↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~  作者: 立花鏡河
十章 忌まわしき因習

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/68

第四十二話 廃寺

「物乞いは頻繁に場所を変えるからな。探すのに難儀するかと思ったが、袋叩きにされて怪我したらしくてな。ここ数日は同じ場所から動いていなかったんだ」

「どこだ、そこは?」

「町の北東にある廃寺だ。屯所に連れていって、怪我の具合を先生に診てもらおうと思ったが、暗すぎて何も見えん。カンテラを取りに帰ったんだが、おまえが戻ってたのは都合がいい。一緒に行ってくれるか?」

「もちろんだ」


 幻十郎は立ち上がった。



 なるほど廃寺はおそろしく暗かった。三日月の明かりだけでは心許ない。

 そこで、幻十郎の狐火で周囲を照らしながら境内を散策する。


「誰かに見られたらまずいぞ」


 幻十郎が心配げに言うが、能登は能天気に笑った。


「ここは幽霊が出るって噂されてる。見られたとて、人魂だと思われるだけさ。あと、外じゃ、おまえは執事の菊地だからな。忘れんなよ」

「はい、承知しました。国吉さま」


 幻十郎は、宿に戻ったら能登を殴りつけてやろうと心に決めた。


「あっ、いたぞ!」


 御堂の縁の下を覗きこんだ能登が叫んだ。

 二人の物乞いが眠っていたが、片割れの頭髪は白い。おそらく彼女が、探していた老婆――みさをだろう。


 幻十郎が狐火を消すと、能登はカンテラに明かりを灯して声をかける。


「婆さん。あんた、みさをだろ?」

「……みさをさんは怪我しとって動かれへん」


 眩しそうに目を細めて、訝しげに答えたのは、隣で眠っていた中年女だ。


「ああ、話は聞いてるよ。私は旅の者だが、困ってる人は見捨てておけん性質(たち)だ」


 これで何か食べろ、と小銭を能登が渡すと、中年女の警戒心は緩んだようだ。口も滑らかになった。

 やゑと名乗った女は、みさをと馬が合って行動を共にしているらしい。


「みさをさんは痴呆でな。目を離したすきに蛇ノ目村に迷い込んでもうたんよ。あそこは陰気な村やからね。可哀想に、袋叩きになって大怪我して帰ってきてなぁ。医者に診せようにも金はないし……」


 みさをは、うんうん唸って苦しそうにしている。


「私にまかせろ。婆さん、しっかりしろ。医者に診せてやるからな。おい、菊地。婆さんを運ぶぞ」

「さっきから婆さん、婆さんて。みさをさんは私とそんなに変わらんで。五十は超えてないはずや」

「嘘だろ!? その割には……」


 能登が驚きの声をあげ、幻十郎もまじまじと見てしまった。

 みさをの頭髪は真っ白で、肌も老いがそのまま現れているのだが。


「ほんまや。それだけ苦労してきたんちゃうかな。痴呆ゆうても、時折、正気に戻るんやけどな。どうも昔は、蛇ノ目村に住んでたらしいわ」


 幻十郎と能登の二人掛かりで、みさをを縁の下から出して、屯所まで運んだ。



「どうですか、先生?」


 さっきまで幻十郎が寝ていた医務室のベッドに、みさをは臥(ふ)している。崩れ去りそうなほどにぼろぼろの着物をまとった身体は、垢だらけでかなり臭う。

 それでも軍医は嫌な顔ひとつせず診察してくれたが、幻十郎の問いには沈痛な面持ちで首を振った。


「頭をしたたか打っとるからな。今までようもったわ」

「そうですか……」

「危篤状態や。もう手の施しようもない。せめて看取ってやれ」


 そう言い置いて、軍医は出ていった。

 みさをは鎮痛剤を打ってもらって、いまは眠っている。このまま苦しむことなく……というのが幻十郎たちの想いだ。


「八神。俺が見ておくから、おまえは宿に帰って休め」

「いや、私はいい。ぐっすり眠ったから、目が冴えて仕方ないんだ。おまえが宿に戻ってろ。食事もしてないんだろう?」

「……じゃあ、そうさせてもらうかな。夜明け前にはまた来るから」


 能登が伸びをしながら出ていくと、しばらくして若い女がやってきた。

 軍医が手配した助手だった。みさをの身体を綺麗に拭いてやり、着物も清潔なものに着替えさせてくれた。


 それからは、みさをと幻十郎の二人だけになった。

 やがて幻十郎はうとうとしかけたが、みさをの目が開いていることに気づいた。


「みさをさん」


 声をかけると、みさをは傍らに腰かけている幻十郎を見やった。


「……あの、ここはどこでしょうか……?」


 やゑが言っていたとおりだ。見かけよりもずいぶんと声は若い。しかも瞳に光が宿っている。


(時折、正気に戻るらしいが……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。