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勝負してみる

 面倒なことになりました。

 ここはウラス王国の北方の国境付近にある暗い森の中。

 ここに、おそらく神の道具であろう物があるらしく、もうどこかの勇者に取られたかもしれないけれど、一応行ってみよう、ということで来たのですが……。

「何でアンタたちまで来るのよー!」

 エイミーたちがいて、さらに、

「……うるさい」

 氷のような人もいて、さらに!

「うわー。めんどくせー」

「まあ、そう言わずに」

 どこかの勇者とその連れまでいました。

 今日は厄日ですか? 仏滅ですか?

「どうするべきかな……」

 エドワードさんは考え込んでしまいました。

「よくこの状況で考え事に没頭できるなあ」

「余裕だねえ」

 感心したように言うどこかの勇者とその連れ。

 このどこかの二人組はどちらも茶髪です。この世界に来てから初の茶髪です。目の色は青と緑です。ついでに言うと、どちらも美形です。どちらが勇者でしょうか。

「どうもこうも無いわ。おとなしくアタシに負けろこの腹黒男! アタシたちから奪った物返してもらうわよっ!」

 エイミーが叫んで剣を抜くと、エドワードさんもジークさんも剣に手をかけました。氷のような人は薙刀を構え、二人組は魔法陣を描き始めました。え、まさか今から戦闘開始? 私は隠れるべき? もう遅い気がします……。

「エイミー、落ち着いて。敵はあの二人だけじゃないんだよ。ほら、剣しまって」

 私と同い年くらいの子がエイミーを宥めました。アクトの森で宥めたのも彼女でしょう。

 宥められたエイミーはおとなしく剣を鞘に戻しましたが、不満が顔によく出ています。戦闘は回避できたようです。良かった良かった。

「短気だね。エイミーちゃんは」

「『エイミーちゃん』とか呼ぶなっ。馴れ馴れしい!」

「ほーら怒った。ははは。やっぱり短気だ」

「アンタのせいよ!」

 エドワードさんはエイミーをからかうのが楽しいようです。

「お前、顔がいいのに性格悪いなあ」

 二人組の目の青い方が魔法陣を消しながら言うと、

「そんなことはない。ね、レイちゃん」

「あ、はい。そうですね」

 何故私に話を振るのですか、エドワードさん?

「アンタ、そいつに騙されてるわ。そいつがアタシに言ったこと、忘れてるわけないわよね?」

 何だエイミー、言いたいことがあるなら率直に言えばいい。

「言ったこと、っていつ言ったこと?」

「ニールグの森で言ったことよ」

 ああ、あれか。

「忘れてないよ」

「それならどうしてそんな黒いヤツと一緒にいるのよ」

「他に行く所がないから。それに、エドワードさんはいい人だよ。あんたと違って」

「……顔に騙されてるのね。アンタやっぱり馬鹿なのね。お菓子あげるって言われてついてくくらいの」

「……やっぱあんた嫌い」

「アタシだってアンタなんか嫌い」

「お前たちは喧嘩しにきたのか」

 氷のような人に言われてしまいました……。

 エイミーはぷいっとそっぽをむき黙り込みました。私は恥ずかしさに顔を俯けたら、

「どうして恥ずかしがるんだい?」

 エドワードさんに不思議そうに聞かれました。

「……知らない人の前で喧嘩したなんて恥ずかしいです……」

 しかも止められたなんて。

「そんなに恥ずかしがることじゃないと思うけど。レイちゃんはまだ子供なんだし」

 私にとっては恥ずかしいことなのですよ。

「なあ、そこの三人。ちょっといいか?」

 三人、っていうと、私たちのことですね。顔をあげると、目の青い人がこちらをじっと見ています。

「お前ら、勇者とその仲間だよな?」

「それが何か?」

 エドワードさんが答えると、目の青い人は、

「一応聞くけど、さっきから全然喋らないそこの赤毛が勇者なのか? っていうかそうだよな? 赤毛だもんな」

 と決め付け、ジークさんが無言でエドワードさんを指差したのを見て、いつかのエイミーと同じようなことを言いました。

「じゃあその毛は何なんだよ」

 ジークさんも、以前と同じように、

「知らない」

 素っ気なく答えました。

「お前たちはどっちが勇者なんだ?」

 今度はエドワードさんが尋ねると、青い目の人が、

「一応、俺」

 面倒くさそうに答えました。すると、緑の目の人がにっこり笑って、

「あなたたち、こんなめんどくさがりな人と同じ職業は嫌でしょう? さっさと勇者辞めたらどうです?」

「辞めるわけないでしょ。アンタたちこそ辞めちゃいなさいよ」

「めんどくさがりに任せてはおけないな。そっちこそ辞めるといい」

「辞めろ」

 勇者三人に言われて緑の人は苦笑いをして、

「辞めませんよ。ね、トマス?」

「まあな。……なあ、そろそろ逃げようぜ」

 誰も辞めるつもりはないようです。仕事熱心で結構なことですね。

 ところで今、トマスさんとやらが「逃げよう」って言いましたね。それって敵が減るってことですよね。私にとっては良いことですね。さあどうぞ逃げてください。

「それでは僕らは退散するので、あなた方で好きにやってください」

 二人は回れ右をして去ろうとしましたが、

「逃げようったって逃がさないわよ。アンタたちがここの神の道具を持ってることぐらいお見通しなんだから」

 エイミーは逃がす気など露ほども無いようです。剣に手をかけました。

「えー。お前、こっちは二人しかいないのに、ひどくないか?」

 嫌そうな顔でトマスさんが言うと、

「二人だけのアンタたちが悪いのよ」

 エイミーは馬鹿にしきった様子で言い放ちました。

「それならば力ずくで退散させてもらいますよ」

 緑の人はすうっと息を吸うと、エイミーが襲ってきたのを身軽に避けつつ、

【うごかないでください】

 魔法を使いましたが、

「そんなの効かないわよっ」

 エイミーは止まらずに緑の人に攻撃しています。彼女の仲間も三人ほど加わりました。容赦ないです。

「ちょ、何で止まらないのかなっ。トマス、手伝ってっ」

「はいよ」

 トマスさんは魔法陣をあっという間に描いて、

「うおっ!?」

 呪文を唱えようとしたところで新たに加わったエイミーの仲間の剣をギリギリで避けました。

 そろそろ危ないから避難しなければ、って、あ、あれ? 気が付けば戦闘が始まっているではありませんか! 先程回避できたと喜んだばかりなのに!

 あ、氷の人が立ち去りました。

「エイミー! 寒いやつが逃げた!」

 エイミーは仲間のその言葉を聞くと、

「目標変更!」

 二人組にあっさり背をむけて氷の人を追い始めました。彼女の仲間たちもその後を追って走っていきました。あの女性集団は元気ですね。

「あー、助かった」

「びっくりしたよ」

 二人組は安堵の表情を浮かべました。

「まさかジェフリーの魔法が効かないなんてな」

「勇者のあの子にはあんまり効かないだろうとは思ってたけど、まさかその他大勢まで効かないなんて」

 私たち三人の存在忘れていませんか?

「どうする? こいつらの持ってる物もらっとく?」

 おや、忘れてはいなかったようですね。

「お前たちには渡さない」

 エドワードさんが剣を抜きつつそう言うと、

「やっぱりお前は動けるのか……」

 トマスさんはかなり嫌そうな顔をしました。

「他の二人まで動けるなんてことは、ない、よな?」

 私たち三人が何も言わないでいると、二人は少し安心したようです。

「答えないってことは、動けないってことでいいよな?」

「口を動かせないってことだろうから、いいと思う」

「よし。一人ならいける」

 トマスさんは剣を抜きました。

「剣だなんて、珍しいね」

「まあな。たまには使わないとな」

 二人とも油断していますね。

「レイちゃん、この二人止めてくれる?」

「あ、はい。やってみます」

 答えると、トマスさんが心底嫌そうに言ってきました。

「お前喋れたのかよ」

「そうみたいですね」

「ジェフリー、こいつどうにかしてくれ」

【黙ってください】

 ジェフリーさんとやらが呪文を唱えました。魔法陣を描いていません。二人の国も魔法陣がいらない魔法を開発したようですね。

 残念でしたね。私には効いていませんよ。お返しです!

【動かないでください。黙ってください】

 ジェフリーさんは目を丸くしました。

「おいジェフリー、呪文覚えられてんじゃねえか」

「まさか一発で覚えられるなんて思わなかったんだよ。きみ、記憶力いいね」

 記憶力の問題ではないのですが……って、魔法が効いていませんね。よし、もう一度。

【動かないでください】

「そんなの効かないよ」

 む、じゃあこれならどうだ!

【動くな。黙れ】

「ま、さか……」

 ジェフリーさんはうまく話せないようです。

「さすがレイちゃん」

 エドワードさんが褒めてくれました。

「……だけじゃ、なかった、のか……」

 よく聞き取れなかったけれど、トマスさんは魔法陣がいらない魔法を開発したのは自国だけだと思っていたようです。

【うる、さいの、で だまって、くださ、い】

 ジェフリーさんが声を絞り出すように呪文を唱えました。「うるさいので黙ってください」というのが正式な呪文なのでしょう。

「そんなの効きませんよ」

 ちょっと意地悪に言ってみると、

【うるさいので だまってください】

 ジェフリーさんに代わってトマスさんが魔法を使ってきました。

「効きませんって言ってるでしょう」

 少しばかり調子にのって言ったら、トマスさんに睨まれました。

 そ、そんなに睨まないでください……。

 思わず杖を両手で握りしめたら、

「ちょっと睨まれただけでビビって、強いのは魔力だけか」

 馬鹿にされてしまいました……。

「こいつらの言うことなんか聞く必要はない。怖がってないで前みたいに魔法で神の道具を譲ってもらうといい」

 いきなりジークさんが喋りました。こういう時に何か言うのはエドワードさんだと思っていたので驚きです。

「こいつら動けないようだからきっとレイの好きなようにできる。……頑張れ」

「……はい」

 励まされたからにはやりますよ!

【神の道具を譲ってください】

 ジェフリーさんの指先が少し動きました。よし、いけそうです。

「何するつもりだ?」

 ジークさんの言葉に従って二人組の発言は無視。

【あなたたちの持っている神の道具を譲って】

 ジェフリーさんの意志に反して動く手をトマスさんが押さえました。

【トマスさん、その手を離して】

 トマスさんは呪文に自身の名前が入っていることに驚いたようです。でもそれだけで手を離しません。

【離せ】

「何でこんな……」

 命令形はよく効くようです。トマスさんの手が離れました。チャンス!

【神の道具を寄越せ】

 ジェフリーさんは服の内側から何かを取り出し、それをこちらに投げてきました。エドワードさんは素早くそれを拾うと、

「逃げようか」



 エドワードさんの一言で、私たちは走って逃げてきました。今、森から出て歩き始めたところです。

 長距離走ったので、かなり苦しいです。ジークさんも苦しそうにしています。変ですね。いつもはエドワードさんと一緒に余裕そうなのに。

「ジーク、大丈夫か?」

 エドワードさんが足を止めて振り返りました。

「……魔法が効いてる」

 ボソッと答えるジークさん。

「あいつらが使った魔法が?」

 エドワードさんが心配そうに聞くと、ジークさんはこくりと頷きました。

「レイちゃん、何とかできる?」

 何とかしたいけれどどうすれば? うーん……「動かないでください」という魔法が効いているのなら、

【動いていいですよ】

 これならどうでしょう。

「どうですか。動きますか」

 ジークさんは腕を振ったり曲げたり伸ばしたりした後、私を見て、

「ありがとう」

「どういたしまして」

 ありがとうって言われると嬉しいですね。

「良かったなジーク。ところでレイちゃん、これは何?」

 そう言ってエドワードさんが差し出してきた物は、これは……、

「リモコン、です」

 たぶんテレビの。

「何に使う物?」

「えっと、テレビっていう物の電源を点けたりチャンネルや音量を変えたりするための物です」

「よくわからないよ」

 そうでしょうね。実物を見ずに私の説明を聞いただけで理解できたらびっくりですよ。

「これだけだと意味のない物だと思っておいてください」

「わかった。これも預けておくよ」

 今日もまた、持ち物が増えました。


 神様、テレビをご覧になりますか?

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