第62話 戻った現実は
マヤ視点
「・・・・・ここは?」
知らない天井だ。
「先生っ!先生、娘が、娘が」
「・・・・・お母さん?」
懐かしいお母さんの声がしたと思ったら白衣を着た男の人が入って来た。看護師も連れて。
「良かった、良かった」とお母さんは泣く。
「?」
「高梨麻耶さん」と先生が呼びかけてきた。
「?私はアイルよ。死んで、アイルになったの。高梨麻耶は私の前世の名前よ」
「アイル?何を言っているの?あなたは高梨麻耶。私の娘よ。アイルって確か、あなたがハマっていたゲームのヒロインでしょ。あなた、夢でも見ていたんじゃないの?」
夢?そうか、全部夢だったのか・・・・・・夢?
私は何となく首を触った。その瞬間、思い出したのだ。首に冷たい金属が触れる感覚を。私を見つめる、背筋が凍るような視線を。
アイル(私)は死んだ。殺されたのだ。
「あ、あ、ああああああああああっ!」
「麻耶、麻耶、どうしたの?麻耶」
「お母さん、離れて。おい、鎮静剤を打つ。拘束しろ」
「は、はい」
◇◇◇
私は階段を踏み外して落ちたらしい。そこから三日は意識不明だったとお母さんから聞いた。
私がアイルとして生きた時間は全て夢だったことになった。でも、きっと神様がリセットしてくれたんだと思った。アイルとしての人生が失敗だったから。
やっぱり、私は特別な女の子。
「ねぇ、ミキちゃんは?」
私が戻ったということは、おまけで転生させてあげたミキちゃんも戻って当然だよね。ミキちゃんだけが私の大好きなゲームの世界に残るとかあり得ないし。
「ああ、あなたのお友達の?そんなのはどうでも良いじゃない」
「どうでも良くないよ、私の友達よ」
「そんなことよりも、あなたは自分のことを優先させなさい。階段から落ちたんだから」
何を聞いてもお母さんは答えてくれなかった。
まぁ、いいか。あの高さから落ちた割には無傷だし。きっとミキちゃんも無傷なんだろう。神様がきっと気を利かせてくれたはずだ。そうなると、私ってミキちゃんの命の恩人になるのね。だったら、ミキちゃんはもっと私に優しくすべきだと思う。
明日、退院できるって言うし学校に言ってみよう。きっとミキちゃんに会えるはずだから。そして、そのことを伝えてみよう。
ミキちゃんはきっと私に感謝するはずよ。私のおかげで金持ちの令嬢気分も味わえたんだしね。
だからお母さんには内緒で、きっと心配しているだろう友達に会いに行くと嘘を言って学校に行った。
お母さん、私がミキちゃんと仲が良いのをあまりよく思ってないんだよね。仕方がないよね。アイルの時も麻耶の時も私は特別な女の子だから。ミキちゃんとは釣り合いが取れないもん。そんなミキちゃんと仲良くしてあげてる私って本当に優しい。
「・・・・・いない?なんで?」
結構探し回ったけど見つからなかった。仕方がないので、何度か説明会の時に見かけたことのある人たちに片っ端から声をかけた。
「あなたって、もしかして高梨麻耶?」
「そうよ」
一度も話したことがないし、授業が始まる前に、まぁ、一週間程度だけど授業に参加できず出遅れたにも関わらず私のことを知ってるなんて驚き。でも、当然か。私って地元じゃあ有名人だもんね。
「ああ、あなたが」と言った後、周りの雰囲気がおかしくなった。ヒソヒソと声を潜めて、まるで殺される前のアイルの周囲と同じだ。
出産するまで世話をしてくれた侍女たちは、今までの優しさが嘘のように冷たくなったし、よそよそしくなった。何で?何であの時と同じなの?あの時もおかしかったけど。
「な、何よっ!感じが悪くない?」
私が怒ると代表するように一人が前に出た。
「よく平気な顔で来れたわね。おまけにミキちゃん?だっけ。それって早川瑞希のことよね」
ミキちゃんのことも知ってるの?まぁ、この私の友達だもんね。ミキちゃんって本当に役得だよね。私に選ばれたおかげで平凡な子でも特別視の対象になるんだから。だからミキちゃんはもっと私に感謝すべきだと思うのよね。
「あんたが階段に落ちた時、私見てたの。あんた、自分が落ちるからって隣にいた早川瑞希の手を引っ張って落としたでしょう。おまけに、彼女を下敷きにして。おかげで彼女は死に、あんたは無傷。事故だから仕方がないのかもしれないけどさ、だからってそんな平然としてるなんて、ちょっと神経疑うわ」
「・・・・死んだ?ミキちゃんが?う、うそよ」
私が言うとその子は「はっ」と鼻で笑った。
「何知らないふりしてんの?早川瑞希の母親があんたの母親に「人殺し、娘を返せ」って病院にまで押しかけて警察沙汰になったじゃない。おまけにあんたの両親はそれを金で解決しようとしてさ」
「うわっ、最低」と周りは同調する。
そんなことを言われても知らないものは知らないのだ。お母さんからは何も聞いてない。
「私の友達、あんたと同じ高校だったんだけどさ」と別の子がまた何か言い始めた。
「早川瑞希に素行の悪い男を近づけて、無理やり交際させようとしたんだって」
「ああ、知ってる。高梨麻耶は早川瑞希のストーカーで、執拗に虐めてたって。しかもそれで『大親友』とか周りに言ってたんでしょ」
「最低」「気持ち悪い」と周りが言い始める。
こんなふうに悪意をぶつけられたことはなかった。それにミキちゃんが死んでいるのも予想外だ。何、勝手に死んでんのよ。
ミキちゃんが勝手に死んだだけなのに私のせいとかあり得ないってみんなに伝えたら更に悪意をぶつけられて怖くなったから私は家に逃げ帰った。
その日から私の人生は大きく変わった。
大学での出来事がSNSで、動画付きで広まるし、高校でのことも悪意を持って歪められた噂が真実のように広まるし、そのせいでお父さんの会社の株価は大暴落。
家を手放さなくちゃいけなくて、お父さんとお母さんは毎日のように喧嘩してる。新しい家は前の私の部屋ぐらいしかない狭い場所でボロい。
そうなると、高校の時の友達はみんな離れて行った。訳わかんない。どうして、私がこんな目に遭わないといけないの?私は選ばれた、特別な女の子なのよ。
「神様、お願い、神様、もう一度リセットして。こんなのは間違ってるの。ねぇ、聞いてるんでしょう、神様っ!私は特別なのよっ!私の願いを聞きなさいよっ!」
どんなに泣き叫んでもリセットはされなかった。私はこの人生を生きないといけないの?特別でもない、こんな平凡な人生を?どうして?私が何をしたのよっ!
◇◇◇
夢を通して見せてくれたのは麻耶の転落人生だった。
「主神が彼女に与えた試練だよ。これで変われば平凡な人生を送れるし、無理ならそのまま堕ちるところまで堕ちていくだけだよ」
「・・・・そう」
お母さん、泣いてたな。高梨家の権力に負けて私の側に麻耶を置き続けたことを後悔してるんだ。
「私はレイファとして生きないといけないの?」
「ごめんね。あの事故で、君は本当に死んでたんだ。そして彼女は植物状態だった。まぁ、それは魂だけをこの世界に送った影響だったんだけどね。だからこそ、魂を戻して元の世界に返せたんだ」
「・・・・・そう」
「私ができるのはここまで。多分、私が君の元に現れることはもうないと思う。だから、さようなら」
「ええ、さようなら」
私は目を覚ました。そこには見慣れたレイファ・ミラノの寝室の天井があった。
私はここで生きていく。レイファ・ミラノとして。アイルの麻耶のいない世界を。私が望んだことだ。ならば、最後まで生き抜くだけだ。
「さようなら」




