38話
素材の鑑定と買取も滞りなく終了し、マリーダが戻ったことで一段と賑やかになった食卓で夕食が始まった。
(素材について詳しく教えてくれたあの鑑定人、アルバートさんというのか……)
これまでの「名前聞き忘れ」を反省しつつ、新たな発見を頭に刻む。
「お母様、今回の行商はどうでした?」
リナの問いに、マリーダは少し箸を止めて表情を曇らせた。
「そうね……。あまり、周辺の雰囲気は良くなかったわね」
「手紙でも読んでいたが、そんなに悪かったか?」
ガストンの言葉に、マリーダは深く頷く。
「むしろ、アイゼンがこれほど無傷で残っていたことの方が、私にとっては驚きよ。王国の軍勢は本気だったはずだもの」
「まあ、こちらは運の要素が、本当に、本当に強かったのが……」
ガストン達の会話に、俺は不思議そうに首を傾げた。
「……その、雰囲気が悪いというのは、どういったことでしょうか?」
「ああ、ごめんなさいね、サトウさん。王国の動向の話ですわ。主人はこの都市周辺での商売をしておりますが、私は遠方の都市から珍しい商品を取り寄せたりしておりますの。ですが、ここ最近はどこへ行っても王国の影がちらついていて……」
「勇者や聖女を召喚した影響ですか」
「ええ。アイゼンは跳ね除けたようですが、別の方面では侵攻が続いているという噂ですわ」
俺はスープを一口飲み、少し考え込んでから口を開いた。
「なるほど。ただ、この街に関しては『跳ね除けた』というより、『吸収してしまった』という感じに近いかもしれません」
「吸収?」
マリーダだけでなく、ガストンやリナまでもが疑問の表情を浮かべる。
「あれ? 夕方頃の騒ぎの情報は、まだ入っていませんか?」
「ああ……何か騒動があったことは聞き及んでいるが、マリーが戻ったばかりで混乱していてね」
ガストンが苦笑いを浮かべる。まあ、俺が素材を大量に持ち込んだせいもあるだろう。
「今日、勇者が単身で乗り込んできたんですよ。『聖女を返せ』と」
「なんですって……!?」
「で、アカリが自らを聖女だと認めた上で、その勇者を……説教しまして。結局、勇者が猛省して、ディルバードさんが『こき使ってやる』と身柄を預かっていきました」
一瞬の沈黙の後。
「プフッ、あはははは!」
マリーダが堪えきれずに笑い出した。
「何それ! どうしてそんなことになってるのよ!」
笑いが止まらない妻の横で、ガストンは「アカリさんも無茶をする……」と、むしろ冷や汗をかいている。
「ええ……。でも、ルル、大丈夫かなぁ」
リナがポツリと、別の方向の心配を口にした。
「ん? なぜ彼女が?」
「……あれ? サトウさん、もしかしてルルがディルバードさんの孫だって、知らなかったんですか?」
「そ、そうなの……?」
衝撃の事実だ。確かに彼女の大盾や防具は異様に立派だったし、あの重装備で涼しい顔をしていた。血筋と言われれば納得するしかない。
「シャノはギルド長のお孫さんだし、ミラは衛兵局トップの娘さんですよ?」
「マジか……。なんか今日、衝撃の事実が多すぎるぞ。……しかし、よくそんなお偉方の令嬢たちが冒険なんて許されたな」
「なんというか、皆さん親馬鹿というか孫馬鹿というか。その上で、お互いの家を信頼してるから『あそこの子が一緒なら大丈夫』って、変にこじれて納得しちゃってるみたいで……」
「上手く嵌まっちゃったのか……」
「しかも、クレートボアの件であの子たちは猛省したんですけど、親御さんたちのほうは『流石は我が娘たちだ、死線を越えて成長した!』って盛り上がっちゃったらしくて」
俺は天を仰いだ。世の中、なかなか上手くいかないものである。
「まあ……本人たちが反省してるし、今はアカリもいるから、以前よりは安全だろうけどな」
「しかし、あの子たちのパーティーはライラさんの関係者も含め、どんどんこの都市の有力者の関係者が集まっていくなぁ。うちからもサトウ殿が加わっているようだしな」
「あらあら、あなたったら。ふふふ」
ガストンの誇らしげな言葉に、マリーダが楽しそうに微笑む。
どうやら俺は、知らないうちにこの街の「超重要人物たちの託児所」のガードマンに就任してしまったらしい。




