01/28 Fri.-4
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言葉が。
カイトの口から、激しい言葉があふれ出す。
暗闇のベッドの中で―― メイは、信じられない思いで、その言葉を見ていた。
聞くというよりも、目の前の皿の上に言葉が乗せられていて、すごい勢いで回されているような感じだ。
回転寿司なら、絶対に商売にならない速度だろう。
どの言葉も、頭から最後まで見るので精一杯で、意味を噛みしめているヒマはなかった。
一体、彼がいくつ言葉を言い放ったかさえ、数えていることはできなかったのだ。
頭の中で、回転寿司になっていたカイトの言葉が、何度も何度もグルグルと回る。
同じ言葉ばかりだが、少しずつ速度を落とつつあった。
ようやく、一つ捕まえた。
『お…おめぇといると…ダメだ』
この時は、まだ誤解が先行していた。
メイといることで、彼がダメになるのではないかと。
引き剥がされたショックも、まだ抜けていなかった。
次の皿を。
『おめぇに触れられると……我慢できねぇ。ひでぇこと、しちまう…メチャクチャにしちまう』
我慢って…何の?
何の我慢? ひどいことって何? メチャクチャって…どういうこと??
まだよく分からない。
また、次の皿を。
『ただ…ぎゅっと抱きしめるだけじゃ…終われねぇんだ』
え?
ここらから、いきなり絵皿になる。
『抱きてぇ!』
ええー!!??
『今日も昨日も、その前も! おめぇを抱きたくねぇ日なんかなかった!』
ええええええー!!!???
『けど、それじゃおめぇを困らせちまう…そんなのは………『好き』じゃねぇ』
え、えっと…それじゃあ。
『それじゃあ…おめぇに…嫌われちまう』
そんなこと…。
苦手な味が、襲いかかってくるのではないかと思ったのに、どれもこれも幸せの味がした。
本当に、その味通りなのかと、メイは疑わずにいられなかった。
自分の都合のいい解釈ばかりしていないかと、彼女は必死に抜け穴を探したのだ。
まだ彼女は、手放しで幸せを噛みしめるクセが、ついていなかったのである。
しかし。
これだけたくさんの言葉を、一気にたたみかけられては。
まるで。
『メイのことがとても好きなので、我慢しなければいけない』―― そう言っているように聞こえたのだ。
何故我慢をする必要があるのかと考えかけたが、この場合は、きっとまだ彼女がオトメデーなのだと思っている、と解釈するのが妥当だろう。
『今日も昨日も、その前も! おめぇを抱きたくねぇ日なんかなかった!』
『けど、それじゃおめぇを困らせちまう…そんなのは………『好き』じゃねぇ』
一番、自分にとって都合のいい言葉が、その2つだ。
甘エビだ。
プリンだ。
回転寿司で、一番の好物のその2つになって、彼女の周りを回り始める。
夢でしか、ありえない光景だった。
ぎゅうっが、ひきはがされたのも。
態度がぎこちなかったのも。
全部、カイトは我慢しようとしてくれていたのだ。
お、落ち着いて。
自分にそう言った。
こんな言葉を聞かされては、絶対に落ち着けないと分かっていたからこそ、あえて先行してそう自分を戒めようとしたのである。
しかし、やはり落ち着いてなんかいられなかった。
そんな言葉は、耳にも入らずに、メイは彼にしがみついたのだ。
もう、どう思われたってよかった。
今は、この気持ちをぶつけたかったのだ。
毎日好きだと思ってる。
昨日も今日も、きっと明日も。
でも、それがとりわけ大きな波で襲ってくる瞬間があるのだ。
我を忘れるくらい、好き。
「カイト…好き…好き」
ああ、言葉じゃやっぱり追いつかない。
メイは、もどかしさを全身に味わった。
「もう、飽きられちゃったかと思った……触れてもらえなくて…寂しかった」
言葉じゃ―― 足りない、全然足りない!!!
ぎゅうっと、腕に力をこめてしがみつく。
『好き』が、こぼれず全部彼に届けばいいと思った。
「………抱いて」
強く抱きしめて。
※
「きゃあっ!!」
竜巻でも、起きたかと思った。
すごい勢いが、彼女を回転させたのである。
気づけば、メイはあおむけで。
そして、自分の身体の上には、別の重力があった。
別の呼吸も。
彼女の唇の側に、浅く速い息づかいが聞こえる。
「カイ……んんっ!」
名前を呼ぼうとしたのに、出来なかった。
彼の唇が、襲いかかってきたからである。
最初から、熱く濡れた舌が割り込んできて。
強くメイを振り回す。
「ん…んっ」
愛しむとか、慈しむとか、そういうキスじゃなかった。
最初から、激しく女として求められているのが分かるキスだ。
カイトが、自分を欲しがっているのだというのが、間違いようもなく伝わるキスである。
「はぁ…ぁ」
わずかに唇が離れて、息継ぎをするのだが、すぐ次のキスが襲ってくる。
むさぼられる。
見える部分から、触れる部分から、片っ端からバリバリとかじられていく感触。
欲しいと思われている。
いや、メイだって彼のことを欲しいと思っていた。
ずっと、こうして欲しかった。
ぎこちなく、唇で応えようとするのに、彼女だってその気持ちを伝えたいのに、わずかでも唇や舌を自分の意思で動かそうとするや、また余計に激しい波が上からかぶさってくるのである。
熱い。
頭も身体も、どちらの芯も赤く焼けてきたのが分かった。
「んっ…」
パジャマの上から、身体が探られる。
大きな手が―― ああ、きっと左手が。
胸を、ほとんど掴まれると言った方が、確かな強さで探られる。
触れるなんて、生やさしいものじゃない。
しかし、痛いと思うよりも、彼に触れられているという嬉しさの方が、遙か前方を駆け抜けていた。
もっと触れて。
彼になら。
手づかみで食べられたかった。
箸やフォークや、そういう理性的な道具はいらない。
手づかみは、確かに野蛮で見栄えも綺麗じゃないかもしれない。
でも、ただ一途に全身で食べられているのだということが、細胞の一つ一つにまで伝わるのだ。
意識も、パジャマも、むしり取られる。
お互い、『好きだ』という言葉しか抱えていない生き物になった。
言葉は、ない。
カイトだけじゃない。メイもだ。
2人とも、ずっと我慢していた空腹の状態で、目の前にいきなり大好物の料理を差し出された気分なのだ。
そんな時に、言葉を考えている余裕などない。
ただ、食べるので精一杯だ。
自分を満たすので、精一杯なのである。
気持ちをいっぱいに込めて、カイトの身体にすがりつく。
自分の身体の方が、どんな気持ちより一番正直だった。
こらえきれない彼の気持ちと、愛しすぎる自分の気持ちを、両方同時に満たすためにやわらかく溶けたのだ。
煮くずれるのではないかと、心配するヒマもなく―― カイトが、一瞬で崩してくれた。




