川を渡る。
湖を半周すると、そこには川とそれに架かる橋がありました。
この川は湖から流れ出ていっている川で、下っていくと国境の大きな川に合流しているはずです。
「国境までもう少しですよね」
「うん」
川に沿って歩いて一時間も経たないうちに国境の大きな川までたどり着きました。が、
「……むう……」
「レイちゃん、どうしたんだい?」
「あんまり大きくないな、って思ったんです」
地図にはとても大きく描かれていますし、この川を見たことのある人が「向こう岸が見えなかった」と言っていたのでさぞかし大きいのだろうと思っていました。ところが今私たちの目の前にある川は向こう岸が見えます。隣国がバッチリ見えているのです。別に小さい川というわけでもありませんが……。
「ここはまだ上の方だってことはわかってたんですけど……期待しすぎました」
「そっか。でも僕らにとっては大きくない方がいいと思うな」
「……それはそうですけど……」
エドワードさんの言うとおりです。私たちがこれから向こう岸まで行くことを考えると、確かに大きくない方がいいのです。
私たちがここからどうやって向こう岸まで行くかというと、川の中にあるたくさんの石を足場にしていくのです。
このたくさんの石は、離れ離れになってしまったかわいそうな男女のために神様によって沈められたとか、向こう岸に行きたいと思った人間にせっせと運ばれてきたとかいろいろ説があるようですが、川の流れをせき止めていた説を除いて、どの説でも川の向こうに行くために利用されるものです。
石から石へと跳び移るので、バランスを崩したときなどのために両手は空いていた方がいいだろう、ということで杖は背中にひもでくくりつけました。
「さて、行くか」
エドワードさんはそう言って一番近くの石に跳び移りました。
「うん、大丈夫だ」
彼はまた別の石に跳び移り、足場にしているものが安全なことを確かめました。
その後も石から石へと慎重に跳び移っていき、川の中の小さな島のようになっている所までたどり着くと、振り返って大きな声で言いました。
「真っ直ぐ来れば大丈夫だよー!」
次は私の番です。足場と、どこから襲ってくるかわからない魔物に注意しなければなりません。
とりあえず近くの石に跳び移ってみました。石は少しもぐらつきません。よし、次!
一度ふらついてヒヤッとすることはありましたが、無事エドワードさんの所までたどりつくことができました。
私のすぐ後にジークさんも来ました。
これでだいたい川の四分の一は進むことができました。
残りの四分の三も頑張ろう。
私がこっそり決意を固めたところで、エドワードさんが島から離れました。彼は石を五つ進んだところで振り返って手招きしました。
私が島から石に移ると、エドワードさんはまた先へと進みだしました。
何事もなくエドワードさんは岸まで着きました。私もあと少しで着くことができます。
次の石に移るために私の両足が石から離れた瞬間、
「うっ!?」
何かがななめ後ろから勢いよくぶつかってきて、私は、飛ばされましたあああああああああ!?
びっくりするぐらいゆっくりと時間が過ぎていきます。これはあれです、事故の時とかに脳の処理能力が上がるとかでゆっくり見えるやつです!
あああ、どうしよう、どうしよう、岸には着けるけど絶対怪我する! どっか折れるかも!
「レイちゃん!」
どうすることもできずにいたらエドワードさんがうまいこと抱きとめてくれました。いつの間にかゆっくりとは見えなくなっていました。
大怪我しなくて良かったとぼんやり考えていると、心配そうなエドワードさんに顔を覗き込まれました。
「大丈夫?」
「え、あ、え、あの、えっと、は、ひゃい!」
うわ、「ひゃい」って言っちゃった! 恥ずかしい! 落ち着け、落ち着け、落ち着け私!
「……う……」
とりあえず自分を少し落ち着けてみたら、何かがぶつかった背中の辺りが痛くなってきました。
何がぶつかったのかと川の方を見てみれば、ジークさんが魚のような大きな魔物を聖剣で真っ二つにしたところでした。
二つになった魔物は水と空気に溶けていきます。
「私、あれに突き飛ばされたんですか?」
「そうだよ。怪我は? すごく痛かったり何かおかしかったりしない?」
「ちょっと痛いところがありますけど大丈夫です」
エドワードさんからゆっくり離れながら答えると、
「無理するな」
小走りで来たジークさんにそう言われました。
「別に無理はしてないです」
「本当に?」
まだ心配そうにしているエドワードさんを見て、大事なことに気が付きました。
私、まだエドワードさんにお礼を言っていません。
「本当です。――ありがとうございます。おかげで大怪我せずに済みました」
「どういたしまして。――無理したら駄目だよ」
心配してもらえてありがたいし嬉しいのですが……
「そんなに心配しないでください」
「そう言われても」
何を思ったかエドワードさんはずいっと近寄ってきました。
「レイちゃん、君は飛ばされたんだよ? それってかなり強い力がぶつかってきたってことだよ。レイちゃんは体を鍛えてるわけじゃないよね。本当に『ちょっと痛い』で済んでる?」
「だ、大丈夫です。つらくなったら言いますっ」
だからそんなに近寄らないでください!
「それならいいけど……」
エドワードさんはまだ心配そうにしつつも下がってくれました。が、
「本当につらくなったら言うか」
次はジークさんがぐいっと近寄ってきました。近い、近すぎる! ちょっと下がって……あ、私が下がればいいのか。
失礼にならない程度に下がろうと思ったのですが、右腕をしっかり掴まれてしまいました。
「な、な、何でそんなに、信じてくれないんですか?」
「レイはいつも我慢ばかりしてるから」
……へ? 我慢?
「そんなに我慢してるつもりは無いんですけど……むしろ甘えてる方だと……」
「俺はそうは思わない。それで、本当につらくなったら言うのか」
「い、言います」
「……俺の目を見て約束しろ」
え……? えええええ! 私が他人と目を合わせられないと知っていながらなんですかそれは! ちょっとひどくないですか? だいたい我慢して何が悪いというのです。甘えるより我慢する方がずっといいでしょうに。
ジークさんが私をじーっと見つめてきます。穴があきそうです。このままだと私はレンコンになる気がします。
「恥ずかしがることないんだよ」
エドワードさんが優しさと意地悪とあと何かが混ざったようなよくわからない微笑みを浮かべてそんなことを言ってきました。
「レイ」
ジークさんが急かすように名前を呼んできました。しかも腕を掴む力が強くなりました。ちょっと泣きたいです……。
「レイちゃん」
うわあああ、エドワードさんから「早くしろ」的なオーラがああぁぁぁ……。
ああ、もう! これ以上は失礼になるかもしれないし、ジークさんを怒らせることになるかもしれないし(もう怒ってるかもしれませんが)、エドワードさんは微笑みを浮かべてるのにちょっと怒ってる気がするし、泣くのを我慢してジークさんの目を見て約束するしかっ……!
覚悟を決めてジークさんと目を合わせてみました。
ジークさんの目、赤くて綺麗だけどそらしたい! でも我慢!
「つ、つらくなったら、言いますっ。約束しますっ」
言った! 目を見ながら言えた! 我ながらよく頑張った! よく耐えた私の心臓! もう俯いてもいいよね。
即行で視線を地面に移すと、頭上から溜め息をつく音が聞こえました。しかも二人分。
ああ、恥ずかしい……。
服をぎゅっと握っていたら、エドワードさんに、
「杖、握ったら?」
と言われました。私がよく杖を握って気持ちを落ち着けていることを知ってのことでしょう。私のことをわかってくれているのは嬉しいのですが、同時に恥ずかしくもあります……。
恥ずかしくて声を出して泣きそうなのをぐっと堪えながら杖を握っていると、だんだん冷静になってきました。ありがとう、杖。
「レイちゃん、歩ける?」
もう、エドワードさんったらまだそんなこと言って。
「……大丈夫だってさっきから言ってるじゃないですか」
「ごめん。でも心配なんだよ」
「……約束破らないでくれ」
ジークさんまで……。
二人は思っていたよりも心配性のようですね。
「心配してもらえて嬉しいです。ありがとうございます。でも、私、この世界に来てからはすごく丈夫になってますから、そんなに心配しないでください」
今日、周囲の確認を怠って魔物に突き飛ばされたことを反省して、これからはより迷惑と心配をかけないようにしなければ。




