第62話「神対応」
朝食を食べ終えた俺は、今日も妹の楓花と一緒に学校へ向かう。
高校生にもなって妹と一緒に登校するなんて、正直未だにちょっと納得はいっていないのだが、まぁそれがあるおかげで楓花も早起きするようになってるみたいだから渋々良しとする事にしている。
「いってきまーす」
「はい、いってらっしゃい」
今日は、GW明けの久々の登校。
ちょっとぶりに着た制服は、またこれから日常が始まるんだなという事を思わせる。
隣に目を向けると、そこには同じく制服を着た楓花が革靴を履くのに苦戦していた。
しかしこうして普通にしていると、確かに物凄い美少女なんだよなと思ってしまう……。
「なに? どうかした?」
「いや、何でもない。行くぞ」
そう言って玄関を開けると、今日は天気が良く外から日差しが差し込んでくる。
「おはようございます! 良太さん!」
そして眩しい朝日に照らされるように、目の前には聖女様が立っていた。
「――え? 星野、さん?」
「はい! 一緒に学校へ行こうと思いまして」
そこには、満面の笑みを浮かべる星野さんが立っていた。
当然星野さんも制服を着ており、後ろ手でバッグを持って微笑んでいるその姿は、なんて言うか聖女様そのものだった。
元々ハーフな事もあり、日本人離れした整った顔立ちに透き通るような白い肌。
やっぱり星野さんもまた、楓花同様とんでもない美少女なんだよなという事を分からされる――。
「……星野さん、学校違うじゃん」
「うん、でも途中までなら一緒に行けると思って」
途中って言っても、ちょっと先にある橋の分かれ道までで本当にちょっとだった。
それなのに、星野さんは一緒に登校するためにわざわざ川向うにあるうちの前まで来てくれたというのか……。
「嬉しいよ、星野さん。行こうか」
心の底から嬉しくなった俺は、ちょっと恥ずかしくなりつつもそう返事をした。
すると星野さんは本当に嬉しそうに微笑むと、そのまま楓花ではなく俺の隣にピッタリとくっついてきた。
「行きましょう、良太さん」
「お、おぅ」
「……ねぇ、わたしもいるんだけど」
「あら、楓花さんはあとで良太さんと沢山一緒に歩けるんだから、途中まではわたしに譲って下さいよ」
文句を言う楓花に、星野さんは悪戯な笑みを浮かべながら返事をする。
そんな星野さんの言葉と圧に、珍しく楓花が気圧されているようだった。
――ん?ってか今、なんて言った?
良太さんと歩けるんだから、途中まで譲ってくださいって言ったよな……?
それって、一体どういう意味だ……?
「良太さん良太さんっ! 昨日は配信見てくれました?」
「え? あ、ああ、凄い面白かったよ!」
「本当ですか? うふふ、楽しんで貰えたのなら嬉しいなぁ」
少し頬を赤らめながら、本当に嬉しそうに喜んでくれた星野さん。
そう、この星野さんは俺の大好きなVtuber桜きらりちゃんの所謂中の人ってやつなのだ。
昨日の配信のきらりちゃんは、何だかいつも以上にパワフルで、全力でゲームで敗北して笑いを生み出していた昨日の配信は、もはや芸術の域だった。
それはいつも通り、いや、何ならいつも以上に面白かったのだが、あのきらりちゃんがこの星野さんなんだよなと思うとやっぱりちょっと違和感があった。
きらりちゃんと言えば、やっぱりその暴言やクズ発言の切れ味の良さなのだ。
それを、今隣にいるこの清楚で可憐で聖女のような星野さんが言っているのだと思うと、やっぱりイメージと全く合わないのだ。
「ん? どうかしました?」
「いや、昨日のきらりちゃんが本当に星野さんなんだよなって思って。やっぱりイメージが違うっていうか何て言うか……」
「――何? 不満なわけ? わたしの下僕なら、そのぐらいちゃんと分かりなさいよねっ!」
すると星野さんは、なんときらりちゃんの声と言動で俺のことをビシッと指差してきた。
その声や仕草はまさしくきらりちゃんそのもので、本当に星野さんが俺の大好きなVtuberなのだと分からせてくれたのだ。
「き、きらりちゃんだ! す、すごい! もう一回やって!」
「なに? 欲しがりなの? やめてよ気持ち悪いっ!」
「きらりちゃんだぁあああ!!」
紛れもないきらりちゃんの神対応に、俺の中のVtuberオタクの心に一気に火が付いた。
今ではチャンネル登録者数80万人を超える憧れの超人気ライバーが、たった今目の前にいるのである。
そんなの、嬉しい以外のなにものでも無かった。
「これで、信じて貰えました?」
「勿論! 凄いよ!」
恥ずかしそうに、舌をペロっと出す星野さん。
その姿の愛らしさ、それから本当にきらりちゃん本人だという興奮から、俺はもうどうにかなってしまいそうだった。
「あ、残念……もう着いちゃった。わたしこっちなので、行きますね。今日も一日頑張りましょうね」
「あ、星野さん……。うん、今夜も配信楽しみにしてるよ」
「はい! ――絶対見ないと、死刑だからねっ!」
「きらりちゃああああん!」
指で鉄砲を作り、俺のハートを撃ち抜く星野さん。
その神対応に、俺はもうメロメロのメロだった。
そんな俺に満足したのか、星野さんは満面の笑みを浮かべながら満足そうに歩いて行った。
「……いや、マジでなんなの……」
そして、そんな俺と星野さんのやり取りを一部始終見ていた楓花は、まるでゴミでも見るような目でただただ俺に引いているのであった。
まずは行動を起こす星野さんと、珍しくドン引きする楓花ちゃんでした。




