第17話「同級生」
――えっと、楓花の知り合いだろうか
俺は見知らぬ男の子に睨まれながらも、どうしていいか分からず戸惑っていた。
しかし、こんな人混みの中睨まれ続けているわけにもいかないため、とりあえず彼は何か勘違いをしているようなので誤解を解く事にした。
「――えーっと、楓花のお知り合いですか?」
「ふ、楓花っ!?」
極力平静を装いながらそう問いかけると、どうやら彼は俺が楓花を呼び捨てにした事に酷く驚いている様子であった。
――うーん、やっぱり勘違いしてるよなぁ
そう思った俺は、とりあえず単刀直入に俺と楓花は兄妹である事を伝える事にした。
「その、何か勘違いしてるようだけど、俺と楓花は――」
「ど ち ら さ ま で す か ?」
しかし、俺がその事を打ち明けるのをまるで阻止するように、張り付いたような笑みを浮かべた楓花が見知らぬ彼に向かってそう言い放ったのであった。
――え?てか知り合いじゃないのか?
てっきり楓花の知り合いか何かだと思っていたが、どうやらそういうわけでも無いようだった。
というか、よく考えたらこんな楓花に異性の知り合いがいるなんて事自体可笑しな話だった。
「――いや、俺は中学の時の同級生で、その、風見さんが今無理矢理――」
すると彼は、そんな楓花の放つ圧に気圧されてしまったのか、しどろもどろになりながらも説明しだした。
どうやら彼は楓花と中学の同級生で、やっぱり勘違いして止めに入ってくれたみたいだ。
まぁ勘違いではあるのだが、一応彼は楓花の事を助けようとしてくれたわけで、どうやら悪い奴では無さそうだった。
それに見た目も同性の俺から見ても普通にイケメンで、言い方は悪いが女の子には不自由して無さそうだなぁという印象だった。
そんな外見も中身も良さそうな彼もまた、楓花の事が気になっているのだろう。
この間のストーカー紛いの男の子同様、楓花を前にした彼はその顔を真っ赤にしており、それだけでもう楓花に気がある事が丸分かりだった。
「いや、私は今日良太くんと遊びに来てるんだけど」
「ッ――!?い、いやでもさっきは嫌がって――」
しかし、楓花は気付いていないのか、そんな彼の事など全く気にしなかった。
俺と一緒に遊びに来ている事をやたらと強調した楓花は、そう言って俺の服の裾を指で掴んで仲良しアピールまでしだす。
そんな事をしたら、楓花に気がある彼は当然戸惑ってしまう。
俺を名前呼びしていること、そして仲良くしている様を見せつけられた彼は、驚きながらもさっきは嫌がってたじゃないかと食い下がる。
「さっき?あぁ、あれはわたしが良太くんに我儘を言ってただけだよ。仲が良い故っていうの?だから、わたしは平気だしもう大丈夫だよ」
だが、容赦の無い楓花はその僅かな希望すらも勘違いだとばっさりと切り捨てる。
楓花はニッコリと微笑みながら、それは勘違いだからもう帰っていいよと暗にそう伝えているようであった。
その結果、勘違いかつ自分の付け入る隙など元々無かった事を思い知った彼は、絶望するような表情を浮かべていた。
こうして俺は、たった今目の前で一人の男の子が失恋する瞬間に立ち会ってしまったのであった――。
「じゃあそろそろ映画の時間だから、バイバイ」
しかし、やっぱりそんな事など気にしない楓花は、そう彼に伝えると俺の腕に抱きつきながら「行こ?良太くん」と言って歩き出すのであった。
これではまるで、彼からしてみれば俺が楓花の彼氏みたいに見えてしまうんじゃないかと思ったが、恐らく楓花もそれが目的なのだろう、俺は大人しくここはそんな楓花に合わせてやる事にした。
「おい、良かったのか?」
「いいのよ、たまにいるんだよね」
彼との距離が十分離れた事を確認した俺は、やっぱり気になって小声で確かめると、楓花はうんざりした様子でそう吐き捨てるのであった。
「普段は話しかける勇気も無いくせに、さっきみたいに何かキッカケが転がってたらここぞとばかりに近付こうとしてくるんだよね。せっかくのお兄ちゃんとのデートなのに邪魔するなっての――」
そう言って、プンプンと怒りながら毒を吐き出す楓花。
俺はそれを聞いて、成る程なと思った。
きっと、楓花には楓花にしか分からないような苦労があるのだろう。
それこそ四大美女と呼ばれる程の身の上にもなれば、俺の見えないところでも色々あることの方がむしろ自然なぐらいだった。
そして、さっきみたいにバッサリと相手を切り捨てるのは、一見きついようにも思えるがそれも楓花なりの優しさなんだろうなと思った。
ここで思わせぶりな態度を取ったり、ほんの少しでも望みを残すような態度を取る事の方が、きっと彼はこれからも苦しみ続ける事になってしまうだろうから――。
だから俺は、そんな楓花に向かって一言だけ大事なことを伝えることにした。
「いや、デートじゃないぞ?」
「ふぇ?」
「だからこれ、デートじゃないぞ」
驚く楓花。
だが俺は、さっきしれっと楓花がデートと口にした事を聞き逃さなかったため、そこだけはしっかりと訂正させて貰った。
今日は楓花の我儘に付き合ってやってるだけで、兄妹でデートだなんて甚だ可笑しな話だからな。
「――お兄ちゃんは、大きな勘違いをしてます」
「勘違い?何が?」
「男女が一緒に映画を観に行く事は、例えそれが兄妹でもデートはデートなのっ!」
そう言うと楓花は、いじけるようにぷっくりと膨れだした。
そんな、どうしてもこれはデートなのだと譲らない楓花だが、まぁ普段引きこもって家を出ないあの楓花が、今日はこうしてちゃんとおめかしまでして表に出てきてるんだから、あんまり否定するのもちょっと可哀そうに思えてきた。
だから俺は、これから一緒に映画も観るわけだし今日ぐらいは楓花に合わせてやる事にした。
「――まぁ、そう言われるとそうなのかもな。悪い、じゃ気を取り直してデートを楽しむか」
そう言って、俺は楓花の手を取った。
デートと言えば手繋ぎという俺の安直な考えではあったのだが、こうしたらちょっとはデートっぽくなるだろうと思った。
すると、手を握られた楓花の顔は見る見るうちに赤く染まっていき、露骨に恥ずかしがっているのが一目で分かった。
これはデートだと譲らないからそれっぽく振舞ってやったというのに、いざそうなると恥ずかしがってしまうそんな楓花の事が、不覚にもちょっとだけ可愛いなと思ってしまった――。
「――これは、違うから」
「おう、やめた方がいいか?」
「――やめなくていい」
そう言って、目を合わさないけどぎゅっと手を握り返してくる楓花。
だから俺も「そっか」とだけ返事をすると、それから一緒に手を繋ぎながら映画館へ向かったのであった。
せっかくのデートを邪魔されて、ご立腹な楓花ちゃんでした
龍平くん、チャンスは与えられるもんやない
自分で見出すものなんやで
ということで、次回はデートっぽくなってきたところでついに映画館へ!
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