困惑した。
「ガアアアア!」
「ガアアァァアア!」
「ガアァァァァァ!」
烏のような魔物がたくさん飛んできました。というより烏にしか見えません。かーらーすーなぜなくのー。
「レイちゃん、のんきに見てないで魔法使ってほしいんだけど」
「あれはレイの世界にいるような烏じゃない。魔物だ」
あ、ごめんなさい。
【落ちろ! 動くな! 静かにしろ! おとなしくしろ!】
咄嗟に思い付いた言葉を叫んでみました。魔物たちはボトボトと落ちて何匹かは消え、残りは落ちたきり動きません。
「踏むか」
エドワードさんがそんなことを呟きました。踏んで魔物たちを倒してしまおうということでしょう。
「レイの魔法でやった方が早くないか。レイのためにもなるし」
ジークさんの提案にエドワードさんは「そうだな」と頷きました。
「じゃあレイちゃん、好きな魔法をどうぞ」
好きな魔法……どうしましょう。炎が出るような魔法はひまわりを燃やしてしまいそうなので駄目。水がたくさん出るのにしましょうか。教科書を取り出してパラパラとめくっていると、
「教科書しまって。人が来る」
なんですと。エドワードさんに言われて慌てて教科書をしまったところにやって来たのは、十六、七歳くらいの金髪の少年と、十歳くらいの女の子です。少年は旅に適した格好をしていて、女の子は何か特別な行事でもあるのかと思うほど華やかな格好です。フリルとレースの付いた、ドレスと言っても過言ではない服を着て、麦わら帽子をかぶっています。
二人はジークさんを見て目を見開きましたが、私は女の子を見て衝撃を受けました。何故って女の子がとてもエイミーに似ているから。とても綺麗な金髪と青い目、白い肌。エイミーを思い出さずにはいられません。女の子はジークさんをじーっとみつめて首をかわいらしく傾げて、
「勇者様?」
その質問に、ジークさんは黙ってエドワードさんを指差しました。女の子はきょとんとして、
「どうしてこの方が勇者様なんですの?」
なんですか今の話し方は。どこの貴族のお嬢様ですか。
「強いから」
とだけジークさんが答えると女の子は少し不服そうな顔をしました。
「納得できませんわ」
「そうか」
ジークさんはくるりと女の子に背を向けると、何も言わずに魔物を踏んだり聖剣で刺したりしだしました。あ、私の仕事が……。
女の子の視線はジークさんからエドワードさんへと移りました。女の子は、勇者かどうか見極めてやる、というような目でじーっとエドワードさんを見つめています。エドワードさんがにっこり笑うと女の子の頬がぽっと赤くなり、その様子を見た少年が、やれやれ、というように小さく肩を竦めました。
「あ、あの……」
女の子は何かを言おうとしていますが、うまく話せないようです。顔を真っ赤にしてもじもじしています。その姿を見ていたら昨日の私を思いだして、なんだか恥ずかしくなってきました。
エドワードさんは女の子の様子を見て小さく笑うと、
「あとはよろしく」
と小声で私に言って少年に会釈してから、そっとジークさんを手伝いに行きました。
ちょ、ちょっと、「あとはよろしく」って言われても……。
女の子は俯いて顔を赤くしていて、私と少年はただ突っ立っているだけで、ただただ時間が過ぎていきます。気が付けばエドワードさんとジークさんが魔物を倒していく音がしなくなりました。ジリジリと照りつける太陽の下にこうして立っているだけでもつらいものです。回れ右でエドワードさんとジークさんの所に行ってしまいましょうか。うん、それがいい。
会釈して少年と女の子に背を向けると、
「ちょっと待て」
少年にがしっと肩を掴まれました。
「何ですか」
「この子とよく似たやつを見たことはないか。お前と同じくらいの歳で名前はエイミー・ランストーラ」
エイミー? あの勇者エイミーをお探しで?
「それらしき人なら何度か会いましたけど」
と答えると、少年がわずかに詰めよってきました。
「最後に会ったのはいつ、どこで?」
「三週間くらい前にギースの山の中の遺跡で」
「その後の予定なんかは聞いたか?」
私が首を横に振ると少年はなにやら考え込みました。
「そんな所でお姉様は、エイミーは何を?」
いつの間にか女の子が少年に負けないくらい真剣な顔で私を見上げていました。……ん? お姉様?
「竹刀を発掘してたけど」
「しない?」
「竹でできた剣、とでもいえばいいかな」
エイミーが手に入れた竹刀はちょっと、いいえかなり違うものでしたが。
考えがまとまったのか少年が顔を上げました。
「レベッカ、ギースに戻るぞ」
「はい」
こくんと頷く女の子のかわいいこと。
「ああそうだ、お前」
ん、私ですか?
「言葉遣いには気をつけた方がいいぞ。厳しいやつが多いから」
少年は私に背を向け歩き出しました。女の子はドレスの裾をつまんで、
「ごきげんよう」
と上品に挨拶して、私の後ろの方――たぶんエドワードさん――をちらっと見てから、少年を追いかけていきました。
あの二人、女の子があんな格好なのにまさか徒歩で旅を?
エドワードさんたちの所まで行くと、エドワードさんが謝ってきました。
「ごめんね、貴族の相手なんかさせて」
貴族? ああやっぱり、あの女の子は貴族だったのですね。それで少年は私に「言葉遣いには気をつけた方がいい」と言ったのですね。
「ひどいじゃないですか、二人とも」
特にジークさん、あなたは貴族の子。あなたが一番礼儀とか知っているでしょうに。なにちゃっかり一番に背を向けているのですか。
「ごめんごめん。貴族の相手なんかできるだけしたくなくて」
ごめんと謝っている割にはエドワードさんには悪びれた様子がありませんが……まあいいや、うん。怒るほどのことではありません。
「その割にはエイミーとかいうのと普通に話してるな」
とジークさんが言うと、エドワードさんはにやりと笑って答えました。
「あれはほら、同業者だし、庶民に溶け込んでるし、からかうのが楽しいし」
ん、エイミーといえば、
「あの女の子がエイミーのことをお姉様って言ってました」
「お姉様、ね……まあ、あんなに似てるし、間違いなく血の繋がった姉妹だよね」
ということは、
「エイミーって貴族だったんですね……」
「レイちゃん何言って……ああそうか……」
エドワードさんは、一瞬呆れたような顔をしましたが、すぐに何かに納得したらしく、にっこりと笑って私に重要なことを教えてくれました。
「この大陸ではね、王侯貴族にしか金髪はいないんだよ」
え、じゃあ、あの少年も貴族だと? 貴族の二人旅? いや待て、他にも仲間がいるかも。
「街中で金髪の人を見たことはあんまりないと思うよ」
確かにあまりどころかほとんど見ていないような? どこに行っても多くの人の髪の色は青かオレンジです。
「じゃあ、エリエント先生も?」
私の質問にジークさんが、何でもないかのようにさらっと答えました。
「あの人は陛下のいとこだ」
えええええ。あっ、もしかして、私たちの旅の予算のことを知っていたのはそのせい?
「ところでレイちゃん、あの二人とはどんな話をしたんだい?」
「エイミー・ランストーラっていう人を見たことないかって聞かれたので、それらしき人に遺跡で会ったって言っておきました」
私の答えを聞いたエドワードさんは首を傾げました。
「探してる? 何で?」
「さあ?」
あの二人は何故エイミーを探しているのでしょうか。エイミーの身内に不幸? いいえ、それならばもっと早くて確実な連絡手段があるはずです。
考えてもわからないので、次にあの二人かエイミーに会った時にでも聞いてみましょうか。きっと私には関係のないどうでもいいことでしょうが、まだ十歳くらいでしかも貴族のあの子が姉を探して旅をする理由は少し気になります。




