第32話「配信」
昼ご飯を食べ、それから少しだけ仮眠を取ったあとちょっと勉強していると、あっという間に晩御飯の時間になった。
それから何事も無く晩御飯を食べ終えた俺は、時計を確認する。
――18時50分、よし、まだ間に合うな
そう思いながら俺は、PCを起動させる。
それから桜きらりちゃんのチャンネルページを開き、配信予定の動画再生をクリックし待機していると、ついに約束の19時になった。
『おはきらりー!今日はマイスペやってくよー!今日はわたしの城を建てるのだ!』
そう言って、今日もきらりちゃんの配信が元気よく始まった。
マイスペとはマイスペースクラフトというゲームの略称で、オープンワールドで好きに資材を集めて建築が出来る人気ゲームであり、きらりちゃんの所属する事務所はこのマイスペの共有サーバーを用意しているため、同じ事務所のライバー達が自由に建築して楽しむ事が出来る環境となっている。
ちなみに前々回のマイスペ配信では、きらりちゃんが同じ事務所の竹中勉という料理人オジサンVtuberが頑張って作った魚市場を、計らずも偶然現れたモンスターにより爆破して壊してしまうという大惨事を起こしてしまい、前回の配信ではその竹中と一緒に魚市場復興作業の労働者として扱き使われていたのである。
竹中と、平謝りするきらりちゃん二人の掛け合いはやっぱり面白くて、言葉では謝っているけどちっとも謝っていないきらりちゃんが、最終的に完成したニュー魚市場を昆布まみれにして逃げて行った流れは笑いとして完璧にも思えた。
まさか、こんな悪ふざけの天才みたいみたいなきらりちゃんの中の人が、普段はあんなに控えめでおっとりとした美少女だなんて絶対に誰も思わないだろうなと思いつつ、一応本当に見に来たよという意味も込めてチャットへコメントする事にした。
まぁ既に2万人ものリスナーが集まっているため、書いたところで拾われる事は無いだろうけど一応ね。
『おはきらりー!この間の昆布どうなった?』
しかし、たった今俺の打ち込んだコメントを何ときらりちゃんは次から次へと流れるコメントの中から拾ってくれたのである。
『あっ――ああ、昆布どうなったって?じゃあログインしたら最初に魚市場見に行こうかな!』
ん?なんだ今の反応――?
恐らくだけど、今のコメントが俺のだと気付いているんじゃないだろうか。
それならば、よくこんな猛スピードで流れるコメントの中から拾えたなと感心しつつも、あまりそれで配信の邪魔しても悪いから暫くコメントはせず配信を見るだけにして楽しむ事にした。
こうして、マイスペを起動してログインしたきらりちゃんの画面に映されたのは――部屋一面に広がる昆布だった。
『はっ?えっ?なにこれ!?部屋が黒いんですけどー!?』
無数の昆布により、元々ピンクを基調にした可愛い部屋が、昆布色一色に変えられてしまっているのであった。
これは間違いなく、竹中による魚市場の仕返しだろう。
部屋を昆布塗れにされ、早速城の建築どころじゃなくなってブチギレするきらりちゃんは、今日も開始早々キレ芸は絶好調で面白かった。
リスナーもリスナーで、そんなきらりちゃんを擁護するコメントは一つも無く、全員「元はと言えばきらりが悪い」で統一しているのも、生配信の面白いところの一つだった。
「お兄ちゃん、何一人で笑ってるの?」
そんな配信に一人で笑っていると、また勝手に部屋の扉を開けた楓花が怪訝な顔を浮かべながら入ってきたのであった。
もうこの妹は、プライバシーとか個人の部屋とかそういう概念は持ち合わせてはいないようだ。
「今配信見てんだよ。今日も神配信の予感しかしないから、邪魔しないでくれ」
「ふーん、じゃあわたしも見る」
そう言って楓花は、あまり興味無さそうにしながらもクッションを俺の隣に置くと隣にくっついて座ってきた。
「これ、何やってるの?」
「ああ、マイスペ知らないか?」
「見た事はあるけど、よく分からない」
「そうか、まぁ見てればそのうち分かるさ」
こうして俺は、文句を垂れながらも昆布の撤去作業に勤しむきらりちゃんの配信を、何故か妹と一緒に見る事になってしまった。
正直一人で見たいところなのだが、反面自分が面白いと思っているコンテンツは他の人にも知って欲しいと思ってしまう部分もあるため、これを機に楓花もこの楽しさを知ってくれれば俺としてはちょっと嬉しかったりもする。
そんな事を思いながら配信を見ていると、遅れてログインしてきた竹中と通話を繋いで呼び出すと、それからゲーム上で殴り合いの喧嘩をし出すきらりちゃんは今日も変わらない面白さがあった。
「――ふーん、面白いね」
「お、楓花も沼に落ちたか」
「そういうわけでもないけど、ねぇ?これここにコメント書けばみんなみたいに書き込めるの?」
暫く配信を見ていると、楓花も一緒に笑ってくれておりどうやらVtuber配信の面白さは理解してくれたようである。
それは俺としても嬉しい事なのだが、なんと今度はコメント欄に興味を持ってしまったのである。
「ま、まぁそうだけど、書き込むのはやめてくれよ」
「え?どうして?」
「それはその、ほら、俺のアカウントでログインしてるから」
「別に匿名でしょ?何気にしてるの?」
「いや、まぁそうなんだけど、俺古参だから?ライバーも多分俺の事知ってるかも的な?」
珍しく楓花の言う事に反論出来なくなった俺は、苦し紛れの言い訳をしてしまう。
となると、当然この楓花さんがそんな俺を見逃してなんてくれるわけがなかった。
「怪しい――別に変な事は書かないから、いいでしょ!」
案の定怪しんだ楓花は、そう言って高速でタイピングすると勝手にコメントを入力した。
何をやらせても人並み以上の結果を残す楓花は、どうやらタイピングも俺より速いのであった。
普段PCを触りもしないのに、こんな所で才能の無駄遣いしやがってチクショウ!
「よし、送信っと!別にこれぐらいならいいでしょ?」
こうして楓花は勝手に『ウケる』というたった三文字のコメントを送信した。
通常であれば、こんな目立たないコメントはすぐ流れて終わりになるはずなのだが――うん、やっぱり気付くんですね、きらりちゃんはバッチリそのコメントを拾ってくれたのであった。
『え?ウ、ウケる?なに?――わ、笑ってるんじゃないわよっ!』
どうやらきらりちゃんは、俺がそんなコメントをするなんてイメージに無かったのだろう。
動揺するような、変な反応をしてしまっていた。
――ごめん、それ書いたの妹なんだ
そう俺は心の中で謝るが、そんな謝罪は伝わるはずも無かった。
そして、そんなコメントを書き込んだ楓花はというと、自分の書いたコメントを拾って貰えた事が嬉しかったのか、ニヤニヤした笑みを浮かべていた。
「ねぇお兄ちゃん!この子わたしのコメント拾ってくれたよ!」
「そ、そうだな。じゃあもういいだろ?」
「んー、またコメントしたら拾ってくれるかなー?」
完全に味を占めてしまった楓花は、またしても勝手にコメントを打ち込もうとする。
しかし、これ以上きらりちゃんの配信を邪魔するわけにもいかないため、楓花の手を取ってそれを阻止させて貰った。
「俺のアカウントだからやめてくれ」
「えー、なんでよぉ」
「いいから、大人しく見る!」
妹相手でも、流石にきらりちゃんと繋がってる話しは出来ないから、困った俺はこれ以上楓花にPCを触らせないように手をずっと掴んでいる事にした。
「え、な、なに?」
「離すとお前PCいじるだろ」
「え――う、うんっ!すぐいじっちゃうからねー」
「じゃあこの手は離してやらん」
「うんっ!」
「――なんで嬉しそうなんだよ」
こうして俺は、楓花の手をぎゅっと握って抑えながら、きらりちゃんの配信を楽しんだ。
隣に座る楓花はというと、意外と俺が手を握ると大人しくなり、珍しくお行儀よく配信を楽しんでくれたから助かった。
だけど安心して俺が手を離そうとすると、楓花は不満そうな顔をしながらすぐPCにまた手を伸ばそうとするため、結局最後まで手を握っている羽目になってしまったのであった。
そして、そんな楓花と一緒に今日も見届けたきらりちゃんのマイスペ配信はというと、最後は回収した昆布を竹中と一緒にマグマに投げ込んで和解するという、謎の展開で終わったのであった。
二人の昆布戦争、ここに終結!
最初は城を作ると息巻いていたのに、そんな事すっかり忘れて竹中と喧嘩していたきらりちゃんでした。
チャイカとドーラの、昆布論争とか懐かしいですね。
そして、今回は珍しくもお行儀の良い楓花ちゃんでした。
理由は勿論お分かりですね?




