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声に出してみた

 首都を出発してから十日経ちました。最近はあまり暑くありません。そろそろ本格的な秋がやってくるでしょう。

 さて、私は今、深い森の中に一人でいます。そう、ここで私はユニコーンを待っているのです! ちなみにまだ十八歳のジークさんもこの森のどこかでユニコーンを待っているはずです。エドワードさんは森の入り口で私とジークさんが戻るまで素振りをしているそうです。どのくらい待てばユニコーンが来るのかはわかりません。一時間待って駄目だったら諦めることになっています。

 木の幹に背中を預け、魔法の教科書を読みながらユニコーンを待つこと約二十分、後方からガサガサと音がしたので期待しつつそちらを見ると、

「うわっ……」

 ユニコーンではなく熊のような大きな魔物が五匹もいました。

【動くなっ】

 とりあえず魔法で魔物たちの動きを止めてやりました。この辺りの魔物は丈夫なので杖で殴って倒すのはとても大変ですから、魔法で倒そうと思うのですが、さて、どの魔法を使うべきでしょうか。火を出す魔法では高確率でこの森が燃える気がします。雷の魔法も危ないです。ならば水か風を出す魔法がいいでしょうか。うーん……よし、風で切り裂いてやろう。

 上級の教科書の目当てのページを開き、魔法陣を描き始めたところで、

「ガアアァァ……」

 突然魔物の一匹が苦しそうな声をあげたので、教科書から魔物に視線を移せば、

「え……」

 魔物がどさっと倒れ、その後ろに、額に一本の角が生えた白い馬が立っていました。あ、ああ、あああああ! ユニコーン! ユニコーンがいる! 良かった! 私は“悪い子”に認定されていないようで良かったです。

「グオーッ!」

「ガオオオオ!」

 仲間をやられた魔物たちは怒りましたが、

「グオオ……」

 動けないのでユニコーンの角に突かれてあっさりと倒れてしまいました。

 魔物たちが空気に溶けて全部消えてしまうと、ユニコーンがこちらに少し寄ってきました。体の大きさは百五十センチくらいで、角は薄い黄色で長さは五十センチくらいです。

「助けてくれてありがとう」

 お礼を言ってみると、ユニコーンは「きゅうん」とかわいらしく鳴きました。そういえばペガサスも同じような声で鳴きます。どちらも馬のような生き物だからでしょうか。馬が「きゅうん」と鳴いているところを見たことはありませんが。

 ユニコーンは鳴いたきり何をするわけでもなくただ私をじっと見つめてきています。私はこの世界の人間ではありませんから、ユニコーンは「こいつ何か違うなあ」とでも思っているのかもしれません。

 さて、望んでいたユニコーンを見ることができたわけですが、これからどうするべきでしょうか。とりあえずお返しとして見つめ返してみましょうか。ふふ、紺色のくりっとした目がなかなかかわいいです。

 ユニコーンと見つめ合っていたら、この世界に来た日のことをふと思い出しました。あの日はペガサスと見つめ合った日でもあります。あまりの珍しさに、休憩中にペガサスが草をむしゃむしゃ食べているのをじっと見ていたら、「何か用?」とでも言いたげにペガサスが私に顔を向け、そこから十秒程見つめ合いました。

「きゅーん」

 思い出に浸っていると、ユニコーンが甘えているような声で鳴いてさらに近寄ってきました。望んだ存在が近くにいるのは嬉しいのですが、角が刺さりそうで少し怖いです。

「きゅうん」

 なんとなく「撫でて」と言われた気がして、角が怖いのでユニコーンの横に立って背中を撫でてみました。

「きゅうーん」

 あ、なんだか気持ち良さそうな声を出しました。一分間ほどゆっくりと撫で続けていると、

「きゅー……」

 よほど気持ち良くなったのかユニコーンは寝てしまいました。はー……まさかユニコーンが私の目の前で寝ている姿を見る日が来ようとは……。

 ふ、ふふふ、ふふふふふ。なんて素敵! 魔法に、勇者に、聖剣に、魔王に、

「ペガサスにユニコーン…………あれ?」

 なんとなく声に出して気が付きました。イリム語の「ペガサス」と「ユニコーン」は“変わらない”ということに。「猫」は英語で「cat」というように、イリム語にも日本語の「ねこ」とはまったく違う音の単語があります。「犬」や「鳥」も同じです。それなのに「ペガサス」と「ユニコーン」はそのまま「ぺがさす」と「ゆにこーん」と聞こえます。

 「ペガサス」と「ユニコーン」は日本語にすると「天馬」と「一角獣」で、知らない人でもどんなものかなんとなくわかりそうですが、イリム語で「ぺがさす」、「ゆにこーん」と聞いても生き物だとはわかりません。

 ということは「ぺがさす」と「ゆにこーん」はイリム語圏外から来た言葉なのだと思います。どこかの国や地域の言葉で「空を飛ぶ馬」とか「角のある馬」のような意味の言葉なのかもしれません。もしかしたら初めて会った時にブラウンさんがイリム語で「あなたは誰ですか?」の後に口にした、イリム語とは違う感じがしたあの言語かも……あ、あれ、あれれ? 今、少し考えてみたら、イリム語ではなかったあの言葉の意味もわかりました。「あなたはどうしてここにいるのですか?」です。え、これ何語? 何でわかるの?…………あ! そうだ、神様だ! あの神様は私にイリム語だけを覚えさせたわけではないのでしょう。やはりあの神様は言語の神様なのかもしれません。でもジークさんにいろいろと教えてくることを考えると違う気もします。いやいや待て待て、私に言葉を覚えさせた神様とジークさんに教えてくる神様が同じ存在であるとは限りません。まあ、何の神様であれ、あの神様が親切なことに変わりはありませんね。

 ときどきユニコーンを撫でつつ座ってあれこれと考えていたら眠くなってきました。私も寝てしまおうかとぼんやりと思っていると、突然、

「……起きた?」

 ユニコーンが目をパッチリと開け、スクッと立ち上がり、辺りをキョロキョロと見回しました。それからある一点をじっと見つめ、次に私に顔を向け「きゅうん」と鳴くと、走ってあっという間にどこかに行ってしまいました。……いきなり何? 驚いて眠気が吹き飛びましたよ。大人か悪い子でも察知したのでしょうか? それで去っていった、と。ならば最後の「きゅうん」は「さようなら」というところでしょうか。

 ふむ、無事ユニコーンを見ることができましたし、見て満足しましたから、もうここにいる必要はありません。エドワードさんをあまり待たせるわけにもいきませんから、早めに戻ることにしましょう。

 ユニコーンが去っていった方向に背を向けると、木々の向こうに涼しげな色が見えました。あれはきっと氷のような人ですね。あの人が近付いてきていたからユニコーンは去っていったのでしょう。どうせならもっと暑い日に会えれば良かったのに……って、そんなこと考えている場合じゃない! あの人は勇者として選ばれるくらい強い人です。私の魔法はエドワードさんには効きますがあの人にも効くかどうかはわかりません。だから逃げたいです。が、もう遅いようです……。私と彼の距離はもう五メートルほどしか……あら? あららら? 彼の頭の上に白い猫が乗っています……? 

 氷の人は私まで残り二メートルもないくらいの所で立ち止まり、口を開きました。

「他の二人はどうした」

「えっと、あの、ユニコーンに会うために、バラバラになってます……。あの、その猫は……」

「ついてきた」

 氷の人が答えると同時に、猫が氷の人の頭の上から降りて私にすり寄ってきました。

「にゃー」

 かわいいなあ。ひまわり帝国の皇女お披露目式典の時に遊んだ猫に似ています……っていうかもしかしてあの時の猫?

「メラディアからずっと、ですか」

「ああ」

「何で頭に」

「なんとなく」

 乗られたのではなく自ら乗せたのですね……。

「何て名前ですか」

「シロ」

 シロ? しろ? 白いから“白”? まさかの日本語?

「何か意味があるんですか」

「ない。なんとなく付けた。――ユニコーンにはもう会ったのか」

「あ、はい。さっきまでここにいました」

「……邪魔をしてしまったか。すまない」

 氷の人に頭を下げられてしまいました。

「えっと、い、いいんです。十分撫でたり観察したりしました」

「そうか。――シロ」

 氷の人がシロちゃんに声をかけると、シロちゃんは「にゃ」と鳴いて氷の人の肩に飛び乗りました。ふふ、まるでアニメの主人公と相棒のようです。

「もうユニコーンに会ったのなら、あの二人と早めに合流するといい」

「にゃー」

 そう言い残して氷の人とシロちゃんはどこかに行ってしまいました。……ふう、危ない目に遭わなくて良かった。

 さてと、今度こそ戻りましょうか。



 森の入り口まで戻ると、エドワードさんだけでなくジークさんもすでにいました。

 無事にユニコーンに会えたこと、氷の人にも会い、彼が頭にシロちゃんを乗せていたことを二人に話すと、

「勇者やめてなかったのか」

 とジークさんが言い、

「……ふっ、あははははは」

 エドワードさんは、氷の人とその頭の上の猫を想像しておかしく思ったらしく、笑い出しました。

「僕も見たかったなあ」

「いつか見れると思います」

 私が想像上の生き物を見ることができたのですから、エドワードさんが実在するものを見る日はそう遠くはないでしょう。

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