違うのに
「いたい?」
腕を押さえて痛そうにしている人がいたから私はそう聞いてみました。
「こんなところにいたらあぶない」
その人は私をひょいっと抱き上げました。
「いたくないの?」
「いたくない」
そこで私は、近くにいた、肩を押さえて痛そうにしている人に聞いてみました。
「いたい?」
「ちょっとだけね」
その答えを聞いた私は、元気いっぱいに言いました。
「れいがいたいのとばしてあげる!」
変な夢でした。まあ、夢なんてたいてい変なものですが。
一体夢の中の私は何歳だったのでしょうか。保育園にも行っていないのではないかというくらいとても小さかったように思います。
「痛いの飛ばしてあげる!」か……寝る前に、背中痛いなあ、とか思ったからでしょうか。
野宿でしたが背中の痛みはすっかりひきました。ちょっとくらいなら背中を叩かれても大丈夫です。昨日だったらたぶん泣いていました。
今日はとてもいい天気です。今は近くの村を目指して雑草生え放題な林道を歩いています。あ、りす発見。
「秋っぽくなってきた」
エドワードさんがぽつりと呟いたのが聞こえました。
彼の言うとおり、最近は気温が低いですし、木々の葉は赤や黄色が増えてきて、秋を感じます。
そういえば死の浜やその隣の林の木々はどうなっているでしょうか。あのかわいらしいハート型の葉の木と、星型の葉の木はあそこでしか見ていません。
エドワードさんとジークさんに聞いてみましょう。
「あの、桃みたいな形の葉っぱの、銀杏みたいな木って見たことありますか。浜辺に生えてたんですけど……」
「浜辺?……ああ、小さくて甘い実がなるっていうやつかな? 僕は見たことないよ」
「俺もない」
あんな名前の所に生えていたので、あそこにしかない変な木なのかもしれないと思っていましたが、そうでもないようですね。
「何ていう名前かわかりますか」
「えーっと、何だったかな、なんとかもどきだったような……」
エドワードさんが名前を思い出す前にジークさんが答えてくれました。
「りんごもどき」
「何でそんな名前なんですか」
「秋に赤くなった葉からりんごの匂いがして、見た目は小さいりんごの実がなるから」
おお、あの葉は赤くなるのですね! ちょっと素敵だと思います。りんごの匂いがするというのもいいですね。
それでは星の方も聞いてみましょう。
「葉っぱが星型で、楓みたいな木はわかりますか。あ、ジークさんは見たことありますよね、私を探しにきた時に」
エドワードさんは「わからない」と言って首を横に振りました。
ジークさんはちょっと考えてから答えてくれました。
「……ああ、あれか。あれは、砂糖二の三号」
砂糖? 特に甘い樹液が採れるとか? 葉が砂糖みたいに甘いとか? それに、二の三号って……一の一号とか二の一号とかもあるのでしょうか?
「名前の由来は聞いてない。でも『樹液をかなり甘くしておいた』って言ってたから、砂糖ってついてるのはそのせいだろう」
はい? 樹液をかなり甘くしておいた、ですと?
「あの……あれは、神様が作ったってことですか」
ジークさんは首を縦に振って言いました。
「自信作らしい」
まあ、神様の自信作ですか。すごそうですね。
「どうして自信作なんですか。あ、あと、秋になったら葉っぱはどうなりますか」
「夜に葉が光るようにしたらしい。秋になると葉のほとんどは黄色になるけど赤とかみかん色にもなるし、青や白になるものまであるから、見に行くなら秋がいいって言ってた」
わあ、すごい! 見てみたい!
「あそこ以外で見られますか?」
「あそこにしか植えてないそうだ」
それは残念です……。いろんな所に植えてくれればいいのに。
ジークさんと地名を出さずに話しているとエドワードさんが、
「“あそこ”ってどこ?」
と聞いてきました。
「し……ジークさんたちと会った所です」
ふう、危うく「死の浜」と言ってしまうところでした。
以前エドワードさんとジークさんに教えてもらったのですが、死の浜には恐ろしい言い伝えがたくさんあるそうです。あまりに不吉で、地名を口にするだけで良くないことが起きるとされ、呪いやら亡霊やらに対抗できる(と言われていますが実際にはできるかどうかわからない)聖職者しか地名を口にしてはいけないことになっているのだとか。
さらに、地名を出さずに死の浜のことを話題にするだけでも呪われるだの死ぬだのと考える人も多く、話題にしたいのなら、良くないことから神様が守ってくれるだろうということで教会の中かその近くでするのが良いとされているそうです。
死の浜はニールグの端に位置していますが、国内はもちろん国外にも広く知れ渡っていて、「無の地」や「終わりの地」などと呼ぶ国や地域があるらしいです。
私の答えを聞いたエドワードさんは「そう」とだけ言いました。彼は死の浜にまつわる話を結構信じているようですから、死の浜に関係することはあまり話したくないのでしょう。私とジークさんが話すのも嫌かもしれません。木のことはこれくらいにしておきましょうか。
正午を少し過ぎた頃に村に着きました。
昼食をとるために入った小さな食堂で、
「まあ、やっと帰ってきたのね」
と、ジークさんが注文を取りにきたお婆さんに言われました。
ジークさんはきょとんとした顔をして、すぐにいつもの無表情に戻り、そうかと思えば困ったような顔をしました。何と返すべきかと悩んでいるようです。
それにしても、「やっと帰ってきた」ってどういう…………あ。
そうだ、そうだった。
すっかり忘れていましたが、この国はマーサラント王国、つまり魔王を倒した赤毛の人物――勇者の故郷です。
少なくともこの大陸では赤毛といえば勇者です。何故なら他に赤毛の人物を知らないからです。そしてジークさんは赤毛です。勇者とジークさんを結びつけることは当たり前と言えるでしょう。ですから、この大陸の住人が赤毛の人物が勇者の故郷にいるのを見れば、勇者が故郷に帰ってきた、と考えても不思議ではないでしょう。
何も答えずにいるジークさんをごまかすようにエドワードさんがお婆さんに笑顔を向け、料理を注文しました。
お婆さんが厨房に引っこんでから、ジークさんが目を伏せて言いました。
「冗談には聞こえなかった。期待されてるみたいで嫌だ。……こういうことは何度もあったからもう慣れたと思ってたのに」
ジークさんは自身の髪をちょっとだけ引っ張りました。
「どうしてこの色なんだろうな」
「染めてみるか?」
半分は冗談、半分は真剣な調子でエドワードさんがそう言うと、ジークさんはすぐに首を横に振りました。
「気に入ってる」
それを聞いたエドワードさんは「そうか」と言ってから、ジークさんから私に視線を移しました。
「レイちゃんは? その色、気に入ってる?」
……エドワードさん、今日のあなたには私の髪の毛は何色に見えているんですか?
この食堂に入った時に「いらっしゃいませ」と言ったお兄さんは私を見て驚いたような顔をしました。お婆さんも同じような顔をしましたが私には何も言いませんでしたから、赤ではないのでしょうし、この大陸では普通である青やオレンジでもないと思います。ならば藍か、黄か、はたまた別の色か……。
いろいろと考えながら、自分の髪の色を気に入っていることを示すために私は頷きました。
「そうだと思ったよ」
エドワードさんは何を思ったかわざわざ身を乗り出してテーブルの反対側に座る私の頭を撫で、
「これからレイちゃんも赤くなるのかな?」
などと冗談めかして聞いてきました。
エドワードさんの手が私の頭にあることと話の流れを考えると、髪のことを言っているのでしょう。それがこれから赤くなる、って……もしかして。
「なりません」
とりあえず否定してみたら、
「髪はならなくても顔はなるだろう」
とジークさんに言われてしまいました。
「ふふ、レイちゃん、早速赤くなってるよ。やっぱりこの髪の毛も……ああ、赤とは限らないね。黄色になるかな?」
……ああ、やっぱり。どうやら今日の私の髪は、エドワードさんたちには緑色に見えているようです。目もたぶん緑色に見えていることでしょう。
緑か……。一口に緑色と言ってもいろいろな色があります。どのような緑色に見えているのでしょうね。




