第60話「それぞれの想い」
――まぁ、悪い奴じゃないわね
部屋で一人、勉強机と向かいながらついそんな事を考えてしまう。
ちなみにこれで、三回……いや、四回目だろうか。
勉強に集中しようにも、この間の柊さんの別荘へ遊びに行った日の事がどうしても思い出されてきてしまう。
最初は、エンペラーとか何を言っているのという感じだった。
けれど、共に過ごしているうちに彼の魅力……じゃなくて、良いところに気が付くようになった。
それは、自分で言うのもなんだが、はっきり言って浮世離れしたような美人であるわたし達四大美女が相手でも、普通の女の子を相手にするように接してくれるところだ。
その点については、確かにわたしも接しやすさを感じてしまっている。
ただ、それだけなら彼じゃなくてもきっといる。
じゃあ何故彼が四大美女に囲まれているのかと言えば、それはきっと彼の持つ優しさにあるのだろう。
あの日のBBQでも、火傷をしそうになったわたしの手を氷で冷やしてくれたし、他にも常に周囲に気を使ってくれていた。
そんな些細な優しさだが、それでもそんな優しさが嬉しかったのは確かだった。
思えば、こんなわたしに対してあれ程ただ親切に接してくれた同世代の男の子なんて初めてだった。
幼少期から容姿に優れていたわたしは、常に周囲から一目置かれるようになっており、近づいてくる男の子はどれもわたしではなくわたしの容姿目当てに感じられたのだ。
それは中学生になる頃には顕著に表れるようになっていて、その結果が今の四大美女というわけだ。
きっとこれは、他の三人も似たようなものだと思う。
だからこそだろうか、わたし達はハッキリ言って三者三葉ならず四者四様なのだが、それでも境遇は似ているせいか何故か気が合うのだ。
でも、わたし達だけではきっと交わらなかっただろう。
普通のお友達と接する術を知らないわたし達が、自発的に誰かと仲良くなれるかと聞かれれば、勿論答えはノーなのだ。
じゃあなんで最近行動を共にしているのかと言えば、それはやっぱり彼の存在が大きいだろう。
いつも彼がいてくれるからこそ、チグハグで個性の塊みたいなわたし達でも一緒に居られるのだ。
――だからまぁ、悪い奴じゃないわよね
あ、駄目だ。これで五回目……。
勉強しないといけないのに、今日のわたしはこんなことをグルグル考えてしまっているのであった。
わたしは机に置かれた卓上カレンダーに目を向ける。
そこには、来月の週末に書かれた花丸が二つ。
そう、この日はわたし達の高校で文化祭があるのだ。
他校に比べると、早いタイミングでの文化祭。
そして他校の生徒でも、招待状があれば来るのは可能……。
「誘って、みようかしら……」
そうぼんやり呟いたわたしは、そのままスマホを手にする。
そして普段送ることの無い相手に向けて、少し緊張しながらメッセージを入力する。
『昨日はありがとうございました』
まずは昨日のお礼をして、それから……。
こうして、わたし羽生愛花は人生で初めて、自分から異性を誘ったのであった――。
◇
「うう……配信、やらなきゃ……」
ベッドから上半身を起こしたわたしは、鉛のように重たい身体にげんなりしながら一度伸びをする。
時計を見ると、18時半前。
配信予約は19時半から入れているため、今から急いで準備をすれば全然間に合う時間だ。
しかし、わたしの身体は動かない。
勿論配信をするのは大好きなのだが、昨晩は考えごとしていたらうまく寝付けず、その結果こんな夕方に仮眠を取るという生活リズムの乱れが生じてしまっているのであった。
じゃあ何を考えていたのかと言うと、それはこの間の柊さんの別荘へ遊びに行ったあの日の思い出だった。
あの日は、とにかく楽しかった。
普段引っ込み思案なわたしだけど、あの日はお友達と自然に楽しむ事が出来た。
最近一緒に行動する事の多くなった、同じく四大美女と呼ばれる彼女達と過ごす時間は、今ではわたしにとってかけがえのないものになっている。
そんな彼女達と一緒に、BBQをしたりババ抜きで遊んだり、それから一緒にお風呂へ入った経験は本当に楽しかった。
あの日のことを思い出すだけで、ついにやけてきてしまう程に。
でも、それだけじゃないのだ。
やっぱりあの日、良太さんが一緒に居てくれた事がわたしは嬉しかったのだ。
移動中、隣の席になれたのは嬉しかった。
一緒にお菓子を食べながら会話をするのは楽しかったし、時折車の揺れで肩が触れ合う度ドキドキした。
それはババ抜きの時もそうで、良太さんの肩を揉むのは嬉しかったしもっとドキドキした。
――わたしって、SかMで言うと、やっぱりMなのかな
そんな事を考えるだけで、自然と自分の口角が上がってしまっている事に気付いた。
それだけ、やっぱりわたしにとっては楽しい思い出になっているという表れだろう。
段々身体が目覚めてきたわたしは、ようやく配信用の机へ移動する。
でも、考えるのはこれから行う配信のことというより、良太さんのことばかり。
「――今日も配信、見てくれるかな」
見てくれてたら、嬉しいな。
うん、今日も良太さんに笑って貰えるように、配信を頑張ろう。
星野桜――そして、桜きらり――。
Vtuberであるわたしと、四大美女と呼ばれる普段のわたし。
わたしには、そんな二つの顔がある。
良太さんは、桜きらりのファンでいてくれてるし、それにきっとわたしの容姿だって嫌いじゃない……はず。
だからこれは、わたしにしかない武器なのだ。
でも、他の子達はわたしから見ても全員超が付くほど可愛い。
だからわたしは、これまで以上に頑張らなければならないのだと決心する。
――よし、まずは今日の配信がんばるぞ!
気持ちを入れ直したわたしは、パソコンの電源ボタンを押した。
きっと配信を見てくれている良太さんにも楽しんで貰うべく、これまでで一番楽しい配信をしてやろうと心に誓いながら――。
60話にして、ラブコメの予感――!!




