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凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~  作者: 立花鏡河
九章 神隠し

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第四十話 蛇淵沼

「お、おお……」


 目を開けた松之助は呻(うめ)いた。瞬く間に、この大人数が蛇好神社から蛇ヶ森まで飛ばされたのだ。


「行きましょか」


 久葉を先頭に、一行は鬱蒼とした森を進んでいく。本来なら、立ち入ることを許されぬ禁断の森だ。

 しばらくして開けたところに出た。そこには底なし沼の蛇淵沼があった。


「これが……蛇淵沼か……」


 想像よりも大きく、禍々しい沼に松之助は圧倒された。ここに神が眠っているとは思えぬのだが。


 久葉と式神二人は、目をつむって祝詞を捧げ始める。


「な、なんや、あれは……!?」


 蛇淵沼の中央を指さして叫んだのは、村長だ。見れば、どす黒い水が眩い光を放っている。

 その光を突き抜けるようにして、巨大な影が、沼から姿を現した。三十尺(約十メートル)は優に超えている。


「うわぁ!」


 悲鳴とも喝采ともつかない声が上がった。

 光を纏(まと)った神々しい白蛇が、悠然と松之助たちを見下ろしている。


「へ、蛇神さま……だ……」


 それは山であり、空であり、海であった。当たり前のように、そこに在る。

 人間を包み込むような、大自然そのもの――。抗うことを許さず、ただ気まぐれに禍福(かふく)を与えてくる。


(神だ!)


 その場にいる者、皆が地面に膝をついた。畏れ多いのか、誰かが感動してすすり泣きしている。


 蛇神は鎌首をもたげていたが、いきなり清兵衛に向かっていった。

 一瞬の出来事だった。

 蛇神が舌なめずりしたときにはもう、清兵衛の上半身は無かった。


「うわああああ! 清兵衛が喰われたぁ!」


 若い小作人たちが恐怖に駆られて叫んだ。村長や地主たちも腰を抜かしている。

 蛇神は清兵衛の下半身を咥(くわ)えたが、吐き出して蛇淵沼に捨てた。


(どうなっているんだ!?)


 松之助も恐怖に身体を震わせる。


「狼狽えるな! 平伏しろ!」


 久葉の指示に、誰もがすぐに従った。松之助も同様に、額を地面に擦りつける。


「蛇神さまは、お怒りや! 村の秩序を乱した清兵衛は地獄に落とされたんや!」


 誰かが念仏を唱えはじめた。


「蛇神さまは、こうも仰っておられる。『凶星から村を守りたくば、早く贄を用意せよ』とな」


 久葉の託宣に、皆は半狂乱に「仰るとおりにいたします!」と叫んだ。


(恐怖が村を一枚岩にするのだ)


 松之助だけは、怯えつつもどこか冷静だった。少しだけ顔を上げ、しっかりと見ていたのだ。

 久葉が後ろ手に印を結んでいるのを――。

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