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01/23 Sun.-5

 ちぎれ飛ぶ寸前で、カイトは恐ろしい家を脱出した。


 自分の実家でのことである。


 恐怖とか、そういうものではない。


 それはもう。


 どこに出しても恥ずかしくない。


 純粋な―― 嫉妬だった。


 両親が、メイを可愛がってくれるのは分かっていた。


 無茶ばかりやっているカイトを、育ててきた人間たちである。


 それはもう、彼女が天使に見えるに違いなかった。


 見るからに可愛がっているのが分かり始め、それがどんどん深くなっていくのが分かってくると。


 いくら両親とは言え、それ以上深くなられるのが、耐えられなくなったのだ。


 メイが、いかに可愛いかなどは、自分一人が知っていればいいことだった。


 それを、誰にも見せびらかしたいワケではない。


 両親が、彼女という存在に心を掴まれてしまったことを知るや、カイトは自分の中にあった不安というものが形になったような気がした。


 世の中にいる他の連中も、同じように心を掴まれるかもしれないと思ったのだ。


 そして、それが男だった日には。


 メイが、他の男に触れられたり、あるいは想像の上だけでも辱められたりするかもしれないのだ。


 耐えられなかった。


 心が狭いと、万人に責められようとも、カイトはそれがイヤだったのだ。


「カイト…」


 帰りの運転中、カイトがそんな風に嫉妬に狂っていた時。


 助手席から、声がかかってハッとする。


 チラと視線だけを投げると、彼女の目が『どうかしたの?』と聞いていた。


 その、自分だけに向けられる眼差し。


「おめーは……」


 おめーは、オレのもんだ!


 心の中でその言葉が渦巻く。


 しかし、余りに大きくて熱いカタマリであったので、喉で詰まって唇まで出てくることはなかった。


 こんなことを言えば、彼女は一体どうしてしまったのだろうかと不安になるだろうし、あきれてしまうかもしれない。


 メイは、メイ自身のものであって、カイトが――がーっっっっ!!!!!


 気持ちは、理屈ではないのだ。


 世の中の、頭がいいと自称する連中が、この暴れる気持ちに、どんなくだらない名前をつけようとも、彼には関係なかった。


 カイトにとってメイは、幸せという言葉が形になったものなのだ。


 勿論、それ以外にもいろんな気持ちが、周りを取り巻いてはいるが、彼女の中心はそれでできあがっていた。


 誰も、幸せを手放したくないと思うし、独占したいと思う。


 それが人の形をしていて、かつ抱きしめられる存在であるというのなら、尚更だった。


 幸せなんて言葉は、才能と金があれば手に入るものだと、カイトはどこかでそうナメてかかっていたのだ。


 今まで、彼はそうやって奪ってきた。


 才能があっても金があっても、それだけではメイは奪えなかった。


 彼女の前では、どちらも無力にさえ感じさせられる。


 だから、カイトはずっと、どうにかして幸せにしようとあがいていたのだ。


 そうでなければ、幸せがもっと魅力的なものの方に、飛んでいってしまいそうで。


 オレのもんだ! オレの! オレの!!!!


 イヤな考えを、その気持ちで振り払う。


 両親だろうが他の連中だろうが、カイトは何があっても彼女を手放す気はなかった。


 自分の巣にしまいこんで、ずっと外に牙をむけていたってよかった。


『かぐや姫でも手に入れたよう……』


 いつか、ソウマが言った言葉が頭をよぎる。


 それがどうした!


 カイトは、記憶を粉々に蹴り壊した。


 もしそうだとするなら、彼はきっと大きなミサイルを作って、月を壊すだろう。


 弓矢を構えて使者を追い返すことを考えるよりも、カイトならそうする。


 こんなにまで。


 こんなにまで、自分は。


 分かっていたことではあるが―― それで、苦しさが減るワケではなかった。


 そんな気持ちを振り払えずに、カイトはコンピュータに向かった。


 メイは、彼の後に風呂に入っている。


 振り払うには、頭の中が空っぽになるくらい、熱く彼女を抱きしめていればいいのだ。


 きっとそうすれば、奴らが退却するのをカイトは知っていた。


 しかし。


 今はただ、抱きしめるしか出来ない。


 勿論、メイの事情は分かっていたが、それが彼の心を軽くする材料にはならないのだ。


 せめて、彼女の体温を身体中に感じるくらい、強く抱え込んで眠れば、少しは減るんじゃないかと思った。


 今はまだ、カイトは一人だ。


 メイが、風呂から出てくるまで待たなければならない。


 その時間を、仕事に打ち込んで―― 別の意味で、頭の中を空っぽにしようとした。


 計画は成功した。


 ハッと気づいたら、メイがソファに座るところだったのだ。


 お茶とか何とか言い出したが、すぐに拒否した。


 拒否しながら、カイトは仕事を中断すべく、終了作業に入り始めていた。


 彼女が、ベッドに向かい始める時には、すでに電源を切る処理に入っていて。


 全部終わって振り返ると、驚いた顔がこっちを見ていた。


 何に驚いているのか分からなかったが、彼女の視線を避け、ベッドに向かった。


 風呂上がりの彼女を見た時から、身体の中ではっきりと飢えが生まれたのを知った。


 強く抱きしめて眠ろうと思っている心があるのに、もっと熱くて暴れるオオカミが、山を降りてきてしまったのである。


 彼は、羊になってメイを抱きしめなければならないのに。


 先にカイトがベッドに。


 すぐ後に、彼女が隣に潜り込んできた。


 電気を消す。


 静かになった。


 オオカミは、まだウロウロしている。


 羊のカイトを、食おうと言うのか。


 そんな彼の心も知らずに。


「今日は、すごく嬉しかった…ありがとう」


 暗闇の中で、メイは今日の記憶をよみがえらせているのだ。


 素直な言葉も、いまのカイトには針と同じだった。


 オオカミが、見ている。


「『可愛い』…って、お世辞でも言ってもらえて嬉しかった。ホッとしちゃった」


 グォァオー!


 咆哮が響いて、オオカミが木々の陰に駆け込む。


 オオカミの代わりに、トラが出てきたのだ。


 トラの名前は―― 嫉妬。


 彼女を強く抱きしめるのは、『オレのものだ』を、そのオレとやらに実感させるため。


『可愛い』なんて言葉くらいで、嬉しいなんて。


 カイトの中で、トラが暴れる。


 他の誰よりも、カイトが強く思っている言葉だ。


 そんな彼の気持ちに、ほかの誰もかなうはずがなかった。


 なのに、うまく伝えられない。


 彼女を『可愛い』という言葉で、幸せにしてやれていないのだ。


 嵐のように、言葉が荒れ狂う。


 あまりにすごい勢いで飛びすぎて、唇が捕まえきれないのだ。


 彼女の身体を引き寄せて、ぎゅっと抱く。


「オレの方が…!」


 オレの方が。


 オレの方がもっと。


 メイのことを思ってるし、価値を知っているし、可愛いとも思っている。


 こんな女は、ほかにはいねぇと―― 言葉は、嵐の中の看板のように飛んでいってしまった。


 トラが去った後には、またオオカミと羊のにらみ合いが続いて。


 カイトは、眠れぬ夜を過ごした。

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