叫んで
何かの音を聞いた気がして、ふっと目が覚めました。まだ暗いです。今何時でしょう。枕元に置いておいた腕時計を見ようと思いましたが、暗くて見えません。さあどうしましょう。もう一度寝てしまいましょうか。いやいやその前にやっぱり時間の確認を。
ベッドから降りて、暗いのでそっと荷物を置いてある所まで行き、目的の物を探します。これは電卓……これはフロッピー……お、ありました。懐中電灯を見つけました。
懐中電灯を点けてみると部屋の様子がよくわかるようになりました。これで時間を確認できます。さて今何時……なんてこった、まだ一時です。これはもう一度寝るに限ります。
懐中電灯を消してまた布団に潜ろうとしたら、ドン! という音が窓の方でしました。驚いてそちらを照らしてみましたが何もありません。そういえば、目が覚めたのはこんな感じの音を聞いたからです。恐る恐るカーテンをめくってみましたが、窓の外はただ暗いばかりです。では先程の音は何でしょうか。……幽霊だったりして……ああ、考えたら怖くなってきてしまいました。もうさっさと寝てしまいましょう。
布団に潜り込んでうとうとしていると、不意に宿の外が騒がしくなりました。足音、人の声、そして魔物らしきものの鳴き声とバッサバッサという音が聞こえます。って、え、魔物? このまま寝ていていいものでしょうか。いいえ、何が起こるのかわからないのだから起きるべきです。
再びベッドから降りて、カーテンをめくって外を見てみました。暗闇の中に聖職者らしき人と教会戦士らしき人が数人ずついて、魔物と戦っています。
「綺麗だな」
暗闇に高速で描かれていく魔法陣と、その魔法陣から出る炎、魔法陣や炎に照らされて輝く水が綺麗だなんて思ってしまいました。我ながらなんとのんきな……。
お手伝いした方がいいでしょうか。魔物はかなりの数いて、厄介なことに飛んでいます。ふむ、ただ母国語を声に出すだけです。お手伝いしましょう。窓を開けて叫んでみます。
【魔物ー! 動くなー!】
魔物がバッサバッサと羽ばたく音がしなくなりました。
「ギイイィィ!」
「ギイイイイイイ!」
動けないことを怒るかのように叫ぶ魔物たち。
【うるさーい! 黙れー!】
負けじと私も叫ぶと、すっかり静かになりました。あとはこの村の教会の皆さんに頑張ってもらいましょう。
「お手柄だね、レイちゃん」
声のした方を見れば、隣の部屋の窓からエドワードさんが顔を出していました。
「手伝おうかと思ってたらレイちゃんに先越されたよ。でもこれでゆっくり寝れる。じゃあ僕はこれで」
「あ、あの、ちょっと待ってください」
「うん?」
「ドンっていう音、聞きませんでしたか」
「聞いたよ。それがどうした?」
「何の音かなって思って」
「馬鹿な魔物が壁とか窓にぶつかった音だよ」
「そうですか」
良かった。幽霊なんかじゃなくて良かった。もう安心して眠れます。
「うん。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
朝、目を覚まして、宿の食堂に行くと、お客さんの多くが夜中の魔物退治の話をしていました。朝食をとりつつ近くの席の会話に耳を傾けてみます。
「あんなにたくさん魔物がいたのに、怪我人が少なくて良かったよな」
「あの声のおかげだね」
ん? あの声?
「まさか空から声が降ってくるなんてなあ」
「俺もそれっぽい声聞いたけど、下から聞こえた」
「えー何それ。神様が助けてくださったんだと思ったのに、下からって……別の声じゃないの?」
「そんなはずねーよ。その声が聞こえてから魔物が動かなくなったんだからな」
ああ、皆さん私の声を聞いたのですね。それはそうですよね。あの時起きている人は大勢いたでしょうし、私は大声で叫びましたし。「下から聞こえた」と言っている人は、私が泊まった部屋が二階ですから、三階にでもいて私の声を聞いたのでしょう。
「ニールグあたりのやつが魔法使ったんじゃないか?」
うっ、バレた?
「あんまり呪文っぽくなかったけどなあ。どっかの言葉で叫んだ感じ? ニールグ人がここにいるはずないし」
「それもそうか。でも、あの声が神様ってことはないな」
「じゃあ誰だと?」
「それは……最近噂の神使とか」
また神使の話ですか。噂ってよく伝わるものですね。
「レイはすっかり有名人になったな」
私と同じように近くの席の会話を聞いていたらしいジークさんがぽつりと言うと、すかさずエドワードさんが突っ込みました。
「お前だって同じだろ」
エドワードさんも有名だと思いますよ。
「台無しだな」
宿から一歩外に出て、エドワードさんが呟きました。ひまわりが倒れていたり折れていたり花が散っていたりで無惨です。
「今年は最高に綺麗だったのに……」
「まさか魔物があんなに村に入ってくるなんてなあ」
村の人たちはとても残念そうにしています。そこへ聖職者らしき人が来て、村の人たちに頭を下げました。
「申し訳ありません。私たちがもっと早く駆けつけていれば……」
「いいんですよ、司祭様。あなた方がいなければもっとひどいことになっていたでしょうから」
「そうですよ。それに、また来年、綺麗に咲かせればいいんです」
「今はあの声に感謝しましょうよ」
「そう、ですね……」
司祭さんがひまわりにむかって手を合わせると、村の人たちも同様にしました。着ているものや建物はヨーロッパ風なのに……。
司祭さんと村の人たちの様子を見たジークさんが独り言のように、
「賢者がああやる絵をどこかで……」
「あの、その賢者というのはどんな人なんですか」
ほとんど何も知らないことを思い出して聞いてみると、考え込んでしまったジークさんに代わってエドワードさんが答えてくれました。
「ある日突然勇者の前に現れて、勇者の仲間になって、勇者と他の仲間たちに魔法を教えたんだよ。とても強い魔法使いなんだ。男の子が勇者に憧れるなら女の子は賢者に憧れるんだ」
「賢者って女の人なんですか」
「うん。レイちゃんも賢者みたいになれるといいね」
村を後にして街道を歩いていると、
「あっ」
ジークさんが何かに気付いたかのような声を上げました。彼がこのような声を出すとは珍しい。どうしたのかとエドワードさんが尋ねました。
「どこかで見た絵に描いてあった賢者がひまわり模様の帽子をかぶってた気がする」
ひまわり模様の帽子……微妙だと思うのは私だけでしょうか。麦わら帽子にひまわり模様のリボンがついているようなのはいいと思います。いや、やっぱりひまわり模様の帽子もいいかも。どんな感じにひまわりがあしらわれているかによりますね。
「どうでもよくないか、それ」
一瞬、エドワードさんに頭の中を読まれたかと思いました。
「でもここはひまわり帝国だ」
「この国が賢者と何か関係があるかもしれないっていうのか? そんなの絵を描いたやつが帽子をかぶせただけじゃないのか。僕が読んでもらった絵本の賢者は帽子なんかかぶってなかったし」
「俺が読んでもらったのには描いてあった。ひまわり模様じゃなかったけど」
「僕は偶然だと思うな。レイちゃんはどう思う?」
「どうって言われても……」
何故私に聞くのです。私は賢者はおろか勇者についてさえろくに知らないというのに。
「……ジークさんが見た絵以外にも、賢者がひまわり模様の帽子をかぶってる絵がたくさんあるのなら、何か関係あるんじゃないですか」
もしもこのメラディア帝国と賢者に関係があるとすれば、それは一体どのような関係でしょうか。




