80話
アイゼンが見える位置まで大岩に乗って移動し、そこからは徒歩で街道を進む。それでも、まだ日が落ち切る前には到着した。二、三日かかって移動していたのが嘘のような凄まじい移動速度だ。
城門で驚く衛兵と軽い検査や会話を交わし、自由都市アイゼンの中へと入る。
夕暮れとも言える時間帯、通りを行き交う人はまばらだ。
「ああ……なんかすごく久しぶりに帰ってきた感じがするな」
背伸びをしながら、俺はどこか懐かしい街の空気を深々と吸い込んだ。
「これからアカリたちはどうする?」
振り返り、後ろに続く三人に尋ねる。
「私はまず、このタイショーさんをライラさんのところに案内しないとね」
「おう、よろしく頼むな」
親指を立てながら、タイショーも鷹揚に答える。
「オレもいったんディルバードさんの工房に戻りますね。無事に戻ってきたことを伝えないといけませんから」
「そうだなあ。俺もガストンさんに今回の経緯を報告しておかないとな」
ハジメとの会話を聞きながら、アカリが急にぐったりとした表情を見せた。
「そっかあ……それも話さないとだめなんだよね……。うまく状況を伝えられるかなあ」
「まあ、最終的には前みたいにギルドの奥に全員呼び出しだろうな……」
俺は重いため息をつく。あの大人たちが集まって重圧がかかる独特の雰囲気はあまり好きではないため、想像するだけで少し気分が暗くなった。
「そうだとしても、今回は前回と違ってかなり明るい話題になるんじゃないですかね」
「確かに。まあ、事前に概要を伝えておけば、笑いながら和やかな雰囲気で会議が始まるかもしれないな。……じゃあ、アカリ頑張れよ」
「うええ……。タイショーさんも援護お願いしますね!」
「まあ、話がこじれるようなら知ってる範囲で助け船を出してやるよ。俺としても、さっさと例の森人の味噌と酒の話を聞きたいからな」
方針がまとまったようなので、ひとまずここで解散とすることにした。
「それじゃ、また……明日?」
「なんで語尾が疑問形なんですか?」
俺の歯切れの悪い言葉に、ハジメがすぐさま反応する。
「いや、集合がかかるのが『今日』じゃないと良いなって……」
「嫌なこと言わないでよぉ……」
「悪い悪い。それじゃ、また明日な」
そう言って皆と別れ、俺は慣れた足取りでガストン商会へと向かった。
商会の前に着くと、ちょうど入口付近を掃除していたリナがこちらに気が付いた。
「えっ……? なんで……? 今日、でしたよね? ……さっきの、あの爆発が」
事態が飲み込めず、かなり混乱しているようだ。
「あー……、前に話した海洋都市の勇者に送ってもらってね。ただいま、リナ」
俺の説明を聞きながら、混乱状態のリナは胸にそっと手を当てて深呼吸をした。
「……そうでしたか。おかえりなさい、サトウさん」
不安が消し飛んだように、ふわりと温かい笑みを浮かべてくれる。
「話し合いは無事に終了したよ。ガストンさんはいるかな?」
「あ、えーと、お父様は先ほどの爆発の件で急遽会合が開かれまして……今、外出しているんです」
「そっか。それじゃあ、帰ってくるまで中で待たせてもらおうかな」
「あの……差し支えなければ、何があったのかお伺いしても?」
「そうだね、ただ待っているだけなのも退屈だし」
商会に入り、一階にある来客用のソファーに深々と腰掛ける。
箒を奥にしまってきたリナが隣に座り、「それで、どうだったんですか?」と興味津々な目で覗き込んできた。
何から話そうかと頭の中で整理していると、アルバートさんが淹れたての紅茶が入ったカップを静かにテーブルへ置き、深々と一礼して去っていった。
俺はその温かい紅茶をありがたくいただき、乾いた口を潤す。
「そうだな……。大まかに言えば、王国に洗脳されていた勇者たちに事実を突きつけ、改心させたあとに昔話をしながら和やかに分かれた、って感じになるのかな」
そこから、山での出来事を細かく話していった。
途中で「そんなに強い方たちだったのですね」と感心されたり、「あの爆発はまた神様のせいですか?」と『またか』と言いたげな顔で突っ込まれたり、「そんな速度の移動方法だなんて、海洋都市の勇者様には後でしっかりとご挨拶をしなければいけませんね」と真面目に決意を固めていたりした。
「まあ……今後、王国側は大きく変わるかもしれないな。内部での対立や崩壊によって、多数の難民がこちらへ流れ込んでくる可能性もある……」
「そんなの、大丈夫です。ここは自由都市アイゼンですから。どんな人間であっても、私たちは受け入れて見せます!」
俺がふと漏らした未来への不安に対し、リナは胸に小さな手を添えながら、力強くそう宣言した。
「……頼もしいな」
「今後と言えば……サトウさんは、これからどうするんですか?」
「今までと変わらないさ。狩りをして、売って、買って、のんびり暮らすよ」
「そうですか。……でも、私のこともちゃんと気にしてくださいね?」
不意に投げかけられた言葉。随分と積極的だな、とも思うが、なんだかんだ言ってもう俺はこの可愛らしい少女にすっかり捕まってしまっている気もする。
まあ、この異世界で初めてできた大切な縁だ。今後もこれはずっと長く続いていくのだろうな、と素直に思えた。
「そうだな。それじゃあ……まずは世紀の決戦の場ともなった、俺のアジトへのご招待と行こうか」




