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冬うらら2  作者: 霧島まるは


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52/198

01/29 Sat.-1

 るせぇ。


 耳障りな音に、眉間のシワを深くしながら、シーツのシワに顔を埋める。


 そうしていれば、聞こえないというワケではないのだが、より現実から遠くに逃げられるような気がする。


 柔らかいベッドの感触や、わずかに香る人肌の匂い。


 第一、この天国のような毛布の中から出ていくことを、誰が望むだろうか。


 それに―― 狡猾なカイトの脳は、今日が休みだということだけは覚えていた。


 だから、仕事に行くために慌てて起きなくてもいいのだ。


 なのに。


 音は、辛抱強く鳴り続けた。


 その音が一秒長くなるごとに、カイトは眉間のシワを濃くしていくのだが、一向に鳴りやむ気配はない。


 この居心地のいい世界を死守しようと、必死に意識の覚醒を拒んだ。


 彼の怒りをおそれたのか、ようやく音が途絶えた。


 ほっとする。


 もう、安眠を邪魔するものはないように思えた。


 が。


 また鳴り出した。


 同じ音だ。


 ………!


 ブッ殺す。


 カイトの散漫な意識は、それでも明確にその単語を作り上げた。


 安眠を妨害するものは、何モノも許せないと思うタイミング。


 ギシッ。


 だが。


 自分の眠っているベッドが、微かにきしんだ瞬間―― カイトは、目をばっと見開いていた。


 一瞬にして、いまの音の意味が分かったからである。


 このベッドの中の、もう一つの意識が、そのうるさい音で目覚めたのだ。


 音の方を向いて戸惑っている素肌の背中が、カイトの視界に映った。


 あきらかに、ベッドの外に出ようとするような動きだ。


 あの音は、カイトの安眠を妨害しただけでなく、彼の妻、メイまでも連れて行こうとしていたのである。


 こんな、許せないことはなかった。


「きゃっっ!」


 驚く身体を、彼は強く引きずり戻した。


『行くな!』、という意味を込めたのだが、ただでさえ言語中枢に問題のあるカイトだ。


 起き抜けでは、余計に制御が聞かず、無言での行動になってしまった。


 そのまま、ベッドの中で抱き込む。


「あっ! カイト……電話」


 驚きながらも、自分がベッドを出る目的を伝えようとする体温。


 ギロッと音の方を睨むと―― 机の上の携帯電話が目に入る。


 安眠妨害の犯人は、あれだったのだ。


「出んな」


 相手が誰にせよ、この2人の時間を奪い取る相手であることは間違いないのだ。


 いきなり現実に引き戻されて、2人よそよそしく服を着て、何事もなかったかのような生活を始めるための、別れの合図と同じだった。


 せっかくの、週末の朝くらい。


 少しくらい。


 カイトが、自分の希望を前面に押し出そうとした、その時。


「あっ!」


 腕の中のメイが、ひどく驚いた声をあげる。


 ん? と、彼女の向いている方向に視線をやると、それはケイタイの方ではなく、枕元だった。


 チクタクの時計。


 針は、ちょうど傾いた状態で重なっていた。


 左に45度ほど。


 10時―― 50分。


「ど、どうしよう!! 今日の打ち合わせ、10時半からだったのに!!」


 腕の中の身体の温度が、ふっと下がったのが分かった。


 後ろから抱きしめているので見えないけれども、きっと青ざめているのだろう。


 おめーが、体温下げるほどのことか。


 カイトは面白くなかった。


 ※


『何をしてるんだ!』


 着信するなり、ケイタイからはソウマの強い声。


 2人だけでは、いろいろ不都合があるに違いないので、打ち合わせには同席すると言っていたのだ。


 カイトには、ただのデバガメ根性にしか見えなかったが。


 現地集合だったのに、一向にカイトたちはこない。


 きっと、さっきからさんざん電話をかけつづけていたのだろう。


 彼が、ベッドの中で憎み続けるほど長く。


「今日は、行かねぇ…勝手に何でも決めろ」


 不機嫌な声で、パジャマの上着に袖を通した。


 他に身につけているのは、下着だけだ。


 だが、机のところに長居をする気はなかった。


 毛布の中で、わたわた慌ててパジャマを探している彼女の元に戻り始める。


 しかし、その毛布がピタリと動きを止めた。


 そぉっと、驚いた顔を隙間から覗かせる―― きっと、さっきのカイトのセリフが、予想外のものだったのだろう。


 もう、今日はどこにも行かねぇ。


 カイトは、ケイタイを取る前に、既にそう決めてしまっていた。


 昨日まで。


 我慢して我慢して、本当に身体に悪いほどの我慢をしたのだ。


 その1週間分のストレスは、たかが一夜で精算出来るものではなかった。


 しかも。


 ムッ。


 カイトは、更なる不機嫌を募らせた。


 しかし、とりあえずは電話の相手の方から、先に片づけなければならなかった。


『ほぉ…来ないつもりか…本当にそれでいいんだな?』


 覚悟は出来ているんだろうな、という意味を言外に含んでいる。


 要するに、ソウマたちで勝手に決めてもいいのか、と脅しているのだ。


 あの2人に任せる。


 それこそ、恐ろしい話だった。


 だが、この時のカイトは、今日一日の彼女との自由と、ソウマたちとの拷問的な不自由を、天秤にかけてしまったのである。


「勝手にしろ!」


 ブツッ。


 カイトは返事も待たずに、ケイタイを切った。


 もう二度と邪魔なんかされないように、電源まで切った。


 その頃には、彼の足はベッドのすぐ側まで戻ってきていて。


 メイが。


 毛布の影から、みのむしのように見上げている。


 電話の結果がどうなったのか、すごく心配そうな顔。


「今日は…どこにも行かねぇ」


 カイトは、使い物にならなくなったケイタイを、枕元に乱暴に置いた。


 そうでもしないと、彼女の視線が痛いのだ。


 そして、再び温かい毛布の中に潜り込む。


 彼女の生息する地域と、同じレベルに戻るのだ。


「あっ、でも! 打ち合わせは…」


 ソウマさんだのハルコさんだの、メイはもごもごといろいろ言っていたが、カイトは黙って、まだ素肌のままの彼女を抱え込んだ。


 そんなこと、どうだってよかった。


 いまは、こうして体温を感じていたいのだ。


 不機嫌が甦ったのは、電話を切る前の自分の記憶を、呼び起こしてしまったため。


 クソッ。


 理不尽な気持ちが、胸をよぎる。


 昨日。


 正確には昨夜、メイが、意識を失う寸前に彼に聞いた言葉があったのだ。


『私のこと……好き?』


 屈辱のセリフだった。


 あんなにカイトが。


 我を忘れるほど激しく抱いた後に、そんなことを聞かれたのだ。


 好きな女でなきゃ、彼があんなにも壊れるハズがないというのに。


 しかも、ただの好きでもない。


 何もかもカイトの中では、ギネス記録がつくほどに荒れ狂う『好き』なのに、どうして彼女はそれを理解出来ないのか。


 もしかして。


 メイにとっては、彼とのベッドは愛情を感じないのだろうか。


 確かに、カイトがガツガツしてしまったが、それでも後から我に返って、何とか、色々――


 しかし、女は『好き』という言葉を聞きたいものなのだろうか。


 それを聞かないと、安心できないか。


 彼女は、その言葉を望むのか。


 聞きたいと願っているとするなら。


 メイを抱きしめたまま、だらだらと背中に汗をかく。


「ほんとに…出かけない?」


 胸の中で、そんなカイトの気持ちを知らない声が、不安そうに聞いてくる。


 出かけねぇ、という意味を強く腕に込めた。


 す。


 カイトの頭に、その文字がよぎる。


 そのまま、口に乗せればいいのだ。


 ただ、それだけだ。


「す……」


 抱きしめている腕にまで汗をかきそうな状態を、カイトは憎んだ。


 自分が、彼女のために無理をしようとしているのが分かっていた。


 しかし、それをメイが望むなら、無理を承知でも。


「え?」


 頭の側から聞こえた声に、何かと思ったのだろう。


 チョコレート色の瞳が、不思議そうに見上げてくる。



 い……言えねぇ。



 カクベツの『好き』な女に、たった一言も言ってやれない不甲斐ない自分に、カイトはがっくりとマウンドで膝をついた。



 砂を集めて袋に詰め―― また、来年。

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