない場所で知らない人が殺されたり、発症時にすぐに病院に運ばれれば死なないはずなのに、死んじゃったりするのが頻繁に起こるようになった。



まだこの町のどこかの映像しか流れ込んでこないけど、そのうちもっと広い範囲まで広がるんじゃないかと思い始めて、頭がおかしくなりそうになった。

一体なんでこんなもの見なければならないのかと・・・


それには耐え切れなくなったし・・・見過ごせなくなった。


人が死ぬのは怖い。

見ていてとても苦しくて、辛いことだ。


見てるだけじゃなくて行動してみたら、何か変わるかもしれないって思った。



だから私は、私が関与すれば助けられる人たちを助けることにした。

あくまで私のエゴで、だけど。



人の生かそうとするのは完全なる私のエゴなのだ。

見たくもないのに勝手に見ず知らずの人の死ぬ原因とその映像を見せられる私の気持ちにもなって欲しいんです。嫌でしょう?



当該人物が生きたくないのであれば・・・生きていたくないと言うとしても、私は死を選ばせる、なんてことはできない。


だって、結局それじゃあ私がその人の死を見せられ損になるじゃない。



でも、何でもかんでも死ぬ映像を見るわけでもないみたい。


ちょっと前に殺人事件が沼のあたりであったみたいだけど、全く予知に上がってこなかったし・・・



だから、法則も理屈も全くわからないけど、予知が発動したとして、死ぬ人がどう思うか、どんな意見を持つかなんてどうでもいい。

ただ、救えるなら救う。それだけでしかない。



でももし、大きな罪を犯したような人が殺される、なんてことに出くわしたら、私はどうするか正直わからない。



私は医療者じゃないから。エゴで動くから。

医療者なら仕事だから救うだろう。


でも、私は違う。つまらないエゴイストだ。

ただただ利己的に動くから、もしかしたら見殺しにするかもしれない。



暗い話になってしまった。



・・・今日は背後から男性がナイフで1箇所刺されて発見が遅れて死亡・・・殺人ですね。



私怨かな?

私怨であれば1箇所刺されるだけでは止まらないかもしれませんね。


だとするなら通り魔かな?


結局暗い話だなと思いつつも先のことを考える。



直後に救急車が到着すれば助かる、かな・・・?



予知が発生してから後は、当該の予知のことを頭の中で私のしようとすることを強くイメージすると未来の光景に反映されることに気がついた。



あぁ、ダメなのか・・・


というか、もしかしてだけど、この位置だと心臓にまで刃が達してるかも。

それじゃ事後じゃ遅いから・・・



予知の結果から考えると、刺された直後に救急車が来ても手遅れだということだ。



ズキズキと胸が痛む。

あぁ、苦しい。


また死んでしまった。


私の選択肢次第で人が生き、死ぬのだ。



でもズキズキと痛むこの感情があるうちは私はまだ大丈夫だと思っている。


死に、慣れてない。



慣れたら、私はダメになる気がする。

この世界で真っ当に生きていける気がしない。



だから、この痛みはあってほっとする自分もいる。


生きて欲しい人の死は耐えがたい苦痛を伴うものだ。昔の話になるけど、数年前の祖父の死はとても辛かった。


まだ、知らない人でも心は痛む。

でも、もしも知り合いだったらと考えたら・・・

胸の苦しさはどうなってしまうんだろう。

祖父の死際に立ち会ったわけではない。


もしも立ち会ったら・・・どんな苦しさが待ち受けていたんだろうと、想像して不安になる。



だから決して間違えられない。

救える命は救う。



ちなみに、この能力にはタイムリミットも存在する。

未来を変えられる行動が取れなくなった瞬間変えられなくなる。


・・・過去は変えられないから。



もしかしたら、私がこんなエゴで人の命を救っているのは、知り合いが死にかけた時に助けるための練習、なのかもしれないですね。

知り合いを死で失うのは心が酷く傷つきそうだから・・・



人は生きていたら、楽しいことも辛いこともあるけど、死んでしまったらその後の選択肢の全てが無くなってしまうんだ。


未来で過ごす確率ゼロは、切ないから。



エゴイストとして考えるなら、私と共にするかもしれなかった時間も、その時を経験することができなくなった私の未来の幅も減ってしまうから。



間違えられない・・・私の行い、全てが変わる可能性があるなら、私はこの予知で救いたい。


救うって言葉を聞くといつも頭に浮かぶのは医療者だ。



医療者じゃないけど、私は医療は確率だと思っている。

あくまで私的な考えだけど。



何か治療すれば確率で助かり、治癒したり、症状が抑えられたりする。

だから、患者が薬の作用と真逆に作用する何かをしたのであれば治療の確率は大いに下がるだろう。



高血圧にもかかわらず、薬は飲むが高塩分で暴飲暴食、運動もしないなんて人が薬1つや2つで血圧が正常にただ下がるなんてわけはないのだ。


暴飲暴食でも薬で下がる人もいるかもしれないけど・・・無理が生じていることは明らかだ。


それが原因で死ぬのであれば私にはどうにもできない。

どこか1、2回ヘルシーな食事に返されたりしたところで、確率で起きた自然なる死、当然の死は回避できないからだと思う。



しかし、他殺関連や治療すれば治るものなど、原因がはっきりしているものに関しては私の予知、確率から決定論が適応される。



確率論に絶対はないし未来は保証はされない。

あくまで確率だ。


例えば、心臓手術をして、そのあと、手術が原因で死ぬか生きるかは確率だろう。

もちろん、偶発的に起きた自然死は私にはどうすることもできないけど。



でも私が予知する未来は確実だ。

私が予知した未来は確率論ではなく決定論になる。



私が見て、助かったのであればそれは助かる。

私が何か変えることで決定論として、未来が決まる。


なんでも見れるわけじゃないし、人が死ぬ時にしか見られないけど、私が見れる範囲の未来は確実に、決定される。


私の能力は言うなれば医療とは別次元。

確実濃厚な死に対する回避能力ともいえる。



例えば心臓手術であれば、死ぬ未来が見えたのであれば、医師に何らか患者の気持ちを伝えてみたり、患者に事前に何かを栄養のあるものを食べさせてみたりするだけで変わったりする。



私が予知した結果、心臓手術が成功したのであれば、確実にその人の手術は成功する。


ただ、手術が死の原因だったとしてもだいたい14日以上先で死亡した場合には、残念ながらそもそも予知は見えないのでどうにもできないけど。



主要とする行動をした場合に成功した未来を見ることができ、その行動をすることができたのであれば、細かい違いがあったとしても、見た未来が現実となる。



確率は関係なくなる。



私の力はただの予知ではなく、未来の決定を行うことができる力だ。



だからこそ、私は積極的に動くようにしている。


救える命は救う。


もしも同じ高校生で死者が出る予知が発動しようものなら、私は全力で助ける。



そんな気持ちで高校に入学した。


でも、まさか高校に入ってすぐ、学内で死亡事件が起きる予知を見るとは思わなかったし、気味の悪い複数の歪んだ未来を持つ先輩に出会すとも思わなかった。



予知能力に気がついてからは、消極的だけど、警察に連絡したり、救急に連絡したりしていた。



最初の頃は予知が外れることもあるかもしれないと思って、事後の連絡で済ませていたけど、あんまり良い手ではない行動を想像して予知能力を使うと下手すると何度も人が死ぬところを見なくてはならないから、事件が起こった後から迅速に病院に連れて行くという手段をとっていたけど、手遅れなことは今までにも何回かあった。


例えば、救急車を、刺された直後に到着するようにするとか。


それでダメな場合は仕方ないので、警察に事前に「喧嘩が起きて・・・」とか連絡してとなんとかなってきた。



しかし、先週の出来事は高校、しかも体育館で起きるはずだったもの。


場所が場所だけに事前に警察がそこにいたら・・・というのは少し難しそうだ。



この未来は変えられないのかしら?


じゃあ、事前に注意してもらうべく先生を呼ぼうかな?

直前に先生を見た後であれば抑止力にはなるかも。


・・・と思った私がバカでした。

まんまと同じ学校の生徒が死ぬところを見てしまう羽目になった。


ひぃいー


・・・事後でないと結局先生がいなくなってから事件は起きてしまうらしい。



なるほど、じゃあ、AEDを持って先生に事件直後に行ってもらおう。

・・・うん!完璧!


これなら死ぬこともないらしい!




うんうん、よかった!

ヤンキーは嫌いだけど、まあ、よかったよ。



でも実行に移したあと、あまりに目立ちすぎても良くないと気がついた。


私にこんな力があるとわかったら、どこかの誰かに狙われるかもしれない。



・・・そう、ひとつ上の先輩のように。



だからあと先輩に話しかけた1週間前のあの日まで伸ばしていた髪をバッサリ切って、イメチェンというやつをすることにした。



冷静に行動しなければ、下手したらどこぞの研究機関にさらわれて一生を棒に振るかもしれない。


あぁ、ゾッとする。



・・・それにしても、あの先輩、予知が歪んで複数見えるせいで正直何もわからなかったなぁ。



死ぬ映像が複数見えただけでもはやスプラッタ過ぎて意味がわからなかったというのが正しい。


好奇心と恐怖やらなんやらで思わず、ちょっと吐きそうになりつつも一言物申そうと俯き加減で話しかけてしまったくらいだ。



でも、もしかしたらと思うことがあった。


それは、あの人も予知ができるのかも?ということだ。



私自身を予知したことはないからわからないけど、もしかしたらあんな風に回避しようとして様々な条件での未来を想像していた場合、そう未来が歪んでいくつも重なる可能性は大いにある。



でも、私が狙われていると言ったあたりから余計に予知が歪んでいたし、介入はしない方がいいかもしれない・・・なんとも言えないけど。



普通に考えれば介入すれば予知した先は収束して見えやすくなると思ったんだけどなぁ・・・



いや逆かな?

私という予知能力のある人間がいるという情報を考慮したせいで余計に未来が複雑になった可能性がある。


未来を決定する予知能力と同じ力がぶつかったら、結局どうなるんだろう?

わからないけど、決定論ではなくなる気がする。



ちなみに、どんな未来でもあの先輩は狙われているとしか言いようがない死に方をしていた。


かと言って、介入せずにどう私が行動しても、良い方向に進んでいるとは思えなかった。



最初の予知が出てからすでに1週間経っているから、あと1週間以内に・・・あの先輩は・・・。



・・・つまるところ、入学早々に私の精神面は大きくえぐられていた。



あの人に対しては何もしない方が良い、そういう結論が一番しっくりくる。


あの人は自分で未来を変えていけるかもしれない。


事実、今日会った時に予知を発動してしまったけど最初に見た時よりは歪みが落ち着いていた。



先輩のことは置いておいて、話をもとに戻そう。



・・・今回は刺殺。


なんとか被害者を誘導すれば、私自身が行動すれば助けられるはず!


事実、私の予知は今回私が動けば助けられることを示していた。


場所は高校から、だいたい距離2kmくらい。

そんなに遠くないね。


時間にも余裕がある・・・


私は護身用にと小学生からの友達に1年程前に貰った催涙スプレーを携えて家を出た。


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