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食べる。

 首都まであと少しの所で、地中からワラワラとネズミのような魔物がたくさん出てきました。チューチューうるさいです。首都に近いせいか大勢いる旅人たちは魔物の出現に少々驚いたようですが、慌てずに魔物退治に取り掛かりました。

 首都の近くに出る魔物は弱いものですから、「楽勝」と誰もが思っていたことでしょう。しかし、

「このっ」

「ああもうっ」

 ネズミもどきの動きは素早く、剣や槍を突き出してもなかなか当たりません。しゃがみ込んで手で叩いてネズミもどきを倒そうとしている人もいますが、やっぱりなかなか当たらず、地面をバンバン叩いている状態です。エドワードさんとジークさんは他の人に比べれば順調にネズミもどきを仕留めていっていますが、二人とも少々イラついているように見えます。魔物退治が始まってしばらくしてから、エドワードさんがネズミもどきの尻尾を踏みつけながら口を開きました。

「レイちゃん、魔法をお願い」

「はい」

 そうだ、いつもみたいに動きを止めるだけではなくて、共食いさせてみましょうか。あ、でも、気持ち悪い光景が繰り広げられたらどうしましょう。でも……いいや、見ちゃえ!

【動くな】

 とりあえず私たちの周りをチョロチョロと走り回るネズミもどきの動きを止めました。魔物退治を再開しようとするエドワードさんとジークさんに少し待ってもらうように言ってから、

【隣の魔物を食べて。食べたらおとなしくして】

 私の足下にいたネズミもどきに魔法をかけてみました。

 魔法をかけられたネズミもどきは、すぐ隣にいた仲間にガブッと噛みつきました。噛みつかれたネズミもどきは力尽き、黒いモヤモヤした塊になり、空気に溶ける――のではなく、噛みついたネズミもどきの口に吸い込まれました。

「……食べた? って言うか、吸った?」

 エドワードさんが一匹減ったネズミもどきたちを見て、私を見ました。

「どんな魔法をかけたんだい?」

「隣の魔物を食べるように言いました。……共食いするところを見てみたかったんです。早かったですね」

「うん。……大きくなったね」

 エドワードさんの言うとおり、仲間を食べた(吸い込んだ?)ネズミもどきは食べた分だけ体が大きくなっています。

「どうせなら、もっと食べさせたらどうだ」

 ジークさんがそう言いながら、動けないネズミもどきの一匹を大きくなったネズミもどきの前に置きました。

「食べてもまだそんなに強くはならないだろう」

 そうですね。食べさせてしまいましょう。大きくなったネズミもどきに魔法をかけると、先程と同じようにネズミもどきが一匹減りました。

「こいつらを全部を食べさせても大丈夫じゃないかな」

 エドワードさんがそう言ったので、三匹分の大きさになったネズミもどきに私たちの周りのネズミもどきを全部食べさせてみました。

「ネズミもどきの親玉って感じだね」

「そうですね」

 始めは手のひらより小さかったネズミもどきがスイカほどの大きさになりました。

「まだ大丈夫かな。他の人の手伝いも兼ねて食べさせてみたら?」

「じゃあ、あそこの四人組の所に行かせてみます」

 私たちに一番近い所にいる四人組の周りを走り回るネズミもどきたちのもとに、ボスネズミもどきを向かわせると、

「きゃあ! 何よこれ!」

 四人組の一人にボスネズミもどきが斬られました。空気に溶けていくボスネズミもどき。……はぁ……自分の都合で魔物を強くして他人に押し付けた感じになってしまいました……。

「……しょうがないよね。いきなり大きいのが来たらびっくりするよね。……みんなのために魔物を動けなくするといいと思うよ」

「……はい」

 返事をしたものの、さて、どうしましょう。ただ「動くな」と言っただけでは全てのネズミもどきは動きを止めないでしょう。叫べば全て動かなくなるでしょう。ですが叫べば私は注目されてしまうでしょう。ならば、繰り返し呟くのがいいでしょうか。

 「動くな」と日本語で何度も何度も呟くと、ネズミもどきたちが動かなくなりました。これで良し……あれ、人間も動いてない? 旅人たちが困惑している声が聞こえます。「動けない」と。

「レイちゃん、本当に君の魔法は強力だね」

 そう言いながらエドワードさんが左腕をのろのろと上げました。

「精一杯抵抗してこれだよ」

 うわあああ、やってしまいましたー……。

「ご、ごめんなさい……」

 私が謝ると同時に旅人たちは動けるようになり、ネズミもどきをサクサクと倒していきました。

 ネズミもどきが全ていなくなると、旅人たちはそれぞれの目的地に向かって歩き出しました。私たちの少し前を歩く四人組が終わったばかりの魔物退治の話をしているのが聞こえます。

「いきなり大きいのが来てびっくりしたわー」

「お前があの大きいのを倒したから魔物が動かなくなったんじゃないか? きっと魔物の親玉だったんだ」

「魔物が動かなくなった理由はそれだとして、人間が動かなくなったのは?」

「知るか」

 ごめんなさい。私のせいです。魔物だけに魔法をかけるつもりでしたが失敗してしまいました。

 魔法の教科書によると、呪文だけの魔法の効果が現れる範囲は魔法を使う人の声が届く範囲とだいたい同じです。ですが、ある程度なら声が届かない所でもぶつぶつと何度も呟くと効果があることを私は知りました。だから今回は目立たないようにこっそりと魔法を使うために、旅に出た日とひまわり帝国の皇女お披露目式典の時のように「動くな」と何度も呟いたのですが、その結果、魔物だけでなく人間にも魔法をかけてしまいました……。

「レイちゃん、落ち込まなくていいんだよ。人を巻き込んじゃったけど、楽に魔物を倒せるようにしたんだから。それに、失敗は誰でもすることだよ」

 と、エドワードさんに言われ、

「レイは少し失敗したくらいで落ち込みすぎだ。でも、反省しないやつよりはましだ」

 ジークさんには、いい子いい子という感じに頭を軽く撫でられました。

 うう、お二人とも、あんまり優しくしないでください……。ついつい甘えたくなってしまいます……。

「どうして人を巻き込んじゃったんだい?」

「わかりません。いつもと同じようにやったつもりだったんですけど……」

 いつもは魔法をかける相手を決めて、言いたいように言うと魔法をかけることができます。今回も同じようにすればいいと思ったのですが……“魔物を動けなくする”という気持ちが弱かったとか? ただ「動くな」と繰り返すのではなくて「魔物は動くな」とでも言えば良かったのでしょうか。

「そっか。まあ、今すぐわからなくてもいいさ。あ、見えてきたよ」

 え、何が? あ、この国の首都のことですね。私にも見えてきました。



 首都に着きました。この街は美味しいものがたくさんあることで有名です。あ、どこからかいい匂いが……。

 今夜の宿を決め、街に出て夕食を食べる所を探すことにしました。

「どうする? 今朝のおじさんが言ってたとこにする? それとも昼間の二人? 自分たちでいいとこ探す?」

「昼間の所」

 ジークさんが即答しました。昼間の二人に勧められた所というと、「流れ星食堂」とかいう名前のお店ですね。店主が流れ星が大好きでこのような名前がついているのだそうです。

「私もそこがいいです」

「じゃあ、決まりだね。行こう」



「いらっしゃいませー!」

 扉を開けるといい匂いがして、中に入ると元気な声が飛んできました。夕食には早い時間ですが、店内はほぼ満員です。

 注文してそれほど待たずに料理が運ばれてきました。

 料理を運んで来た人は、テーブルに料理を置き、スプーンとフォークとナイフを置き、

「これ、使えるようでしたら使ってくださいね」

 お箸を置き、最後に伝票を置いていきました。

 ………………お箸だ! お箸がある! 冷やし中華にはついてこなかったお箸がハンバーグについてきた! よし、洋食だけど久々に使おう。

「何だこれ」

「わからない」

 不思議そうにお箸を見るエドワードさんとジークさんに、お箸を持った手を差し出してみました。

「そうやって持つもの?」

「そうです」

「……こうか」

 エドワードさんとジークさんは私の手を見てお箸を持ちました。

「どうやって使えば?」

「こうです」

 にんじんを挟んで持ち上げてみせると、

「できた」

 ジークさんはあっさりと私と同じことをし、

「……」

 エドワードさんは三回目で成功しました。

「僕、これで食べたらすごく時間がかかりそうな気がするよ」

 エドワードさんはお箸を置き、フォークを持ちました。ジークさんは少しだけお箸を使ってからフォークに持ち替えました。



「おまけがあるんだけど、まだ入るかい?」

 エドワードさんとジークさんが食べ終えた頃、流れ星大好き店主のおばさんが来て言いました。

「おまけ? どんな? あと、どうしてですか?」

 エドワードさんの質問におばさんはニカッと笑って答えました。

「ちょっとしたお菓子だよ。タダだよ。あたしゃいい男にはおまけすることにしてるんだよ。どうだい? あ、お嬢ちゃんにもちゃんとあるからね。……ん?」

 おばさんがまじまじと私を見てきました。

「……お嬢ちゃん、それで食べてたのかい?」

 それ?

「これのことですか」

 お箸を差し出すと、おばさんはこくこくと頷きました。

「食べてました」

 というかまだ食べているところです。

「……ちょっと待っててね」

 おばさんはそれだけ言って厨房に引っ込み、私が食べ終わるのとほぼ同時に、だんご(白色)が載ったお皿と、

「お嬢ちゃん、これをもらっておくれ」

 何故か、「厄除御守」と漢字で書かれた物を持ってきました。え? お守り? 何で?

「あの、これは……」

「棒を二本使って食べる人がいたら、何でか知らないけど、これを渡すように先祖代々言われてるんだよ」

「はあ……ありがとうございます」

 おばさんが去ってから、お守りをひっくり返してみると、

「え……」

 私が初詣に行く神社の名前が書かれていました。

「どうかした? っていうかそれ何?」

「えっと、あの、これ、その、私と、同じ所から来た物かもしれません」

「え?……何でそう思うんだい?」

「ここに書いてあるの、初詣……えっと、年があけたら行く所の名前なんです。これ、そこで売られてるんです」

「へえ! で、これ何?」

「厄除けのお守りです。あ、そうだ」

 バッグに入れてあった交通安全のお守りをエドワードさんとジークさんに見せてみました。

「これ、今年買ったものです」

「同じ字が書いてあるね。レイちゃんとあの本と同じである日突然ここにきちゃったのかな。――ところでレイちゃん、これ食べる?」

 エドワードさんがだんごを指差しました。うーん、どうしましょう……。

「……食べます」

 思い切って食べてみると、

「あ、美味しい」

 程よく甘くて美味しくて思わず声が出ました。お茶が無いのが残念。



 宿に帰って部屋の窓から外を眺めていると、光る何かが空を横切った気がしました。流れ星でしょうか。もう一度見えないかと空をじーっと見ていると、部屋にジークさんが来て、今夜は流れ星がたくさん見られるのだと教えてくれました。

「猫座流星群だ、って神様が」

「猫座ってどれですか」

「明るい星が四角に並んでる」

 どれどれ……あ、ありました。

「何時くらいが一番見えますか」

「十時から十一時くらい」

 やった! それくらいの時間なら起きていても明日に支障はありません。流れ星食堂に行った日に流れ星をたくさん見られるなんて、幸運です。

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