第三十九話 香世と沙世
すると、社務所の扉が乱暴に開け放たれ、吹きこんだ風に燭台の火が揺れる。
荒々しい足音とともに、五人の男が入ってきた。
「な、なんや、おまえら!」
村長たちが狼狽えた声をあげ、腰を浮かせる。
五人は、いずれも村の若い小作人だった。真ん中にいるのは、清兵衛だ。
「何のつもりだ? 大事な会合の最中だ。邪魔するな」
松之助は清兵衛を睨みつけ、追い出そうとするが、清兵衛は一歩も引かない。
「神隠しのことを話し合ってるなら、もうやめてくれ」
「何だと?」
「生贄なんか時代遅れや言うてるんです!」
「はあ?」
「涼風さん。あんた、ほんまに自分の娘を蛇神さまに差し出すつもりなんか? それで平気とは信じられん」
「……おまえ、琴音に惚れてるのか?」
「なっ……」
清兵衛は絶句した。
「ふん、図星のようだな。だが、もう遅い。蛇神さまが、贄として琴音をお選びになったのだからな」
「だから、それが時代遅れだというんだ! いつまでも人身御供にこだわってるのは、この村だけだ!」
清兵衛が声を荒げると、他の四人も「そうや! 変えていくべきや!」と同調した。
(血気盛んなのは結構だが……若いな)
松之助は肩をすくめた。
蛇神への畏怖により、この村の秩序は保たれている。それを利用すればこそ、「家」の繁栄は約束されるのだ。
「おまえたち! 村の掟に従わんのなら、村八分やぞ! それをわかって言うとるんか!」
村長が口角泡を飛ばして凄んでみせるが、清兵衛たちの決意は固い。
「まあまあ、村長さん。村八分とは穏やかやありまへんなぁ」
それまで無言を貫いていた久葉が、ようやく口を開いた。
「彼らは、これからの蛇ノ目村を背負って立つ、大切な若者や。そう簡単に村八分とか、言うたらあかんわ」
「はあ……」
村長は小さな体をさらに縮めた。それこそ蛇に睨まれた蛙のようだ。
「村長さんたちの世代は、当たり前のように蛇神さまを畏れ、敬ってはる。せやけど、若い世代の間では、そういった意識が薄れてきたんやろう。それも時代の流れや。仕方ありまへん」
「しかし、それでは……」
思わず、松之助が口を挟む。
「これはいい機会や。皆さんに、その目で蛇神さまの御姿を見てもらいましょうか」
「なっ……!? こいつらを禁足地に入れるのですか!?」
松之助は肩を跳ねあがらせたが、久葉は落ち着き払ったままだ。
「この場にいる皆さん、全員ですわ。もちろん、涼風さん、あんたもや」
「えっ……?」
思わぬ言葉に固まったのは、松之助だけではない。困惑と緊張は、その場にいる者すべてに広がった。
「わしらも……?」
「葉蔵さんも、その前の神主さんも、禁足地には絶対に入れてくれんかったが……」
村の有力者たちが顔を見合わせるのをよそに、久葉は傍らに控えていた双子の妹に告げた。
「香世、沙世。準備を」
「承知しました」
二人は声を合わせて返事すると、流れるような所作で立ち上がった。
「それでは皆さまには、身を清めていただきます」
香世が言うと、沙世も続けた。
「御神水を浸した布で全身を拭ったあと、私たちの祈祷を受けていただくことになります。では、こちらへ」
まるで二人で一人のような話し方をする。双子だから……というだけではない。
香世と沙世もまた、久葉によって式神に造り替えられた、哀れな娘たちだ。この事実も、松之助を含めた村の有力者しか知らぬ。
久葉を除いて全員、二人の案内で神社の裏手へと回り、身を清めた。
(久葉め、どういうつもりなのだ……?)
松之助は、若い小作人まで禁足地に入れることの真意をはかりかねていた。
祈祷が終わると、髪を結って狩衣姿になった久葉がやってきた。
「終わりましたかな? ほな、蛇ヶ森まで移動したいんやが、この大人数では目立ちますからな。香世と沙世の力を使いますわ」
久葉がうなずくと、香世と沙世は無表情のまま巫女装束を脱ぎはじめた。
「な、なにを……!?」
乙女の柔肌が露わになると、清兵衛たちは慌てふためいた。だが、美しい全裸に目を奪われたのはほんの一瞬だった。
香世の背に黒い翼が、沙世の背に白い翼が生えたのだ。
松之助も、二人の〝真の姿〟を目の当たりにするのは初めてだ。
「私たちは、兄さまに式神にしていただきました。私、香世は烏の式神と合体しております」
「私、沙世は白鳥の式神と合体しております」
(悪趣味な外道め……)
嫌悪を覚えつつも、松之助の口元には嗜虐的な笑みが浮かぶ。
呆然としている清兵衛たちには構わず、香世と沙世は手をつないだ。
「私たちの転移の異能で、皆さまを蛇ヶ森まで飛ばします」
「円になって、手をつないでください」
全員、言われるままにした。久葉は円の内側にいて、手で印を結び、何やら呪文を唱えている。
刹那、目の前が真っ白になった。




