↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凶星のハイカラ乙女 ~明治ハレー彗星奇譚~  作者: 立花鏡河
五章 従順な執事

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/68

第二十話 八神家

 啓治と幻十郎の父――八神啓太郎は、軍人になるために生まれてきたような男だ。内戦での武功が認められ、華族となって爵位を与えられた。今は元老院の一員であり、陸軍大臣を務めている。


 啓太郎の妻・はつは病弱であったから、男児をひとり無事に生めたのは幸いであった。その啓治にしても幼い頃は病臥(びょうが)することが多く、「長くは生きられぬだろう」と医者に宣告された。

 はつだけを武骨に愛した啓太郎は妾を囲うこともなかったため、男児を養子に迎えることを望んだ。


 そして引き取られたのが、狂信的な陰陽師によって滅ぼされた妖狐一族の生き残りである、孤児の幻十郎だった。


 つまり、幻十郎にとって啓太郎とはつは養父母であり、啓治は四歳上の義兄だ。

 結局、啓治は余命宣告を跳ねのけ、充分健康に育ったのであるが……。


「軍人になって、帝の御為に命を使え」


 これが啓太郎の口癖であったが、長男の啓治は本の虫で、運動や武道に興味を示さなかった。しかも「中学校を卒業したら陸軍士官学校に入れ」という父の意向に反し、「学者になりたいから」と高等学校への進学を決めてしまった。


 それがもとで父と啓治の間に軋轢(あつれき)が生じ、言い争う毎日――。耐えかねた啓治はとうとう、十九歳の時に出奔した。帝都の一等地に居を構えていた八神家を飛び出したのである。

 以後、各地を転々として、一度も帝都に戻っていない。

 ただ、手紙だけは折に触れて寄こした。母は喜んだが、父は読みもしなかった。


「おまえと会うのは五年ぶりか……」


 啓治がぼそりと呟く。


「ええ。前に会ったのは、私がまだ士官学校にいた頃ですから」


 士官学校の演習で富士山麓まで遠出をしたことがあった。偶然、近くの田舎町で啓治が古本屋をやっていたので、休みを利用して会いに行ったのだ。

 あれから啓治は西へ、西へと移動し、ついに旧都で店を構えるまでになり、春子という伴侶も得た。ここに至るまで、どれほど辛酸をなめたのか。


「今日はどうしたんだ?」

「母さんが手紙で伝えてるでしょうが、いま、悪しきあやかし対策の部隊にいます。珍しく西国で任務がありましてね。こっちに駆り出されたから、ついでに立ち寄ったのです。手土産はありませんが」

「いらん」


 幻十郎がくくっと笑うと、沈黙が流れた。旧都の喧騒だけが耳に入ってくる。

 沈黙を破ったのは、啓治だった。


「俺のことが憎いだろうな……」


 眼鏡の奥の瞳に、わずかに憐憫(れんびん)の情がこもっている。


「えっ、私が兄さんを……?」

「憎いはずだ。俺が家を出たから、親父の期待はおまえの肩にのしかかった。おまえとて軍人になりたかったわけではあるまい」

「まあ、たしかにそうですが……。狂った陰陽師に一族が滅ぼされましたからね。なぜ私が人間を守るために軍人にならなきゃいけないのか。疑問に思ったことはあります。ですが……」


 幻十郎は、真っ直ぐに啓治を見据えて言った。


「私は父さんに救われました。何不自由なく生きてこられたのも、父さんのお陰です。母さんも、この私を温かく迎えてくれた。兄さんと差をつけたりしませんでしたからね。兄さんだって、私を本当の弟として見てくれたじゃないですか」

「…………」

「父さんのような根っからの軍人ではないかもしれませんが、少なくとも八神家に報いるために軍人になったんです。そこに後悔はありません。それに……兄さんもまだ八神の人間じゃありませんか。父さんは勘当しちゃいませんからね」


 そう言うと、幻十郎は手に持っていた本を啓治に渡して、懐から財布を出す。


「これをもらいます。幾らです?」

「四十銭」

「釣りはいりません。気が早いですが、出産祝いです」


 幻十郎が一円銀貨を渡すと、啓治は微笑んで、

「おおきに」

 と西国訛りで言った。


「まあ買ってもらえるのは嬉しいが、小説を読むような趣味あったか?」

「ん……?」


 啓治に問われて、幻十郎は初めて表紙を見る。

 泉(いずみ)鏡花(きょうか)の『高野聖(こうやひじり)』という小説だった。小説などほとんど読んだことのない幻十郎だ。


「……暇潰しに読んでみましょう」


 苦笑まじりに返事して、「また来ます」と露草書房を後にする。


(いつか店名が八神書房に変わる日は来るだろうか……?)


 幻十郎と入れ違いに、二人連れの女学生が入っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。