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喜ばしいことに、エイミーたちが朝早くに宿を発ってくれました。これで落ち着いて大教会からの連絡またはブロンテ兄弟を待てるはずです。
今日も暑いです。秋はまだでしょうか。日本でいうならもうお盆を過ぎたのですが。
部屋でベッドに腰かけてぼーっとしていると、エドワードさんが来ました。彼は分厚い本を三冊持っています。
「これ、ここの娘さんに借りてきたんだ。読んでみるといいよ」
渡された本のタイトルはそれぞれ、『愛のある赤い冒険〈一〉』、『愛のある赤い冒険〈二〉』、『愛のある赤い冒険〈三〉』。……恋愛小説?
「勇者の物語を恋愛多めで書いたものなんだ。この国の女の子たちの間で大人気なんだって。これを読めば勇者のことがもっとわかるようになると思う。僕らの説明を聞くよりはこっちの方が楽しめるだろうし、レイちゃんは本読むのが好きだからちょうどいいと思って」
おお! エドワードさんたちから話を聞いているとはいえ、まだまだ知識不足の私のために借りてきてくれたのですね。ありがたいです。
「ありがとうございます」
「お礼を言う相手が違うよ。じゃあ、お昼に食堂で」
エドワードさんが去ってから本を開いてみました。横書きなせいか、なんだか変な感じがします。教科書では全く気にならないのに。
一巻の五分の一くらいまで読んだところでお昼になりました。食堂に行くとエドワードさんに本の感想を聞かれました。
「あれ、面白い?」
「すっごく面白いです」
横書きの変な感じは読み進めているうちに気にならなくなり、気が付けば夢中になってページをめくっていました。お昼の鐘が鳴らなかったら食事のことを忘れてずっと読んでいたことでしょう。
「それはよかったね。どのへんまで読んだ?」
「ソフィアが登場したところです」
ソフィアというのは勇者の仲間の金髪の女性の名前です。勇者とその仲間は世界各地で魔物を大量に討伐しましたが、その際ソフィアは剣を振るって何度も大活躍しました。その影響で女性の騎士が誕生した国が多いのだそうです。
「じゃあそろそろ恋愛色が濃くなってくるのかな」
「そうっぽいです。ソフィアがアールに見惚れる場面がありました」
アールは勇者の名前です。勇者アールを大抵の人は敬意をこめて「勇者」もしくは「勇者様」と呼び、「アール」とはあまり呼びません。何故なら本名ではないと言われているから。「勇者」という魔王を倒した者にふさわしい呼び名があり、それで誰をさすのか皆わかっているのだからわざわざ「アール」と間違った名前で呼ぶのは馬鹿馬鹿しい、ということだそうです。
賢者も勇者と同じような理由で名前で呼ばれません。ちなみに賢者の名前は、ジーン。
「本の中で、勇者はどんな感じ? 僕が読んだことのある本の勇者は明るくて元気でちょっとやんちゃなやつだったんだけど、ジークが読んだのは暗くて生真面目なやつ……だったっけ、ジーク?」
「勇者の家は暗殺者の家系っていう設定があった。あの本は独自の設定が多かった。絵本からは遠くかけ離れてた」
そういうのも面白そうですね。機会があれば読んでみたいです。
「私が読んでるのは、強くて優しくて爽やかでかっこよくてきらきらした感じです」
要するにエドワードさんみたいな人です。いえ、エドワードさんをレベルアップさせたような人です。
「仲間たちは?」
「エレックは、熱血漢です。ソフィアは男勝りって感じですけど出てきたばっかりでまだ何とも。あとの二人はまだ出てきてないです」
エレックは勇者の幼馴染にして仲間で、オレンジの髪と目の男性です。勇者とエレックは大変仲が良かったそうです。
「聖剣とか出てきた?」
「結構詳しく描写してたんですけど、本物とだいぶ違ってて笑っちゃいました」
「ははは。そうだろうね。ナタークで模型が展示されてると言っても、聖剣がこんなんだって知ってる人は少ないだろうね。勇者たちの見た目のことはちゃんと記録が残ってるくせに武器とかはいい加減だよね」
メラディア帝国の宿に、槍を振り回しているエレックの絵がありましたが、本当は彼が持っていたのは薙刀だったのではないでしょうか。
二日後、貸してもらった本を全て読み終わりました。
読んでいて気付きましたが、勇者が活躍していた時代の方が、私が「中世ヨーロッパ風異世界」と聞いて思い浮かべるものにより近いようです。私が今いるこの時代は、「中世ヨーロッパ風異世界」がちょっと発展した感じです。
とても面白い本でした。ですが、私にとっては面白くないことが一つ。
夕食を食べながら本の内容を思い出していると、視線を感じました。顔を上げてみるとエドワードさんとジークさんが食事の手を止めてこちらを見ていました。
「あ、あの、何か?」
ジークさんは何も言わずに食事を再開し、エドワードさんがトマトをフォークで突き刺しながら答えてくれました。
「やけに難しい顔してるからさ、どうしたのかな、って思って。嫌いなものでもあった?」
「そうじゃないんです。……貸してもらった本の中で、賢者とメラディアの皇帝が結婚したんですけど、それがすごく気に食わないんです」
本を読む限りでは、お似合いの二人だとは思うのですが……。
「あの皇女様が賢者の子孫だって思えないから?」
「それもあるんですけど、賢者には結婚してほしくなかったんです」
それどころか恋愛すらしてほしくありませんでした。
「何で?」
「……なんとなく、嫌なんです」
何故このように考えてしまうのかは、よくわかりません。よくわからないので、頭の中が非常にもやもやしています。
翌日。
「ひーさーしーぶーりっ!」
「久しぶり」
ブロンテ兄弟が元気にやってきました。やっぱり窓から。
「元気だったか? ジークとエドはあんまり変わってないな。レイは前よりは元気そうだな」
今日は曇り気味であまり気温が高くないので、私は、前回ブロンテ兄弟が来た時よりは元気です。
「お前も変わらないな」
「まーな! そうそう簡単には弱らないぜ!」
楽しそうに話すジークさんとケイさんの横でアーサーさんがエドワードさんに巾着袋を渡しました。
「またこんなに……まあ、助かってるからありがたく頂戴するけど。でも、毎回こんなにくれて大丈夫なのか?」
「気にすることはないさ。ニールグには金がある。それに、秋にはそれなりの収入があるだろうから。――そうそう、今日はレイに見てもらいたいものがあるんだ」
そう言ってアーサーさんは布で包まれた何かを鞄から取り出しました。
「陛下が城の図書館で見つけたらしい」
アーサーさんが包みを開けると、文庫本が姿を現しました。
その文庫本には、剣を持つ男性の絵が描かれていて、タイトルは、
「これが題名だと思うんだけど、読める?」
「……読めます」
「何て書いてある?」
「アーサー王、です」
タイトルは、なんと、カタカナと漢字で『アーサー王』と書かれています!
「俺と同じ名前か……。本文も読める?」
アーサーさんに本を渡されて、中を見てみれば、思ったとおり日本語で書かれていました。
ああ! 約四ヶ月ぶりの日本語の文章! ひらがな! カタカナ! 漢字! ときどきローマ字! 縦書き! 文庫本! 裏表紙のバーコード!
「読めます。日本語です」
「やっぱり」
え、「やっぱり」?
「日本語だってわかってたんですか」
「この本に、『魔法の国から』って書かれた紙が挟まってたらしい。だから、『きっとこれは魔法語で書かれてるんだ』って陛下は考えたらしい」
日本が魔法の国? ふふふ、変なの。イギリスにはぴったりの称号だと思いますけど。
「これを読めるとわかったところで、陛下からのお願いがあるんだ」
アーサーさんは鞄から、今度は紙の束とペンとインクの入った壺を取り出しました。
「その本を、イリム語に直してほしい」
え……。この、五百ページにわたって小さい字が羅列されている本を翻訳しろと?
「旅の合間合間に少しずつやってくれればいいよ。もちろんお礼はする。だから、お願いします」
アーサーさんは頭を下げました。
「え、あ、はい……」
頭を下げられたら引き受けないわけにはいかないではありませんか。
「ありがとう。ところで、その本は、ニホンで――異世界で書かれたのかな?」
「もとはイギリスっていう所で出版されたのを日本語に直したやつみたいです」
「何で城の図書館にあったんだろうね。レイみたいにある日突然この世界に来ちゃったとか?」
「さあ……」
この世界にある理由として考えられるものは、何かの拍子でたまたま、または誰かが――例えば神様が――持ってきたというところでしょうか。神の道具も、聖剣などの武器以外は同じような理由でこの世界にあるのではないかと思います。
では、ニールグの王城の図書館にあった理由は何でしょう。「魔法の国から」と書かれた紙が挟まっていたということは、この本が魔法語で書かれていることを理解して、誰かのために紙を挟んでおいた人がいるのでしょう。その紙を挟んだ人がニールグの王城の図書館に置いたのかもしれませんし、挟んだ人とは別の人が置いたのかもしれません。図書館で本を見つけた人が紙をはさんでおいたということもありえます。……いろいろと考えても、正しい答えはわかりません。
「まあ、考えたってどうしようもないよな。さて、グウェンへのお土産を買ってこよう。ケイ、いい子で待ってろよ」
「いい子でって……オレもうそんな歳じゃないし」
「体はな。中身はどうだか」
「そんなにオレが子供っぽいって言いたいのか?」
「すぐそばのやつと比べて考えてみろ。じゃあ、行ってくる」
アーサーさんは窓から出ていきました。さて、読書しましょうか。この本の作者がどのようにアーサー王の物語を書いたのか楽しみです。
窓の方から音がして、本から顔を上げてみれば、
「ただいま。いい子だったか、ケイ?」
アーサーさんが帰ってきた音でした。彼は紙袋を持っています。
「だからそんな歳じゃない!」
「はいはい。で、いい子だったか?」
ケイさんがむすっとして何も答えずにいると、
「レイちゃんの読書を邪魔しない程度にいい子だった」
とエドワードさんが言い、
「偉いぞ、ケイ」
と言いつつジークさんがケイさんの頭を撫でました。
「おーまーえーらー! そんなにオレが子供だと言いたいか!?」
ケイさんは怒りましたが、すぐにふっと力を抜いて落ち着いた声で言いました。
「……こうやってすぐむきになるのが子供だって言いたいんだろ。ひっかかるかよ」
「お、よくわかったな。少しは賢くなったか」
「オレそんなに馬鹿じゃないし」
「そうか。じゃあ、そんなお前にこれをやろう」
アーサーさんは紙袋から、笹の葉(たぶん)でくるまれた何かを取り出し、ケイさんに渡しました。
「おお、兄ちゃん、ありがとう!」
目を輝かせたケイさんを見て、ジークさんが「子供……」と呟きましたが、ケイさんは聞こえていないようでした。
「三人も、どうぞ」
アーサーさんに笹の葉でくるまれた何かを渡されて、開けてみると、中身は三色だんごでした。
「いただきます」
一番上の赤いのを一口食べてみると、ぬちゃっとしていて、さらにはよくわからない変な味がしました。真ん中の白いのは、これまたぬちゃっとしていて、あまり味がありませんでした。一番下の緑のもやはりぬちゃっとしていて、苦めでした。……不味いとは言いませんが美味しくありません。
「どうしたんだい、レイちゃん。口に合わない?」
「……ちょっと想像してたのと違ってました……これってこういうものですか」
「さあ? 僕はこれ食べるの初めてだからわからないよ」
エドワードさんは美味しくないとは思っていない様子。
アーサーさんに聞いてみると「これはこういうものだよ」と言われました。鮎焼きは美味しかったのに……。
「なんだレイ、食べないのか? じゃあオレにくれ」
「え、どれも一口ずつ食べてあるんですけど……」
「別にいい」
「じゃあ、どうぞ」
だんごをケイさんに譲って、また本を読んでいると、
「なあ、レイ」
アーサーさんに名前を呼ばれました。
「なんですか」
「それ、縦に書いてあるよな? 縦に読んで、右から左?」
「はい」
「ニホンの本はみんなそうなってる?」
「全部ってわけじゃないです。……そうだ、アーサーさん」
「ん?」
「グウェンさんといつまでも仲良くしてくださいね」
「言われなくてもそうするけど、いきなり何で?」
「アーサー王の妃の名前が、グウィネヴィアなんです」
アーサーさんは目を丸くしました。
「ずっと幸せにしていてくださいね」
「うん」
ランスロットに取られたりモルゴースの誘惑に負けたりしたら駄目ですよ!




