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nameless story  作者: 伯耆
第1章 始まり
4/23

3.思い出したくない話してんじゃねぇ!!

少しだけBL?18禁?的な要素を含みます。苦手な方はご注意ください。



狭間。


それは数多に並行して存在する世界の間にある、時間の入り乱れた空間の総称である。


パラレルワールド。


未知数に存在するそれは基本的にはお互いに干渉はせず、個々の世界として成り立ち、ラ・アナウを中心としたクロエたちの世界のようにパラレルの存在に気が付いている世界の方が少ないのかもしれない。

そのパラレルワールドの均衡を保つ役割として存在しているのが‘渡し守’と呼ばれる者たちであった。

13部執行部のみが使用を許可されている聖域と呼ばれる部屋がある。

機関内、中央塔の中央。機関の柱として位置する大聖堂の隠し扉から、地下へ続く専用エレベーターへ乗り、随分下まで降りた所でエレベーターはゆっくりと右へとスライドする。

数秒だけ右へと移動した箱の反対側の扉が開き、その先には距離感が掴めないほどどこを見渡しても白の空間が広がっていた。

箱を降りた先にはただ一点だけ、鍵穴のようなものが見える。

クロエはいつにもまして真剣な面持ちで、その鍵穴にふれて目を閉じると何ごとか呟いた後、首から下げていた鍵をその鍵穴に差しこんだ。

途端、地響きのような振動とともに、白い壁からにじみ出た黒い斑点のような染みが真っ黒な扉の形を成して、外側へと開かれて行く。


先は真っ黒だ。

しかし一点だけ光が見える。

唖然としたセキの肩を叩いて、フランクが彼を誘導するように前へと立つと、セキは慌ててそれに続いた。

クロエは闇の中へと躊躇うことなく足を踏み入れる。感覚さえ覚束ない足元の筈なのに、まるで彼には道が見えているかのように、しっかりとし歩調で、確実に光へと進んでいた。

光の正体は2メートルほどの入り口であった。

その入り口をくぐった先は、異様な光景であった。


最初に見えたのは、船着き場だ。

とても細い川が前を横断し一定間隔を開けて小さな船着き場と規則的に並ぶ扉の数々がある。

扉の形状や色なども様々で、先ほど自分が歩いてきた後ろへと振り返ると、いつの間にか閉まっていた扉は純白を基調としたアーチトップの形状、上には7と刻まれてあり、数字の周りにはまとわりつくように蛇のレリーフが施されてある。

セキ達が出て来た扉は至ってマシな部類であった。

目の届く範囲で見える扉は人が通れるのか定かではないほど、ぐにゃぐにゃの形をしていたり、触れたくないと思うほど真っ赤な色の扉もあったからだ。

しばらく三人がたたずんでいると、どこからともなく木造の小舟がゆらりゆらりと近づいてきては、ゆっくりと三人の前で止まった。


「7番の鍵の坊やか。久方じゃ」


目を凝らすと、伸び放題の白髪で顔は見えないが、声からして老婆と思われる人が小さな船の中央に座っていた。

その船にオールはない。どうやら、老婆の思うままに動くらしい。

多分、この老婆こそ話で聞いた渡し守の一人なのだろう。


「ああ。さっそくだが、ウォード」


ウォードと呼んだ老婆の挨拶も適当に流したクロエはすぐに仕事に関する話をウォードへと話した。

その様子を後ろから見ていたフランクはそのまた後ろにいるセキへと振り返って肩を竦めた。


「どうやら、俺の出番はないみたいだわ」


「え?」


ちらり、とフランクが後ろを一瞥すると、何故かものすごい剣幕のクロエがフランクを見て、舌打ちを一つ。ウォードに先導されて小舟に乗りこむとどこかへ行ってしまった。

ことの成り行きが掴めずに呆然とした後、クロエを見送った背に説明を求める視線を送る。

その背が失笑して振り返ると、セキはフランクを睨みつけながら腕組みをした。


「意味わかんねぇんだけど?

つーか、別に俺がここに来る意味なかったじゃんかよ」


「そーだなー。それを言うなら俺もだな。

多分、そんな大ごとな仕事じゃなかったみたいだわ。上の捜査ミス」


「ったく、そんな適当でいいのかよ。元々怪しい組織だとは思ってたけどさぁ」


ぐちぐちと文句を言いだしたセキを宥めるようにフランクは幾度か彼の頭を優しく叩くと微笑んだ。


「まぁ、そう言ってやるなよ。

俺の力を使わなかっただけマシなんだからさ」


「フランクの力?

というか、皆の能力なんて俺知らねぇんだけど・・・

あれ?超能力みたいな?手からビームみたいな?」


興味をそそる話に途端、愚痴を止めて目を輝かせ出したセキを見て、フランクは一瞬だけ目を丸くして幾度か乾いた笑い声を上げる。


「んー、そんなんだったら手っとり早くて良いんだけどなぁ」


子供嫌いの大人が子供の対応に困った時のように苦笑しながら、頭を掻いたフランクの様子にセキが小首を傾げる。


(コイツ、ガキだなぁとか絶対思ったな。)


子供とは大人が思うよりも察しの良い生き物だ。

訝しげに睨まれたフランクは口元を少しだけ歪めた。


「まぁ、でも最初に教えたろ?」




セキが俺達と初めて会った時―――・・・・






警鐘がけたたましく鳴り響いている。


外からの音ではなく、鼓膜の内側から頭に直接聞こえてくるみたいだ。

ぱらぱら、ひらり。

聞きなれた音だ。

何も見えない真っ白な空間が色づいてくる。

その中で微かな浮遊と落下感。


(落ちてる?)


パキっ・・・!と奇妙な音で目が覚めた。


眠りを妨げるような大きな音でもなかったそれだが、身の毛がよだつような恐怖感を覚えさせる音だった。

少しばかり息が荒い。汗も掻いている。

うっすらと目を開けた先は明るくて眩しいため、視界がすぐには定まらなかった。

随分寝てしまったのか?視界が開ける前の明るさにそう思ったが、視界が捉えたのは予想の範囲を大幅に凌ぐ光景であった。

見たことのない天井、そこに描かれた天使の絵と浅彫りのレリーフ。

眠ったことのないようなふかふかのベッド。

知らない花のような芳香が嗅覚を刺激する。

混乱で飛び起きる前に硬直した。


(どこだ?)


知らない、という確証はまず豪奢な部屋にあった。

こんな部屋に自分を招いてくれる友人や知人などはいない。

そんな待遇を受けるほど優れた人間でもないことは自分が一番知っている。

記憶を辿ってみるが、おかしい。


「なんでだ?なんで何も思い出せない・・・?」


記憶喪失。


その単語が思い浮かんだ。

しかし記憶喪失にしてははっきりしていることもある。

まず自分の名前がわかる。

暮らしていた場所も鮮明にはないが、漠然とは知っている。

混乱しまいと落ち付け!と自分を叱咤して、とりあえず半身だけ起きあがった。

随分広い部屋だ。

凡人の暮らす一軒家の一階全部よりも広い。

上体を起した時にすぐに目に入ったのは前の扉。

左右を見渡すと、左にはソファーやコーヒーテーブル。飾棚に随分先にはバルコニーもあるようだ。

そこから吹き込んでくる心地よい風がレースのカーテンを揺らしている。

一方右側は廊下へと続いていて、一つ他の部屋へと繋がる扉があり、もっと先には玄関のような空間と少しばかり扉も垣間見える。


高級ホテル。


行ったことはないが、多分そういう類の部屋なのだろう。

どうすべきか逡巡してみるが、辿りつくのは状況の整理や行動策などではなく、嫌な予感だけが脳裏をかすめる。

刹那、前の部屋から凄まじい音が聞こえて来た。

陶器が激しくぶつかって割れる音、何かがぶつかる音。

あまりに突然の音に肩が跳ねあがってしまった。

その音についで「おい」と呼びとめる、もしくは制止を促すような声は困惑とも呆れともとれる。

対して「うるせぇ!」ともう一方の乱暴な一喝が響き、どうやら一旦場は収束したらしい。

部屋の向こうから聞こえて来た予期せぬ声に、恐怖を感じて頭をフル回転させる。

しかし予想が行きつく先は先ほどの嫌な予感と同じベクトルであった。


「もしかしてさ。ものすっごく危ない状況だったりするかもだよね」


誰にでもなく呟いた自分の声に、思うよりも混乱していることを思い知らされる羽目になったが、それでも自分で制御出来ないように、口からは考えたくない言葉の羅列が生み出されていく。


「何も覚えていない青年が寝ている向かいの部屋で男2人、いやもっといるかもしれないけど、そいつらが喧嘩してて・・・

多分、危ない趣味をお持ちの方たちで俺を攫って来た・・・

いやいや!身代金要求とか・・・

ああ、でも最近そんなの流行らねぇしなぁ」


そんなことをぼやいて、少しばかり混乱が収まったと油断していた途端、再び向かいの部屋から思いもしない声が聞こえて来た。


「ぅ、ぁあっ!」


先程、一喝した声だ。

予期せずに聞こえた艶めかしい声色に、思わず耳をそばだてる。


「ちょっ、おい!やめ、ろ!」


抵抗するような声は焦りの色が混じっていた。


「たまにはご主人様にご奉仕させろよ。

気持ちいいだろ?」


もう一方は制止を促していた男の声である。


「一番似合わねぇ言葉選んでんじゃねぇよ

手ぇどけろっ!」


「つっても、すげぇ固いしさ」


「や、めろっ!い・・・てぇ・・・」


「ちょっと我慢しろって・・・」


その声に知らない間に扉の前まで来てしまっていた自分の驚き、ハッと意識を取り戻したかのように我に戻って、思わず先の見えない扉を見つめてしまった。

あまりの驚愕に数歩下がってベッドにふくらはぎをぶつけて、脱力するように腰を沈めた。


「やべー・・・これ、ぜってぇ・・・やべーよな」


冗談めかして行った言葉が現実になりうる可能性が頭を支配して、ひやりと肝が冷える感じがした。

「やばい」と一言ごちり、考えるよりも先に足が出口(だと思われる)方へ向かうのと、何の前触れもなくその出口の扉が開かれるのが同時であった。

思わず身構えた先には10歳ほどの幼い顔、プラチナブロンドの癖の強い髪を揺らして入ってきた美少年がいた。

驚愕して戦くが、視線は自然と少年の瞳へと引き寄せられる。

右目は髪と同じ色なのに、左だけが底光りするような真っ赤で、少年には似つかわしくない存在感を醸し出していた。

少年は不機嫌そうなに眉根を寄せて、不審者を見るように上から下まで舐めるように凝視してきた後、スッと視線を逸らしたかと思えば隣を素通りすると、例の扉に何の躊躇いもなく手を掛けた。


「ちょっ、今はやばいって・・・!」


制止も空しく、開かれた扉に思わず目を固く瞑る。


「なんか目、覚ましたみたいだけど?」


少年と思われる高い声が扉の向こうへと飛んだ。

そっと片目だけ開けると前には広がったのは、今いる部屋よりも幾分広く豪奢な作りの部屋。

思わず両目を見開いてしまう。

その中央を陣取るベルベッドの赤いソファーには、待ちかまえていたように足を組んで鎮座する癖毛の黒髪の男。

彼の金の瞳は怪しく底光りして、視線がかち合ったが最後、喉元に噛みつかれそうな蛇のような印象を与えた。


「っおい!いい加減やめろ!」


一瞬の張り詰めた緊張感を一気に崩して、黒髪男は後ろで彼の肩を揉んでいた赤髪の男へと怒鳴った。

赤髪男は面白がりながら黒髪男を苛めていたようだ。

それを見た少年が盛大なため息と共に、見場とは正反対の可愛げのない声で言った。


「とりあえずさ、誤解してるみたいだけど?」


ちらり、と少年が後ろを見れば視線がかち合い、すぐに引きはがされて首を傾げてしまう。

誤解。確かにあの声は誤解だった。

少年がそのまま黒髪男と向かい合う形で並んでいるソファーに座って、背を向けてしまう。

怪訝そうに黒髪男が見つめてきては、その眼光の鋭さに一歩後ろへと下がると「誤解?」とものすごい剣幕で鸚鵡返しした。


「どうせまた、弄られたクロエが変な声でも上げてたんだろ?」


変な声とはつまり誤解するにあたったあの声のことだ。

背を向けた少年の呆れ声が聞こえてきて、クロエと呼ばれた黒髪男は一層凄みを増した険相で睨んでくる。


(俺が何をしたっ!)


もう一歩後ずさっては口の中で言うが、さすがに怖くて声には出せない。


「ほら、怖がってるから」


苦笑混じりにクロエに指摘したのは、後ろにいた赤髪の男。

クロエの代わりと言う風に「悪いな」と一言添えて、微笑んだ。

その言葉にクロエは舌打ちを一つ。


「お前が余計なことするからだろ」


「だって、肩凝ってたら揉んであげるのがご主人様への配慮だろ?」


「てめぇは面白がってたじゃねぇか!」


憤慨するクロエに赤髪男はそれすらも楽しむように微笑んで、そっとこちらへ視線を捕らえてくる。


「とりあえず適当に座って?

君は珈琲派?紅茶派?」


一歩だけ歩み出て来た赤髪男の突然の接客モードに、少しだけ狼狽えてしまい「いや、どっちでも・・・」と口ごもる。


「なら、クロエさんに合わせて珈琲で大丈夫?」


「あ、はい」


赤髪男は了承を得ると、部屋の片隅に設けられた簡易キッチンへと入って行った。

適当な場所と言われたが、向かい合った広いソファーはクロエと少年が占領していて、まさかその隣に座ろうとは思えない。

残ったのは二つの向かいあうソファーの左右にある一人掛け用のソファー。

2人の様子をちらりと窺いながら、ゆっくりと入ってきた方向からして左側のソファーへと浅く腰かけた。



(これは一体、どういう状況だ?)



目が覚めた部屋も、今何故かお茶をしようとしている部屋も豪奢で自分にはあまりに不釣り合いな場所である。

それに加え、何故この男たちは俺を持て成すために珈琲を入れようとしているのか。

この男たちは俺について、何かをしっているのか?

俺の知らない。いや、忘れている何かを・・・―――

息苦しい沈黙を少しでも和らげるために逡巡していると、奥からワゴンを赤髪男が引いてやってきた。

ソファーに囲まれたコーヒーテーブルには、見るからに高そうな珈琲カップを4脚、各々の前に並べて、ポットに入った湯気立つ珈琲が注がれる。


「君、砂糖とミルクは?」


「一杯ずつで」


沈黙を平然と破った赤髪男に感心しながらも、緊張を交えた声が口から出た。

砂糖とミルクを入れて、混ぜてくれたカップと無駄のない動作でスッと前へと置かれる。

小さく頭を下げて、コーヒーテーブルを見ると赤髪男はブラックのままカップを手に取っていた。

少年はミルクと砂糖を3杯ずつ。

年相応の甘さだろう。

問題はクロエと呼ばれた男である。

彼のカップに注がれた珈琲の量が他よりも少なめであることは察していたが、それがすぐに赤髪男が故意にした配慮だということを理解した。

最初は気にとめなかったものの、注がれるミルクが糸を切る気配を見せない。

既に一目で珈琲とは分からない液体になったそれに、次は大量の砂糖を投入した。

数えた限り、大盛りティースプーン8杯分。

それまで入れ終えて、カップギリギリに収まる質量になり、混ぜるティースプーンとカップの間の砂糖がザラザラと音を立てている。

思わずカップを口に付けるクロエを凝視して、引きつりそうになった顔の平素をどうにか保つために、珈琲を一口含んだ。

味わったことのないくらいに美味しい珈琲だ。

これといって拘りのない自分でも分かるほど良い豆を使って、それを()てる技術が凄いのだろう。

驚いていると、向かい合った一人掛けソファーに座る赤髪男と目が合い、微笑まれた。


「さて、じゃあ・・・

少しお話をしますか」


それが合図だったように赤髪男が切りだすと、途端現実に引き戻された感覚で少しだけ肩が跳ねる。

その反応を察知したのか、スッと目を細めた赤髪男は付けたすように繋げた。


「ああ、警戒しなくていいから。

そうだな、まず自己紹介でもしておくか」


何故か彼が話すと緊張が少しだけ解れる気がした。


「こっちの黒髪がクロエ」


相変わらず無駄のない動きで黒髪男――クロエに手の平を上に向けて示す。

人を紹介する時にする一番礼儀の良い方法だ。

と、思いきや美少年には指を差した。


「こっちのちびっこがヴァイン」


その扱いの差に、違和感を感じたが考えを振り払うと、ヴァインと呼ばれた少年は「ちびっこいうな」と間髪いれずに反駁した。


「で、俺がフラン・・・」


「アランだろ?」


自分の胸に手を充て、どこかの執事のように慇懃に自己紹介をしようとした赤髪男をクロエが割り入るように遮る。


「ファーストネームはフランクなんだよ。

まぁ・・・ってことだ。君は?」


アラン――否、フランクが整った面長の顔で微笑んだ。

その微笑みは作り笑いという欠片さえ見せない完璧なものである。



「セキ」



短く淡々と答えた。

フランクはふむ、と顎を撫でるような動作の後に続ける。



「セキ、ね。オッケー。

他に覚えてることは?」


意味深な物言いに、思わず訝しむようにフランクを見つめた。


「俺のこと、何か知ってるのか?」


「んー、質問してるのはこっちなんだけどなぁ。

まぁ、いいか」


困ったような失笑を零しながら、フランクは頭を掻く仕草の後、首を傾げた。



「知ってることは一つだけ。




               君がこの世界の人間じゃあないってことだ」



頭の芯を冷やすように、その言葉が脳裏を駆け巡った。


この世界の人間じゃない?


「どういうことだ?」


何もかもがわからない。

その全てを短縮して出た問いがそれだった。


「どういうことも何も・・・

君はこの世界に住んでた人間じゃない。

多分、他のパラレルワールドから何かしらの影響、もしくは力によって偶発的に迷い込んだのかもしれない、ってのが俺達の考え」


フランクはしれっとした顔で言いのけた。

思わず立ち上がって、部屋のバルコニーがあるであろう方のカーテンを開けて、案の定あったバルコニーへと裸足で出る。

広がっていたのは、不規則に立ち並ぶ家々の赤い屋根と青く光り輝く海、一点の曇りもない蒼い空と汽笛を鳴らし出港を知らせる船であった。

言葉を失う。

記憶はない。確かにないのだが、奥底に眠っている記憶の欠片が叫んでいる気がした。



――ここは俺の知る世界じゃない――



驚愕とそれを上回る絶望。

バルコニーの手すりを持つ手が震えて、笑いだした膝は体重を抱え切れずに座りこんでしまう。

いつの間に来ていたのか、後ろからは困惑の色をしたため息が聞こえて来た。


「悪いな、セキ。

混乱してると思うけど、一応説明しておく必要と義務があるから、部屋中入れるか?」


フランクである。

その声は変わりなく優しくて、思いやりの溢れた語調だ。

頼りなく一つ頷くと、彼は立ち上がるのに手を貸してくれた。

ふわり。

嗅いだことのない風が、優しく頬を撫でて髪を持て遊ぶ。

それが彼らとの出会いであった。







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