第四十話 蛇淵沼
「お、おお……」
目を開けた松之助は呻いた。瞬く間に、この大人数が蛇好神社から蛇ヶ森まで飛ばされたのだ。
「行きましょか」
久葉を先頭に、一行は鬱蒼とした森を進んでいく。本来なら、立ち入ることを許されぬ禁断の森だ。
しばらくして開けたところに出た。そこには底なし沼の蛇淵沼があった。
「これが……蛇淵沼か……」
想像よりも大きく、禍々しい沼に松之助は圧倒された。ここに神が眠っているとは思えぬのだが。
久葉と式神二人は、目をつむって祝詞を捧げ始める。
「な、なんや、あれは……!?」
蛇淵沼の中央を指さして叫んだのは、村長だ。見れば、どす黒い水が眩い光を放っている。
その光を突き抜けるようにして、巨大な影が、沼から姿を現した。三十尺(約十メートル)は優に超えている。
「うわぁ!」
悲鳴とも喝采ともつかない声が上がった。
光を纏った神々しい白蛇が、悠然と松之助たちを見下ろしている。
「へ、蛇神さま……だ……」
それは山であり、空であり、海であった。当たり前のように、そこに在る。
人間を包み込むような、大自然そのもの――。抗うことを許さず、ただ気まぐれに禍福を与えてくる。
(神だ!)
その場にいる者、皆が地面に膝をついた。畏れ多いのか、誰かが感動してすすり泣きしている。
蛇神は鎌首をもたげていたが、いきなり清兵衛に向かっていった。
一瞬の出来事だった。
蛇神が舌なめずりしたときにはもう、清兵衛の上半身は無かった。
「うわああああ! 清兵衛が喰われたぁ!」
若い小作人たちが恐怖に駆られて叫んだ。村長や地主たちも腰を抜かしている。
蛇神は清兵衛の下半身を咥えたが、吐き出して蛇淵沼に捨てた。
(どうなっているんだ!?)
松之助も恐怖に身体を震わせる。
「狼狽えるな! 平伏しろ!」
久葉の指示に、誰もがすぐに従った。松之助も同様に、額を地面に擦りつける。
「蛇神さまは、お怒りや! 村の秩序を乱した清兵衛は地獄に落とされたんや!」
誰かが念仏を唱えはじめた。
「蛇神さまは、こうも仰っておられる。『凶星から村を守りたくば、早く贄を用意せよ』とな」
久葉の託宣に、皆は半狂乱に「仰るとおりにいたします!」と叫んだ。
(恐怖が村を一枚岩にするのだ)
松之助だけは、怯えつつもどこか冷静だった。少しだけ顔を上げ、しっかりと見ていたのだ。
久葉が後ろ手に印を結んでいるのを――。




