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相手にしてみる。

 あの厄日だか何だかわからない日から二週間経ちました。ただ今草原にいます。もう少し詳しく言うならステップにいます。いい天気です。平和です。あの日の翌日に国境を越えましたが、どこかの勇者に会うわけでもなし。不法入国がバレるわけでもなし。私たちの邪魔をするものはありません。ある存在を除いて。

「あっちにいるよ」

 エドワードさんが指差す方を見れば、遠くに黒い点。あれは魔物の群れです。

「こっちに向かってきてる。任せていいね、レイちゃん」

「頑張ります」

 これから上級の教科書に載っている魔法を使って魔物に攻撃してみます。普段は魔物を見つけると、エドワードさんかジークさんのどちらかまたはどちらもがさっさと真っ二つにしてしまうので、今日は魔法の練習のために私に魔物の相手をさせてください、とお願いしました。

 私が魔法陣を完成させるのが早いか魔物たちがここまで来るのが早いか。まあ、魔物たちが早い場合は呪文だけの魔法で止めてやりますが。

 まだ完璧に覚えていないので、教科書を見ながら魔法陣を描いていきます。

 描き終えると十匹ほどの狼のような魔物がかなり近くまで来ていました。

 今から使う魔法は上級の教科書に載ってる魔法の中では一番簡単なもので、呪文は中級と同じ長さです。

 ちょっと怖いけれど、勇気を持って。さあ魔物ども、吹っ飛ばしてやろう!

【風よ吹け あらゆるものを 吹き飛ばせ】

 魔法陣が輝き、突風が魔物たちを吹き飛ばしました。

「随分遠くまで飛んだね。すごいね。でもあいつらまだ元気そうだよ」

 目がいいですね、エドワードさん。

「教科書の通りなら上の方に飛ばせるはずなんですけど……」

 突風で前方だけでなく上方にも飛ばして、魔物たちは落下の衝撃で倒れるはずなのですが……何かが間違っているようです。

「失敗したみたいです。ごめんなさい」

「謝ることはないよ。あいつらは僕が倒してくる」

 エドワードさんは魔物たちの方へ歩いていきました。

 それにしても何が駄目なのでしょう。うーん……魔法陣と教科書を見比べてもわかりません。描き順を間違えたとか?

 首を捻っていると、ジークさんがぽつりと呟きました。

「歪んでるからじゃないか」

 確かに私の描いた魔法陣は歪んでいます。そういえばどこかに難しい魔法は魔法陣が歪んでいるとうまく発動しないことがあると書いてありました。でも、

「大教会で試した時は今日のよりずっと歪んでましたけど、上手くいったんですが……」

「それは相手が人形だからじゃないのか。見習い司教が練習で使ってるのは軽いって聞いたことがある」

「あ……」

 あの魔物人形は片手で持てるくらい軽いものでした。軽ければ飛ぶのは当たり前ですね。この国の首都周辺ならばともかく、首都からは遠いここにはそんな軽い魔物はいないでしょう。私ったら馬鹿です。

 はあ……魔法陣は難しい……。



 また魔物の群れを発見しました。今度こそは!

【風よ吹け あらゆるものを 吹き飛ばせ】

 魔物たちは吹き飛ばされ、何匹かが地面に落ちて空気に溶けていきます。

「あと五匹残ってるよ。またこっちに来るのを待ってもう一回飛ばしてみる?」

「そうしてみます」

 また魔物たちが走ってきたので呪文を唱えると、魔物たちは吹き飛びましたが、

「あいつら丈夫なんだろうね」

 消えませんでした。はあ、また失敗です。

「違う魔法にしてみたら? 水が勢いよく出るのとか。僕の町の司教様の一人が、上級だけど呪文が短いやつをよく使ってたよ」

「じゃあ、それをやってみます」

 水が出る魔法はいくつかありますが、エドワードさんの言う魔法は〈③水(中)〉でしょう。

 教科書を見ながら魔法陣を描いていると、魔物がすぐ近くまで迫ってきました。

【止まれっ】

 ピタッと止まる魔物たち。その場から動けないとわかったのでしょう、ガオー、グオー、グアーなどと吠え始めました。獲物を見る目と相まってとても怖いです。

 ビクビクしつつも魔法陣を完成させました。少し歪んでいますが大丈夫だと思います。思いたいです。

【水よ湧け 濡らしてしまえ 何もかも】

 呪文を唱えると、魔法陣からバケツ十杯分くらいの水が勢いよく出て魔物たちに当たり、

「ギャン!」

 魔物たちは短い悲鳴をあげてバタンと倒れ、空気に溶けていきました。

「あう……」

 が、私の方にもバケツ二杯分くらいの水が飛んできました。魔物たちに当てた水よりは威力が無かったようで、倒れるようなことはありませんでしたが、ずぶ濡れです。エドワードさんとジークさんは咄嗟に避けたようで、無事です。良かった。

「全部倒せたね。おめでとう」

「あ、はい……」

「良かったね。今が寒い時期じゃなくて」

「はい……」

 今が冬だと思うとゾッとします。

 大教会でやってみた時はこんなことにはなりませんでした。あの時はヘンリー君という見習い司教が練習に付き合ってくれて、水の量は今日の半分くらいで、水は私にかかってきませんでした。それがどうして……。

「いくら今寒くないからって、そのままだと風邪ひくよ」

 はっ。そうでした。タオルタオル……いやその前に上着を脱ぐべきですね。

「世界一の魔法使いにはまだ遠いようだね」

「私なんかが魔法を教わって二ヶ月で世界一に近かったらこの世界は間違ってますよ」

 上着を脱ぎながら答えると、エドワードさんは苦笑して、

「別の世界から来たレイちゃんに、この世界は間違ってる、なんて言われると、ちょっと不思議な気分だよ」

 ……私、失礼な発言をしてしまった? 軽い気持ちで「間違ってる」と言ってしまったけれど、異世界人に自分たちの世界を否定されるのは、たとえ冗談であっても不愉快ではないでしょうか。

「ごめんなさい」

 手を止めて謝ると、エドワードさんは笑って許してくれました。

「謝らなくていいよ。な、ジーク」

 頷くジークさん。

 エドワードさんもジークさんも優しいですね。

「あ、また魔物だ。レイちゃんどうする?」

「やります!」

 また失敗してしまうでしょうが、何もしないよりはましなはず。

 私はもっと頑張らなくてはなりません。優しいお二人に迷惑をかけないためにも、「強いのは魔力だけ」と言われないためにも。

挿絵(By みてみん)

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