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殴る

 夕方前にブロンテ兄弟は帰っていきました。自分の部屋に戻って本の続きを読んでいると、窓からとんぼが入ってきました。とんぼは、しばらくうろうろと部屋中を飛び回った後、窓から外に出てすいーっと飛んでいきました。ふむ、秋は近いようですね。喜ばしい!



 翌日。

「憎らしいくらいに晴れてるねー。日差しが強いねー」

 宿を出てすぐにエドワードさんがのんびりとした声で言いました。

 夏はまだこの地に居続けるつもりのようです。夏がそのつもりならば仕方がありません、私が移動するまでです。……といいたいところですが、あいにく私は季節に対抗できるほどの移動手段は持ち合わせていません。

「朝から疲れてるようだけど、大丈夫かなー? レイちゃん?」

「走ったりしなければ大丈夫です……」

 こういう時は氷のようなあの人を思い浮かべると……うん、ちょっと回復。あーあ、暑い夏が走っていってしまえばいいのに。一月とか二月とか三月みたいに行ってしまったり逃げてしまったり去ってしまえばいいのに!

「エドワードさんは元気そうですね……」

「まあ、弱っていられないからね」

 さすがは未来の勇者様ですねえ。その元気を分けてほしいです。

 ああ、氷のようなあの人に会いたいです。彼を思い浮かべるよりも実際に会った方がずっと涼めそうですから。



【動くな!】

「グギャアアアア!」

 ただ今午後二時です。小学校で教わったとおりなら、一日で一番暑い時間です。私たちの目の前には、どこから湧いて出たのか、翼のある凶悪な羊が大量にいて道を塞いでいます。とりあえず動けなくしました。

「ギュギャアアアア!」

 凶悪な羊はただでさえもこもこしているというのに、翼が付いていて大量にいてしかもお互いにくっつきあっているので大変暑苦しいです。あの毛を刈ってやりたい!

「グギャー!」

「ギュギャー!」

「グギャアアアアァァァァ!」

 うるさーい!

【黙れー!】

 ふう、ひとまずこれで良し。

「さ、レイちゃん、誰かが来る前に早く」

「はい」

 エドワードさんに促されて魔法陣を描き始めたところで、

「あ、もう来た。三人かな。走ってくるよ」

 そんなー。このまま魔法陣を描いていたら完成する頃には誰かさんたちはとても近くまで来ていて、私の使う魔法がニールグのものだとバレてしまうかもしれません。はあ、もっと早く描けるようにならないと……。仕方がないので斬ったり殴ったりして倒すことになりました。うう、暑い……。

 エドワードさんとジークさんの邪魔にならないように魔物を殴って殴って殴りまくります。この辺りは首都からそれほど離れていないので、魔物はあまり強くありませんし、丈夫でもありません。三、四回殴れば消えてくれます。それでも暑い中杖を振り回すのは少々つらいです。アイス食べたい。かき氷食べたい。よく冷えた麦茶飲みたい。五匹目を殴っていると、こちらに走って近付いてきていた誰かさんが声をかけてきました。

「よう、また会ったな!」

 視線を魔物から声の方に移せば、青髪さんと茶髪さんとオレンジ髪さんの三人組がいました。青髪さんは疲れ気味。茶髪さんはそこそこ元気そうです。オレンジ髪さんはぐったりしています。

「すごい鳴き声がしたから急いで来たけど……何でこいつらおとなしく斬られたり殴られたりしてんだ?」

 不思議そうにする茶髪さんを見て青髪さんが「馬鹿」と小さく呟きました。その呟きは茶髪さんにも聞こえたようで、茶髪さんは青髪さんをギロリと睨みました。

「レイちゃんがやった。手伝ってくれるか?」

「わかった」

「おう」

「うん」

 エドワードさんのお願いに三人は快諾してくれ、青髪さんは剣で斬って、茶髪さんは槍で突き刺して、オレンジ髪さんは矢を突き立てて魔物を倒すのを手伝ってくれました。

「これで終わり」

 そう言いながらオレンジ髪さんが魔物の頭に矢を突き立てると、魔物は力尽きて倒れました。ふう、やっと暑苦しいのがいなくなりました。

「ほんとにすげーよな、この矢」

 茶髪さんがオレンジ髪さんの持つ矢を見て言いました。オレンジ髪さんの矢は……何といいますか……実戦で使える破魔矢? 神社で普通に売られていそうな破魔矢に鏃を付けた感じです。

「変な矢。これ、どこで?」

 エドワードさんの質問に、オレンジ髪さんは軽く首を傾げて、うーん、と唸ってから答えました。

「マーサラント、だったはず」

 マーサラント……イリム大陸で二番目に大きい国の名前が「マーサラント王国」だったはずです。勇者の故郷の町(昔は村)があるそうです。

「どうやって?」

「襲われてた貴族の馬車を助けたお礼としてもらったと思う」

「どういうものだとか言われたか?」

「うーんと……確か『これはとても素晴らしい矢ですわ。どんな魔物も一発ですもの。魔王は知りませんけど。これと組みになっている弓がどこかにあるようですけど、普通の弓でも問題ありませんし、弓がなくても十分使えますわ。一本しかありませんから使ったら回収して繰り返し使ってくださいまし』だったかな」

 そんなにすごい物をお礼にくれるなんて、ずいぶんと気前の良い人ですね。自分の身を守るために持っている方がいいと思うのですが。

 それにしてもオレンジ髪さんはなかなかの記憶力をお持ちですね。

「弓は?」

「一応探してるけど、どこにあるのか全然わからない。知ってる?」

「知らない」

 エドワードさんの答えにオレンジ髪さんは落胆するわけでもなく、ただ呟きました。

「本当にあるのかな」



 青髪さんたちと別れてしばらくしてから、

「嘘ついた」

 と、エドワードさんが呟きました。

「本当は、弓がどこにあるか知ってる。神の道具一覧に載ってる。矢は載ってない。……譲ってもらうべきだったかな」

「もしかして、アーロンの弓ですか」

「うん、だぶんそう。魔王を倒すのにいるかもしれない」

 アーロンは、勇者の仲間の茶髪の男性です。弓の腕がとても良かったのだとか。貸してもらった本の中のアーロンはクールでかっこよかったです。彼は魔王との戦いでとても高いところを飛ぶ魔王に、神様にもらった特殊な矢を見事命中させ、勇者と仲間たちが魔王に攻撃できるようにしました。そうそう、矢が尽きてしまったときに、弓を鈍器にして敵を殴りまくるシーンが結構ありましたよ。そんな彼の持つ弓は、聖剣同様に神様が作った物ではないかと言われています。

「別にいいんじゃないか」

 ジークさんがそう言って、エドワードさんが首を傾げました。

「何でだ?」

「レイが魔法語で『落ちろ』って言えばいろいろと落ちるだろう。魔王も落ちるかもしれない」

「それはいくらなんでも無理じゃないか? 僕としても落ちてほしいけど」

 私が「落ちろ」と言って魔王が落ちたら、私一人でも魔王を倒せてしまうかも。「落ちろ動くなおとなしくしろ」といろいろ言って、魔王を動けなくしてから杖で殴りまくり……は大変そうですから、聖剣を貸してもらって斬りまくったり突きまくったりすればなんとかなる気がします。

「駄目ならあいつに頼めばいい。世界の危機なんだから宗教とか関係無しに協力してくれると思う」

「……それだとわざわざ旅して奪い合ってまでいろいろ集めてるのが無駄になる気がする……」

 あ、今、ほんの少しだけエドワードさんの顔に疲労が浮かんだような。

「魔王を倒すために集めるのは無駄になるかもしれない。でも、別のことのためなら無駄じゃないかもしれない」

 別のこと……この世界の発展とか?

「別のこと、ね……まあいいや、こうやってジークとレイちゃんと旅してるの楽しいし」

「そうか。俺もだ」

「レイちゃんは? 自分が育った所と全然違う所に来て、旅に出されて……つらくない?」

「正直、ちょっとつらいです。でも、楽しいです。……ここは、私が憧れてたものがいっぱいあって、楽しいんです」

 もしもこの世界がもっと発展していて、平成の日本と同じように暮らせるなら、私はずっとここにいたいと思っているかもしれません。

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