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nameless story  作者: 伯耆
第2章 レーンディア
22/23

11.選択



「申し訳なかった」


廊下を先に歩くシスルの背にアランの言葉が飛んだ。

たった短い一言は余韻もそこそこにすぐに消え去ってしまい、シスルもまた何も答える意思はないようである。

アランが謝っていること。それはおそらくシスルは知っている。

それでも何も言わないということは謝罪を受け取らないという意味なのだろう。

良い意味でなのか、悪い意味でなのか。

それはアランには察しがたかったが、代わりにシスルは明るい声で随分と転換させた話題を出した。


「全く、世界の鍵とは末恐ろしい存在だな」


振り返るでもなく前に投げられた独り言にも聞こえるそれにアランは頷いた。


「そうですね。

レーンディアの掟を真っ向から否定する人間なんて初めてみましたよ。

けれど、今の状況ではこれからややこしくなります。

ウェーシュ様は一体どうするおつもりなのか・・・」


アランが気にかけていたのは、やはり後継者のことである。

3人がレーンディア並びにアヴェルヌスを任せられたのはいい。

しかし一番トップに立つのが誰なのか、そこの所は今のままアバウトではやっていけない。

ウェーシュの口調からして、クロエに13部は任せて当主としてはシスルを置くようにも聞こえたが、やはりはっきりはしていない。

もしシスルが改めて当主になるのならば、一体自分は誰の従者になればいいのか。

アラン家嫡男として、誰に仕えるべきなのか。


前を歩く、レーンディア家嫡男シスル。

自分より4つも年上の彼に仕え始めたのは、確か7つの頃であった。

それからクロエが資格を所有した14の春。正確には15の成人の式の時に、アランはクロエの改めて従者としての命を受けた。

幼かったアランではあるが、この事態を予想出来ないほど馬鹿ではなかった。

シスルが資格を有する才覚がないことは一時期大問題になったからである。

それを嘆いたのはシスルの父であるウェーシュよりも、母ウィーダであった。

それはレーンディア家に広まり早々の処置として、レーンディアの血を継ぐロゼが養子とやってきたのだ。


ロゼが資格を所有しようがしまいが、成人の儀の時までに資格を有したものがレーンディアの当主になり決まりであり、アラン家嫡男がその者の配下につく。

アランはシスルが資格を有せなかった事実から覚悟はしていた。

しかし兄弟のように育ち、ほとんど離れずに同じ時間を共有したシスルから離れるのは幼いアランにはあまりにも酷な事実でもあった。

ロゼも資格を有することが出来なかったことを知り、一度は安堵した記憶があるアランであるが、クロエの誕生が彼の人生を一変させる。

妾の子としてあまり良い目で見られなかったクロエを見て、その時のアランは直感で感じとってしまったことがあった。



ふと、記憶を反芻させているとシスルが一つの扉の前で立ち止まる。

シスルの私室であった。

一度、振り返ったシスルは無言で扉を開いて、アランを部屋へと招き入れる。

あまり部屋にいないクロエや神経質すぎるロゼとは違って、シスルの部屋は3兄弟の中では唯一普通であった。

日差しが丁度良いくらいに差しこむ窓辺が最初に目につき、前には彼の好む読書のためにテーブルと椅子が置いてある。

シスルは彼の部屋の構造は知悉していて、彼が好きな家具や部屋へのこだわり、大切なものは大体どこへ仕舞っているのかなど。

長年の付き合いから自然と知って行くことが多かったからであり、シスルもアランを公の間では従者として扱い、2人きりになれば兄弟のように接していた。


アランをソファーへと勧めたシスルは奥へと足を向ける。

簡易キッチンが設けられている場所だ。

まさかシスルにそんなことはさせられないと後を追うが、それはシスルの予想範囲内だったのだろう。

角を曲がって姿の見えなくなったシスルが少しだけ後退して振り返ると「やはり」と言った顔でアランを見やり、虫でも追い払うように手の平を振って「しっしっ」と言った。

思わずアランは苦笑して「はいはい」と幾度か頷きながらソファーへと再び腰を降ろす。

しばらくしてトレ―にカップとポットを乗せたシスルが現れた。

貴族なんてまともに家事の一つも出来やしない。

それが定評ではあったが、何故かこの嫡男だけは違った。

簡単な家事ならロゼにも出来る。勿論、クロエは一切のことをやろうとしないため定評に的を得ているが、慣れた手つきで紅茶をカップへと注ぐシスルだけは使用人たちに手を借りなくてもいいくらいに大体はやってのけた。

武術にも秀で、学力に富んだ秀才であり、他人の心情を察してあげられる気遣いを良くみせる。

だからか、資格がなくとも使用人たちはシスルを常に慕っていた。

何故、シスルが資格を得ることが出来なかったのか。疑問で仕方がなかった。

しかし、クロエが現れた今ではアランには分かってしまったのだ。


「これ・・・」


ふと紅茶の香りが鼻腔をくすぐった。

シスルもアランも紅茶派であるし、好みはとても合う2人である。

シュガーポットは2人が一度も開けたことはない、勿論ミルクは時に入れるが、今2人の前にある茶葉はストレートが一番美味しく頂ける種類のものであった。

だからテーブルにはカップとポットだけ。

アランが紅茶を見て、驚きを声色に示した。

すると、シスルは嬉しそうに微笑む。


「ああ。俺とお前が長い兄弟喧嘩を終わらせる日のために取っておいた」


とても高級品でなかなか手に入らない。

一年に一度、アランの誕生日の日だけシスルが彼に()ててやっていた茶葉である。

ゆっくりとカップを口に運ぶ。

シスルしか作れない紅茶の味が口内に万弁なく広がり、とても言い表せない感情がこみあげて来た。

嬉しいようで切ない、温かくて悲しい。そんな対照的な感情だ。


「シスル・・・」


何かを伝えたいのに、口から零れ出たのは前で微笑む彼の名前だけ。

そんな気持ちさえも彼は察してくれたのか、シスルもゆっくりと頷いてカップを口に運ぶだけであった。

シスルが一口を味わい終えるまでの短い沈黙。

満足そうなため息の後に彼は口を開いた。


「これからもクロエのことをルーズヴァルトに任せていいだろうか?」


それは驚くべき言葉であり、残念のような安心したような、自分でもわからない気持ちに陥った。


「ああ、勿論。

でもなんでかな?クロエの傍にいられることに安心した半面、君に選んでもらえなかったのが残念な感じだ。

一体、俺はどうしたかったんだろうな?」


正直な気持ちを告げて、嘲笑気味に鼻で笑った。

シスルは緩やかに軽く首を傾げて、穏和な表情を崩さずに答えた。


「ルーズヴァルトにもう、同じ思いはしてほしくないんだ。

クロエとも昔のように戻ってほしいと2人の兄として思う。

それに、俺にはもう兄弟のような従者が出来た。彼にルーズヴァルトと同じ思いもさせたくない」


模範解答のようで、アランには少しだけ苦い答えでもあった。

前のシスルは自分よりも今の従者を選んだのだ。

それが何故か悔しいと思うのは、とても利己的な感情なのだろう。


「ルーズヴァルト。勘違いしないでくれ。

俺はお前とこれからも兄弟のように接したいと思っている。

今度は公の場でも、一人の友として」


「馬鹿言うなよ。そんなことしたらクロエみたいに周りから叩かれるぞ」


真っすぐでどこか子供じみたシスルの言葉に間髪いれずに言い返すが、声は嬉しさのあまりに弾けていた。


「まぁ、それも悪くないかな?

ごめんな、シスル。俺が君の重荷になってたみたいだ」


「いや、それはお互い様だろう?

これで漸く前に進めるな。ルーズヴァルトも俺も」


「ああ、セキのおかげだな」


もう一口、アランがカップに口を付ける。

何気なく言ったアランの言葉に、シスルはカップを見つめて眉根を寄せた。

ふとそのシスルの様子がめに映ったアランは、カップをソーサに戻して首を傾げる。


「どうした?シスル。いきなり思いやんだ表情して・・・」


そんな表情をすると、やはりクロエに似ているな、と口の中でぼやいてみてシスルの言葉を待った。

しかし中々シスルは言おうとはしない。

再び尋ねようとした時、ぽつりと声が耳に飛び込んでくる。


「セキ・・・隠された歴史書に記された、世界の鍵のことを知っているだろう?」


その言葉が何を示し、どこに辿りつくのか。アランは聞かずとも知っていた。

黙認、あるいは気付かないふり。

それがその‘隠された歴史書’を知る者たちの暗黙の了解であったからだ。


「まぁ・・・な」


そっと視線を外に逸らして、これから来るだろう未来の断片をアランは想像した。










部屋は蝋燭の明かりが揺らめいている。

昨日シスルが訪れ、ウェーシュと一体一で話した当主の部屋。隠された牢獄と呼ばれたあの部屋で今日はクロエとウェーシュが向かい合っていた。

ここまで無言を決め込んでいた2人であったが、ウェーシュが古びた本棚から一つ、まだ新しい部類に入る書籍を一つ木製のデスクの上へと置くと、初めてクロエは表情を動かした。

そして開かれたページにはまだ新しいインクで何かが記されている。


「黙り続けていたお前の出生の秘密。お前の母について話さねばならん」


唐突なウェーシュの言葉にクロエは目を見開いた後、固唾を飲む。

一度、幼いころに気になって手当たりしだい大人に聞いて回ったり、レーンディアの書斎を荒らしたが何一つ出かがりはなく、結局諦めてしまった母についてであった。

気にならないと言えば、やはりそれは嘘である。

いつでも人間は母を求めるもので、クロエに関してもそれは例外ではない。

クロエの言葉を待たずにウェーシュは椅子に腰かけ、本に書かれた文字を手でなぞる。

ウェーシュはゆっくりと頭を上げて、クロエを真っすぐ見ると淡々と言った。


「お前の母の名は、エイダ・スペリオル。スペリオル家で隠されて育った娘だ」


驚愕に声が出なかった。

何故ならば婚姻関係のあるレーンディアとスペリオルではあったが、シスルを産んだのはスペリオルではなく、同じ上流貴族のウィリストン家長女。ウィーダ・ウィリストンであったからである。

加えて、ウェーシュの代のスペリオル家は女児に恵まれなかったために、ウィリストン家をレーンディア家に入れたとされていた。


「私の時代には少々・・・政治的にややこしい面があった。

それで一度、スペリオルはローモンドと繋がっていたことがあった時期がある。

それでか、スペリオル家のエイダはレーンディアには秘密裏に育てられていた。

偶然にも彼女の存在を知った私は彼女に近づき、恋仲となった。

しかし彼女も私がレーンディアだと知っていたようだ。

そうして、秘密裏に・・・妾の子として生まれたのがお前だ。クロエ。

お前が鍵の資格を有することは当然の成り行きだったのだ」



レーンディアとスペリオルが婚姻関係を結ぶにあたっての経緯をクロエは知っていた。

当家の成り立ちであるレーンディアという青年が契りを交わしたのが、スペリオルという女性である。それ以来、鍵の資格は両家の間の子にしか現れないという不可思議なことが起こっていたのだ。

けれど、今さらそれを知らされたクロエにしては信じられないことであった。


「母は・・・今どこに?」


自然と口から出た疑問に、ウェーシュは顔を曇らせた。

それだけでクロエには答えが分かってしまった。


「いえ、やっぱり今のはなかったことに」


父から聞きたくない言葉にクロエははっきりとした語調で訂正すると、ウェーシュは頷いてもう一冊の本を取り出す。

それをクロエへと差し出して、受け取った後に十分な沈黙を置いて言った。


「これを読んでおきなさい。

すぐにではなくてもいいが、なるべく早く。

そして、それは他の誰にも見せてはいけない」


「これは・・・?」


ウェーシュの意味深で慎重な言葉に、訝しんで尋ねる。


「レーンディアとアランの本当の歴史だ」


ドクン、と心臓が一つ大きく脈打った。

まるで知っていて、それでも思い出したくない事実が今手の中にあるような、恐怖感にも似た感情が突如として心の水面を激しく波立たせだす。

危険物を持つようにそっと胸へと収めると嫌な予感が冷や汗となって頬を伝い、ウェーシュはそこに追い打ちをかけるように「最後に」と付け加えた。


「世界の鍵のことだ」











当に日は落ち、セキはロゼとミルキーの3人で夕食を囲んで、今先ほど自室へと戻ったばかりのセキは大きなため息をついた。

あれから4人の姿は見かけずに、明日の朝にレーンディアの屋敷を離れることを知らされた。


「つーか、朝って何時だよ」


ロゼから聞かされたクロエの伝言を思い出して、今しがた考え込んでいた考察を一時中断。

一人、今はどこにいるのかすら分からないクロエへぼやいてみて、再びため息。

ウェーシュの決断についてセキは瞑目しながら記憶を反芻させ、もう一度考察へと思考を移すことにする。

やはりベッドの上に寝転びながら、であるが。

セキの権力行使が功を得て、場が纏まった時に見落としていた点がある。

おそらく他の面々はその場で気が付いていたのかも知れないが、セキはそこまで考えが及ばなかったのだから仕方がない。

ならば、誰かが指摘してくれればいいのに、と声に出す手前で面倒くさくなって、代わりにため息を吐き出した。

セキが気付いたことをウェーシュが気付かずに言ったなど断じてあり得なかった。

ならば、何故あんなアバウトな答えを3人に良い渡したのか。

忠誠を誓った世界の鍵の前で淡々と、はっきりとしない後継を言い渡した。

結局の所は誰がちゃんと後を継ぐのだろう?ウェーシュにはその考えがあるのだろうか?

鍵の資格というクリアポイントに捕らわれないのならば、シスルがレーンディアを継ぐのがセキ個人的には最良だろう思っていた。

別にクロエやロゼが適していないとは言わないが、性格上や立場的に相応であり、年もまたそうである。


クロエは機関の仕事に追われているし、レーンディアまで受け持ったら変に真面目な性格上、体を壊すのが目に見えている。

ロゼははっきり言って、人の上に立つのには少し頼りない面があるんじゃないか。

あまりにも短絡的ではあるが、それがセキの誰にも言えない意見であった。

未だにセキ自身は知らないことが多すぎている所に、レーンディア家のことがあまりにも容量を陣取ってしまっていて、世界 < レーンディアの構図になってしまっている。

勿論、そんな知識での子供の意見など恥ずかしくて言えない。


「俺にも一応、プライドってもんが・・・・あるのかなぁ・・・?」


ある、と言いきることは出来ずに、その言葉を最後に意識は闇に落ちた。








ひらり。


手の平の上に見慣れない花弁が落ちた。

雫のようなピンクの花弁である。

クロエと名付けられたらしい妾の子の誕生から随分と年月は経っているだろう。

しかし俺は一度もその子供を見たことがなかった。

一体どんな子供なのだろう?

主であるシスルと同じ父親の血を引いた異母兄弟。

シスルよりも6つも年下である、無知な子供がレーンディアを背負う資格を手に入れるとは到底思えない。

ふと、ウェーシュに仕えているアラン家当主である父親の言葉を思い出した。



―― 一度も合い見えたことのないお方でも・・・

たとえ100人の見知らぬ人の中でもアラン家嫡男は仕える主を知ることが出来る ――




そんなことがあるものか。

そんなことを知ってしまえば、誰が資格を獲得し、レーンディアの次期当主になるのか分かってしまうじゃないか。

俺は父の言葉を信じることは出来なかった。

何故ならば、シスルこそが俺の生涯仕えるべき主であるからだ。


小さな足音が背の方から聞こえてくる。

誰もいない筈の薔薇園であるにも関わらず、それは幼子の不規則な足取りだ。

一応、癖で警戒をしつつもゆっくり振り返ると、そこには昔のシスルそのままの子供がいた。

子供は俺を見るなり、パァと表情を明るくして駆けてくる。

もしかしなくても、この子がクロエなのか?

幼い時のシスルに酷似した子供。

たかが子供なのに何故かいつの間にか緊張している自分がいた。

そして彼は俺のすぐ手前で両足を揃えて立ち止ると、俺の顔を凝視する。


「やっぱり!ルーヴァだ!」


「ルーヴァ?」


聞き覚えのない名前に俺は首を傾げて鸚鵡返しした。


「うん!フランクリンルーズヴァルト・アランでしょ!お兄さん!」


無邪気に俺を指差して嬉しそうにフルネームで呼び捨てにした子供に、俺の心臓は今までにないくらい大きく脈打ち、それは次第に早鐘を打ちだした。

目を見開いたまま子供を捕らえた視線が離せない。

片手に力を込めるだけで、数秒で息の根を止めてしまえそうな幼い子供を見て、俺は敗北感にも似た絶対的恐怖を感じた。

次には俺の意思とは関係なく、その場に片膝をついていたのだ。


「お名前は?」


それが子供にしては視線を合わせてくれただけのように感じたのか。

俺の行動に何一つ疑問を感じた様子はなく、頬を紅潮させて胸を張って名乗った。


「僕はクロエ!お兄さんを前、一回見てずっとお話したかったんだ!

シスル兄さんにもちゃんと言ってあるから、大丈夫だよ!

ねぇ!だから遊んで!

ルーヴァって名前も頑張って考えたんだ!」


一気にまくしたてるように話しながら、俺の袖の裾を引っ張るクロエに、俺は微笑んで頷いた。











薔薇園の開けた広場にある一本の大樹。

その下で昔の記憶を思い返していたアランは、ふと諦念にもにた微笑みを浮かべた。

シスルは良き主だった、と春にはピンクの花を咲かせる名も知らぬ大樹を見上げて短い感傷に浸り、付け足すように口の中で呟く。

けれど、兄弟のような俺たちの絆を上回るものが存在したんだ。

それはレーンディアとアラン。決められた盟約とも言える抗えない絆。


(クロエを選択せざるを得なかったわけじゃない

今考えれば、アラン家嫡男としての器を試されていたのだろうけど、選択は与えられていたんだ)


ウェーシュと父親に「クロエとシスル好きな方に仕えれば良い」と投げやりな選択を差しだされて。

それでも結局、俺はクロエを選んだ。

シスルは知らない俺の裏切り。

いや、もしかしたらシスルは知っていて、それでも俺のために知らないふりを・・・仕方なかったと言ってくれたのかも知れない。

抗えなかった血の絆。それはやっぱり仕方なかったのだろうか・・・?



「レーンディアの当主として相応しいのは、優れた個人じゃない。

結局のところ、当主としての才覚と器なんだよな・・・頑張ってくれたセキには悪いけど」


シスルのように誰からも好かれ、多方面に優れた人間が当主であれば言うことはない。

けれど、レーンディアは結局のところ、そんなものは全く関係ないのだ。

ただ、レーンディアとスペリオルの血を引き、なお且つ鍵の資格さえ所有していればそれでいい。

嘲笑を吐き出した。

真剣に考えている己が馬鹿馬鹿しくなり、つまらない現実という変えようのない事実に少しでも抗おうとしている自分の意思がちっぽけに思えた。


「まぁ、セキのお陰でシスルの死だけは免れたけど・・・」


ふと後ろから足音が聞こえた。

しっかりと土を踏みしめて、確実に背を向ける俺に近づいてくる音だ。

知っている足音に、今さら動じることもしてやらずに、その場を全く動かなかった。

足音が駆け足に変わる。

そこ頃になって漸く俺はゆっくりと振り返った。

今になってはシスルと似ても似つかない容姿。

相変わらず大きな瞳と、シスルよりは少しだけ低い背丈。

偉そうに仁王立ちして無遠慮に俺の顔を覗きこんでくる26とは思えない大の男-―-クロエは決まりが悪そうに一度視線を逸らした後、再び睨みつけるように俺を見て名前を呼んだ。



「ルーヴァ」



記憶を遡っていたせいか、さほど驚かずにすんだ自分に感心すると、子供にするようにゆっくりと首を傾げた。


「なんだ?クロエ・・・いや、(マスター)?」














帰りはセキの希望で民間用の交通手段で中立国へと帰ることになった。

機関の仕事も溜まりに溜まっていることもあってクロエを筆頭とし、皆が反対の意を述べたが一度、権力行使を覚えてしまったセキには通用せず、またレーンディアのお家騒動に巻き込んでしまったという弱みもあったために、セキの願いがほぼ無理矢理の形ではあるが叶えられた。

それにしても旅行なみの帰路である。

上機嫌のセキは結局いつも通りに不機嫌なクロエの表情を観察しながら、昼ごはんを食べていた。


「そういえばさ~、ミルキーとクロエっていつ結婚するの?」


唐突に尋ねたセキに、全員噴き出した。

特にお茶を飲んでいたフランクはギリギリの所でとどめたのか、器官に入ったようで咽かえっている。

そんな皆の反応にセキは一人、わけがわからずに小首を傾げた。


「おま・・・なんで俺とミルキーが結婚なんてせにゃいけない」


脱力しながら睨んできたクロエに続き、ミルキーは今にもヒステリーを起こしそうなほど顔を引きつらせてクロエを指差す。


「あんたなんかと結婚するなら死んだ方がマシよ!

姉様がなんでアンタなんかのこと・・・

あ~!もう!耐えられないー!!!」


「はぁ!?こっちこそお前なんかと結婚なんて腹切って死んでやる!」


「それなら姉様と結婚する前に私が殺してあげるわ!」


隣同士で座っていたクロエとミルキーは子供のような喧嘩を始めてしまい、その会話を聞いたセキは理解したらしい。


「つまり、ミルキーのお姉さんとクロエが結婚するってわけ?」


「そうそう、レーンディア当主とスペリオル長女の結婚は決まってるんだ。

ちなみに今のところ、ロゼとミルキーの話を進められてるっていうのはここだけの話な。

これミルキー知らないから・・・」


耳打ちで教えられたセキは「あっ」と屋敷でのことを思い出した。

そう言えばロゼが嬉しそうにミルキーに話しかけていた所を何度か見かけたことがあったからだ。


「あれ?じゃあシスルは?」


嫡男であるシスルに話が来ないのは不自然である。

するとフランクは話し過ぎたことを後悔したように頭をかいた。


「あ~、なんていうか・・・

アイツはあんな性格だから、結婚相手は自分で見付けるんだってよ」


なるほど、とセキは頷いてしまう。

と、いうのは彼がシスル賛成派であったからだ。


大恋愛の末の結婚。それがセキの一つの夢であるなんてシスル以外には言わないでおこうと心に決めたセキであった。









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