一族の医者3
翌日もリクの体調はすぐれなかった。華が置いて行ってくれた体温計で熱を測る。三十七度四分。微熱。食欲はない。怠い。チャンスは常にリクの布団の隣に陣取っている。
「チャンス仕事は?」
人間なら睨んでいるという迫力のチャンスにリクは問い掛けてみた。
「ありません。仕事は控えていいと言われました。当然です」
「キースは自分の部屋で仕事をしているんだろう?」
「それはキースの仕事なので」
「手伝ってあげてよ」
「リク様の熱が下がるまではダメです」
「少し位なら」
「昨日のポールの話を聞いていましたか?」
リクは諦めてこれ以上仕事に関する会話を止めた。こういう時のチャンスの徹底した頑なさはわかっている。リクは話題を変えることにした。チャンスに話しておきたいことがあったのを思い出した。
「なぁ、チャンス。昨日のポールさんからの話聞いたろう? 俺が一族からよく思われていないって」
「はい」
「キースはそのことチャンスに知られたくなかったみたいだ。ごめんな。黙ってて」
「全く、失礼な奴らです。私はリク様の利益になることを選んで実行する為に作られました。リク様が特に気に入らない一族がいてそいつを殺したいなら、全力で協力します」
話はそこへしか辿り着かないのかと、リクはチャンスの返事を聞いてその過激さに、熱が上がりそうな気がした。
「ちょっと寝るわ」
あまり眠くないが目を瞑った。折角の試験休みを布団の中で過ごすのかと思うと、ちょっぴり悲しい。遊ぼうと思っていた三日間が。それでもやはり疲れているのかリクは直ぐに眠りに落ちた。
次にリクの目を覚まさせたのはスマホの着信音であった。メッセージが来ていた。開けてみると笹本からだった。大丈夫かとか皆心配しているとか書いてあった。昨日一緒に映画に行く筈だったメンバーと川原に侘びと礼と現状を書いた内容を送信する。
休みは明日まで。明後日学校に行けたら三人には直接謝ろうと思いながらスマホを床に置いた。その様子もチャンスは逐一目で追っている。かなり見張り方がしつこい。時計を見ると昼であった。ドアの外の音を気にしてみると、キッチンからキースが昼食の準備をしている音がする。リクは昨日の朝から殆ど何も食べていないというか食欲がない。熱が下がらないと電話でポールに伝えたら今晩も様子を見に来てくれると返された。
「起きているか?」
キースが呼びに来てくれた。
「起きてる。昼御飯だろ? 今行くよ」
布団から出るとチャンスを抱え、あまり食べたくもない昼食を食べる為にリクは部屋を出た。
その晩ポールが来たのはもう夜九時近かった。ポールも忙しいだろうに、と思うと、リク一人の為にここまでしてもらってポールに申し訳ないと感じていた。華からの差し入れもポールは持って来た。食事の支度をキース一人に任せきりだったので、正直有り難い。
「今晩中には熱を下げたいな」
ポールはそう言ってから昨晩同様リクの額に手を置いて、そこでリクはまた強制的に眠らされた。
リクが次に目を覚ました時はもう外が明るかった。驚いて時計を見ると日付を跨いで午前五時半だった。耳を澄ますと微かに鳥の囀りが聞こえてくる。夏至が間近のこの季節は夜明けが早いのを思い出した。
「お目覚めですか?」
チャンスの声がした。見上げると昨日から定位置のように、リクの頭の傍から動かずにいる。
「うん。今日は昨日よりよさそう。心配掛けたけど大丈夫そうだ」
体温を測ってみると三十六度五分。ほぼ平熱。体も昨日一昨日よりも遥かに楽だった。
「ポールさんて、俺が寝ている間、何しているんだ?」
「額に手を当てているだけですが、検査と治療だと思います。彼が体に触れると病気や怪我が治ってしまう特殊な能力の持ち主です。一昨日のような一族専用の体の検査も彼ならできます」
俄かには信じがたいことが次々に起きていく。否定する要素を探す方が難しい。
『これから不思議な現象を、沢山目の当たりにするからね』
あの日のキースの言葉が頭に浮かぶ。
今日こそは家事をやるぞと朝から張り切っていたら、キースにもう一日大人しくしていろと怒られた。
「何考えてるんだよ、お父さんは。以前は無関心だったくせに。今度は過保護って言わないか? それともまたウィルが?」
「ウィル様には見張りがいる。それに俺は先生から頼まれているだけだ」
朝の通学路をキースと歩く。学校の少し手前にコンビニがあって、キースはリクを毎朝そこまで送るようにエドから頼まれていた。帰りは校門を出たらキースの携帯に電話をくれということだった。同時にキースも家を出て学校に向かってくる。途中で会い一緒に家に戻る為に。
「駅からの道との合流地点あたりで友達とよく会うんだぜ。恥ずかしいだろ」
「そう先生に伝えておく」
「いつまでこれ続けるんだよ」
「先生がやらなくていいと言うまでだ」
リクにとっては恥ずかしいし面倒だ。キースはエドの名を出して仕事の一つだと言う。早く学校に着きたい。コンビニの前で別れてもリクが校門をくぐるまでキースはリクの周囲に気を配っている。リクは父が何を考えてキースにそんな命令しているのかわからなかった。
教室に着くと笹本に声を掛け一昨昨日の事を詫びたが却って心配された。他の二人にも謝らねばと二人の教室へ行こうとしたが、笹本が昼休みで大丈夫だよと言ってくれた。
昼休みに学食に居ると、雨宮、田端、川原の三人がやって来た。映画の日の約束のキャンセルを謝ったが皆心配してくれていた。三人は頭がいいだけあって、しんどいようなら宿題手伝ってやるなどと気軽にリクに言ってくれる。テストの答案も返却され、リクは思ったよりもいいできだった。リクと笹本は仲良く英語のクラスが一つ上がった。
「俺達の努力の成果さ」
などと笹本は胸を張っている。序でにリクは数学も一クラス上がった。リクはキースとチャンスのお蔭だと思う。二人に礼を言いたかった。
それから何事もなく数日が過ぎ、その日もリクは校門を出て暫く行った所でキースに電話をして、家に向かって歩き始めた。今日の服装は半袖Yシャツにベストと夏用ズボン。雨も降っていてその服装ではちょっと肌寒い。梅雨らしい霧雨が体に纏わり付いて腕の肘から下を濡らし、服の表面はうっすらと湿気を帯びて手で触ると冷たかった。
「桜井」
前方から女の子の声がした。誰かと思って傘を上げると、学校の塀の角に水野が立っているのが見えた。
読んでくださってありがとうございました。




