36話
勇者ハジメの鼓膜を震わせる大音声の謝罪に、街の住人たちは呆気にとられて静まり返った。
あまりの熱量と、地面にめり込みそうな土下座。そのシュールな光景を前に誰もが言葉を失っていると、背後から年季の入った低い声が響いた。
「……何事だ、この騒ぎは?」
振り返ると、そこには工房の主であるドワーフの爺さんが立っていた。隣には職人の男が、材料の詰まった重そうな袋を抱えて控えている。どうやら買い出しの途中らしい。
「おう、サトウ殿。ガストンの屋敷へ寄ってきたが、お主が置いていった狩りの成果物を前に、あやつ『主役がいない』とやきもきしておったぞ」
「ああ……戻った途端、彼女たちに冒険へ連行されまして。で、帰ってきたらこの騒ぎです」
「して、これはどんな状況なんじゃ?」
爺さんが顎で、土下座したまま動かない大男を示す。俺はこめかみを押さえながら答えた。
「端的に言うと、剛力の勇者が聖女を奪還しに城門を壊して乱入し、それを自力で直した聖女本人にこっぴどく怒られている……って感じですかね」
「はっ! そりゃあなかなか傑作な状況じゃの!」
俺の説明に、爺さんは愉快そうに喉を鳴らした。
その間にも、聖女アカリは泣きながら地面に伏しているハジメの背中を、容赦なく「このバカ!」とばかりに足で踏みつけ、周囲に向かって声を上げた。
「すいませーん! このバカ、王国に戻すとまた変な洗脳されて悪さするかもしれないので、誰かこき使って隠してくれませんかー!」
聖女らしからぬバイオレンスな振る舞いに、街の住民たちは引き気味に沈黙する。だが、ドワーフの爺さんだけは一人で大笑いしながら前へ出た。
「面白い! その勇者、わしが預かろう!」
爺さんはそう宣言するなり、自分より遥かに大きなハジメの襟首をひっ掴んだ。そのまま、泣きじゃくる勇者を土下座の形のまま軽々と担ぎ上げる。
「たっぷりこき使ってやるから覚悟しろ!」
豪快な笑い声と共に、爺さんは来た道を悠々と引き返していく。隣の職人の男は「えぇ……マジかよ……」と絶望的な表情でその後を追っていった。
あまりに唐突な連れ去り劇に、アカリもポカーンと口を開けて固まっている。
住民たちはといえば、「まあ、ディル爺さんが言うなら……」「あの爺さんの所なら安心だわな」と、何事もなかったかのように蜘蛛の子を散らすように日常の作業へと戻っていった。
「……ディル爺さん?」
俺が呟くと、隣にいた職人の男が去り際に振り返った。
「……そういえば、まだ名前を言ってなかったな。あの爺さんの名はディルバード。で、俺がハサンだ。よろしくな、サトウ」
「……ああ、うん。よろしく、ハサン」
他人の過去を詮索しないという、この都市特有の自分好みな空気に浸りすぎて、またしても重要人物の名前を聞き忘れていた。
(……少しは反省した方がいいか、俺)
勇者の強制連行、住民のあっさりした切り替え、そして聖女。
情報量が多すぎて、俺は混乱する頭を抱えながら、ひとまず静まり返った城門の前に立ち尽くした。




