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凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~  作者: 立花鏡河
七章 会敵

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第二十九話 式神

 幻十郎は上着を脱ぎ捨て、身構えた。


「撃滅やと? やってみい!」


 叫ぶやいなや、式神は一気に間合いを詰めてきた。


(速い!)


 拳と蹴りが雨あられと、幻十郎を襲ってくる。

 徹底的に己を鍛え上げた幻十郎だ。剣術と体術においては本隊の隊員にも負けていない自負があるが、人間の域を超えるものではない。


 式神の怒涛(どとう)の攻めを避けたり捌(さば)くのがやっとで、なかなか攻撃に移れない。

 間隙(かんすき)を縫って式神の腹に一発、拳で打撃を加えたが、びくともしない。


(やはり妖刀で斬らなければ駄目か……)


 己の非力が恨めしい。


 そして、膠着(こうちゃく)状態が崩れるのは一瞬だった。

 式神の左手の鋭い爪が、幻十郎の肩に刺さったのだ。


「ぐっ……」


 激痛が走り、動きを止めた幻十郎の首を、式神が右手で鷲掴みにした。


「貴様は何者や? なんでこの娘を庇(かば)う?」

「…………」

「吐いたら命までは取らんで」

「……し、死んでも言うものか」

「ほんなら死ね」


 雑音まじりの声で短く言うと、式神は右手に力をこめた。首の骨が軋(きし)む音がする。


(ここまでか……)


 醜悪な式神の顔の輪郭(りんかく)が、闇に溶けていく。廊下を照らしていた狐火もすべて消えてしまったようだ。

 幻十郎は、意識が薄れてゆくのを感じた。


「菊地さま!」


(誰のことだ……?)


「菊地さま! しっかりしてくださいませ! わたしを守ってくださるのではなかったのですか!」


 琴音の叫び声に、幻十郎はかろうじて意識を繋ぎ止める。


(ああ……菊地というのは私のことか……。いや、私は八神幻十郎だ!)


 彼女に本名を知らせないまま死んでたまるか、と気力を振り絞る。


「ど、どうせなら……」

「はあ?」


 幻十郎が喋りだすと、式神は手の力を緩めた。


「私を喰ってみろ。その犬のような口でな」


 式神は、それを幻十郎の精一杯の強がりと受け取ったようだ。


「面白い。お望み通り、頭から貪(むさぼ)り喰ったるわ」


 舌なめずりした式神は、鋭い牙が光る口をあんぐりと開けた。まさに血肉に飢えた野犬のごとき大口だ。


 幻十郎は、意識を左手に集中させた。

 残っている妖力をすべて注ぎ込み、掌(てのひら)に狐火をつくりだす。


「これでも喰ってろ!」


 叫びながら幻十郎は、式神の口の中に狐火を放り込んだ。


「うがっ!」


 式神は喉をおさえて、よろよろと後ずさりした。


「爆(は)ぜよ」


 幻十郎が命じたとおりに、狐火は式神の体内で燃え上がる。


「ぎえええええええええ!」


 全身を炎に包まれた式神は、断末魔の叫びを残して黒煙となり、跡形もなく消えさった。


 幻十郎は大きく息を吐いて、片膝をついた。

 勝てるとは思わなかった――というのが正直なところだ。式神の声は雑音まじりで、遠くから響いているように感じたことを思い出す。


(式神を操っている者は、この近くにはいないということか)


 少なくとも一里以上は離れている気がする。……であれば、あの式神は遠隔操作となったため、本来の能力を発揮できていなかったことになる。


(私の狐火は殺傷能力が低いからな)


 自力で式神を始末できた理由がわかって、幻十郎の顔に自嘲の笑みが浮かぶ。

 式神の消滅と同時に、結界も消えたようだ。


「菊地さま……大丈夫ですか……?」


 声がして振り返ると、足を動かせない琴音が、這(は)うようにして幻十郎に手を伸ばしている。式神の爪でえぐられた右肩を気遣ってくれているようだった。白いカッターシャツが血に染まっている。


「私は大丈夫だ……」


 幻十郎は無理に微笑んでみせる。思えば、琴音の叫び声のおかげで諦めることなく戦えたのだ。


「八神!」

「八神中尉!」


 能登と永井軍曹が駆け寄ってきた。緊張が一気に解けて、身体から力が抜けていく。

 さすがの能登も、ただならぬ事態に顔が真っ青だ。


「どうした八神! 何があったんだ!?」

「……し、式神が琴音さんを襲った」

「式神だって!?」

「撃滅したが、まだ油断ならない。彼女を狙っている呪術使いがいる。彼女を保護してくれ……能登……」


 幻十郎は言い終えると、意識を失った。

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