第二十四話 新天地
大街カラルから大分離れた雪山。年中吹雪くそこは雪女など寒い所を専門とする妖怪たちの住処として検討され、実際に住めるか確認のためここに住む予定の妖怪全員を連れて来ていた。
「じゃあここで~」
「気を付けるんよ」
そして中腹まで登った頃、付いてきていた多数の妖怪は姿を消し残るはぬえと雪女のみ。
というのも、この雪山は妖怪的視点から見て非常に住むのに優れた場所であり、魔物の姿が見えず危険も少ないということで早々に住処になりそうな場所を探しに行ってしまった。
ただ先程分かれたコロポックルのように戦闘能力が皆無な妖怪もいるのである程度集団で行動させている。その結果がぬえと雪女のみという状況になったのだが。
「ああ、何故……」
「諦めるんよ。じゃんけんで負けるのがいけないんよ」
本来であれば早々に住処になりそうな場所を探しに行きたい雪女だが、ぬえと共に山頂を目指していた。
一つは安全確認。実は山頂から何かの生き物の様でそうでない気配をぬえは感じ取っていた。しかしここは雪女たちの住処となる場所でぬえの住処になる場所ではない。解決するとすれば雪女らここに住む妖怪たちであることが望ましい。
そのため公平で神聖なじゃんけんの結果、代表として雪女が選ばれた。
周囲の人望もあり、実力も戦闘に特化した妖怪や長年生きた妖怪に比べれば見劣りするが、雪山と言う条件であれば決して弱いものではない。
二つ目は地形の確認。この雪山の北と南には国があり、国境線のような役割も担っている。また中腹にある指で抉ったかのような細く長い谷が両国を結び唯一の道となっている。
つまりそこはこの雪山で最も人通りが多く、妖怪が出没するには最適なスポット。是非とも確認したいが、この吹雪ではまともに確認が出来ない。一時的に吹雪を止ませることは雪女でも出来るので、山頂まで登り全体を確認したかった。
それと更にぬえ的には北に木霊から聞いた恐竜がいるらしいので、見えたら見たいという思いがあった。
見えるのは吹雪だけ。一般人であればすでに凍死している中、ぬえと雪女はただ退屈とばかりに欠伸をしながら進むと、ようやく山頂近くまで来れた。
ついでにぬえが感じ取っていた謎の気配も分かった。
「何者である!」
謎の生物が居ただけだった。顔は厳つく首からは大量の毛が生えた真っ白な四足歩行の生物。まるで狛犬のような。
ただ生物かどうかは怪しかった。足者がやや透けている。しかし幽霊なのかと思うが、地球に居た幽霊とは明らかに気配が違い判断が出来ない。
ぬえも雪女も揃って首を傾げた。
何だこれは?
「ええっと、そういうのは自分から名乗るのが筋なんよ?」
「我は聖獣ホルム様の眷属であり、この霊峰クロムの守護者である霊獣スバル! ここは神聖な土地なり。即刻退去すべし!」
軽い冗談のつもりで口にしただけで真面目に返されるとは思っておらず、ぬえは面食らうがすぐに狛犬が勝手に吐いた情報について考え巡らす。
聖獣も霊獣も大街カラルでは一切聞いたことがなかった。あっちにはいないのか、もしくは情報を逃していただけなのか。ただ守護者や神聖などと口にする辺り周囲に魔物が居なかったのもこれの所為と考える。
実力は未知数、ぬえも雪女もこの狛犬をどう扱うか悩んだが。
「む! もしや我の加護を欲する人間か! ふふん、雪の霊獣の名も広がったものだ。しかしそれにはホルム様の許可が必要故しばし待つが……? お主ら人間か?」
この瞬間に扱いは決定した。ぬえも雪女もただ人の姿をしているだけで何らかの偽装を行っているわけではない。それすら分からないようでは何ら問題になる相手ではないということ。
「雪女、やっちゃって良いんよ」
「ぬぬ! やはり人間ではないなお主ら! 良かろうこのスバルがあい――」
その直後、雪女が腕を振るうと狛犬は一瞬で氷漬けになった。その顔は険しいまま、今自分が氷漬けになったことさえ気づいていない様子。
「これどうするんよ?」
「ペットにする。雪山で飼える動物がいなかったのでな。夢だった」
「そりゃ良いんよ。とりあえず晴らして全体の確認と行くんよ」
「ふふん、やるぞ」
夢がかなったおかげか、雪女は上機嫌そうに揚力を両手に込めて手を叩く。すると吹雪は止み雲も一時的に吹き飛ばした。
そして見えてくる外の世界。南には草原が、北には背の高い木々に草の剥げた茶色むき出しの土地が。そして下には北と南をつなぐ細い谷が確かにあった。
「雪女、この何だっけ? 犬の顔だけ溶かせる? この辺りについて聞きたいんよ」
「出来るぞ。それとこいつはポチ。今名付けた」
狛犬、もといポチはすぐに首から上だけ氷が溶かされ、ややあってから自分の状況に気が付いた。
「な、何だこれは! ぬ、抜け出せぬ……! この雪の霊獣スバルが――痛っ!」
「スバルではない! ポチだ!」
「ふ、ふざけるな! ホルム様から頂いた名を痛っ!」
雪女はポチが反抗するたびに腕程の長い氷柱を作ってはポチの頭に叩き付けた。何度でも、反抗するたびに手を抜かずに何度でも。
その結果。
「はい、私は卑しき犬のポチです。クゥ~ン」
躾に成功した。
「これが妖怪式調教術」
「生物だったら頭かち割れて死んでるから止めるんよ?」
さすがのぬえも表には出さない物の、表情を変えずにポチの頭を叩き続ける雪女に若干退いていた。
だからと言ってポチに対して憐憫の情を抱いたりはせず、容赦なく使える者は使うぬえでもあった。
「じゃあポチ。南の国はどうでも良いんよ。北に恐竜が居るんよ? トリケラトプスとかプテラノドンとか居るんよね? ティラノサウルスとか居るんよね!」
「そんな名は知らんが恐竜はいる。我はその監視もしているのだ。北の大地の恐竜は非常に強力。それが南に流れればどれ程の人間が死ぬか……。クゥ~ン」
「南に流れる? あんな風に?」
名は知らぬ、と言われ若干落ち込みかけたぬえだったが、すぐに気を良くした。見つけたのだ、丁度来たからこの雪山の谷間に直進する集団の中に特徴的な二本の角のある恐竜を。巨大な図体と恐ろしい牙を持つ恐竜を。
「い、いかん! このままでは谷を通って南に! ぐぐ、動かん。雪女殿! 雪崩を起こしてでも止めて下され! そうしなければ人間が!」
北の国々は恐竜と戦うのは日常であり、相応の技術や技能もある。しかし南には恐竜に対する技術も知識もない。ノウハウを培っていない。
そんな状態で恐竜に襲われれば城壁は壊され多数の被害が出る。
それを阻止しようとポチは必死に訴えるが。
「どうして?」
「なんで?」
「「何か問題でも?」」
妖怪には届かない。
「な、何を言って! 恐竜に対する手段がない南の国々だぞ! 人が死ぬのだぞ!」
「なら丁度良いんよ。これを機に覚えればいいんよ。そりゃ多数の人が死ぬかもしれないけど、覚える為に仕方のない犠牲なんよ」
「ぬえの言う通り。ただかだ恐竜。知っているかポチ。地震に干ばつ、飢饉に疫病、津波に山火事。数多の天災あれど人は滅びない。死んでも滅びないのであれば手を出す理由にはならんだろう?」
むしろそれを糧に成長するのだから時折するべきだ、と考えるぬえと雪女をポチは別世界の生き物を見るような驚愕の目で見る。
その間に恐竜は谷へと入ってしまった。




