01/29 Sat.-1
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るせぇ。
耳障りな音に、眉間のシワを深くしながら、シーツのシワに顔を埋める。
そうしていれば、聞こえないというワケではないのだが、より現実から遠くに逃げられるような気がする。
柔らかいベッドの感触や、わずかに香る人肌の匂い。
第一、この天国のような毛布の中から出ていくことを、誰が望むだろうか。
それに―― 狡猾なカイトの脳は、今日が休みだということだけは覚えていた。
だから、仕事に行くために慌てて起きなくてもいいのだ。
なのに。
音は、辛抱強く鳴り続けた。
その音が一秒長くなるごとに、カイトは眉間のシワを濃くしていくのだが、一向に鳴りやむ気配はない。
この居心地のいい世界を死守しようと、必死に意識の覚醒を拒んだ。
彼の怒りをおそれたのか、ようやく音が途絶えた。
ほっとする。
もう、安眠を邪魔するものはないように思えた。
が。
また鳴り出した。
同じ音だ。
………!
ブッ殺す。
カイトの散漫な意識は、それでも明確にその単語を作り上げた。
安眠を妨害するものは、何モノも許せないと思うタイミング。
ギシッ。
だが。
自分の眠っているベッドが、微かにきしんだ瞬間―― カイトは、目をばっと見開いていた。
一瞬にして、いまの音の意味が分かったからである。
このベッドの中の、もう一つの意識が、そのうるさい音で目覚めたのだ。
音の方を向いて戸惑っている素肌の背中が、カイトの視界に映った。
あきらかに、ベッドの外に出ようとするような動きだ。
あの音は、カイトの安眠を妨害しただけでなく、彼の妻、メイまでも連れて行こうとしていたのである。
こんな、許せないことはなかった。
「きゃっっ!」
驚く身体を、彼は強く引きずり戻した。
『行くな!』、という意味を込めたのだが、ただでさえ言語中枢に問題のあるカイトだ。
起き抜けでは、余計に制御が聞かず、無言での行動になってしまった。
そのまま、ベッドの中で抱き込む。
「あっ! カイト……電話」
驚きながらも、自分がベッドを出る目的を伝えようとする体温。
ギロッと音の方を睨むと―― 机の上の携帯電話が目に入る。
安眠妨害の犯人は、あれだったのだ。
「出んな」
相手が誰にせよ、この2人の時間を奪い取る相手であることは間違いないのだ。
いきなり現実に引き戻されて、2人よそよそしく服を着て、何事もなかったかのような生活を始めるための、別れの合図と同じだった。
せっかくの、週末の朝くらい。
少しくらい。
カイトが、自分の希望を前面に押し出そうとした、その時。
「あっ!」
腕の中のメイが、ひどく驚いた声をあげる。
ん? と、彼女の向いている方向に視線をやると、それはケイタイの方ではなく、枕元だった。
チクタクの時計。
針は、ちょうど傾いた状態で重なっていた。
左に45度ほど。
10時―― 50分。
「ど、どうしよう!! 今日の打ち合わせ、10時半からだったのに!!」
腕の中の身体の温度が、ふっと下がったのが分かった。
後ろから抱きしめているので見えないけれども、きっと青ざめているのだろう。
おめーが、体温下げるほどのことか。
カイトは面白くなかった。
※
『何をしてるんだ!』
着信するなり、ケイタイからはソウマの強い声。
2人だけでは、いろいろ不都合があるに違いないので、打ち合わせには同席すると言っていたのだ。
カイトには、ただのデバガメ根性にしか見えなかったが。
現地集合だったのに、一向にカイトたちはこない。
きっと、さっきからさんざん電話をかけつづけていたのだろう。
彼が、ベッドの中で憎み続けるほど長く。
「今日は、行かねぇ…勝手に何でも決めろ」
不機嫌な声で、パジャマの上着に袖を通した。
他に身につけているのは、下着だけだ。
だが、机のところに長居をする気はなかった。
毛布の中で、わたわた慌ててパジャマを探している彼女の元に戻り始める。
しかし、その毛布がピタリと動きを止めた。
そぉっと、驚いた顔を隙間から覗かせる―― きっと、さっきのカイトのセリフが、予想外のものだったのだろう。
もう、今日はどこにも行かねぇ。
カイトは、ケイタイを取る前に、既にそう決めてしまっていた。
昨日まで。
我慢して我慢して、本当に身体に悪いほどの我慢をしたのだ。
その1週間分のストレスは、たかが一夜で精算出来るものではなかった。
しかも。
ムッ。
カイトは、更なる不機嫌を募らせた。
しかし、とりあえずは電話の相手の方から、先に片づけなければならなかった。
『ほぉ…来ないつもりか…本当にそれでいいんだな?』
覚悟は出来ているんだろうな、という意味を言外に含んでいる。
要するに、ソウマたちで勝手に決めてもいいのか、と脅しているのだ。
あの2人に任せる。
それこそ、恐ろしい話だった。
だが、この時のカイトは、今日一日の彼女との自由と、ソウマたちとの拷問的な不自由を、天秤にかけてしまったのである。
「勝手にしろ!」
ブツッ。
カイトは返事も待たずに、ケイタイを切った。
もう二度と邪魔なんかされないように、電源まで切った。
その頃には、彼の足はベッドのすぐ側まで戻ってきていて。
メイが。
毛布の影から、みのむしのように見上げている。
電話の結果がどうなったのか、すごく心配そうな顔。
「今日は…どこにも行かねぇ」
カイトは、使い物にならなくなったケイタイを、枕元に乱暴に置いた。
そうでもしないと、彼女の視線が痛いのだ。
そして、再び温かい毛布の中に潜り込む。
彼女の生息する地域と、同じレベルに戻るのだ。
「あっ、でも! 打ち合わせは…」
ソウマさんだのハルコさんだの、メイはもごもごといろいろ言っていたが、カイトは黙って、まだ素肌のままの彼女を抱え込んだ。
そんなこと、どうだってよかった。
いまは、こうして体温を感じていたいのだ。
不機嫌が甦ったのは、電話を切る前の自分の記憶を、呼び起こしてしまったため。
クソッ。
理不尽な気持ちが、胸をよぎる。
昨日。
正確には昨夜、メイが、意識を失う寸前に彼に聞いた言葉があったのだ。
『私のこと……好き?』
屈辱のセリフだった。
あんなにカイトが。
我を忘れるほど激しく抱いた後に、そんなことを聞かれたのだ。
好きな女でなきゃ、彼があんなにも壊れるハズがないというのに。
しかも、ただの好きでもない。
何もかもカイトの中では、ギネス記録がつくほどに荒れ狂う『好き』なのに、どうして彼女はそれを理解出来ないのか。
もしかして。
メイにとっては、彼とのベッドは愛情を感じないのだろうか。
確かに、カイトがガツガツしてしまったが、それでも後から我に返って、何とか、色々――
しかし、女は『好き』という言葉を聞きたいものなのだろうか。
それを聞かないと、安心できないか。
彼女は、その言葉を望むのか。
聞きたいと願っているとするなら。
メイを抱きしめたまま、だらだらと背中に汗をかく。
「ほんとに…出かけない?」
胸の中で、そんなカイトの気持ちを知らない声が、不安そうに聞いてくる。
出かけねぇ、という意味を強く腕に込めた。
す。
カイトの頭に、その文字がよぎる。
そのまま、口に乗せればいいのだ。
ただ、それだけだ。
「す……」
抱きしめている腕にまで汗をかきそうな状態を、カイトは憎んだ。
自分が、彼女のために無理をしようとしているのが分かっていた。
しかし、それをメイが望むなら、無理を承知でも。
「え?」
頭の側から聞こえた声に、何かと思ったのだろう。
チョコレート色の瞳が、不思議そうに見上げてくる。
い……言えねぇ。
カクベツの『好き』な女に、たった一言も言ってやれない不甲斐ない自分に、カイトはがっくりとマウンドで膝をついた。
砂を集めて袋に詰め―― また、来年。




