12話:三人娘とのはじめての依頼探索
2026年08月11日 主な変更
:12話と一部話を前後させる
:ギルド内の描写を追加
冒険者ギルド。
この世界の様々な場所にネットワークを広げており、冒険者同士で互いを支援する組合ではあるのだが、あまり目立ちたくない自分にとっては情報が広まると困るため、今まで訪れたことはなかった。
そもそも、ガストンの商会に獲得した素材を直接買い取ってもらっているところから見て、そのあたりの兼ね合いはどうなっているのだろうかと思いもするが、リナが送り出してくれたことから特に問題はないのだろう。
初めて足を踏み入れるギルドの中は、早朝の混み合う時間帯を過ぎているのか人はまばらだった。
奥にはカウンター、手前には簡易的な食堂のような机と椅子、左手には店舗らしきものがいくつかと、右の壁際には依頼書が貼られた掲示板が置かれた至ってシンプルな構造となっている。
天井は吹き抜けとなっており、カウンターの両脇には二階へと続く階段が設置されていた。
外観の奥行きと見渡せる範囲に差異があるため、さらに奥には別の設備が入っているのだろう。
ミラたちは右の壁際に向かい、張り出された依頼を入念に確認していた。
掲示板の中から彼女たちが選んだのは、「北の森に生息する大型猪系モンスター『グレートボア』の素材採取」だった。
「最近、工芸品の材料が足りなくて、ギルド側からも推奨されている依頼なの」
複数枚重なって貼られた依頼書の束から一枚を手に取り、ルルが説明してくれる。
しかし、依頼書に記載された『大型』という文字を見ても、いまいちピンとこない。
これまでアジトの周辺で様々な魔物を狩ってきたため、「あのくらいの大きさか?」と想像はしてみるものの、どんな相手であっても結局は能力を用いて瞬時に切断して終わらせてしまったため、実際の強さや手強さが感覚として分からないのだ。
(まあ、駆け出しの冒険者にとってはこれが手頃な難易度なんだろうな)
自身の感覚が日々の狩りを通じて麻痺しつつあることを自覚しながらも、俺は「そういうものか」と納得することにした。
俺はギルド内では正式な登録ではなく「助っ人」としての署名だけを済ませ、彼女たちの後に続いて街の西門を抜けた。
賑やかな少女たちの話し声を耳に挟みながら、俺は他人から見た自分の実力がどれほどのものなのかを確認するため、――そして「助っ人」としての初仕事という新たな挑戦へと足を踏み出していった。
* * *
「普段はどうやって狩りをしているんですか?」
獲物が生息しているであろう森が目前に迫り始めた頃、ミラが歩調を合わせながら俺に話題を振ってきた。
「そうだな……」
俺はそう呟きながら、腰に下げていたカモフラージュ用の短剣を静かに引き抜いた。
「へえ、かなりの業物っスね」
引き抜かれた短剣の刀身に目を留め、シャノが感心したように言ってくる。
「まあな。俺はこの短剣を振るうことで、真空波のようなものを飛ばしているんだ。離れた位置からでも標的を両断できるくらいには強力なやつをな」
「そんな強力なんですか?」
「ああ。だが、うちのパーティーには傷を治せる回復役がいない。何よりも安全を第一に考えて行こう」
ルルの驚く言葉に対し、俺は静かにそう念を押した。
「そうですね。サトウさんの力に頼り切りになってしまっては、意味がありませんしね」
その後もいくつか質問が飛んできたが、余計な情報を与えないよう無難に答えていく。
森の入り口が目の前に迫ったところで、シャノから「ところでリナお嬢様とはどういうご関係なんスか?」とニヤニヤしながら尋ねられたが、俺はそ知らぬ顔で無視し、静かに森の中へと足を踏み入れた。
森に入り、さらに奥へと進んだところで、シャノが何かに気づいたように身軽な動作で木の上に登り、周囲の様子を見渡した。
「……見つけたっス! 巨大な獣が通過した足跡があるっスよ」
彼女が上空から指し示す方向には、地面が深く抉られた痕跡が残されていた。目的の獲物の可能性が高い。ミラたちはその足跡を慎重に辿っていく。
すると、奥の生い茂った木々の間から、草木が擦れ合う音や、太い枝が折れる凄まじい音が響いてきた。
こちら側の存在に気づき、足跡を残した獲物が戻ってきたのかもしれない。
「……ッ、来たっス!」
シャノの警戒する声と同時に茂みを割って姿を現したのは、彼女たちの予想を遥かに超える巨体を持ったグレートボアだった。それも一頭だけではなく、複数頭の群れだ。
「いや、デカすぎない……?」
突如目の前に現れたその巨体を目にして、ミラが呆然と声を漏らす。
「あんなの無理だよぅ……」
大きな盾の影でルルが泣き言を漏らす。
「ヤバいっス! 撤退、即撤退っス!」
シャノが即座に叫ぶ。
「そうね、撤退よ!」
ミラの号令のもと、彼女たちは脱兎のごとく背を向けた。
俺は急いで走り出す彼女たちの後ろ姿を見送りながら、「なんだかなぁ」と思いつつも、無理をせず冷静に引き際を判断できた彼女たちに少しだけ安心した。
だが、放っておけば追いつかれる。俺は殿を務めながら、追撃してくる獲物たちの周囲に能力を発動した。広い範囲に「濃霧」を発生させ、彼女たちの後を追いかける。
突如発生した霧に巻き込まれた群れは混乱して足止めされたが、その中から一頭、執念深い個体が霧を突き破って突進してきた。
(……ある意味、好都合か)
一頭だけであれば、彼女たちに「成功体験」を積ませるチャンスだ。
俺は走りながら、追ってくる獲物の体内と足の関節に極小の「置換」を仕掛けた。筋肉や神経の一部をただの水へと置き換えていく。外傷はないが、確実に動きが鈍る。
ある程度開けた広場まで逃げ切ったところで、俺はさらに一撃、前足の蹄の付け根をわずかに置換した。
獲物が急に足元を狂わせたかのように盛大に転倒する。
「チャンスだ! 叩け!」
俺の指示に、ミラたちが足を止めて反転した。
だが、シャノの放った矢は厚い毛皮に跳ね返され、ミラの振るった剣も、少女の腕力では致命傷を与えるには至らない。
(ああ、そうなるのか。やっぱり、今の彼女たちには荷が重すぎるんだな)
俺はやれやれと肩をすくめると、カモフラージュのための短剣をひと振りしてみせた。
鋭い振りに合わせて、極薄の水の膜を首元で置換する。
湿った鈍い音とともに、グレートボアの太い首が音もなく両断され、地面に落下した。
「……え? 倒したの?」
呆然とする少女たちを横目に、俺は周囲の警戒を続けた。
「とりあえず一頭は確保だ。他の奴らが来ないうちに、さっさと素材を回収してしまおう」
俺は、彼女たちが四苦八苦しながら不慣れな手つきで解体を進める様子を黙って眺めていた。
――依頼内容の確認の足りなさ、そして探索や戦い方への甘さ。
説教は、この血生臭い作業が終わってから、安全な場所で、と考えふと思う。
一人でいることに喜びを感じていたはずなのに、今はなんだかんだと積極的に彼女たちの面倒を見ている自分の心変わりに、俺は少しだけ苦笑を浮かべた。




