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凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~  作者: 立花鏡河
八章 天から授かりし力

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第三十三話 涼風松之助

「夜明けに永井軍曹と榎本軍曹に村まで送らせよう。二人は妖刀持ちの隊員だから安心したまえ」

「ありがとう存じます」

「では、休憩室に案内しよう。能登の奴に任せると、話し込むだろうから……」


 そう言って、幻十郎はベッドから立ち上がろうとしたのだが。


「つぅ……」


 肩の傷が痛むのか、幻十郎は顔をしかめて体勢を崩した。


「あぶない!」


 慌てて琴音が抱き止める。ふたたび幻十郎と至近距離で目が合ったが、琴音は今度は目をそらさなかった。


「無理をしないでください。お医者さまもおっしゃっていたではありませんか。二、三日は静養が必要だと。横になっていてくださいませ」


 幻十郎の澄んだ瞳に、うっすら影が潜む。琴音は泣きたいような心地になった。半妖として生まれ、その眼に、どれほど過酷な現実を映しだしてきたのか。


「すまない……」


 素直に従った幻十郎は、ベッドに横になった。


「傷の痛みもあるが、妖力を使い果たしたからな。情けないが、本当に二、三日はまともに動けないかもしれん」

「ゆっくり静養なさってくださいませ。休憩室は、永井さまか榎本さまに案内していただきます」

「賢明だよ」


 幻十郎は愉快そうに笑った。



   ◆



 用意してもらった食事は喉を通らず、早々に休憩室の布団に潜り込んだ琴音だが……。

 いろんなことがありすぎて気が高ぶっており、なかなか寝付けない。

 それでも知らず知らずのうちに意識は深く沈みこみ、ようやく琴音は眠りに落ちた。


「……さん。……琴音さん!」


 だが、しばらくして男の声に眠りは妨げられた。

 目を開けると、暗闇のなかに小さな明かりが揺れている。


「起きてください、琴音さん!」


 小型ランプを手にした能登が立っていた。


「ど、どうしたのですか!?」


 驚いて飛び起きた琴音は、ここが陸軍の屯所であることを瞬時に思い出した。


「いま、君の父上が来ているのだよ」

「ええっ!?」

「警官を村まで行かせたのだが、事情説明しても『娘に会わせろ』の一点張りでな。村の者も引き連れて、桜町の警察署まで乗り込んだらしい。それで堪らず、本当はここに琴音さんがいることを教えちまったっていうんだ。いまは永井と榎本が対応してるが、俺は村の人間に顔を見られたくない」

「わかりました。すぐ行きます」

「すまんな。ばれてしまった以上、隠してもおけない。まだ夜明けまで間があるし、ゆっくり休んでほしかったが……」


 立ち上がって準備する琴音に、能登は申し訳なさそうに言う。


「いえ、構いません」

「では、準備ができたら玄関まで行ってくれたまえ。俺は裏口から出ていく」

「あ、あの……」


 ランプを置いて出ていこうとした能登を、琴音は呼び止めた。


「八神さまは何と……?」

「あいつは寝かせておくよ。妖力切れを起こしてるから、一度寝たらしばらくは起きないだろうしな」

「そうですか……」


 帰る前に、助けてもらったお礼をもう一度言っておきたかったが、仕方ない。


 準備を整え、玄関まで行くと、養父の松之助が永井軍曹たちに怒鳴りちらしていた。涼風家の使用人が三人と、村の小作人も七、八人ばかり後ろに控えている。可哀想なことに年老いた与平まで引き連れてきたらしい。


「お嬢さま……」


 琴音に最初に気づいたのは、その与平だった。

 すると、松之助は無言のまま琴音に近づき、怖い顔で腕をつかんだ。


「あの、お父さま……」

「帰るぞ!」


 ぐいっと琴音の腕を引っ張り、有無を言わさず屯所の外に連れ出す。


「涼風さん! さっきも言ったように、琴音さんは悪しきあやかしに狙われてるんだ。私たちに村まで護衛させてくれないか?」


 追ってきた永井軍曹が持ちかけるが、松之助はあくまで喧嘩腰だ。


「うるさい! 何があやかしだ! 虚言を並べ立てるな! 村を嗅ぎ回りにきたと思ったら、今度は娘を連れ去るか、この外道どもが! いい加減にしないと、海藤家と泉家も動くことになるぞ!」

「そいつは弱りましたな……」


 困り顔で頭を掻(か)いた榎本軍曹は、やおら鋭い目つきになった。


「それはそうと、車夫の栄八のことはご心配ではないので?」

「……ふん、大事な娘をむざむざ軍人に渡した役立たずなんざ、知ったこっちゃない」


 吐き捨てた松之助は、琴音を乱暴に人力車に乗せ、自分も隣に座る。

 琴音が榎本軍曹と永井軍曹に「ありがとうございました」と礼を述べると、二人は敬礼で返した。

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